クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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修学旅行のはなし。1時間目

 ゲームセンター、またの名を暗殺者修行の地。そこまでは大袈裟だが、軽い射撃訓練にはなるのでぼくはよく学校から離れた所に通っている。

 ただ、ゾンビものは少し心臓に来るものがあった。ホラー系統は大丈夫な自信があったが、ゾンビのようにびっくりさせられる音を出すものは未だに苦手なのだ。

 銃撃戦が無事終わり、あまり芳しくないスコアに唸る。実戦だともう少しできるはずなんだけど。いや、ゾンビが出てくるとそうは行かないのかな。

 

「渚さん?」

 

 控えめな声がして、振り返るとそこには茶髪の少女がいた。手首にはシルバーブレスレットを付けており、手首には蝶のタトゥーがある。出会ったら逃げた方がいい人の類いだ。よし、逃げよう。

 ぼくがそう思い逃げる準備をした時、相手の顔をまじまじと見て誰なのかに気がついた。

 

「もしかして神崎さん?!」

 

「やっぱり気づかなかったんだ」

 

「……タトゥーしてたっけ?」

 

 腕にある黒い蝶のタトゥーにぼくは訝しげに尋ねた。彼女は何てことなさそうにさらりと告げる。

 

「これ、シールなの」

 

 そんなのがあるんだ。

 

「学校と全く違うから分かんなかったよ」

 

「渚さんは天使のイメージ通りだね」

 

 白いワンピースを着ていたからか神崎さんがそう言った。

 

「あはは……私服白多いからね」

 

 天使だからってわけじゃないけど。

 ぼくは心の中で付け加えた。死神みたいに闇に紛れる黒い格好よりも、ぼくは光に紛れる白い格好の方が向いているみたいだったから。

 

「このゲームやってたの?」

 

 神崎さんが興味深そうにゲームの画面を見た。何度かやったことがあるように思える。

 

「そうそう。神崎さんもやる?」

 

「いいの?協力プレイほとんどやったことないから嬉しい。渚さんって体育の銃練習かなり上手いから1度一緒にやってみたかったんだ」

 

 ここまで褒められると銃練習は力半分でやってますとは言いづらい。1年間もの経験が既に重なっていると力半分でも命中率が高くなっていた。初心者とは思えないその動きに烏間先生が「どこかで銃習ってたか?」と訊かれるほどだ。さすがにあなたから習ってましたとは言えず、ゲームで極めたというおかしな嘘を吐いた。それ以降はやり過ぎないように気をつけてやることにしている。

 

「そうかな?でもゲームだと当たらないんだよね。神崎さんお手本見せてもらってもいい?」

 

「私で良ければ……」

 

 彼女は微笑んで銃を構えた。ぼくは少しドキドキしながら神崎さんの様子を眺め、3秒後以降はしばらく唖然としていた。彼女はポーカーフェイスのまま、銃を乱射した。その動きに無駄はなく、彼女は余裕そうに微笑んでいる。画面ではゾンビが大量に殺伐されていた。

 

 ゾンビが可哀想になるぐらい強い!

 

「こんな感じかな?」

 

「「「おお!!」」」

 

 周りに野次馬が群がっていたことにぼくは気づいていなかった。彼女が銃を元の場所に戻すと拍手が彼女を迎える。それに対して神崎さんは少してれくさそうに、それでも慣れている顔でぼくのところに戻ってきた。

 

「それじゃあやろっか。協力プレイ」

 

 にこりと微笑んだ神崎さんにはNoとは言わせないという雰囲気が漂っていた。個人プレイでの活躍を見せられて協力プレイで足を引っ張るだけなんじゃないかとも思うけど、彼女にはそんなことは関係ないらしい。

 合計3回のプレイを終えた頃にはぼくの体力は全て消費されていた。ゲームでこんな体力に使うとは予想外だった分ダメージはでかい。

 

「ねえねえ、お姉さんらちょっと遊ばね?」

 

「結構です」

 

 何でこういう時に限って不良が湧いてくるんだろうなあ。

 目の前の身長の高い男をちらりと見てため息を吐く。神崎さんに「行こっ」と出口に促し、外に出るとそこには更に数名の不良たちがいた。

 

「長沢さん、こいつらっすよ」

 

 丸顔の男が背の高いリーダーに言った。タバコを吸った男がタバコ臭い息を吐き、ぼくは軽く咳き込む。

 

「お前らかかれ」

 

