クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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主人公のはなし。

 このE組がもし漫画になったら結構面白いのにと考えたことがある。いや、少年漫画好きの使命感から、漫画にしなくてはとすら思う。

 でもその漫画の主人公はきっと不破優月()じゃない。

 

「渚!」

 

 殺せんせーの暗殺時に起こった爆発で水中に沈みかけていた渚ちゃんを浅野君が引き上げた。相変わらず主人公(ヒーロー)しているなと頭の中のネタ帳に項目を1つ増やす。

 溺れかけた渚ちゃんを助ける浅野君は漫画なら絶対主人公だ。

 渚ちゃんは混乱したのか外国語で何やら呟く。浅野君はそれに短く答え、日本語に言語を戻した。

 

「……何やってるんだ!溺れるところだったぞ」

 

「溺れないよ。泳げるし」

 

 渚ちゃんは少し唇を尖らせて反論をした。

 私はやれやれと少しため息をついた。

 違うでしょ。浅野君は渚ちゃんが泳げないなんて言ってないって。

 渚ちゃんが普通に泳げるのは皆知っているし、浅野君だってもちろん分かっている。でも殺せんせーが爆発した時1番近くにいたのは渚ちゃんだったから、巻き込まれていないか心配しているんだ。

 

「そういう問題じゃないだろう______________ほら」

 

「渚はチビだから」

 

 と、ここで浅野君が渚ちゃんの地雷を踏んだ。茅野ちゃんが貧乳と言われて激怒するように、渚ちゃんの身長に対する執念は凄まじい。バスケ部に入っていたのも身長が欲しかったからというのはまた聞きだが間違っていないはずだ。残念なことにその努力は実らず、彼女はE組で1番小柄な女子の座に収まっているのだけども。

 とにかく、浅野君は言ってはいけないポイントをついてしまった。普段なら頰っぺたを膨らませて「酷いよ学秀」で済まされるところだけど、今の渚ちゃんからは氷のような冷たいオーラが漂っている。

 

「家庭科赤点の料理音痴」

 

 ピキッと空気が凍った。生徒たちは半径1メートル以上遠ざかることに決めた。唯一2人の近くにいるカルマ君は手慣れた手つきでスマホを取り出してビデオ撮影をしている。

 

「パソコン音痴な方が問題じゃないのか?」

 

「は、言わないでよ」

 

 渚ちゃんがどこから取り出したのか、からしマヨネーズが破裂する爆弾を浅野君に向けて投げつける。それは軌道を外れ、水面に浮いているオレンジのスーパーボールにぶち当たった。「にゅやっ!」という声が聞こえてスーパーボールは沈んだ。

「あ、俺の」とカルマ君が呟いた。

 

「そっちが先に仕掛けてきたんだろう」

 

 真っ赤な弾が渚ちゃんを襲う__________がそれはまたもや途中で曲がり、たまたま近くにあった黄色とオレンジのスーパーボールに直撃する。スーパーボールは水面から姿を消した。

「それも俺のなんだけど」とカルマ君が拗ねた。

 

「ポップコーンに塩とか」

 

「糖質の摂りすぎで太るのは渚だ」

 

「女子に太るなんてサイテー」

 

 一言言う度に攻撃を仕掛ける2人だが、そのどちらもが軌道途中に曲がる。その内全員気づいた。

 

(こいつら当てる気ねえだろ)

 

 普段の訓練で成績の良い2人の命中率があまりにもお粗末すぎる。というより、全く別の狙撃点を狙っているようにしか見えない。

 

「渚さんも浅野君も先生に色々当てないでください!」

 

 声と共に現れたのは透明の膜に包まれた赤と黄色のシマシマ模様な殺せんせー。ちょっとスーパーボールに似てる……って何だこれ。

 

「ちっ、撃ち損ねたか」

 

「皆にも言っておけば良かったね」

 

 どうやら渚ちゃんと浅野君でこっそり打ち合わせした嘘の喧嘩だったらしい。

 

「こ、殺せんせー……?」

 

 陽菜乃ちゃんが確認するように尋ねた。地球上にいきなり縮んでスーパーボールになる教師なんて殺せんせーぐらいしかいないだろうし、コレは間違いなく殺せんせーだ。でも伏線無しにこんな形状になるとか後出し過ぎて反則だと思う。それもそうだけど辛子塗れになっているのがちょっとおもし……可哀想だ。

