ハチマキを巻いた殺せんせーの分身たちが教卓の前で一斉に言った。
「「「「「ではみなさん、始めましょう」」」」」
「「「「いや、何を?」」」」
「テスト前の強化テスト対策授業です。それぞれの苦手科目に先生が個別で対応します」
「丁寧に教科別にハチマキとか………って何で俺だけナルトなんだよ!!」
寺坂君が自分の扱いに腹を立てて大声をあげた。
「僕のハチマキには道って書いてあるんだが」
学秀が芯の通った声で殺せんせーに言う。
道?道から始まる教科………
「道徳……」
杉野がぼそりと呟く。ぼくらはああと納得した。しかし、どうも今日は学秀へのみんなの態度がよそよそしい。この前の一件からだろうか、彼を部外者のように扱うクラスメイトがほとんどだ。
「浅野君はE組の生徒
薄っぺらい無表情の顔文字を貼り付けた殺せんせーは何やら本を取り出した。
殺せんせーでさえこの対応。やはりこの前のE組を絶対に本校舎に戻させないかのような宣言には思うところがあるようだ。ぼくだって浅野学秀という人物をよく知らなければ態度をがらりと変えたと思う。
「2週間後だね、中間テスト」
ぼくは呟いた。茅野が「テスト憂鬱だな〜」と横で突っ伏している。
中間テストは確か理事長の妨害でテスト範囲が大幅に改竄されるんだっけ。やっぱりE組はいつも報われない。
『渚ちゃんがA組に戻って来ればいいのに』
あの顔は本心だった。学秀に戻ってきてほしいのは分かるけど、それでも嘘は吐いていなかったんだ。学秀が友達としてぼくを心配して監視役なんてものを作ったのは理解している。彼だってE組に連れて来られて迷惑してるかもしれない。
__________戻ろうと思えば、簡単に戻れるんだよなあ。
「渚さん、聞いてますか?」
「え!あ、うん。そこのxが_______________なんだよね?」
数学の攻略を単純かつ明確に解き明かすと殺せんせーは朱色の丸を顔に表示して褒めた。
「すばらしい、正解です!範囲分は全て理解してるようですね。せっかくですからもうちょい先行ってみましょう」
「分かった」
「ではまず次の範囲につい__________にゅやっ!」
先生の残像が乱れた。しかも両側の頰がいっぺんに歪んでいる。後ろを振り返るとカルマ君と学秀がナイフを殺せんせーに向けていた。クラス全員がお前もかという目で学秀を見ている。
「2人ともいきなり暗殺しないでください!それ避けると分身にまで影響がでるんですよ!」
「へえ〜意外と繊細なんだ〜この分身」
「興味深い話ではあるな」
しかし2人にE組全員の抗議の波がおしかかり、仕方なく2人とも勉強せざるを得なくなった。学秀は殺せんせーによる道徳の授業をBGMに他の勉強を自習している。授業が終わると、みんなはどことなく学秀を避けるようにして帰っていった。いつもなら放課後の暗殺を相談しに来る男子勢も今日は彼に近寄りもしない。
唯一集会に居なかったカルマ君は大して気にしていないようだが、そんな彼も今日は早々に帰ってしまった。
学秀は少し元気がないように思える。背中からは少々の悲壮感が漂っていた。ぼくはこういう時に何て声をかければいいのか迷って、ぼくなりの答えを見つけて声をかける。「ねえ」と背中をつつくと彼は目を少し見開いた。
「……渚」
「スタバ一緒に行かない?」
ぼくの出した結論は食べ物だった。美味しい物を食べたら気分転換になるだろうという意味でのチョイスだ。学秀は甘い物を好まないが、コーヒーは好きなのでちょうど良い。
しかし学秀はぼくからこんな誘いを受けるとは思ってもみなかったらしく、更にクラスのみんなが少しヨソヨソしいこともあってか疑り深く尋ねた。
「僕より女子と行けばいいんじゃないのか?」
「学秀がいい」
「あのなあ、これでもテスト前だから渚も勉強した方がいいと思うが」
勉強ならかなりしたよ、1周目で。心の中でそう叫んだ。
