ハリー・ポッターと欲望の錬金術師   作:ドラ夫

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第2話 独立とダイアゴン横丁

 バーソロミュー・フラメルが究極のラブドール作りを初めてから実に四年の月日が流れた。

 彼は十一歳になり、その容姿と頭脳は益々洗練された。どちらを取っても凡そ十一歳だとは、いや十代のそれとさえ思えなかった。

 彼の容姿は綺麗だ、だとか美しい、だとかそういった言葉では最早生温かった。より一層大人びた彼を見た者は赤子や老婆であっても心奪われ、無機物でさえ彼に恋をするのでは、と言えるまでになっていた。

 また頭脳もより一層冴え渡り、恐らく彼が自分の研究の全てを公開すれば、三十年分は世界の技術が進むと思われた。

 勿論、この四年間彼は1日たりとも欠かさず勉学に励んでいる。それこそ、普通の人間であれば発狂するほどに。

 まあしかし、彼がその類稀なる能力を使って作っているのは結局ラブドールなのだが

 

 

 

 

「どうやら、俺様のメンテナンスが甘かったらしい。聴覚センサーが異常をきたしちまったみてえだ。悪いが、もう一度聞かせてくれ。賢者の石を、どうするって?」

 

「じゃから、アルバスに預ける」

 

 そして今現在、そんなバーソロミューは不機嫌の極みにあった。

 何故なら祖父であり、師匠でもあるニコラスの最高傑作、『賢者の石』を他人に渡すと言うのだ。彼にとってそれは、数少ない我慢ならない事の一つだった。

 その上激昂するバーソロミューに対し、ニコラスはその事をまるで何とも思っていないかの様な、飄々とした態度なのだ。

 その温度差がより一層、バーソロミューの感情を昂ぶらせた

 

「よし分かった。イかれたのは俺様の聴覚センサーじゃなくて、ジジイの頭らしいなぁ、おい!」

 

「別にイかれておらんわい。生涯現役じゃよ」

 

 老人、ニコラス・フラメルは朗らかに笑った。

 それに対し、バーソロミューはもうこれ以上上はないと思われていた怒りを、より一層引き上げた

 

「クソジジイ!賢者の石を渡すって事がどういう事か分かってんのか!!?」

 

「勿論、分かっておるとも」

 

 その言葉に、バーソロミューの中で何かが切れた

 

「・・・分かった。てめえの考えはよーーっく分かった!俺様から言うことはもう何もねえ!そんでもって、俺様がここにいる理由もねえ!今日をもって、独立させてもらうぜ、クソジジイ!!!」

 

 そう言って、バーソロミューは荒々しくドアを蹴飛ばし、出て行った

 

「「失礼します、フラメル様」」

 

 一体いつからそこに居たのか。

 バーソロミューが座っていた場所から二歩程後ろに下がったあたりの位置に、いつの間にか二人の美しいメイドが立っていた。

 彼女達はニコラスに優美な微笑みを向けた後、それぞれ木製の古い大きなトランクを抱えると、バーソロミューの後を追った

 

「まったく、若い頃のわしそっくりじゃわい」

 

 それを見たニコラスは、やはり朗らかに笑っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

【ダイアゴン横丁】

「なあ、ハリー。『漏れ鍋』でちょっとだけ元気薬をひっかけてきてもいいかな?グリンゴッツのトロッコにはまいった」

 

 グリンゴッツの猛烈なトロッコに揺られたハグリッドは青い顔をしてそう言った。そんな体調のハグリッドの申し出をハリーが断るはずもなく、二人は一旦そこで別れた。

 ハグリッドはその後ふらつく足取りで『漏れ鍋』に入った。

 『漏れ鍋』は未だにハリー・ポッターに遭遇した者達の熱気に包まれており、どんちゃん騒ぎが続いていた。騒ぐ人間を強引にかき分け、ようやっとハグリッドはカウンターに行き着いた。

 顔は益々青白く、しきりに口を抑えている

 

「トム、元気薬を“ちいと”くれや」

 