 

「皆さん混乱しているみたいですねぇ。これは先生の奥の手中の奥の手。完全防御形態です!!!」

 

「「「完全防御形態?!?!」」」

 

「先生の肉体を思いっきり凝縮してその分のエネルギーで肉体の周りを固める。この状態でいる先生はまさに無敵……水も対先生物質もあらゆる攻撃を跳ね返します」

 

「そうなんだ。どうりで爆弾の被害が少ないと思った」

 

 渚ちゃんが納得して今度は普通の爆弾を投げつけて殺せんせーの被害を再度確認する。

 

「やっぱり狙ってたんだ」

 

「えーっ、それじゃあずっとそのままだったら殺せないよ」

 

 矢田さんが困ったように言うと殺せんせーは優しげに「大丈夫です」と言った。

 暗殺対象なのに何が大丈夫なんだ。

 

「この膜は24時間で自然崩壊して、その後は肉体を膨らませて元の姿に戻りますから。裏を返せばこれから24時間先生は全く動きがとれません。恐れるべきはロケットに乗せられて宇宙の彼方に飛ばされることですが……」

 

 そこで殺せんせーはとびきり嫌味なニヤニヤ笑いで烏間先生を見やる。

 

「その点はリサーチ済です。24時間以内にそれができるロケットは現在この地球上のどこにもない」

 

 どや顔する殺せんせーにクラス全員苛立った。烏間先生は視界の端で何とかロケットを飛ばせないか電話でお偉いさんに交渉していて、律は様々な計算を高速で解いている。どうすることもできない生徒たちは2人を見守り、烏間先生が交渉に失敗し、律の計算でも殺せんせーが殺せないことを悟るとどうしようもない沈黙が全員を襲った。

 

「くそっ、どうにかすりゃ壊せんだろこんなの!!」

 

 どこからかハンマーを取り出し、寺坂君は何度も振り上げる。その努力は無駄に終わった。ハンマーに虚しくマヨネーズが付いただけだ。

 

「ヌルフフフ……核爆弾でも傷1つ付きませんよ」

 

「そっか。打つ手ないんじゃ仕方ないね」

 

 とカルマ君がスマホを素早く作動させてエロ本を読む殺せんせーの写真を画面に表示した。ちなみにそれは生徒専用のグループチャットで既に出回っているのだが、殺せんせーは知らない。

 

 殺せんせーの口から出たのは「にゅやっ!!」という呻き声。しかも手がないので顔を覆うことすらできない。だったら目を瞑れという話だが、そこまで考えが及ばないみたいだ。

 

「カルマ君、やめっ……「あ、誰か汚いおっさん見つけてきてよ。コレパンツに突っ込むから」ちょっ、カルマ君!!」

 

「こういう時のカルマはほんと冴えてんな」

 

 三村君が耳打ちする。私はそれに同意を示した。

 

「うん、その才能をもっと他のことに使えばいいのに」

 

「そりゃ……カルマだからな」

 

 赤羽業と言えば、才能の無駄遣い(または悪戯への多大なる才能行使をする)というのは皆何となく思っていることだ。殺せんせーの暗殺だって最初から嫌がらせや悪戯を混ぜているし、あの厳格な烏間先生との訓練の時間でさえ、いつ烏間先生に赤っ恥をかかせるかを目標にやっているんだから怖いもの知らずでもある。

 

「でも皆さん。各国の政府さえも先生をここまで追い詰めることはできなかった。皆さんは誇っていいでしょう」

 

 先生はいつも通り褒めていたけど、皆の顔はどこか浮かない様子だった。3月より前に先生が殺せたら話が終わるって分かっていたとはいえ、これは私も辛い。

 少し時間が経つと愚痴がするする出てきた。廊下でスマホを取り出し、スーッと息を吸い込む。

 

「殺せんせーってちょっと、いや、かなり卑怯だと思うの。だってあの完全防御形態、伏線何も無しで出てきたんだよ!これはご都合主義よ!」

 

 スマホ内にいる律に向かって大声を出す。律は「ご都合主義とは一体」とググりながらも冷静に私をなだめた。

 

「優月さん、少し落ち着きましょうか」

 

「律はよく落ち着いてられるよね〜。あ、もしかして想定内だった?」

 

 律は「そうですね」と分析を始める。

 