 リーダーらしき金髪の男が指示を出す。合計4名の不良はぼくらに近づき、前と同じ手順で車に連れ込もうとしていた。ぼくの後ろに回り込んだ男に蹴りを入れ、普段携帯している小型のスタンガンを取り出した。武器さえ持てばこちらのものだ。

 

「何だよこの女!こんな話聞いてないぞ?!」

 

 倒れた1人が敗者のうめき声を上げる。

 ぼくは神崎さんを庇いながら不良たちの勝負にならない動きをかわした。そして神崎さんの手を取って走り出す。ここは下手に喧嘩に持ち込まない方がいい。逃げるが勝ちだ。

 

「よし、神崎さん逃げるよ!」

 

「あ、うん!」

 

 ぼくらは早足で最寄り駅まで向かった。

 

「強いんだね」

 

「まあね」

 

 でも彼らに勝ったことより、ぼくは1つ気になることがあった。

 

「おかしいなあ……」

 

 神崎さんと接触するのならあれはリュウキ君たちのはずだった。でも、あの4人の不良たちは会ったことも見たことすらもない。1周目の不良とは恐らく無関係の連中だ。そこは予測の範囲内として、気になったのは最後の言葉。

 こんな話聞いてないぞだって?

 

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 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行といえばイベントが盛りだくさんだ。行きの新幹線でUNOをして遊んだり、大部屋で夜更かしをしたり。

 しかし、ぼくにとって1番問題なイベントは1つだった。すなわち、拉致である。それを防ぐための対抗策はもう考えてあった。

 ぼくはガイドブックを片手に学秀に声をかける。

 

「一緒の班になろうよ、学秀」

 

 2周目で学秀といて思ったことだが、彼の体術は飛び抜けて秀でている。さらには頭の回転が速く、カルマ君と違って喧嘩っ早くないので頼りになる。ぼくだけでもどうにかできると思っていたが、学秀がいれば鬼に金棒だ。

 しかし彼の意識の波長に小さな乱れが生じ、表情が少し薄暗くなる。

 

「…………すまない。僕はA組参加なんだ」

 

 申し訳なさそうに謝る学秀を横目にぼくは膝から崩れ落ちた。

 

「そんなぁ……」

 

 誘拐されそうな時の1番の頼みの綱が消えた。学秀なら不良なんてすぐに蹴散らしてしまうだろうから期待していたのに、その計画が全てパーになったのだ。

 

「渚さん、落ち込まないで? 私で良ければ、同じ班にならない?」

 

 神崎さんが床にしゃがんだままのぼくに手を差し伸べた。ぼくは優しさにじーんと来て1つ返事で了承する。

 ゲームセンターで会ってからというもの神崎さんとは高頻度で話すようになっていて、誘ってくれたのはそのためだろう。

 

「私奥田さん誘ったよ〜」

 

 茅野がぼくにニコニコの笑顔で呼びかける。少し気分を取り戻した。落ち込んでいても仕方ない。他の手を考えなきゃ。

 

「いいね。あ、カルマ君も一緒の班になんない?」

 

「ん、おっけ〜」

 

「残り1人はどうするの?」

 

 茅野に訊かれ、答えようと口を開くと神崎さんが思い出したように「忘れてた」と呟いた。

 

「杉野君と約束してたんだった。杉野君、この班でいいかな?」

 

 杉野君は突然声をかけられたことに挙動不審になっていた。顔を真っ赤にしてあたふたしている。まさかここで声をかけられるなんて思ってもみなかったのだろう。

 

「え、う、うん!大丈夫!」

 

 ということで何の因果か結局前回と全く変わらない班メンバーになった。

 

「どこに行きたいって希望ある人いる?」

 

「私は京都のスイーツ巡りしたいなぁ」

 

「いいですね!」

 

「あー俺も京都の甘ったるいコーヒー飲みたい」

 

「杉野君、甘いもの平気?」

 

 神崎さんが杉野君に尋ねた。

 

「俺は問題ないっす!」

 

「何で敬語……」

 

 ぼくは呆れて杉野君を見やる。彼は相変わらず神崎さんに夢中のようだ。

 

「スイーツっていうと祇園かな?」

 

 来た。前回この流れで祇園に行って拉致されたんだっけ。

 Calm down(落ち着け)、そして考えろ。

 

「京都駅中スイーツっていうのもあるよ」

 

「確かに〜。京都駅だとホテルにも近いよね」

 

「スイーツ以外で行きたいところあるかな?」

 

 神崎さんがメモ帳に祇園と京都駅内と書き、皆を見渡した。

 

「まずどこで食べるかにもよるよね」

 

