クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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球技大会のはなし。

 梅雨が明け、E組にも夏の兆しが訪れた。女子はこの時期になると肌が焼けるのを気にし始めたり、汗の臭いに敏感になるらしい。女子力の高めな矢田さんと倉橋さんはポーチに色々な夏対策グッズを入れており、女子みんなで感心したものだ。しかし岡野さんあたりの活動派な女子は太陽の下にいるのを特に気にしないことがほとんどだった。

 

「なんかアウトドアっ!って感じのことやりたいよね〜」

 

 茅野が言い、ぼくは「まあね」と同意する。せっかく雨が上がったところだし、活動的になるのはいいことだ。

 

「今度スイパラでプリンフェアやるんだって!週末行こ?」

 

「いいけど、それはアウトドアに入んないでしょ」

 

 むしろインドアじゃんとツッコミを入れると茅野がふにゃりと微笑んだ。()()()()()()()微笑みに黙らざるを得なくなる。茅野がぼくといる時に自然に素に戻ることは喜ぶべきことのはずだ。加えて言えば、茅野がスイーツを食べるのには理由がある。

 

「いーのいーの。渚とスイーツ食べてる時の時間がすごい和むんだ〜」

 

「私も同行してよろしいですか?スイパラというものにとても興味があります。殺せんせーのグルメマップに載っていた店なので!」

 

「えっと……律は食べれないよ、ね?」

 

 茅野がもしかしたら食べられるのかもしれないとぼくに同意を求めた。そんなやり取りを見破ったかのように律が微笑む。

 

「ご心配なく。最高の自動販売機を提供するために最新の味覚センサーを搭載したので味にはうるさいですよ」

 

「「何でもありだな?!」」

 

 ぼくらの声に反応するかのように目の前で本校舎の門が開き、中からモデルのように背の高い女子たちが姿を現した。

 椚ヶ丘の女子の平均身長はぼくたち2人よりずっと高いが、彼女たちは別格だ。中には170を軽々越え、男子顔負けの身長のものもいるからだ。その全ての女子にぼくは見覚えがあった。特に真ん中を陣取る女子に。

 

「また会ったね、渚ちゃん」

 

 姫希さんは柔らかい笑みを浮かべた。意識の波長がぐにゃりと歪み、ピリッとした空気がぼくと彼女の間に流れる。

 椚ヶ丘中学校女子バスケ部レギュラー。それが彼女たちの固有名詞だ。

 

「天使ちゃんもう帰るの? いいなぁ、うちら今から練習〜」

 

「大変なんだよねー、レギュラーなると。E組だと部活しなくていいんでしょ?まじ羨ましい〜」

 

「なーちゃん戻って来ればいいのに。この前総合2位だったじゃん」

 

「宍戸先生が、ね。1度不祥事を起こした生徒を戻すのに賛成じゃなくて」

 

 意外と好意的な反応に戸惑いながらも前々から用意していた嘘を披露する。茅野がスーッと目を細めたのは無視した。

 

「えー。顧問の癖にそんなこと言うかなぁ?しかもあの騒動って確か__________「そんな話はよそうよ」」

 

 余計な事を口に出すなとばかりに姫希さんが凛とした声でぼくらのやり取りを止める。危うく言ってはならない話を口に出しそうになった生徒が口を押さえた。

 

「すみません、キャプテン」

 

「もし渚ちゃんが戻って来たとしても、今のレギュラーには敵わない。ボコボコにされるのがオチじゃないかな」

 

 こちらはこちらで猫を被る気もないらしい。元部メンだからと気を使って好意的に見せかけているレギュラーメンバーの努力が台無しだ。

 

「随分自信満々なんだね」

 

「そうかな?どっちみち、今度の球技大会ではっきりするけどね」

 

 ひらひらと手を振って姫希さんたちは体育館に消えた。残されたぼくらは彼女たちの気迫を思い出して身震いする。

 

「あの子この前の京都の子だよね?怖かった〜」

 

「うんうん。それにみんな背高かったね」

 

 チビたちには辛い身長差だ。特に140センチ台のぼくたちにとって170センチ付近の姫希さんは女巨人である。

 

「あ、ところで渚」

 