 ハグリッドのいう“ちいと”というのは中ジョッキの事だ。普通の人間から見れば、全然“ちいと”ではないが、何でも大ジョッキで飲むハグリッドからすれば“ちいと”だった。

 何故大ジョッキではないのかと言うと、何分元気薬というのはその効能のせいか需要が高く、非常に高価だ。その給料の殆どを動物の飼育費にあててしまうハグリッドでは、精々中ジョッキが限界なのだ

 

「大将、グリンゴッツに行って来たんですかい。おつまみは何にいたしやしょう?……ところで、その…ポッターさんは?」

 

 ハグリッドはグリンゴッツに行く度にこうしてトムの店で元気薬を頼んでた。

 そしてこの後ローストビーフでも食べながら一杯やるというのがお決まりのパターンなのだが、今日はハリーの面倒を見なくてはならないし、ダンブルドアに頼まれている“アレ”の事もある。流石のハグリッドも自制した

 

「今日は酒は要らん。それとハリーなら、制服を買いに行っちょるわい。もう今日はここにはこん」

 

 トムはその言葉に露骨にがっかりして、奥の方へと元気薬を取りに行った

 

「はい、お待ちどお!大将」

 

 やがて店の奥から戻ってきたトムは“ドンッ!”という音と共に大ジョッキを木でできたカウンターに置いた。中には並々と元気薬が注がれている。

 しかし、ハグリッドが頼んだのは中ジョッキだ。

 ハグリッドがその事を訂正しようとすると、トムがそれを遮った

 

「彼方のお客様からです」

 

トムは恭しく、カウンターの端に座る“彼”を指差した

 

「おお!すま…ん……」

 

 ハグリッドは“彼”見て、言葉を失った。

 まず、その容姿に心を奪われた。

 魅惑的であり神秘的あり、ある種の彫刻の様な“彼”の容姿に、圧倒された。そしてその後、強烈な既視感に襲われた。

 ──“彼”は似ていた。容姿ではない。“彼”の持つ雰囲気が、ハグリッドが学校を辞める事になる原因を作った、学生時代友人だった男に

 

「ハグリッドさん、ですよね?」

 

 “彼”はそう言って微笑みながら、ハグリッドに手を差し伸べた。

 するとハグリッドは先ほどまでの既視感と嫌な記憶をすっかりと忘れた。

 そして代わりに、頭の中が彼の事で一杯になった。“彼”から差し伸べられた手に応じる事は、これ以上ないほど名誉な事に思えた

 

「俺は……そう、ハグリッドだ」

 

 ハグリッドは“彼”と握手をすると──ホンの一瞬だが──自分の名前さえ忘れそうになった

 

「よかった。僕はバーソロミュー、バーソロミュー・フラメルです。こっちの二人はアンとメアリーと言います」

 

 一体いつからそこに居たのか。

 バーソロミューが座っている場所から二歩程下がったあたりの位置に、いつの間にか二人の美しいメイドが立っていた

 

「私はアンと申します」

 片方のメイド、アンがスカートの端をチョイと摘みながら挨拶した。

 アンは鮮やかな朱色の髪のロングヘアーの女性で、瞳は明るい緑色の垂れ目。胸や臀部は大きいが、バーソロミューより背は低い(と言っても平均よりは高いが)

 

「わたくしはメアリーと申します」

 

 もう片方のメイド、メアリーもやはりスカートの端をチョイと摘みながら挨拶した。

 メアリーは艶やかな藍色の髪のショートヘアーの女性で、瞳は暗い緑色で吊り目。スレンダーな体型で、バーソロミューより背は高い

 

「“フラメル”という姓から分かるかと思いますが、僕はニコラス・フラメルの血縁者です。今日は“アレ”についての事で参ったのです」

 

 バーソロミューの声は凛としていて、良く聞き取れるはずだった。しかし、ハグリッドは何故か頭に靄がかかったかの様になり、バーソロミューの言葉が上手く理解できなかった

 

「ハグリッド……僕に渡してくださいませんか?」

 

 ただ、その言葉に従わなければならない気がした

 

「……ああ、もちろんだ」

 

