2周目のはなし。
最近のゲームには2周目がある。ラスボスを倒すのに必要なスキルを既に備えており、1周目の時の知識を存分に発揮できる2周目、それはまさに「強くてニューゲーム」である。
例えるならぼくは潮田渚の2周目だ。
字を読め、言葉が話せるようになったころ、自分には1周目の記憶があることに気づいた。どうやって死んだのかは分からないが、そういう記憶があることは誰にとっても当然のことなのだと思っていた。人生はやり直しが利かないというけれども、実は何度もリセットしている人がいて、みんな気づかないふりをしているだけなんじゃないか。「本当はみんな2周目なんだろ」ってどこかで信じていた。
今のところ大したこともしておらず、ぼくの小学校の成績が1周目と比べて異常に好成績だというぐらい。小学4年生にもなったが今まで1度もテストでミスをしたことがない。本当にそれだけだ。
なのに……
「なのになんでお父さんがまだ家にいるの?」
居間のソファーでテレビを見る父親に対し、子供がこんな発言をするのはいかがなものだろうか。
しかし1周目の時は小学3年生あたりで別居したはずだ。しかし、別居は全く起こらず、お父さんはちゃっかりと家に居座っている。いや、彼がいること自体は何も問題ないのだが。
「……渚、お父さんが家にいちゃいけないか?」
「うれしいけど、でも……」
眉を項垂れて聞き返すお父さんにぼくはなんと言ったらいいのか分からなくなり口の中で声が消えかける。
「1周目と違うよね?」
「1周目? 何言ってるんだ?」
ここで初めて2周目に戻ったのはぼくだけなんだと悟った。
ひとりぼっちになった。
勝手に自分と同じであることを周りに求めていたぼくは暫く茫然自失した。自分以外の全てが知り合いの皮を被った未知の生物に見えた。
ぼくだけが2周目なんておかしいじゃないか。そう心の中で呟き、ある意味至極当然な結論を導き出す。異分子なのは自分の方じゃないか、と。
自分自身が1周目の時と大きく異なっていることはよく知っていた。成績優秀で、暗殺で培った経験からの洞察眼で運動神経も悪くない。最も、ぼくの性別について考えてしまえばこれが最大の変化だと言えるだろう。
ぼくの身体はお母さんお望みの女の子になっていた。髪は胸にかかるぐらいまで伸ばしていて、顔は前とほぼ変わらないはずなのに立派な女子になってしまっているんだから仰天だ。おかげでお母さんのヒステリックが減ったこともあり、お父さんがここにいる大きな理由となっている。それが理由でぼくの苗字は潮田ではなく大石となっていたりするがこれは余談だ。
引っかかるのはぼくは何のためにこの2周目にいるかってことだった。
「相変わらずこの子すごいよな、磨瀬榛名」
目に付いたドラマのワンシーンに釘付けになる。テレビに映る親しみのあるあの子がドラマの中にはいた。父親から虐待を受け、父親が母親に包丁を突きつけた時に彼女がそれを庇って犠牲になる場面だ。泣きそうな少女は母親を助けるために身を以て前に出た。それによって刺さる包丁と傷口から零れ落ちる血に少女は怯えることもなく、ただただ母親のことを呼び続ける。最後には力尽きて動かなくなった。
1人の少女がドラマの中で死んだ。このドラマの主人公は彼女ではない。ただしこの後この子が出てくるシーンはほぼないだろうが、視聴者の目には焼きついて離れなくなるだろう。同い年とは思えない演技力である。しかしどういうわけか、ぼくは彼女が死ぬのを前にも見たことがあるという馬鹿げたことが脳裏によぎったのだ。そしてそれが自分が死ぬ原因でもあったことを。
ぼくが死んだ? 何馬鹿なこと言ってるんだ。だってぼくは生きてるじゃないか。1周目からただリセットをして2周目に突入しただけだ。ぼくが死んだならここにいるぼくは一体誰だっていうんだ。でもぼくは知っている。彼女はぼくの目の前で殺されたのだ。
そして潮田渚は死んだ。
口の中から乾いた笑みが漏れる。ゲームで2周目を選択する時、それはラスボスを倒す時だ。
ぼくが2周目にいる理由。それは茅野カエデが死ぬのを防ぐためなんだ。あの日、茅野は触手で心臓を突かれた。唯一蘇生が可能かと思われた殺せんせーは命絶え、無残に殺された茅野を救うことができず、ぼくは恩師の死と大切な女の子の死による衝撃で自殺をしたのだ。
__________何でぼくはあんなにも無力なんだろ。
「渚ー? お母さんね、今日担任の先生に会ったんだけどやっぱり渚は中学受験した方がいいと思うのよ。見て、この椚ヶ丘中学校。中高一貫校の方がお母さんも安心だし、ここの高校、蛍雪大学の進学率がかなり良いの」
食卓に料理を運ぶお母さんを見て、失礼にも若返ったななんて思ってしまった。彼女は相変わらずぼくを自分の2周目としか見ていない。人がシリアスなことを考えてるっていうのに呑気なもんだ。中学受験なんてE組の頃の試験戦争に比べたら楽だろう。
しかし、椚ヶ丘中学校には凄い人たちが何人かいる。ぼくがもっと暗殺のための刃を持っていれば、2人も救えたのかもしれない。
「そうだね、お母さん」
ぼくはお母さんに反抗しないことにした。でもそれは1周目の時とは意味が違う。時が来るまではお母さんのレールには沿って、表向きは優等生を演じてあげよう。ぼくは母さんの人形には決してならないけれども。殺せんせーの最期に絶望したぼくは1周目であんなにも望んだ教師には決してならないだろう。
あの時ぼくは茅野を助けられなかった。さらには殺せんせーを自分たちの手で殺すことさえできなかった。ぼくが殺すとどこか心の奥で信じていた。暗殺の才能がある、ぼくが殺せんせーを殺すのだと!
殺せなかった理由は今となっては簡単だ。
才能はあるだけじゃ意味がない。
ぼくは暗殺の才能があったのにそれを極める努力を怠っていた。だから才能に見放されたのだ。弱さから大切な人の死を救うことさえできなかったのだ。
死を覆す絶対的な存在。そんなものが居るのだとすればそれはひとつ。
気がついたらぼくは殺し屋になることを強く切望していた。
原作からの変更点
・主人公は大石渚(女)
・1周目で殺せんせーがシロと相討ち状態で死んだため、茅野カエデが救えなかった。それを機に渚は自殺。
・両親の呼び方が父さん、母さんからお父さん、お母さんに。
・トラウマから将来の夢を教師から殺し屋に変更。