「ん?」

 

「球技大会って?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球技大会。中学校に入って最初のイベントであり、生徒たちの運動能力を競う場でもある。

 

「浅野君が早退したのは球技大会(それ)が理由でしたか。スポーツで団結力を高めるには彼の力が不可欠ですからねぇ」

 

 殺せんせーはクラス委員からの球技大会のお知らせにふむふむと頷いていた。しかし、トーナメント表を見てその表情が分かりやすく変化する。3年のトーナメント表にはE組の欄がなく、存在を無視されていたからだ。

 

「……E組は参加しないんですか?」

 

「参加はするんだ。でも本戦じゃなくてエキシビションの方」

 

 三村君が苦笑いして説明をした。男子は野球部、女子はバスケ部と対戦することを話すと、殺せんせーも何のことなのか分かったようだ。

 

「なるほど。いつものやつですか」

 

 椚ヶ丘名物E組弄り。

 

「でも訓練で基礎体力付いてるし、善戦して全校生徒を盛り下げるよ〜」

 

 片岡さんの声に女子勢が掛け声を上げる。目標が盛り下げるってどうなんだろうとぼくは苦笑い気味だった。

 

「バスケといえば頼れるのは渚かな?」

 

「ぼくは身長がないからあんまり戦力にはなんないと思うよ」

 

「またまた〜」

 

 これ謙遜じゃなくて真面目な話なんだけどね。

 ぼくは苦笑いして2軍だったころのことを思い出した。運動神経はそこそこ良かったけど、ある大きな欠点のせいで非戦力扱いされていたことを。

 

「とりあえず練習場所探さなきゃ。本校舎の体育館は全部運動部が使ってて無理だろうし」

 

「……何だっけ、教師の許可があればいいんだよね」

 

 ぼくは1人の教師を思い出した。

 

「そうそう。でもE組になんて絶対許可くれないし」

 

 

 

 

 

「ください。体育館の使用許可」

 

 笑顔で手を差し出す。ライターをカチカチと鳴らす相手は突然の生徒登場に目を見開いた。

 

「あ?断る」

 

 宍戸先生はイラっとした声を上げた。喫煙者の彼は学校にバレないように校舎裏で煙草を吸うことが多い。

 

「A組教師34歳、カンニング偽造に関与した疑い」

 

「何だ、その新聞の見出しみたいなやつは。証拠は?」

 

「こんな事もあると思ってボイスレコーダーにばっちり収めています、残念ながら」

 

 去年の最後にしたやり取りを宍戸先生に聴かせた。彼は録っていたのかよと呆れ気味だ。

 

「……食えない奴め」

 

「確か先生女子バスケ部の顧問でしたよね。今どんな感じですか?」

 

「盛り上がってたぞ。打倒天使!ってな」

 

「……ぼく弱かったんだけどなぁ」

 

「お前チビだもんな」

 

 直接言われると苛つくなあとムッとする。更に彼の煙で少し咳き込んだ。絶対わざとやってるこれ。

 

「それで貸してくれるんですか?体育館」

 

「1つしか空いてねーぞ」

 

「十分です。どこですか?」

 

「旧体育館」

 

 宍戸先生はニヤリと笑って鍵を投げて寄越した。顔を顰めて宍戸先生を見る。

 旧体育館。幽霊が出ることで有名なため、使う生徒が居なくなってしまったという話だ。

 ほぼ壊れかけたシュートコート。歩く度にメシメシと音を立てる床。

 

 旧体育館に着いたぼくらは顔を引きつらせた。ボロ装備には慣れているとはいえこれは酷い。

 

「まあ、旧体育館でも使用許可が出ただけマシ、だよね」

 

 自分たちに言い聞かせるように片岡さんが発言した。その言葉に頷く周りだが活気がない。むしろ大丈夫なのかなという心配の色が透けて見える。

 

「でもぼくたち旧校舎に慣れてるし、多少ボロくても何とかなるよ」

 

「……そーいやうちらエンドのE組だもんね〜。設備に文句なんて言ってられないじゃん」

 

 中村さんが古くても何とかなるさと親指を立てる。そんな彼女は早くも壊れた床に嵌っていた。

 