付け加えると、殺せんせーの個別指導はぼくの予習している範囲があまりに広すぎるために、現在では中3の後半で習った内容にまで達してしまっている。もう自分が優秀過ぎることは充分分かった。
「だってシフォンケーキ食べたいんだもん」
理由になっていない理由を述べ、ぼくは唇を尖らせてシフォンケーキの美味しさを解説し始める。
ふわふわの柔らかな生地に生クリームを付けながら食べていくあの美味しさは並大抵のケーキとは異なる。さらに抹茶クリームフラペチーノを飲むと味のハーモニーが口の中で(以下略)
「仕方ないな。今回だけだ」
「うん!」
「帰りにスタバでシフォンケーキ食べるっ!って懇願されたら行くしかないしね」
学秀がぼくの声真似をして見せた。ぷいと顔を背けてそれを否定する。
「……ぼくそんな言い方してないし」
「した」
「してないってば」
教室から出て廊下を歩く。ふと教員室のドアが開いていたので気になってそちらを見やると、そこには理事長がいた。前にもこんなことあったななんて苦笑して陰に隠れて様子を伺う。
「何でここに……っ!」
「学秀しーっ!静かに」
理事長は殺せんせーと何やら話しているようだった。内容は恐らく前と同じである。
「__________何とも悲しいお方ですね。世界を救う救世主となるつもりが、世界を滅ぼす巨悪と成り果ててしまうとは」
「世界を救う救世主……?」
学秀が眉を顰めた。ぼくは彼が何を言っているのか分かった。
……理事長はこの時既に知っていたのだろうか。殺せんせーが地球を壊そうとしているわけじゃないことや、3月には死ぬ運命だということを、彼は知らされているのだろうか。それはぼくには分からないことだ。理事長ほどの人なら殺せんせーがどう生まれたのかについて8割ほどなら理解していたのかもしれない。
「まあ私はよほどのことがない限り暗殺にはノータッチです。十分な口止め料もいただいていますしね」
「助かっています」
烏間先生は口止め料の額を思い出したのか苦い顔をしていた。一体いくら払ったのかぼくには想像がつかなかったけど、理事長のことだから多額の金額を請求したんだろうなと思った。
「随分と割り切っておられるのね。嫌いじゃないわ、そういう男性」
ビッチ先生がちょっとした甘い声を出すも、理事長は「光栄です」と一言述べただけだった。彼にそんな手が効くわけもない。
「ところで、先日A組の浅野君が行った署名書の内容を学校側は認めることにしました。E組の担任であるあなたには伝えておいた方がいいと思いまして。知ったところでどうこうできるものでもないですが」
「と、申しますとE組生徒の成績が上がらないようにするということですか?」
今まで黙っていた殺せんせーがようやく口を挟む。それに対して理事長は冷酷な目で殺せんせーの言葉を否定した。
「成績が上がる分には結構。しかし、強者の努力は敗者の努力を簡単に打ち破るものです。それは時として残酷なまでにね。中間テスト期待してますよ」
とても渇いた「期待」は殺せんせーを超生物からただの教師にしてしまった。この学校では万能な殺せんせーも自由に身動きは取れない。E組のスペースは狭く、ぼくらには権利がないからだ。ましてや殺せんせー以上の教育者である浅野理事長はその分野だけで見たら怪物だ。
「そうだ、殺せんせー。1秒以内に解いてください」
理事長は帰り際に殺せんせーに知恵の輪を投げてよこした。
「ええ!?今ですか?!?!」
殺せんせーは超高速で動き回り、複雑な知恵の輪は触手に絡みついた。
「噂通りのスピードだ。確かにこれならどんな暗殺でも避けられそうです。でもね__________」
理事長は薄っぺらい見せかけの笑みを浮かべ、殺せんせーを見下ろした。
「世の中にはスピードで解決できない問題もあるんですよ」
教員室のドアが開けられ、ぼくらは慌てて傍に隠れた。廊下に隠れる場所はないのだが、聞いてはいけない会話を盗み聞きしてしまったように思えたからだ。
案の定すぐに気づかれて理事長は小さなぼくを見下ろして取って付けた笑みで挨拶をした。