 茅野の意見に女子たちは全面賛成のようだ。それに唯一杉野君だけが首を捻る。

 

「おいおい、メインは観光だろ?」

 

「何言ってんの、杉野。メインはスイーツ巡りに決まってるじゃん」

 

 カルマ君が至って真剣な顔で言った。

 

「そうだよ」

 

 ぼくも首を縦に振って同意する。

 

「うん、常識だよ〜」

 

 茅野が自信満々に常識を説いた。その常識には大抵の女子とスイーツ好きの中でという注意書きを添えるのだろうが、彼女には分かっていない。

 

「あ、そうなの……」

 

 目をぱちくりさせている杉野君に班員ではないものの傍観していた学秀がそっと肩を置いた。曰く、気持ちはよく分かると。

 ほぼ女子で構成された班員+カルマ君は全員甘いもの好き。修学旅行といえば観光なのではという杉野の言葉は一蹴された。ここでぼくが男だったのなら少し話は違っただろう。現に前回は甘いもの巡りもいいけど無難に観光地もまわろうという結果に落ち着いたのだから。しかしそれは1周目の話。2周目ではぼくも甘いものに弱い女子の1人だ。

 

「ま、いっか。神崎さんと同じ班になれただけで正直充分だな」

 

「それは僕に対する嫌みと受け取っていいか?」

 

 学秀は恐怖の笑みを浮かべていた。しかし杉野君はよく学秀と組まされるのとフレンドリースキルがあるため、「そういうんじゃないけどさ」と否定して苦笑いと完璧な対応だ。

 

「E組参加にすればよかったじゃん。渚ちゃんから誘ってくれたのに」

 

「5英傑の奴らに頼まれて断れなかったんだ。仕方ないだろう」

 

 2人がこそこそと話している間に食べたいスイーツを巡ってぼくらは言い争っていた。パフェ系統を食べたい派の茅野とカルマ君VS和菓子類を食べたい派、ぼくと奥田さんの口論だ。結果はどっちも行けばいいじゃない派神崎さんの勝利だった。杉野君は完全に蚊帳の外である。

 

「へえ〜そんな風に支配してんのか」

 

「ただ、最近僕が居ないからかまとまりに欠けるところがあってね」

 

 杉野君と学秀の話はまた別の部分へと向かい、2人のみの空間で話している。聞くところによるとA組の支配について話しているようだった。そんなことを話す学秀も学秀だが、まさか聞く相手がいるとは誰も思うまい。

 

「女子はそれなりにまとまってるのに……おかしいな」

 

 それは姫希さんが頑張ってるからだよ!気づいてあげて!?

 ぼくはそう言いたいのをぐっと堪えて班の話に思考を戻す。結局みんな祇園か京都駅で迷ったようだった。

 

「祇園か京都駅かどっちにする?」

 

「ぼくは京都駅かな」

 

「へえ、何で?」

 

「実は祇園行ったことあるんだよね」

 

 もちろんこの言い訳が通用するとは思ってない。そのためもう1つ理由を用意していたが、今回はカルマ君が居るのであまりそれは使いたくなかった。しかし仕方ない。

 

「私もあるけど、祇園は何度行ってもいいと思うよ」

 

「いや、その時に拉致事件が勃発してちょっとトラウマっていうか……」

 

「「「拉致?」」」

 

 女子3人がキョトンとしてぼくを見つめた。カルマ君の反応が思ったより薄いことにぼくは安心する。

 

「た、大変だったんだね……祇園はやめとこっか」

 

 明らかに気を遣った茅野が班の行き先を決める用紙に京都駅周辺と書き込んだ。

 

「京都駅付近で動くことにしましょうか」

 

 誘拐された本人たちに言われると何とも言えない気分になるなあ。

 

「いいわね、ガキは。旅行なんて行き過ぎて今更って感じだわ」

 

 ビッチ先生はやれやれと髪をかき上げた。

 

「じゃあビッチ先生お留守番しててよ。花壇に水やって」

 

 岡野さんが投げやりに言った。それに続いて倉橋さんがビッチ先生にキャットフードを押し付ける。

 

「メルのことよろしくね」

 

 倉橋さんの顔にはできれば連れて行きたかったと書いてあった。しかしそうも行かないのが修学旅行だ。新幹線の中に猫を連れ込むことなんて学校が許してくれるはずもない。

 

「やっぱり抹茶は外せないよね!」

 

「あと和菓子系統の店も行ってみましょう」

 