 ハグリッドはそれが当たり前の事の様にバーソロミューに“アレ”を渡そうとした。

 しかしすんでのところで、ハグリッドはダンブルドアから命を受けている事を思い出した。にも関わらず、ハグリッドは一瞬、ダンブルドアの命に背き“アレ”を渡してしまおうかと思った。

 だがそこまで考えたところで、ダンブルドアから『バーソロミュー・フラメル宛』と書かれた手紙を預かっていた事と、バーソロミューに“アレ”を渡すな、ときつく言い付けられていた事も思い出した。

 バーソロミューに従うかダンブルドアに従うか、ハグリッドは生まれて初めて、ダンブルドアを命を裏切ろうかと考えた。

 しかしすんでのところで、ダンブルドアへの忠誠心が勝った

 

「あー……バーソロミュー、お前さんに手紙宛の手紙を預かっちょる。ダンブルドア先生からのな。そこに“アレ”についての事も書かれちょるはずだ。……すまんな、ちいと折れ曲がっちょる」

 

 ハグリッドはローブのポケットからくしゃくしゃになった手紙を取り出した。

 普段その様なことは気にしない彼だが、バーソロミューに渡す手紙がくしゃくしゃになってしまっている事が妙に恥ずかしかった。

 しかしバーソロミューは気にした様子もなく、むしろハグリッドに敬意を払いながら手紙を受け取った

 

「ありがとう、ハグリッドさん」

 

「お、おう」

 

 バーソロミューは早速、その場で手紙を開いた。

 彼が手紙を読んでる間、何か音を立てて彼の妨げをしてしまう事は何だか物凄く躊躇われた。その為ハグリッドは人生で初めて、呼吸の音にまで気を使うレベルで静かにする様心掛けた。

 幸い、バーソロミューは恐るべき速さで手紙を読み終えた為、不器用なハグリッドが窒息死するという事にはならなかったが

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 手紙を読み終えたバーソロミューは先ほどまでの優しげで儚げな雰囲気を捨て、いつもの不機嫌そうな表情を見せた。

 手紙の内容を要約するとこうだ

 

『ボーバトン魔法アカデミーへの入学か、ホグワーツ魔法魔術学校への入学か、選ぶ権利を君に与える。君の保護者であるニコラス・フラメルは君の判断に任せるとの事。なお、“アレ”はホグワーツにて保管する。それをどうするかは、君次第だ』

 

 バーソロミューの祖父であるニコラス・フラメルはボーバトンの卒業生であり、今は理事会の一人を務めている。

 当然、バーソロミューもボーバトンに入学する予定だった。

 いや、ただ入学するだけではない。

 彼はボーバトンの入試試験をトップで合格した今年度の首席生であり、また同時にそれまでの功績が認められた特待生だったのだ。故に、様々な特典がバーソロミューには付いている。

 それに、バーソロミューはボーバトンの制服が気に入っていた。

 勿論、着る方ではなく見る方だ。

その上、三年前に首席合格したフラー・デラクールという女性は非の打ち所がない美女だという噂だ。

 バーソロミューはそのフラーという女を手篭めにしようと考えていた。

 その事を考えると、ボーバトンでの学校生活は中々魅力的だった

 

 しかし、賢者の石はホグワーツで保管されるという。

 今ここでハグリッドから賢者の石を奪ってしまう事も考えたが、ただでさえ目立つハグリッドとバーソロミューが人の多いこの場所で揉め事を起こせばたちまちダンブルドアや魔法省に知られてしまう事になる。

 それは出来れば避けたかった。

 彼は散々悩んだ結果、賢者の石を、ホグワーツ魔法魔術学校をとった

 

「アン」

 

「かしこまりました」

 

 具体的な言葉が無くとも、アンは手に持っていたトランクから羊皮紙と羽ペン、インク壺を取り出した。

 それを受け取ったバーソロミューはホグワーツ魔法魔術学校に入学する旨を羊皮紙に一筆したため、封筒に入れてハグリッドに渡した

 