「久しぶりだね、大石さん」
「お久しぶりです、理事長」
ぼくはぺこりとお辞儀をした。こうして会うのは学秀がカンニングの冤罪を証明してくれた時以来だ。
「浅野君、この前の集会は非常に良かったよ」
「……わざわざ理事長がここに来るとは思いませんでした」
理事長は心外だなと言わんばかりに肩を竦めた。何を思ったのか学秀はぼくの前に立ち、格好としてはぼくを守っているような立ち振る舞いだ。
「新任教師を見に来ることに何か問題でも?」
学秀は理事長を鋭く睨みつけた。
「他に用があるんでしょうが」
「よく分かったね。浅野君、君の役目はもう終わったんだ。A組に戻りなさい」
「そんなこと僕は__________「嫌です!」」
ぼくは何も考えずに声を上げた。相手が理事長だということも忘れていた。とにかく学秀がA組に行ってしまうことを考えたくなかった。
カンニングの濡れ衣を掛けられそうになった時、唯一の救いだったのは学秀がぼくのことを信じてくれたことだった。全てに絶望したのに、学秀に絶望することは決してなかったし、この先もないような気がした。
学秀がE組に来たことに驚きはあったけど、喜んだのも事実だ。まだ味方でいられると思ったから……敵になってほしくなかったから。
「ほう……理由は?」
理由?そうだ、何でだろう。クラスメイトだから?暗殺に秀でてる仲間だから?いや、ちょっと違うなあ。こういうの何ていうんだっけ……
「学秀は、友達ですから」
そう、友達。学秀は友達だ。
ぼくは理事長をしっかりと見つめていた。彼は数秒の間無表情で固まっていたが、何が可笑しいのかぷっと吹き出した。
「……笑わないでくださいよ」
ぼくは気が抜けて学秀に同意を求める。そこには何と言ったらいいのか分からない複雑な顔をした彼の姿があった。
え、ぼくそんなに変なこと言ったかな?
「これは失礼。まさか真面目な顔で友達だからと言われるとは思ってなかったものでね…………進展はないということかな」
「っ、余計なお世話だ」
「大石さん、君がA組に戻れば全て解決なんですが……止めておきましょう。自分からE組に行った生徒は大抵何かしら理由があるものですしね」
あれ、ひょっとしてこれバレてる?さすがに考え過ぎだよね。
ぼくは首をぶんぶん振り、愛想笑いをしておく。
「…………やっぱり自分からか」
学秀が1人で納得する。彼に事情を説明したことがなかったので今初めて知ったのかもしれない。
「まあいいでしょう。ところで浅野君、宍戸先生が君にA組の勉強会をしてほしがっていたよ。テスト前ぐらいA組で過ごすべきじゃないかな?」
「しかし__________「学秀」」
ぼくは彼の声を制した。今のE組は学秀に悪感情がある。しばらく様子を見て、学秀がいない時に説得するのが吉だ。
「ぼくもE組のみんなの怒りが鎮まるまで、学秀はA組にいた方がいいと思うよ」
ぼくに言いくるめられて流れで頷いてしまった彼に理事長は満足そうだ。
「さて、私はこれで失礼しよう。少しやりたいことがあるのでね」
そう告げて理事長はぼくらを通り越して外に出た。ぼくと学秀に沈黙が訪れる。
「学秀?」
「何だ?」
「お腹空いちゃった」
学秀は呆れた顔で「行こうか」とぼくを引っ張っていった。山道を歩くのはぼくら2人にとっては大してきついものではない。何故ならどちらも日頃運動しているからだ。
「スタバってどこの?」
「ほら、駅前にあるやつだよ……あ」
本校舎の門付近を通りかかると、椚ヶ丘の制服を着た女子たちがぼくらを見てヒソヒソと話していた。よりにもよってまたA組だ。
この女子たちは大抵文化部なので今日部活はなく、門の前で運動部の男子たちを待っているのだろうというのがぼくの推測だ。いつも本校舎の門付近を陣取っているが、今や3年A組の女子生徒という扱いなので誰も文句を言えないのである。
「浅野君、またあの子といる〜」
「E組に入ったのに調子に乗ってるよ、あいつ。うっざ!」