 ぼくの班は今度はどのお菓子を食べるかという話題に変わっていた。他の班の盛り上がりも似たようなもので、どのルートが暗殺に良いかというような話をしている。ビッチ先生はのけ者にされたように感じたのか突如大声を出した。

 

「私抜きで楽しそうな話しないでよ!!」

 

「ああもう!行きたいなら行きたいってはっきり言えよ?!」

 

 前原君が面倒くさそうに言った。彼は女性の扱いには慣れてるとはいえ、さすがに疲れたのか呆れた顔をしていた。

 

「行ってあげるわよ!仕方ないじゃない!」

 

「メルどうするの?」

 

「メルは1人でも大丈夫だよ。至る所に餌やりしてくれる人がいるらしいし」

 

 倉橋さんに小声で訊かれ、ひそひそ声で返事する。メルは倉橋さんのお気に入りの猫なのでかなり心配されているが、ああ見えて独立しているのがメルダリンという猫だ。呑気に教卓でくつろいでいるところを見ると既にあてはあるのだろう。

 

「やれやれ。修学旅行とは……片腹痛い」

 

 殺せんせーは舞妓の衣装に身を包んでいた。ピンクを基調とした着物が案外似合っていて、和風の傘ともマッチしていた。

 

「「「「ウキウキじゃねえか?!」」」」

 

「京都なんてマッハで行けんじゃん、殺せんせーは」

 

 カルマ君がナイフを素早く刺し、その動きを先生がこれまた綺麗に交わしマッハで元の服に着替える。触手には大量の本、いや修学旅行のしおりがあった。

 

「1人1冊です」

 

「これ辞書だろ?!」

 

 ぼくはページをめくり、ふむと関心した。ぼくが知りたい拉致の防止法が全て詳しく書かれている。これは暗記すべきだ。

 

「それとね、カルマ君。確かに京都に行こうと思えばすぐ行けます。でも先生はみなさんと旅行するのが楽しみなんですよ」

 

 よくよく考えたら殺し屋に修学旅行なんてなさそうだもんなあ。ましてやスラムの街では学校があったかどうかも微妙だ。

 ぼくはしおりの中に興味深い部分を発見した。

 

「ねえ、せっかくだからこのしおり参考にして2日目のルート決めない?」

 

 ぼくの開いたページにみんなが顔を見合わせる。そこには「京都〜暗殺の歴史〜」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ては準備万端のはずだった。パジャマなどの衣類は既に小さなキャリーバッグに詰めてあり、ブレザーのポケットには折りたたみナイフが生徒手帳と一緒になって入っていた。

 唯一忘れたことといえばその日に限って目覚まし時計をセットし忘れ、その日に限って定期券の期限が切れ、その日に限って電車が遅れたことだ。何度も繰り返すようで不快だが、何度だって言おう。

 ぼくはその日に限って不幸だった。

 集合時間から1時間半も経過した集合場所には人1人いなかった。とりあえず駅員さんを騙して改札口に入ってみるもどのホームが京都行きなのかも分からない。

 

 さて、どうしよう。

 

 あるファンタジー小説を読んだ。その中に出てきた主人公は汽車の時間に遅刻し、車を飛ばして目的地に着いたのだという。しかし、残念なことに現実には空飛ぶ車なんてものはない。いるのはタコ型の超生物ぐらいだ。

 そこから行動に移すのは早かった。スマホに入った殺せんせーの電話番号に電話をかける。聞き覚えのある電話の着信音が近くから聞こえ、ぼくは変な汗をかく。

 目の前には大きな2メートルはある生物がカップケーキ屋の前で店員さんに注文をしていた。ガラスケースには幾つものカップケーキがあり、動物が乗っている可愛らしいものからイギリスのノーマルなカップケーキまで様々な種類のものがある。

 

「これとこれ……やっぱりこれも外し難いですねえ。せっかくなので全部お願いします」

 

 金遣い荒っ!!

 

「……殺せんせー」

 

「渚さん、ようやく来ましたか!」

 

「もしかして待っててくれたの?てっきりみんな先に行ってると思った」

 

「先生ですから。おかげでこんなにスイーツを買ってしまいました」

 

 殺せんせーの触手には幾つも紙袋がぶら下げられており、どれも有名なお店のスイーツばかりだった。どうもぼくを待つ間に買ったらしい。

 

「1時間以上も遅れてごめんなさい……」

 

「今ならまだ間に合いますよ!先生の超スピードを持ってすれば不可能なんてありませんからねえ」

 