「ようし、まずはシュート練習から!」

 

 シュート練習……これはやっぱり言わなきゃダメそうだ。

 ため息を吐いて女子たちを見渡した。E組女子は運動が出来る生徒が多い。だけど元バスケ部ということでみんなぼくに僅かながらも期待をしているようだ。その期待を打ち破る真似はしたくなかったけど、仕方がない。

 

「ごめん。その前にぼくから言わなきゃいけないことがあって」

 

「ん、どうしたの渚ちゃん?」

 

「ぼくシュート出来ないんだ」

 

「「「「ええ!!!」」」」

 

 そんなに驚かなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球技大会日当日。

 野球トーナメントは1年生、3年生、2年生の順番で締めくくられる。逆にバスケは2年生、1年生、3年生の順番で、それは各トーナメントで必ず応援が付くようにだろう。

 余興試合まで普通なら暇なE組だが、今年はE組監視役である学秀がA組に居るためにその観戦を楽しんでいた。とはいえ、クラス差別から1番見えにくい奥の方の席しか座らせてもらえなかったが、国家機密の教師にはこのぐらいがちょうど良い。

 

「浅野って俺より上手いんだよな、投げるの」

 

「そうなの?でも試合見ててそんな感じしないけど……」

 

 茅野の言う通り、学秀は少し上手い程度に収まっており、進藤君のようにとても速いボールを投げるわけでもなければ杉野君のように変化球を投げることもない、かと言って外すこともない安定したボールだ。むしろ観客の注目は先程ヒットを打った田中という生徒に向けられていた。ぼくはこの生徒を知らないので恐らく新しくA組になったメンバーだろう。

 

「あ。もしかして、A組を団結させるため?」

 

「そっ。だからあいつはあくまでゲームメイカーに甘んじる。それでも試合結果はすべて浅野の手に握られてるんだろーね」

 

 A組に最初からいた生徒も多いが、今年から入った生徒も勿論いる。学秀の狙いはどうやら今年からの生徒を馴染ませるために活躍させることのようだ。

 

「試合終了ー!3対1で野球トーナメント3年はA組が優勝です!!」

 

「そう考えると、あんまり面白い試合じゃないね」

 

「浅野君が居たら勝つって分かるもんね〜。あ、3年バスケの決勝観に行こうよ!」

 

「うん。A組対B組だっけ?」

 

 相変わらずA組は何でも出来るなあ。体育館に到着すると顔馴染みの女子生徒たちが運動派のB組女子たちと戦っていた。

 現在は36対28でA組が優勢だ。しかし、中盤で交代が告げられるとA組のシュートが中々入らなくなってきた。

 よく見ると1人の女子の動きが変だ。右脚を引きずっていて、何だか顔色も悪い。それなのに他の女子たちはその女子に集中的にパスを回していた。

 

長沢さん(・・・・)!ボールちゃんと見て!!」

 

 怒ったような声でA組から罵声が飛び交う。その女子は、じゅりあちゃんはフラフラしていて体力的にも限界のようだ。

 何でみんな気づかないんだろう。じゅりあちゃんは明らかに怪我をしてるのに。いや、違う!わざとやってるんだ。

 試合が終わり、1人自動販売機に足を運ぶじゅりあちゃんを追いかける。片足を引き摺っているところからして捻挫だろう。

 

「じゅりあちゃん、足!怪我してるよね?!早く保健室に__________「やめてよ!」」

 

「何なの。同情のつもり?あんたのせいでこうなったから、悪いとでも思ってるの?ざまあみろって思ってるくせに」

 

「それは……」

 

「怪我しているからってそれをあいつらに言ったら思う壺。じゅりあは可哀想な子じゃない。甘ったれたあんたと違って誰かに頼る真似なんか絶対しないんだから!」

 

 頼る……?ぼくはみんなに頼り過ぎてる?