「想定内、の定義は難しいですが、今回の暗殺の成功率が極めて低かったことは認めましょう。期末テストを境に成功率が減っていますし、浅野さんという異分子は今回の暗殺にはマイナスに働いた模様です。千葉さんと速水さんに射撃能力の向上が確認できただけに残念です。一方で今の渚さんが暗殺者としては期末テスト前より優れていることは意外でしたね。それで理解できた点も多く…………」

 

 律の声が急に早口になり言葉を羅列していく。私が目の前にいることにやっと気づいたような顔をして、言葉を切った。自分の世界に入り込むと周りが見えなくなるタイプか。

 

「すみません。分析となるとどうしても熱が入ってしまい…………」

 

 私はくすくす笑い「平気だよ」と返す。律が何を言っているのか聞き取れなかったけど、今みたいなのは人間らしくて可愛い。

 

「それより律、最近イトナ君とどうなの?」

 

「……今日は天気がいいですね」

 

 律が誤魔化そうと視線を逸らす。天気予報がスマホに一瞬映り、顔の赤い律を隠した。明らかに挙動不審になっている。

 

「こ・く・は・く!したんでしょ。いやーまさか律が恋に落ちるとはね。何て告ったんだっけ?」

 

 天気予報の後ろから律が唸った。

 

「イトナさんが大好きですと言いました……」

 

「それでそれで?返事は?」

 

「テスト明けに『律が欲しい』と」

 

「うわあ、何それ、砂糖吐きそう」

 

 その欲しいはそのままの意味なのか。それとも………………いやいや流石にあのイトナでも初っ端から誘ったりはしないでしょ。いくら保体満点でも。

 

「砂糖なんていつ食べたんですか?」

 

 誘われた当の本人は呑気な発言をしている。

 

「そういう意味じゃないって」

 

「律は正しかったのでしょうか。一周目とは違う選択肢ばかり選んでしまって……」

 

 律は珍しくノイズの混じった声でぶつぶつと呟く。私は辛うじて最初のみを聞きとった。

 

「何ていうのかな、正しい選択なんて存在しない。少年漫画だと分岐点っていうのがあってね、決断しなきゃいけない時に決断した答えが主人公にとって正しい結末なんだよ」

 

 律は無言で目を瞑った。首をゆっくりと横に振る。

 

「……その理論は理解できかねます」

 

「ええ!何で?!」

 

「でも参考程度に学習しておきますね」

 

「学習はするんかい」

 

 理解せずに学習ってどういうこと。

 そんな私のツッコミに律は返事をせず、ただ社交的な笑みを浮かべる。

 

「それに主人公は私ではないですよ」

 

「それは同感ね。主人公は浅野君__________「渚さん」」

 

 同時に言った言葉は全く別の人物を指していた。互いに信じられないと相手をじーっと睨みつける。

 

「ちょっと律、どこに目付けてるの?渚ちゃんはヒロイン!主人公はどう考えても浅野君でしょ!!」

 

「主人公とヒロインを混同していますよ。優月さんこそ視力は正常ですか? 視力4.0以下なら黙ってください」

 

「リア充だからって少女漫画思考になるのは裏切りだって」

 

「いえ、少年漫画の方が好きです。特にジャンプが」

 

 プログラミング済みの好みを律が述べた。

 

「こいつさり気なく媚び売りやがった……!」

 

「それでは逆に尋ねますが、優月さんは何故浅野さんが主人公だと?」

 

「主人公っぽいからかな。何でも出来るし、いざとなると凄く頼りになるじゃない。まさに王道少年漫画の主人公!」

 

 強いて言えば元から頭が良いというキャラを生かしてノートに書くと人が死ぬ世界に入るべきだとは思うけどね。新世界の神になるとか言ってそう。

 

「それは主人公の定義には当てはまっていないですね」

 

「主人公というのは物語の中心人物……この場合の物語をE組と仮定しましょう」

 

「思い出してください。E組の事件の数々を。その中の中心にいたのは一体誰ですか?」

 

 E組の事件? と私は首を傾げ、記憶を辿る。事件と言っても殺人事件はない。しかし小さな事件を拾っていくにつれ、私は律の言う意味を理解していった。

 