 駅の外に出て、殺せんせーは前に行ったのと同じようにしてぼくを胸元に押し込み、空を飛んだ。爆風と共に空中に浮かび上がる感覚を思い出す。

 前にもこうしてハワイに連れて行ってもらったっけ。

 マッハのスピードで京都駅までの途中駅である名古屋駅に辿り着き、ホームに急ぐとちょうど新幹線が到着したところだった。殺せんせーの計算通りだ。

 

「渚おはよ!遅かったね。寝坊したの?」

 

「おはよ。そんなとこかな」

 

 茅野はトランプを咄嗟に隠し、ぼくを隣の席に座るよう促した。席は向かい合わせにされており、女子たちと後ろの席に座る男子たちでトランプのゲームを楽しんでいるようだ。

 一方殺せんせーは女子を中心としたお菓子好きに囲まれていた。

 

「殺せんせー何その大量のお菓子!」

 

「ヌルフフフフフ、皆さんスイーツには目がないようですねえ」

 

「もしかしてこれわたしたちに?」

 

「殺せんせー気がきくとこあんじゃん」

 

 中村さんが紙袋の1つを取ろうとした。が、それを殺せんせーが触手で防いでしまう。

 

「いえ、これは先生用です」

 

 殺せんせーは真顔で言った。ぼくらは一斉にブーイングの声を上げる。

 

「え〜」

 

「ずーるーいー」

 

「先生のけち!もうしーらない」

 

 女子たちの迫真の演技は殺せんせーを揺さぶることに成功した。本当にうちのクラスの担任はちょろい。とてもちょろい。

 

「待ってくださいよみなさん!お菓子あげますからっ!」

 

「「「いただきま〜す」」」

 

 お菓子争奪戦に参加したぼくがカップケーキを片手に席に戻った。そこではババ抜きが行われており、早々と勝ち抜いた神崎さんがお淑やかに微笑んでいる。

 

「あ、神崎さんトランプすごく強いんですよ」

 

 奥田さんが目を輝かせてぼくに報告をする。そういう奥田さんは分かりやすく、顔に出やすい子の1人だ。それに比べると常時ポーカーフェイスの神崎さんは正反対と言える。思えば理系の奥田さんと文系の神崎さんにはこれといった共通点はない。ゲームの得意な神崎さん、苦手な奥田さん。理科の得意な奥田さん、国語の得意な神崎さん。

 しかしながら、この2人の馬が自然と合うのは2人とも静かを好むタイプだからであった。E組は良い意味では賑やかで、裏を返すと騒がしい。そんな中であまり目立つことのない2人が仲良くするのは至極当然だったのだ。

 最終的に奥田さんが何度目かの敗北を味わい、少し落ち込んだ表情を見せる。そこに茅野が大量の戦利品(プリン)を持って現れた。東京駅にある有名なプリンだったらしく、ほぼ全部掻っ攫っている。

 

「ちょっと喉渇かない?何か飲み物買ってこよ!」

 

 茅野がスクールバッグから財布を取り出すと他の女子たちも自分も行くと立ち上がった。

 

「私も行きます」

 

「私もいいかな?」

 

「じゃあぼくも行くよ」

 

 誰かが席を立つとみんな仲良く行くのが女子の習性だよね。

 ぼくは神崎さんとゲームの話をしながら歩く。男子高校生のグループとすれ違い、ぼくは偶然にもその1人とぶつかった。

 

「すみません」

 

 目の前に居たのがこの前の不良だったことにぼくは小さく息を呑む。神崎さんも一瞬遅れて気づいたようだ。

 

「渚さん、今のって」

 

「うん。この前の金髪だった……そうだ、確認したいことがあるからスケジュール書いてあるメモ帳見せてもらえないかな?」

 

 神崎さんはブレザーのポケットとスカートのポケットに手を入れ、ぼくにメモ帳を渡した。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、うん」

 

 メモ帳が当たり前のように出てきたので少し面食らい、ぼくはスケジュールを確認した。前回とは全く違う西本願寺、二条城そして京都駅というチョイスはぼくの提案したものだった。

 こうも1周目と違うと前みたいにスケジュールが筒抜けになるような事態は免れるわけだ。ぼくは胸を下ろし座席に着いた。そこで「あれ?」と異変に気付き自分のブレザーのポケットに手を入れる。

 

 ポケットの中は空っぽだった。

 

 

 




原作からの変更点

・射撃の腕が良い渚ちゃん(リアルに限る)
・1周目と違う不良。台無しの伝道師ってなに?ナニソレオイシイノ?
・修学旅行の行き先が違う
・遅刻する渚ちゃん


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