予想通りというべきか、プールが破壊されたという報せは朝勢いよくセクシー水着に着替えていったビッチ先生から聞いた。
「キーッ!!人の水着デビューを邪魔するなんて誰がやったのよ!!」
水着にバスタオルを巻き、銃を装備する。彼女のバスタオルは銃装備と同時に捲られ地面に落ちた。ガチャリと音を立てて戦闘状態に入った彼女に、ぼくは危険を察知して褒めることにした。
「水着に銃ってかっこいいよね。その水着も今年の新作でしょ?さすが先生」
ぼくの言葉にビッチ先生が求めていた言葉と違うと顔を背けた。それでも銃をひとまず下ろしたところを見た限りでは褒めて正解だったようだ。
「おーラッキー。プールとか面倒だったんだよな〜」
「次の授業自習決定だろ?俺寝たかったんだわ」
お前らがやったんだろうという視線が寺坂グループに集まる。特にビッチ先生の怒りは凄まじく、殺気を彼らに向けていた。いや、殺気のみならず銃も向けている。
なんて空気の読めなさだと寺坂君たちに対し苦笑いし、矢田さんと倉橋さんに目配せする。彼女たちは分かってるよと言わんばかりに頷く。
「男子を下僕化させる私の完璧な計画が崩れたじゃない!!この水着いくらしたと思ってんのよ!!!」
「まあまあ、先生これでも食べて、ね?」
矢田さんが営業スマイルでシロクマアイスをビッチ先生に差し出した。
「ビッチ先生、落ち着こ〜」
倉橋さんがビッチ先生の頭を撫でる。
「アイスごときでこの私が_______ってこれ美味しいわね」
もう少しバレないように工夫とか出来ないのかな。
ぼくは寺坂君たちをじっと見つめた。彼らは非難を受けるのが分かっているのに隠す気もない。むしろ嫌だと公衆に主張しているような、同調して殺せんせーの好感度を落とそうとしているような印象を受ける。
それが事実なら不器用過ぎる。寺坂君の行動は殺せんせーのお陰で空回りしてばかりだからだ。
「何だよ、お前ら。俺らが犯人とか疑ってんのか?証拠ねークセに決めつけんのかよ」
寺坂君はぼくの視線に舌打ちをして近くまで足を運ぶ。女子の襟首を掴むほどの暴君ではないので、ガン飛ばすだけだったがぼくは真顔で相手を見上げた。
3秒も経たなかった。寺坂君は背後から腕を捻り上げられ、支配者である学秀に屈服する。
「うっ……………浅野てめえ!」
「くだらないな、犯人探しなんて」
寺坂君を自由にしたものの、学秀の目は鋭く光っており、彼の蔑む視線に寺坂君が小さくひぃっと情けない悲鳴を上げた。
ぼくは学秀の速い反応に感嘆していたが、即座に殺せんせーが現れ寺坂君のだらしない服装をマッハで弄り自分の速度を誇示し始めたことで顔が引きつった。E組の生徒たちはああ、対抗しているんだなと生暖かい目でそれを見守る。
「そうです。マッハ20の先生からしたら時間の無駄ですね。そんなことやる暇があったら直してしまいましょう」
瞬きする間もなくプールは元どおりになった。むしろ前より綺麗で掃除されている。
「では皆さんいつも通り安全第一で遊んでくださいね!」
「「「「はーい!」」」」
これだけ綺麗にされたら分からないが、1周目の状況から考えるとどこかに爆弾が仕掛けられているのは間違いない。でも一体どこに仕掛けられているんだろう。
辺りを見回すと、「にゃあ」という呑気な鳴き声が後ろから聞こえてきた。倉橋さんがメルを下に優しく置く。
「天使ちゃんに伝えたいことがあるんだって。ちょっと物騒な情報らしいけど」
「分かった。倉橋さんありがと」
「じゃあまたねっ!」
え、倉橋さん行っちゃうの?
倉橋さん無しで誰が翻訳をするんだと必死に目で訴える。彼女に届かないことが分かったので地面でじーっとこちらを見つめるメルを観察することにした。
猫にも意識の波長は多少ある。人間と違い会話が出来ないが、呼吸の乱れ、歩き方などに感情が現れるのだ。メルは冷静で、音を立てることを殆どしない神出鬼没さがある。それは死神と過ごした時間の賜物だろう。だからこの猫は強力な味方なのだ。敵になったらと考えただけでぞっとするけど。
メルは口に紙を咥えていて、その紙を広げると気性の荒い字体がペンで殴り書かれていた。曰く【壁に爆弾。プールに薬剤。決行は明日】とのことだ。
なるほどね。
「お手柄だよ、メル」
紙を折りたたんでポケットにしまい、メルの頭を撫でる。目を細めて身体を委ねる猫の姿は癒しだ。でも何だかあざとい。機械仕掛けの彼女に毒されたか。
ポケットの中のスマホが揺れた。一体誰からだろうとL1NEのアプリを開き、その名前と内容に思わずにやける。
狭間:寺坂がシロと会っていた。イトナも居たわ。これがあんたが欲しがってた情報?