 天使のE組堕ち。紛れもなく渚ちゃんの事件。

 生徒会長によるE組の介入。渚ちゃんを追ってきたのだから関わっていると言っていいだろう。

 四班女子誘拐事件も後から聞いた話によると彼女狙いの犯行。

 球技大会での相手女子の暴力。相手チームの主将は渚ちゃんの元クラスメイトだった。

 鷹岡の撃退。烏間先生は何故か渚ちゃんを選んでたけど、あの時の渚ちゃん、ちょっと変だった。

 堀部糸成救出作戦。これは彼女中心とは言い難いけど、カルマが切羽詰まってない状況で指揮を執るなんて好きな子から頼まれていなきゃありえない。

 期末テストでの賭け。1番1位を取る確率が高かったことに加え、実際1位の数はクラス1位。そもそも賭けが起こったのも彼女が五英傑の知り合いだったからという可能性もある。

 

「確かに、渚ちゃんは主人公要素多いかも。でも、性格的にはそうでもない気がする」

 

「ふふ、その内分かってくるはずですよ」

 

 ミステリアスな笑みに律はまだ何かを隠しているなと確信した。

 私はE組の中では律と仲が良い方だと思う。でも、だからって律のことをよく知っているわけじゃない。それに比べ、渚ちゃんは他の女子たちよりずっと律に近いと思う。

 律と渚ちゃんは何か大きな秘密を共有していそうだ。たぶん漫画の読み過ぎかな。

 

「あれは中村さんですか?」

 

「え、どこどこ?」

 

 律が廊下の先にいた莉桜の姿にいち早く気がつく。私が声をかけるも莉桜は気が付かず、力なく壁にもたれながら歩いていた。途中で莉桜の足がおぼつかなくなり、転びそうになる。

 

「莉桜!」

 

 ふらりと倒れかけた莉桜を支える。体温が手に伝わってきてそれが思いの外熱くて。

 

「嘘、凄い熱!」

 

 殺せんせー、いや、烏間先生に報告しないと。莉桜を部屋に寝かせ、廊下を走る。意外なことに誰とも遭遇しなかった。

 

「烏間先生、り……中村さんが凄い熱で____________」

 

 何なの、どうしたのこの空気。

 

 ロビーに集まった生徒たちの半数は今にも倒れそうだった。岡島は尋常じゃない量の鼻血を流していたし、三村君も神崎さんもテーブルに突っ伏している。

 烏間先生はというととても深刻な面持ちで電話をしていた。その様子に殺せんせーまで険しい顔つきをして尋ねる。

 

「烏間先生、今の相手は?」

 

「……生徒たちにウィルスをよこした犯人だ。奴は現在ホテルにいるらしい」

 

「なら、今すぐにでも飛び込んで__________「解毒剤と交換でお前を要求している」」

 

「はい?」

 

「1番身長の低い女子生徒に賞金首をホテルの最上階に持って来させるよう言ってきた」

 

 E組で1番身長が低い女子……渚ちゃん。またか(・・・)

 何か事件が起きた時、いつだって彼女は巻き込まれる。それは今回も例外ではないようで。

 でも身長をわざわざ指定してきたのは偶然にしては出来過ぎじゃない? 弱い生徒に来させたかったのなら、訓練の成績が最下位の生徒でもいいはずなのに。それにどうして1番身長が低い生徒がウィルスに感染していないと分かる?あ、違う。それもあるけど、何故みんなが感染した瞬間が分かるか、だ。

 その答えは恐らく……

 

「烏間先生。多分監視カメラが仕掛けてあるんじゃないかな?」

 

「不破さん……分かった、探させよう」

 

「勘が良いですね、不破さん」

 

 殺せんせーが私を褒めた。

 

「ふっふっふっ。探偵漫画読み漁ってたら余裕よ」

 

 そう返したが、実はもう一つの可能性____________犯人がE組関係者である____________があることを私は敢えて言わなかった。

 でもそう、それなら渚ちゃんを指定するのに明確な理由ができる。

 

 ■■の復讐。

 

 ぞわりと全身を寒気が襲った。あの時のことを思い出して恐怖がこみ上げてくる。

 

「不破さん、気分悪い?」

 

 はっと横を見ると、渚ちゃんが私の首元に指を当てている。早まった呼吸が一瞬止まった。

 

「だ、大丈夫」

 

 ほっと胸を撫で下ろした。落ち着きを取り戻したみたいだ。

 

「そう? 何だかトラウマを思い出したみたいな顔していたから心配したよ」

 

 うわっ、ドンピシャだ!!まさかテレパス?