 ピンチが訪れた時、学秀は何回助けてくれただろう。殺せんせーは何回マッハで駆けつけたんだっけ。

 いつだってE組はA組に勝ってきた。でもそれは殺せんせーの力が大きくて。ぼくらだけでの勝利はほとんどないんだ。

 でも今回は違う。E組女子はぼくたちだけで女子バスケ部に勝ってみせる。

 

「違う。ぼくは誰かに頼ってばっかりな甘ったれた女子じゃない」

 

「バスケの試合観に来てよ。E組女子(ぼくら)は勝てるって証明してみせる」

 

「……勝手にやってれば?」

 

 じゅりあちゃんはぷいと顔を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 E組との余興試合。相手チームはきっと流れ作業みたいなものだと慢心していることだろう。その隙を突けば確実に勝てる__________と思っていた時期がぼくにもあった。

 

「第1ピリオド34対18で女子バスケ部の圧倒的優勢です!!頑張れバスケ部!E組を蹴散らせ!」

 

 前言撤回しよう。女子バスケ部は本気でE組(ざこ)を潰そうとしてきた。

 第1ピリオドまでの結果は完全にぼくらの劣勢である。序盤に岡野さんと片岡さん、ぼくが連携して得点を稼いだためゼロにはならなかった。しかし、相手チームはぼくがシュート出来ないことに目を付け、岡野さんと片岡さんを徹底マークすることで得点を防いだ。更にはスリーポイントシュートを連発して放つ姫希さんがチームの得点源であり、170cmある身長は片岡さんにも止められないようだ。

 

「渚ちゃん!ここはうちらに任せて!」

 

 中村さんと片岡さんが2人がかりで姫希さんのマークについた。

 しかしぼくがボールから目を逸らしていた一瞬で2人のマークを抜けた少女が綺麗なフォームでボールを放った。それは弧を描き、リングを通過していく。相手チームに3点が追加された。

 

「なんとっ!!またもやスリーポイント!さすがキャプテンッ!我が校のエリートは強いッ!!」

 

 いるんだよなあ、たまに。どうってことない調子でスリーポイント投げまくる超中学級の選手が。彼女はその良い例だ。

 女子バスケ部キャプテンにして部長。人脈の広さから操る膨大な情報量と頭の良さを活かし、彼女の出る試合において敗北の文字はない。

 

「よしっ!伊藤選手が3ポイント__________第2ピリオドも引き続き女子バスケ部チームリードです!」

 

 司会者の権利を律から奪い返した女生徒が声を高らかに試合の様子を語る。それに合わせて観客席で姫希さんのシュートに感嘆する声が巻き起こった。

 

「伊藤姫希……注意していたとはいえやっぱり只者じゃないね。私じゃ無理そうだ。渚ちゃん、マーク代わってもらってもいい?」

 

「えっ、でもぼく小さいからハムスター程度にしか思われないよ?!」

 

「ハムスターでいいんじゃん?だってあいつら、あたしらのこと蚊が飛び回ってるぐらいにしか思ってないだろーし」

 

 第2ピリオドに入り、姫希さんのマークに付いた。

 

「フレー、フレー!いー・ぐ・み!」

 

 聞き慣れた可愛らしい声にE組女子たちは一斉に声の主を振り返る。司会者は「誰?!私何も言ってないんだけど!!」とキレていた。その背後に立つ自動販売機の画面が一瞬切り替わり、舌を出してウィンクする電脳少女がチアガールのコスプレで姿を現す。

 

 律ーー?!

 

 彼女の背景が電子的な波長を表示して、意識の波長を使えという合図なのかなと解釈した。意識の波長……そういえば試合では1度も使ったことない。集中力を相手チームの意識の波長に向ける。姫希さんがボールを受け取って意識の波長が揺れ動いた瞬間、彼女の行動の全てが目視出来るようになっていた。目線、脈拍、呼吸。

 あれ……ちょっと待って。もしかして姫希さん右に動こうとしている?