「それじゃあな、ハグリッド」

 手紙を渡したバーソロミューが足早に席を立つと、いつの間にかメアリーが『漏れ鍋』の扉を開いて待機していた。

 バーソロミューはそのまま、『漏れ鍋』を後にした。

 ハグリッドは去っていくバーソロミューの後ろ姿、彼のプラチナブロンドを眺めながら、真っ白なフクロウをハリーにプレゼントする事に決めた

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「ご丁寧にお前達の入学許可書まで送ってきてやがる」

 

 ダンブルドアからの手紙には俺様が作った(・・・)アンとメアリーの入学許可書まで同封されていた。 

 ボーバトンでは特待生の権限で一人部屋の予定だったし、アンとメアリーは俺様の備品扱いだった。要は、アンとメアリーを何時でも好きにできた。

 しかし、ホグワーツは四人一部屋だ。人に見られながらの趣味はねえ。

 それにマクシームと違って、ダンブルドアはアンとメアリーを人として認識してる様だ。つまり二人とも、生徒として入学させる事になりそうだ。となると、部屋も別々だ

 

「まあそれは兎も角、お前達の学用品を揃えなきゃいけねえな。大鍋や制服は俺様が作る(錬金する)として、流石に教科書と杖は買わなきゃならねえ」

 

 金なら幾らでもある。

 俺様が昔解いた問題の懸賞金がそっくりそのまま残ってる。魔法界とマグル界両方のな。アンとメアリー二人分の学用品を揃えるくらい、訳ない

 

「クヒヒヒヒヒ!ありがとうございます、ご主人様」

 

 バーソロミューの言葉に、アンは不気味な笑い声を上げながら感謝をの意を示した

 

「まあご主人様、ありがとうございます!わたくし、感謝の極みです!」

 

 対し、メアリーは目に涙を浮かべ、心打たれながらバーソロミューに礼を言った。

 この二人はバーソロミューに仕えているが、何かしらの給金の類を貰っているわけではない。そしてそれ(無償労働)は当然だと二人は考えている。

 しかし、バーソロミューから何かを貰う事が嬉しくないわけではない。むしろ二人にとって、貰うものが何であれ、それは無上の喜びだ。

 故に、バーソロミューに学用品を買ってもらえる事は二人にとってこの上なく喜ばしい事だった

 

 

 

     *     *     * 

 

 

 

 三人はまず、『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』に行った。

 埃っぽいその店には天井まで高くそびえる棚が所狭しと並び、そのどれにもぎっしりと本が詰まっている。

 敷石ぐらいの大きな革製本、ドラゴンの皮でできた人差し指程の大きさの本、英語やロシア語や韓国語などの様々な言語でごっちゃに書かれた本、逆に何も書いていない本、生きていて読もうとする者を襲う本、兎に角ありとあらゆる本が置いてあった

 

「教科書は俺様が買ってくるから、その辺の本を適当に読んでていいぞ。興味がある奴が有ったら遠慮なく言え。好きなだけ買ってやる」

 

「「冥加に余る幸せです、ご主人様」」

 

 バーソロミューは二人の反応に満足そうにすると、店主の方へと歩いて行った。

 ここにある大抵の本をバーソロミューは読破している。数少ない読んでいない本にしても、料理本だったり裁縫の本だったりといった、バーソロミューにとって興味がない分野のものだ。

 つまり、彼にとってこの店はそれほど魅力的ではない。

 しかしアンとメアリーは違う。

 彼女達はまだ作られて(・・・・)間もない。そして彼女達の知的探究心は非常に高い。彼女達からしてみれば、ここは宝の山だ。

 二人はバーソロミューが教科書を変え揃える僅かな間、黙々と本を読んでいた。

 そしてアンが六冊目の本に差し掛かった時、ふと手を止めた

 

「メアリー、これ見て」

 

 アンの呼び掛けに、メアリーは本から顔を上げた

 

「まあ、ご主人様が書かれた本ですね」

 

 アンの片手には『トロールには理解出来ない程度の錬金術-入門編 著バーソロミュー・フラメル』という本が握られていた。

 二人はその本をバーソロミューにねだり、彼はそれを快く了承した。アンとメアリーはバーソロミューにひとしきり礼を言った後、本をトランクに中に入れて大切に保管した。

 他にもアンとメアリーは幾つかの本を選び、その全てをバーソロミューは買い与えた

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』を出た後、三人は『ダイアゴン横丁』の端を目指していた

 