残念なことに女子たちのヒソヒソ話というのは案外大きい。筒抜けになっている会話にぼくはため息を吐いた。
「あいつら同じクラスの……」
「去年リンチしたのとほぼ同じメンバーだよ」
いないのは1人ぐらいだ。ぼくは何も考えないようにして彼女たちを通り過ぎる。視線が痛かった。前に囲まれて髪を切られそうになったことを思い出す。
「__________へ?!」
学秀の手がぼくの手に重なり、ぼくは素っ頓狂な声をあげた。
「怖いんなら繋いどけ」
「別に怖くなんか……」
ぼくがぼそぼそと否定するが、学秀は意地っ張りだなというように肩を見やった。
「肩が震えていた」
「……震えてたかな?」
自分の肩を見るも、震えているなんてことは全くない。逆に何だかホッとしている自分がいた。
スタバに着き、手をそっと離す。シフォンケーキがガラスケースの中に入っているのを見てごくりと唾を呑みこんだ。
「シフォンケーキと抹茶クリームフラペチーノで、えっと、ホワイトモカシロップに変えてパウダー多めでお願いします」
矢田さんがこれが1番美味しいと言っていたのを思い出し、そうカスタマイズする。
「そうだな……本日のコーヒー。会計一緒で」
そう後ろから学秀が言った。
「いいよ、ぼく払えるし」
「こういうところは男に払わせるべきだろう」
これでも男だよ!
そう言いかけて、ぼくは自分が女子だということに気がついた。クレジットカードで払う彼にぼくはあんぐりと口を開け、中学生ってクレジットカード使えたっけと考える。学秀なら持っていてもおかしくないけど。
しばらく経って飲み物2つとシフォンケーキの乗ったお皿が出されたので、トレイで運ぼうと手を伸ばすとさっとそれを学秀が奪い取った。紳士だ。
席に座ると飲み物の入った容器にストローを挿しこんだ。冷たい抹茶の味が喉を伝わって顔をふにゃりと緩める。
生きててよかった!2周目だけど!
その様子を微笑ましそうに学秀が見ていることに気がついた。
「どうしたの、じっと見て」
「渚は甘いもの食べている時が1番幸せそうだと思ってな」
「学秀は苦手なんだったね。コーヒーもブラックしか飲まないし、菓子パンもあんまり食べない。辛いのは得意でしょ?」
学食で辛いと評判の麻婆豆腐を平気で食べていたことを思い出し、言うと彼は驚いたようだった。
「よく知ってるな」
「2年も一緒に居たら大体分かるよ」
「渚は観察眼があるからな」
否定はしない。ぼくの場合、決定的な欠点のせいで自分に降りかかる災難は避けれないようだけど。
シフォンケーキをフォークで一口食べ、ぼくは頷いた。その時に彼の意識の波長が見える。
「そうかもね。だからかな、分かるよ。学秀がぼくに聞きたいことがあるってことも」
学秀は「ばれたか」と小さく漏らし話を切り出した。それは思っていた通り理事長の話の続きで、A組のことについてだった。
「渚はA組に戻らないんだろう?それだけの成績があるのに高校受験をし直すのはとても非合理的だと思うんだが。A組なら内部進学できるのに」
「そこから良い大学にも行きやすいって?」
「当然そうなる」
当たり前の話だ。E組にいるみんなだって好きで受験するわけじゃないだろう。せっかく私立の中学校に入学したのにまた高校受験をしなければいけなくなるんだから。
「すごく魅力的だよね。でも、ぼくがなりたいものはこのルートじゃ絶対に無理なんだ」
「なりたいもの?」
「それはまだ秘密。E組の方が楽しいっていうのも理由だけどね」
シフォンケーキはいつの間にか無くなっていた。そういえば目的だった学秀を元気付けるのを忘れていたけど大丈夫なんだろうか。
*
翌日。授業にやって来た殺せんせーはなんとE組生徒を3倍ほど上回る90人にまで増えていた。そういえば殺せんせーって1人換算でいいのかな?タコ似だから匹換算かもしれないし、1殺せんせーって換算かもしれない。
「先生頑張って増えてみました」
(増やしすぎだろ?!)