 姫希さんはぼくの右側を通り抜けようとした。それを先に読んでボールを奪い取る。

 

「何でそこに__________」

 

 姫希さんの言葉にぼくは返事をしなかった。ぼくと姫希さんは去年まで友達だった。だから彼女の意識の波長で感情を読み取るのは朝飯前だ。

 しかしスポーツの場合、感情は試合に深く関係はしない。その先入観からぼくは意識の波長のことを考えようともしなかった。でもそれは間違いだったみたいだ。

 今ので実証された。意識の波長は人の行動を把握することもできるらしい。

 

 シュートをする時の決意。相手を抜く時の瞬間。パスを出す時のタイミング。

 

 すごい。全部分かる。

 

 ぼくは岡野さんにパスを投げ、彼女は持ち前の跳躍でシュートする。

 

「くそっ!キャプテン、パス!」

 

「もーらいっ!」

 

 岡野さんがスルッと相手の視線を潜り抜けてナイフを使う時のような動きでボールを文字通りスティールする。そのこぼれ球を倉橋さんがキャッチして片岡さんに繋ぎ、彼女はシュートした。

 

「ダメダメ。普段通りの連携は全部お見通しだよ」

 

 女子バスケ部レギュラー。彼女たちの何人かはぼくと同じ2軍出身であり、連携のレパートリーは殆ど記憶にあった。逆に見たことのない連携スタイルは律がデータを集め、そこからぼくらの暗殺スタイルを活かした作戦を片岡さんと立てる。その結果出来上がったのがのが''触手作戦''だった。

 殺せんせーの触手のように速く!そして緩やかに。ボールを殺すつもりで盗る。姫希さんのスリーポイントシュートは意識の波長で判断して止める。

 

 殺れるかもしれない_____

 

 そう思った時、ドリブルをする姫希さんがボソリと呟いた。

 

「……プランBはあまり使いたくなかったんだけどなあ」

 

「プラン、B?」

 

「うっ……」

 

 クラスメイトの悲痛な声に、ぼくは思わず後ろを振り返った。片岡さんがお腹を押さえて蹲っている。

 

「片岡さん!」

 

「よそ見してる場合かな、渚ちゃん」

 

 ぼくが姫希さんから目を離した途端、彼女はぼくの左側を通り抜けた。あと一歩で間に合わず、彼女のシュートを防ぐのに失敗してしまう。

 

「第2ピリオド終了です!現在41対30!これはE組にも勝つチャンスがあるのではないでしょうか?!」

 

 律の実況が響き、観客が誰の声だと騒ぐ。でもその声すらぼくには届かないぐらいぼくは衝撃を受けていた。

 あの姫希さんがラフプレー?勝つ為だからって、そんな悪どいことする?

 

「片岡さん!大丈夫?!」

 

「いった……第3ピリオドには出れると思う」

 

「何のつもりなの、姫希さん?」

 

 相手側のベンチに足を運び、姫希さんを睨みつけた。彼女がぼくの表情に見下したような笑みを浮かべた。

 

「安心してよ。渚ちゃんには何もしない。天使が傷つけられたら浅野君(かみさま)に何言われるか分からないもんね」

 

「そういう問題じゃない……姫希さんたちは勝ってるじゃん!わざわざ片岡さんを傷つけなくてもいいのに!」

 

「邪魔なの、渚ちゃん。この試合から手を引いて。そうしたらもうメグちゃんみたいな怪我人は出さない」

 

 考えなくても分かる。これは脅しだ。

 ぼくが姫希さんをマークしている限り、姫希さんはスリーポイントを打ちにくくなる。ならば、クラスメイトを傷つけてぼくの目を惹きつけるか、それともぼくを出さないようにすればいい。狡い手ではあるがその分確実である。

 

「そんな無茶苦茶な__________「じゃあ怪我人が出るだけだよ」」

 

「優しい渚ちゃんはどっちを取る?クラスメイトを見捨てて試合に勝つか__________試合を捨ててクラスメイトを助けるか?」

 

 ぼくの顔を見てくすりと嘲笑う。どちらを選ぶかは分かっているかのような顔だ。

 

「選んでよ」

 

「ぼくは……」

 

 片岡さんとスコアボードを交互に見た。どちらを取るか。そんなの分かりきったことじゃないか。

 

「クラスメイトを見捨ててまでして勝とうだなんて思わない」

 

「……そう。安心した」

 

 姫希さんは勝ちを確信して口角を上げる。この瞬間、相手チームの勝利が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合に負けた。惨敗だった。でもぼくは悔しさも敗北感も感じなかったんだ。

 最初からそうだった。この試合は女子バスケ部の為にあるもの。E組が勝利を手にしたところで身にあまりすぎる。反対に女子バスケ部にとってはほとんど3年生が占めるレギュラーたちが全校生徒に見せる唯一の晴れ舞台。勝利は当然だった。