「次は杖だ。魔法使いの杖を買わねばならん。しかし、お前達は杖を持って良いのか?」

 

「「申し訳ございません。存じ上げていません」」

 

「……まあ、大丈夫だろ」

 

 人間以外の生物が杖を持つ事は、魔法戦士条約で固く禁止されている。

 しかしアンとメアリーがホグワーツに入学する以上、杖を持たなければならない。その辺りの事情はダンブルドアも把握しているだろうし、問題はないだろうとバーソロミューは結論付けた。

 三人が歩く事数分、扉に剥がれかかった金色の文字で『オリバンダーの店ーー紀元前三八二年創業 高級杖メーカー』と書かれた店に行き着いた。

 埃っぽいショーウィンドウには、色褪せた紫色のクッションに、杖が一本だけ置かれていた

 

「失礼いたします」

 

 メアリーが先だって扉を開けると、どこか奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。小さい店内に古臭い椅子が一つだけ置かれていて、ハグリッドがそれに腰掛けていた

 

「いらっしゃいませ」

 

 柔らかな声がした。

 声がした方を見てみると、この店の店主オリバンダー老人が一人の少年の相手をしながら出迎えた。

 その少年の杖選びは難航しているようで、カウンターには幾つもの箱が積み上げられていた

 

「時間を改めた方がよろしいでしょうか?」

 

「いえいえ、それには及びませんぞ。暫し中でお待ちを!」

 

 時間がかかりそうな雰囲気を察してのメアリーの提案を、オリバンダー老人は即座に否定した。

 少年は杖が中々決まらない焦燥感からか、人を待たせている気まずさからか、居心地が悪そうだ

 

「では、お言葉に甘えて中で待たせていただきます。ご主人様、どうぞこちらに」

 

「ああ、失礼するぞ」

 

 メアリーの呼び掛けに、バーソロミューとアンが入店した

 

「おお、バーソロミュー!こっちこいや!俺の隣に座ると良いぞ、うんそれが良い!」

 

 ハグリッドはハリーとダーズリー家で会った時と同じ位の笑みを浮かべながら、バーソロミューを手招きした。

 しかし彼はそれを手で制し、少年の方へと近づいた

 

「貴様の名前は?」

 

 バーソロミューのその問いかけに、少年は少しうんざりした。と言うのも、彼はダイアゴン横丁(魔法界)に来て以来名前を聞かれ続け、そして名乗る度に握手や抱擁、サインを求められた。

 果てには髪の毛が欲しいとか、子供の名付け親になってくれ、なんて声もあったくらいだ。

 その上、彼の口調は先程『マダムマルキンの洋装店ー普段着から式服まで』で出会ったあの生意気な男の子を思い出させた

 

「ハリー・ポッター」

 

 故に少年ーーハリー・ポッターはできるだけ手短に、バーソロミューの方も見ずに自分の名前を告げた。

 しかしそれを聞いたバーソロミューは他の人間の様に握手や抱擁を求めるのではなく、ただ後ろからハリーの右腕をじっと見つめた。

 暫く何かを考えたバーソロミューはやがて口を開いた

 

「店主、柊と不死鳥で出来た杖はあるかな?そうだな…長さは大体三十センチ前後が良い。性質は傲慢で頑固でなければなんでも。あれば彼に渡してやってくれ」

 

 何故その様な杖を?柊と不死鳥とは、実に珍しい組み合わせじゃが……。

 オリバンダー老人はバーソロミューの注文に少し訝しんだが、彼の紫色の瞳を見ると彼を怪しむ気持ちはすっかり消え失せた。

 

「おお、しかし……その条件ならピッタリの杖がありますぞ!柊と不死鳥の尾羽、二十八センチ、良質でしなやか」

 

 やがてオリバンダー老人が持ってきた杖を手に取ると、ハリーは急に指先が暖かくなったのを感じた。

 杖を頭の高さまで振り上げ、何かを切る様にヒュッと振り下ろした。

 すると、杖の先から赤と金色の火花が花火のように流れ出し、光の玉が踊りながら反射した

 