渚:そうだよ
狭間さんが寺坂君とシロが一緒に居るのを見た。この事実を求めていたぼくにはそれは朗報だった。ぼくが寺坂君とシロが繋がっていると何の根拠も無しに言うのと、他の誰かが見かけたのとでは意味合いが変わってくる。スマホのスイッチを切り、教室へと引き返した。てっきりぼくは泳ぐものだと思っていたのだろう、茅野が首を傾げる。
「あれ、渚泳がないの?」
「うん、今日はパス」
「あ、もしかして……女の子の日?」
小声で言われた理由は的外れだったが適当な理由付けには丁度良い。だからぼくはその案を採用することにした。
「うん。茅野は?」
「わたしもそうなの」
「……ってことにしたサボりなんだけどね〜」
茅野は続けて「この前溺れてかけて懲りたっていうか」と表向きの理由をひたすら述べたが、ぼくは理解していた。
茅野は泳げない事情があるから授業以外はプールには入らない。それは茅野がカナヅチだからではなく、触手持ちだからである。
教室にはほとんど誰も居らず、珍しくカルマ君が律とオセロをやっているのが見えた。オセロをやるのが初めての律は劣勢の様子だ。
「あ、茅野に渡すものがあるんだった。はいこれ。L1NEのID変えたんだよね」
メモ帳の切れ端を茅野に渡す。茅野は飲んでいたプリン煮オレを机に置いて、メモ帳を取った。
「そうなんだ〜……え」
茅野は中身を見て険しい顔をし、すぐに表情を笑顔に戻した。
「いいよ。でも__________「茅野ちゃん、その紙何?」」
カルマ君が上から茅野の持つ紙をさっと奪い取った。
「_______カルマ君の方がずっと適任だと思う」
茅野が途切れた言葉を繋げる。目立ちたくない茅野よりもカルマ君に適しているのは十も承知だったが、彼はぼくを警戒している。計画を知ったら警戒心を増長させるだろうと考えたのだ。
カルマ君はメモを一通り読むと深く息を吐いた。
「茅野ちゃんの言う通りだよ。こういうの俺のが向いてるっしょ」
どうして頼ってくれなかったのという含みを持つ言い方に、ぼくは顔を背けて言い訳を吐いた。
「……ぼくを警戒して避けていると思ってたから」
カルマ君は呆気に取られた顔をする。彼の意外な反応に、もしかしたらぼくの勘違いだったのではないかという気がしてきた。
「避けてたよ実際。でも警戒してたんじゃないって」
小さい子を宥めるような優しい声に、カルマ君はこんな声も出せるのかと驚いた。
「渚ちゃんかっこよかったよ。稲妻が走ったみたいな感覚がした」
これってカルマ君流の'よくやった'ってこと?褒めているのには違いないんだろうけど。
かっこいいという言葉に少し照れ、彼の言葉から生まれた疑問を投げかけた。
「じゃあ何で避けたの?」
カルマ君は考え込み、ゆっくりと返答する。
「前から思っていたことにようやく答えが出てさ、なんか怖くなった。やっぱり俺逃げてたんだなーって」
前から思っていたことって何だろうと不思議に思ったが、それは今聞いてはいけないように思えた。ぼくができることはカルマ君の意識の波長を探ることのみで、彼から動揺、不安、恐怖などの負の感情を感じる。でもそれと同時に緊張とか、憧れとか、あとよく分からないものも感じ取った。
この感情は……何だ?
「カルマ君ってほんと分かりにくいよね〜。私はそうかなあって思ってたけど」
茅野がぼそっと呟いた。ぼくは茅野がカルマ君の言っている意味を理解したことに驚きを隠せずにいる。
「茅野ちゃん侮れないね〜」
「浅野君を裏切る形になるから誤魔化してるんでしょ。浅野君はとっくに気がついていると思うよ」
「んー、それはどうだろ。学秀君も人の心を読むのに長けてるわけじゃないんだし」
会話の展開について行けずに置き去りになる。こんなことはしょっちゅうあるから慣れているけど……っていうか茅野は今ので分かったの?