分身の中にはハチマキではなく忍者の被り物を付けた殺せんせー、頭にピンクの丸い棒を2つ付けた殺せんせーに、ニコちゃんマークそのものな顔をしている殺せんせーまでいた。ちなみにぼくに教えてくれる3人の殺せんせーは1人がハチマキで他の2人は猫の顔をした先生、奥田さんの毒薬を飲んで無表情になった殺せんせーだ。
「渚さん、その範囲も分かるんですか?!」
リーダーであるハチマキ殺せんせーが言った。
「も、もうちょい先!」
「続いてはこの範囲です!」
他の2人がどこからか高校1年生の参考書を取り出してぼくに解説し始める。
「……殺せんせー、もうそれ中3の範囲超えてるから」
(一体どこまで予習したの?!)
周りの視線がだんだん超人を見る目になっていることにぼくは冷や汗をかいた。目立ちたくないのに目立っている気がする。
授業がひと段落つき、殺せんせーがバテていると茅野はぼくに質問を投げかけた。
「渚、今日浅野君休み?」
カルマ君の隣の席は空席。ちょっかいをかける相手がいなくなり殺せんせーにナイフをぶっ刺そうとしていたカルマ君が欠伸をしている。退屈なのだろう。
「ううん、テストまでA組にしばらくいるんだって」
「ほっとけよ、あんな裏切り者のやつなんか」
前原君がそう言い、他の生徒たちも頷いた。
「仕方ないよな。もともとA組にいるような奴、E組には合ってないんだよ」
杉野君がナイフをぐにゃりと曲げ、周りに同意を促した。ぼくはそんな彼のナイフを取り上げ、杉野君の目の前スレスレに振り下ろす。
「本当にみんなそう思ってるの?」
「天使ちゃん……」
「杉野君のキャッチボールの練習によく学秀付き合っていたよね。腹立つぐらい上手いんだっけ」
「え、あいつサッカー派……だろ?」
そう漏らしたのはサッカーファンでよくチームの選手について学秀とやり取りをする前原君だった。
「え、テニスじゃないの?」
元テニス部の矢田さんが首を傾げた。彼女は学秀のテニス部時代を知る数少ない1人である。
「E組での話題作りのために何でも揃えているんだよ。早く馴染みたいからって。だからみんなの助けになることは何でもするんだって言ってた」
「そ、そういえば私の毒薬作りも手伝ってくれました!」
奥田さんが毒薬を掲げる。それにクラス全員は浅野学秀が自分たちと仲良くするためにしてたことを思い出した。
「うちのラーメン屋に週一で来るぜ」
と村松君。彼の実家は売れないラーメン屋で、そのアドバイスをしてくれたと感謝していた。
「重い荷物持ってると運んでくれるよね」
茅野が言うと、女子が盛んに頷いた。このクラスのキングオブ紳士は磯貝君と学秀で票が分かれることだろう。
「学級委員の仕事たまに手伝ってくれるのよね」
片岡さんがしみじみと言った。
「そういやAVのモザイク消してくれたな……」
岡島君は顎を触りキリッとした顔で言う。
「岡島君は何させてるの?!」
岡島君は見事に女子によって処刑された。
「先生が金欠の時奢ってくれました」
殺せんせーが嬉しそうに言った。ようやく体調が戻ってきたようだ。
「今まで一度だって学秀に差別された人いる?E組のくせにって言われた人、この中にいるの?」
ぼくは周りを見渡した。誰1人として差別されたことを主張する者はいない。
「浅野がいいやつなのは分かったよ。だけどよ、これで俺らが本校舎に戻るのは絶望的になったよな」
1人が言い、他の生徒たちも現実を突きつけられる。いくら学秀がいい人だろうと、問題は学秀が行ったこと。彼の行為のせいで本校舎の生徒たちはやる気がみなぎっているのだ。
「でもあたしたちには暗殺があるし」
「勉強はほどほどでいいよ」
「そうそう、暗殺やってた方が楽しいし」
全員が口々に妥協しあい、クラスにうす暗い空気が流れた。
そうだ。この頃のみんなはまだ勉強を頑張ろうなんて思ってなくて。本校舎に戻る気もないから成績を上げるより殺せんせーを殺すことの方がよっぽど重要なことだったんだ。