「ブラボー!すばらしい。いや、よかった。さて、さて、さて……不思議な事もあるものよ……全くもって不思議な……」

 

 老人はハリーの杖を箱に戻し、茶色の紙で包みながら、またブツブツと繰り返していた

 

「あのう、何がそんなに不思議なんですか?」

 

 ハリーはたまらず、オリバンダー老人に問いかけた。

 オリバンダー老人は淡い銀色の瞳でハリーをじっと見た

 

「ポッターさん。わしは自分の売った杖は全て覚えておる。全部じゃ。あなたの杖に入っている不死鳥の杖はな、同じ不死鳥の尾羽根をもう一枚だけ提供した……たった一枚だけじゃが。あなたがこの杖を持つ運命にあったとは、不思議なことじゃ。兄弟羽が……なんと、兄弟羽がその傷を負わせたというのに……」

 

 ハリーは息を呑んだ

 

「さよう。三十四センチのイチイの木じゃった。こういうことが起こるとは、不思議なものじゃ。杖は持ち主の魔法使いを選ぶ。そういうことじゃ……。ポッターさん、あなたはきっと偉大なことをなさるに違いない……。『名前を言ってはいけないあの人』もある意味では、偉大なことをしたわけじゃ……恐ろしいことじゃったが、偉大には違いない」

 

 ハリーは身震いした。

 オリバンダー老人があまり好きになれない気がした

 

「しかし、この運命が何故わかったのですかな?」

 

 ハリーはハッとした。

 そうだ、自分のこの杖を、ヴォルデモートとの兄弟羽の杖を言い当てた人物がいた。

 ハリーはそこでようやっと、バーソロミューを見た

 

 ──美しい

 

 ただ、そう思った。

 バーソロミューとその後ろに控える二人のメイド。ハリーの語彙ではその欠片も表現できないと思える程に、彼等は美しかった。

 ハリーが今までテレビや新聞で見たタレントやアイドルでさえ、彼等の足元にも及ばないと思った

 

「まあ、なんとなくだ」

 

 先程も聞いたはずのバーソロミューの声だが、今度はまるで別物のように聞こえた。彼の声には何か魔力が秘められているような、不思議な響きがあった。

 ハリーはもっと彼の声を聞きたいと思った。しかし、もう自分の要件は済んでいる。いつまでもここにいるのは、明らかに可笑しかった。

 ハリーは杖の代金に七ガリオンを支払い、オリバンダーと二人のメイドにお辞儀されながら、名残惜しそうにオリバンダーの店を後にした

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「この二人の杖が欲しい。黒檀にドラゴンの心臓の琴線、二十五センチ前後と白樺にユニコーンのたてがみ、三十五センチ前後を貰いたい。どちらも優柔不断以外の性質ならなんでも良い」

 

「……かしこまりました」

 

 杖が魔法使いを選ぶ、と言ってもそれは完全なランダムじゃない。

 その人間の体つきや魔力の質、魂の大きさが関わってくる。

 この店主はメジャーで腕の大きさを測り、杖を予測してた様だが、体つきだけで判断してたのでは時間が掛かるだろう。

 まあそれでも長年の経験からか、中々早く杖を選ぶ事が出来るようだが。

 しかし詳しくは分からないが、ハリー・ポッターは通常の人間とは明らかに異なる魂の作りをしていた。肉体と魂の質とでも言うべきか。兎に角何かが僅かに、しかし決定的にズレていた。

 故に、杖選びに時間が掛かってしまったのだろう

 

「黒檀にドラゴンの心臓の琴線、二十六センチ、自由奔放。白樺にユニコーンのたてがみ、三十五センチ、慈しみ深い」

 

 アンが黒檀の杖を、メアリーが白樺の杖を手に取り、それぞれ振るった。

 するとバーソロミューが履いていた靴に付着した泥が落ち、服のシワが伸ばされ、身嗜みが整えられた。

 

「おお、なんとも……いやはや。ところで、あなた様は杖を買わないのですかな?是非とも、わしに選ばせていただきたい」

 