 ぼくが出ても女子バスケ部が勝つ可能性だってあった。それでも姫希さんがぼくを出させないようにしたのは、8月に行われる大会に向けた士気の向上のため。勝つだけでなく、圧倒的な大差をつける必要があった。

 何だそれ。最初からぼくは負けてたんじゃないか。目の前の勝利を願うぼくと、先のことを見据えた学秀や姫希さん。完敗だ。

 E組のみんなといるのが少し気まずくて、ぼくは体育館を離れた。体育館裏で休んでいると思いがけない人物が現れた。

 ……じゅりあちゃん。試合見てたんだ。

 

「ばっかみたい。絶対勝つとか言ってたくせに、ぼっろぼろに殺られてるし。勝ちたかったんなら、クラスメイトを見捨てれば良かったんじゃないの?」

 

「見捨てるぐらいなら、そんな勝利捨てるよ」

 

 フンと彼女は鼻で笑った。お気に召さない答えだったようだ。

 

「自己犠牲?それ、じゅりあの1番嫌いなやつ。正義感気取って仲間を守ろうとか、ほんっとくだらない」

 

「……違うよ。ぼくはただクラスメイトの安全とE組の勝利を冷静に天秤にかけて、クラスメイトの安全を取っただけだ」

 

「あーそうだったね。渚ちゃんはほんとは全然良い子じゃない。じゅりあをA組に残したのも、復讐のためだもんね」

 

「うん。じゅりあちゃん大変らしいね。自業自得だなあとも思うけど」

 

 分かりやすくナチュラルメイクで整えられた顔を歪める。今になってじゅりあちゃんのメイク今日はちょっと薄めだなあというどうでもいいことが脳裏に浮かんだ。

 

「うっわ。やっぱり渚ちゃん嫌いだわ」

 

「はは……気が合うね」

 

「でも、見直した。ていうか、浅野君に守られてばっかの弱虫って思ってたけど……何だ、全然弱くないじゃん」

 

「やっと気づいたんだ」

 

 じゅりあちゃんが少し顔を綻ばせる。しかし慌てて顔を元に戻し、しかめっ面になった。

 

「でも浅野君は渡さないんだからっ!」

 

「はいはい」

 

 じゅりあちゃんと別れてE組女子と合流する。彼女たちは敗北に「惜しかった!」と嘆いたものの目標だった本校舎盛り下げは達成して満足気だ。

 男子の野球は記憶の通りに進み、球技大会は無事に終幕を迎えた。

 

「優勝おめでとう、学秀」

 

「ああ。でも優勝するって知っていただろう?」

 

 代表として渡されたトロフィーを持つ学秀に声をかける。学秀はソレをとてもどうでも良さげに持っていた。優勝することは彼の予想通りのようだ。

 

「まあね」

 

 ふとトロフィーを持つ反対側の手に握られた紙を凝視する。

 

「それ……?」

 

「映画のチケット。優勝祝いで殺せんせーにもらった」

 

「へえ……!殺せんせー珍しいね」

 

 普段は物凄くケチなのにこういう時は太っ腹だ。E組男子の野球が勝ったからお祭り気分なのかもしれない。

 

「一緒に観ないか、映画」

 

「へ?」

 

 学秀の手には2枚のチケットが握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌルフフフフフ……先生やっぱり野球よりイチャイチャが見たいですねぇ」

 




原作からの変更点

・女子バスケ部のキャプテンは姫希さん
・じゅりあちゃんは相変わらず虐められているようです。
・渚ちゃんのバスケの才能開花。しかしすぐに試合から出させなくする姫希さんによるプランB(審判の見えないところで相手を傷つける)
・じゅりあちゃんと若干仲直り
・殺せんせーによる優勝ギフト

いつも姫希さんを書いてて思うんですが、この子ダメですね。負ける姿が思い浮かばないんですよ。(浅野君の奪い合いでは勝てないけど)用意周到で浅野君の女版みたいな感じ。
ちなみに渚ちゃんは某バスケ漫画のオッドアイの人みたいなことが出来そうだなーと思いました。

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