カルマ君は前から気になってたこととしか言ってないのによく分かるなあ。
「ごめん、どういうことなの?」
「渚は知らなくていーの」
茅野がニコニコしながらそう言った。何だか可愛い。
「で、このメモの計画を実行するんだよね?」
カルマ君は話を90度逸らし、元の話題に戻すと紙切れをぼくに見せた。
「そうなんだ。ぼくは目立つのが苦手だから、誰か実行してくれる人を探していたんだよね」
「へ〜。あ、いいこと考えた。渚ちゃんさ、クラスの中で1番頼れそうな奴挙げてみ?学秀君以外で」
「頼れる……それは磯貝君じゃない?」
カルマ君と茅野が「だよね」と頷き合った。学秀が頼れるのは周知の事実だが、今回の計画は学秀抜きでやった方が良い気がした。それをカルマ君も察知したようだ。
「じゃ決定。茅野ちゃん、暇なら俺について来なよ。磯貝のとこ行くからさ」
「いいよ〜。さっきの話も聞きたいしね」
「茅野ちゃん誰かに言わない?あー、言うんじゃなかった」
2人で廊下を歩いて行くのを目で追う。どうなるかな、と気になり結局ぼくは後をつけて行くことにした。
*
放課後の裏山で人知れず4人の生徒が集まっていた。プールから帰る途中だった磯貝君と前原君をカルマ君たちが呼び止め、衝撃的な事実を告白する。
「「爆弾を見つけた?」」
校舎裏で2人の声が重なった。殺せんせーがいる所為で通常とは違う状況に慣れきった2人も流石に爆弾には動じるらしい。そう考えるとカルマ君と茅野の反応はその年齢にしては非常に落ち着いている。
「なんか倉橋さんがメルが爆弾を発見したって」
という紙をぼくに渡してそれがカルマ君たちに伝わったという説明は見事に省略された。
「それは大変だな……でも何で俺らに?」
前原君が相談に適任の奴なら他にいるだろともっともな事を言った。確かにそれは一理ある。こんな大事なら烏間先生に言えば何とかしてくれそうだし、殺せんせーに言った日には爆弾がすぐさま撤去されるだろう。
「ほら、磯貝学級委員だから。前原はついで」
「ついでってひでぇな」
前原君が面白くなさそうに首を竦めた。カルマ君は話を続ける。
「俺がこんな話してもみんな混乱するだけじゃん。磯貝だったらそこんとこ上手くやるだろうなーって」
「分かった。その代わり、計画案は任せる」
彼らが計画をついて動き出すのを確認して、教室から離れる。後ろでぼくと同じように様子を覗き込んでいた学秀は呟いた。
「__________良かったのか、渚は」
いつから居たんだろう。この様子だとぼくがカルマ君と茅野に渡したメモのことも知っていそうだ。
「良かったんだよ。この前の鷹岡先生と戦ったことで目立ちすぎちゃったからね。ワンマンプレイは避けたい。今回は最低限必要なところだけぼくがやろうと思って」
勘が良いシロはぼくを少しながら危険視しているだろう。だから危険なところだけ引き受けて、他の部分はカルマ君や磯貝君に任せた方がいい。
「ああ、そうだ。寺坂がさっき教室に憂さ晴らしに虫除けスプレーを撒こうとしていた。見かけたことないメーカーで危なそうだったから使う前に没取しておいたんだが、いるか?」
「え」
学秀、それは無いよ。
ぼくは笑いを堪えきれずにふふっと零した。彼はぼくの計画を何も知らない。さっきので断片的に理解しただろうが、それさえも一部分に過ぎない。
それなのに何でもお見通しだなと底知れない安心感を覚える。流石の学秀もその虫除けスプレーが殺せんせーだけに効くものだとは知らなかっただろう。しかし、事前にぼくが寺坂君をマークしていた事から彼への警戒を強めていたに違いない。
プールに薬品が混入された件は止められなかったが、それに対抗する策は用意済み。万全のシロ対策にぼくはすっかり油断し切っていた。寺坂君が教室にばら撒くスプレーの存在を忘れていたのだ。カルマ君たちが話し合っている最中にスプレーが使用される危険性は十分考えていたが、殺せんせーのみへの被害のため軽視していた。例え殺せんせーが弱るようなスプレーが使われても前回は問題無かった。それならば、2周目も平気だろうと。
「慢心大敵だなぁ」
自嘲気味に笑い、学秀からスプレーを受け取る。
「今回の計画では使わなそうだけど、一応貰っておくね。殺せんせーの触手対策になるし」
「へぇ、そういう代物か」
「欲しくなった?」
「いや、いい。渚の方が必要になるだろうからね」
含みを持つ言い方は前にぼくが何度も繰り返したヒントよりずっと巧妙で、その時ぼくはそれに気がつくほど賢くはなかった。
ただ、殺せんせーに使うというのなら学秀だって必要なはずじゃないか、なんて違和感を残しぼくらの会話は終了する。スプレーを見るぼくの背中に心配そうな学秀の視線が突き刺さるようだった。
原作からの変更点
・狭間さんが寺坂君をつけていたためバレた
・メルによる爆弾発見メモ
・カルマは別に警戒していない
・カルマが何かに自覚した
・磯貝君に伝えられる計画
・学秀君にスプレーは奪われた!
更新遅くなりました。次回いよいよ計画の実行です。この回で謎なことは次回で大体分かるようになっています。