 オリバンダー老人がぐいっと身を乗り出して提案してくる。

 俺様は既に杖を持っている。その上、制限はあるものの杖を持たずとも魔法は使える。

 だが、その杖はとある事情から表に出す事は難しい。それに、何故杖を持たずとも魔法が使えるのか聞かれた時に、説明が面倒だ。

 なれば、予備として杖を持っておくのも悪くないだろう。

 それに、オリバンダー老人の気持ちは分からんでもない。俺様が不可解な事があれば解明せずには居られない様に、オリバンダー老人は客に合った杖を見つけずには居られないのだろう。

 俺様と分野は違くとも折角の同族、偶にはサービスしてやっても良いだろう

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 オリバンダー老人が暗い顔を作りながらバーソロミューに杖を渡した。バーソロミューがそれを振ると、オリバンダー老人の店の床の七割ほどが剥がれた

 

「こんな、こんな事が……」

 

 敗北だった。

 この店を先代オリバンダーから継いで以来、数え切れない程の杖を選んで来た。多少時間が掛かる時もあったが、全ての客に合う杖を提供してきた。

 しかし今日、この少年バーソロミュー・フラメルに合う杖は、終ぞ見つからなかった。この店で売られている全ての杖(・・・・・・・・・・・・・・)が、彼に選ばれなかった

 

「俺様に合う杖はないのか?」

 

「いえ、待ってくだされ!きっと、必ず……」

 

 そこまで言って、オリバンダー老人はその事を思いだした。

 売り物以外の杖(・・・・・・・)の存在を

 

「……フラメルさん。実はこの店は杖を販売するだけが仕事ではないのです。お亡くなりになった方々の杖を保管する事もまた、代々オリバンダーの仕事なのです」

 

 通常、魔法使いが死んだ際にはその杖を遺体と共に墓に埋める。

 しかし、戦いの末遺体が消えてしまったり、遺族が居らず墓が作れない場合などは、杖屋が杖を預かるのが決まりだった。

 オリバンダー老人は店のショーウィンドウにあった、色褪せた紫色のクッションの上に置かれていた一本の杖を持ってきた

 

「これは……かのロウェナ・レイブンクロー様の杖なのです。この店においてある杖の中で最も古く、最も力のある杖じゃ……。しかしこの杖は未だ、ロウェナ・レイブンクロー様に忠誠を誓っている……」

 

 

 何故この杖を持ち出したのか、オリバンダー老人自身にも分からなかった。しかし、彼は導かれる様にこの杖を持って来た。

 本来売り物でさえなく、また代々受け継い出来た、この店の看板とも言える杖を渡す事は良くない事だと思いながらも、彼にこの杖を渡さずには居られなかった。

 それはオリバンダー老人の杖職人としての好奇心からか、バーソロミューの魅力に当てられてか、兎角オリバンダー老人が震えながら、バーソロミューに杖を差し出した。

 そしてバーソロミューがいざ杖を受け取ろうとすると、杖は猛烈に暴れだした。鋭い突風が巻き起こり、熱い火花が飛んだ。

 しかし不思議な事に、オリバンダー老人とその店、二人のメイドは全くその影響を受けなかった。だがその一方で、バーソロミューは瞬く間に傷だらけになっていった。

 それを見た二人のメイドが動きだそうするのをバーソロミューは左手で制し、右手で杖を掴みとった。

 すると杖と彼の右手が眩く輝いた。そして彼と杖の接触部分から一筋の金の光が飛び出し、それはやがて人の形となった

 

『私を呼び起こす者は誰です?』

 

 美しい女性だった。

 若く、品があり、優美だった。この世にある全てを包み込む様な“愛”と“美”で溢れていた。

 どんな悪人でも彼女の前では己の罪を懺悔し、その生涯を善業に使うだろうと思えた。

 バーソロミュー・フラメルの輝きのみが溢れていた店内が、次第に彼女の輝きで塗られていった

 

「俺様はバーソロミュー・フラメル。貴様は?」

 

『計り知れぬ英知こそ我らが最大の宝なり。私の名前はロウェナ・レイブンクロー』


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