 

「少し気になることがあっただけだよ」

 

 じっと見つめ、渚ちゃんは私の言葉に嘘偽りがないことを確認しているみたいだった。

 さっきも思ったけど、渚ちゃんは人の心が分かるみたいだ。人の感情を察知するのが得意ってだけだったらあの一瞬でここまで心配したりしないはずだろうし。

 おーい渚ちゃんってテレパスなの、なんて心の中で呟く。当然のように返事は返ってこなかった。漫画の読み過ぎか。

 

 渚ちゃんと私が話している間に烏間先生はホテルの警備状況から政府の介入不可だと判断したらしい。だからか渚ちゃんに賞金首を持って行かせる方向に話を進めていく。私もその状況は不可能に近いと思ったけど、諦めたらそこで試合終了。まだ手があるはずだ。

 

「先生にいい考えがありますよ。感染していない生徒は汚れてもいい格好で来てください」

 

 そう思っていると殺せんせーが何かを思いついたようだ。こういう時担任の先生っていうのは頼りになる。

 皆は意味が分からず首をひねっていたが、殺せんせーの言う通り私服に着替えた。女子は汚れてもいいと言われた割にスカートを着ている子が多い。ビッチ先生の「戦闘服と勝負服は同じ」という教えを守ってだ。もちろん、全員短パンは穿いているけどね。

 

「律さん、調べましたか?」

 

 全員集合すると、殺せんせーは早速律に尋ねた。

 

「はい。正面玄関には警備が多いため、強行突破は避けた方が良いでしょう。唯一、地形の問題で警備が置かれていない場所がありますが……皆さんなら楽勝だと思います」

 

 律が映像で崖の上にあるドアを表示する。その崖は結構な高さがあった。

 

「普段の訓練に比べたら簡単……なのか?」

 

 割と最近E組に来たイトナ君が俺は信じないぞという目で周りを見渡す。だが事実だ。

 

「イトナさん、私の本体もホテルに侵入できませんか? お姫様抱っこで持ち上げてくれるだけでいいんです」

 

 律の発言にクラスメイトが全員ハテナマークを浮かべた。意味不明な発言はそうだが、何故イトナ相手に?と疑問に思う生徒もいるのだろう。数名の律と親しい女子たちが苦笑混じりに顔を見合わせる。

 

「まずは体重計に乗ってこい。話はそれからだ」

 

「イトナさんのいじわる」

 

「…………仕方ない。俺と律は違う方法で潜入する。後で合流しよう」

 

 タイヤ付き自動販売機を押しながら崖とは違う方向にイトナが向かう。そっちって正面玄関……と突っ込む生徒はいなかった。それよりも皆が気になったのはやっぱり下衆い方だ。

 

「……今のどういうことですか?!?!」

 

 殺せんせーが声を張り上げる。「リア充ですか?!そうなんですか?!」と教師のくせに生徒たちより興奮している。

 

「意外だな、お前が生徒の恋愛に気づかないなんて」

 

「烏間先生知っていたんですか?!」

 

「まさか。今知った」

 

「ですよね」

 

「あら、私は知ってたわ当然」

 

 髪を手で振り払い、自信満々にビッチ先生が勝ち誇って2人の教師を嘲笑う。殺せんせーが「生徒の人気でイリーナ先生に負けたんですか……?」と弱々しい。

 

「律に告白促したのビッチ先生だもんね……」

 

「私は押し倒しなさいって言ったのよ?」

 

「500キロ弱ある律がイトナ君押し倒したらその時点でイトナ君死ぬでしょ」

 

 片岡さんの冷静な指摘に皆が残念なカップルだと頷く。

 自動販売機がイトナに乗っかる光景がふと頭に浮かんだ。うわーシュールだ。

 

「次元差LOVEだね」

 

 竹林君が涙ぐみ、親指をぐっと立てた。

 

「スクープ!堀部糸成(15)自動販売機の下敷きで発見される」

 

「木村君は新聞の見出しにしない」

 

 イトナ君と律についてあーでもないこーでもないと話していると、1人の生徒が崖を悠々と登るのが全員の視界に映り、私たちの動きを止めた。

 

「話しているところ悪いが、時間が惜しい。僕は先に行こう。皆まさか崖を登れないから来ない、なんて言わないだろうな?」

 

 浅野君がおしゃべりに夢中になる周りをキツい言葉で諌める。もう皆そんな浅野君に慣れているので怒る人はいなかった。むしろニッと笑い、私たちは次々に崖に駆け上がって行く。