「浅野君がE組のことを考えていることは分かりました。先生的には腹立たしいものでもありますが……彼もこのクラスの立派な暗殺者です」
「殺せんせー……?」
ぼくは先生の表情が暗いことに首を傾げた。怒りの感情が透けて見える。
「__________いえ、彼の方がよっぽど暗殺者の資格がある」
「おい、どういうことだよそれ」
誰かがポツリと言った。その言葉の意味をぼくは分かっている。
「皆さん、放課後に校庭に集まってください」
その後起こったことは1周目と全く同じだった。全員が50位以内に入らないと出て行くと言って先生の作った竜巻が校庭を綺麗にお手入れし、先生は宣言したのだ__________
「第2の刃を持たざる者は暗殺者の資格なし」と。
*
「総合順位2位おめでとうございます、渚さん」
「うん、ありがと」
テスト用紙をぼくに渡す殺せんせーの声には明らかに活気が足りなかった。それもそのはずだ。理事長は今回もテスト範囲を大幅にずらしたのだから。2周目では学秀の手が届いているから安心していたのに、また同じ展開になった。
前の席では明らさまに杉野君が大きなため息を吐いていた。
「この学校の仕組みを甘く見ていた先生の責任です。皆さんに顔向けできません……」
落ちこむ先生を対先生ナイフが襲った。カルマ君の攻撃だ。
「へえ、顔向けできないんじゃ俺が殺しに行くのも見えないね〜」
「カルマ君!先生は今落ち込んで__________「俺範囲変わっても関係ないし」」
今回の総合順位5位のカルマ君が余裕そうにテスト用紙を殺せんせーに見せた。
「わ、すごい」
「学年2位が何言ってんのよ」
ぼくの発言に片岡さんがツッコむ。
「渚ちゃんもだったよね〜先生が余計な範囲まで教えたせいで全く影響受けなかったのって。でも本校舎に戻る気ないよ、俺ら。E組にいた方が楽しいし」
こくりと頷き、銃をガチャリとセットする。もはや暗殺はぼくの日常だ。
「で、どうすんの?逃げんの?それって結局俺に殺されるのが怖いだけなんじゃないの〜?」
殺せんせーはカルマ君の挑発に乗りやすい。現にこめかみがヒクヒクとなり、顔色は赤と黒を混ぜたような怒りの色となっていた。みんなはそこで解決策に気づいたようだ。
「そっかあ、先生殺されるの怖いんだ〜」
「なんだ〜怖いなら怖いって言えばいいのに!」
「そんなわけないでしょう!期末テストであいつらに倍返しです!!」
「「「「あはははは!」」」」
みんなの笑い声が教室に包まれる。その笑い声を怒鳴り声が破った。
「ふざけるな!!今度自分の主義のために同じやり方したら殺す」
ブチッと電話を切る音がし、ぼくらは学秀に注目する。
「今の、って……」
「理事長だ」
ですよね。って今のアウトでしょ?!
学秀はいつにも増して怒っていたようで、自分がしたことのヤバさを理解していないように感じた。
「理事長に殺す発言してどうするんだよ……」
「学秀君やるねえ〜」
中村さんがウィンクした。気のせいかみんなの学秀への態度が和やかになった気がする。
「……まあ、問題はまた別にあるけどね」
「どうしたの渚?」
「何でもない」
茅野の発言にそう返すも、ぼくは顔を強張らせてテスト用紙を見ていた。テスト問題は範囲こそ同じものの、1周目と問題自体は大きく異なる。中学2年のテストの時には起こらなかったことだった。
これがバタフライエフェクトだとしたら。ぼくは全てが良い方に変化することを願った。
原作からの変更点
・学秀君のみ道徳の授業
・E組の学秀への態度が若干悪化
・渚の学習力が異常
・理事長が意外と息子を見守る良い父親っぽい(?)
・テストの内容が違う。これで1周目の知識を使えなくなった
書きたいことをまとめるのって大変ですね。今回はまとめるのにかなり時間がかかってしまいました。すごいグタグタ感あるのが分かります。