 

「もちろん」

 

「ふふ〜ん。皆短パン穿いてるし準備万端だよ」

 

「いつもの訓練に比べたら余裕余裕」

 

「こんな崖なんて足止めにもなんねーって」

 

「とのことですが烏間先生」

 

 先陣を切って崖の上に登った浅野君が烏間先生をチラリと見る。ふと浅野君の威圧が和らいだ。

 

「指揮をお願いします」

 

「俺たちからも頼みますよ。崖を登るような訓練は何度もしたことあるけど、未知の場所で未知の敵と戦う訓練はしたことないので」

 

 磯貝君が浅野君の言葉に続けて言った。

 

「ツレにふざけた真似したんだ。落とし前はキッチリ付けてもらわなきゃな」

 

 おっ、寺坂君が男前だ。カッコつけているだけだけど様になってる。

 

「ご覧の通り、生徒たちはやる気満々です。ここにいるのはただの中学生ではない。貴方が手塩にかけて育てた14人の特殊部隊ですよ」

 

 殺せんせーの表情はここからではよく見えないけど、声色はいつもと同じく教師のソレで、今日は見習いに教える師匠のように思えた。

 

「時は金なりですよ?」

 

 烏間先生はそんな殺せんせーの言葉に3秒ほど口を閉ざした。そして覚悟を決め、声を張り上げる。

 

「注目!目標は山頂ホテル最上階。ミッションは隠密潜入からの奇襲。ハンドサインや連携は訓練のものを使う! いつもと違うのは標的のみだ」

 

「今律がマップを送った。3分で叩き込め!19時50分作戦開始!」

 

「「「おう!!!」」」

 

 皆は一斉に烏間先生に同じくらい大きい声を返す。

 

 私は崖を速く登るのが得意じゃない。慣れれば大丈夫だと思うけど、慎重に行くのが1番だと思う。

 

「不破さん不破さん。気になることって?」

 

 岩を登っている最中、渚ちゃんがわざわざ隣にやって来て尋ねた。彼女程の実力者なら先頭ら辺に居てもおかしくないのに、ここにいるってことはよっぽどさっきのことが気になったってとこかな。

 

 私は躊躇ったがいくら疑っているとはいえ、度々危険な目に遭っている渚ちゃんには言った方がいいと判断して自分の考えを打ち明けた。渚ちゃんはしばらく黙って聞いていたが、全て聞き終わると納得したように頷く。

 

「うん、不破さんは正しいと思うよ。いいこと教えてくれたからここはフェアトレードってことでわたしも情報提供するね」

 

「犯人はきっと殺し屋を4人雇っている。って、これはただの憶測だけど」

 

 渚ちゃんは「ごめんね、大した情報持っていなくて」と謝った。

 

「あっ、でももう一つだけ。不破さんの言う通りなら、監視カメラは仕掛けられていないんじゃないかな」

 

 多分、情報提供というのはこっちが本命だったみたいだ。その証拠に渚ちゃんの目は確信に満ちていた。

 

「何で?あの状況なら絶対____________「うん。でも意味無いから」」

 

 渚ちゃんはぞっとするほど美しい笑みを浮かべ、髪留めのピンを撫でた。

 

「監視カメラなんて仕掛けても、意味無いから」

 

 どういう、こと?

 

「でもそれが本当なら…………本当にその人が犯人ってことは________」

 

 渚ちゃんの顔が険しくなった。口にしたくないのか、それとも口に出せないのか、その先について口を閉ざす。

 

「まあいいや。後で話そっか」

 

 淡い微笑を浮かべ続け、渚ちゃんは崖の上にある扉に目を向けた。

 

「今はコッチに集中しないとね」

 

 渚ちゃんの言い方と、彼女の真剣そのものな表情に私は律の言葉を思い出した。

 ヤバい。

 

 見つけちゃった、私の主人公。

 

 




原作からの変更点

・初っ端からからしマヨネーズとケチャップを浴びせられる殺せんせー(烏間先生の部下が途中で洗った)
・不破さんの推理力向上
・監視カメラは仕掛けられていない(by渚)


不破さん視点でお送りしました。渚ちゃん視点だと操られ過ぎてて主観的、浅野君視点だと物語の鍵を握ってるため地雷が豊富と困っていたんですよ。慣れてないので書きづらいですが。なので今後クラスメイト視点を増やすかもしれません。

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