空中戦艦ーDeus ex machina 出撃する! 作:ワイスマン
前回までのあらすじ!
????「味方です」
戦艦棲姫「なんかクッソ怪しいけどヨシッ!」(現場猫感)
林大尉 「これだけの大編隊、勝ったな」(慢心)
????「奇跡のカーニバル 開 幕 だ」(某AA)
―――1999年9月30日 飛行船上空『林隊』
先ほど自分たちの偵察機が飛んでいた上空を黒い塊が複数、とんでもない速度で飛んで行く。
『飛、行船、飛翔体を発、射っ!』
出力急降下による強烈なGに耐えながらも上田少尉は、オペレーターとしての役割を果たすべく報告を口にした。
飛行船より黒煙と共に発射された17の飛翔体は暫く真正面に向け前進したのち、大きな弧を描きながら、反転上昇。
飛行船の反対側からも発射されたのだろう同数の飛翔体と共に猛スピードで飛行船を落とすべく空対空爆撃を仕掛けんとしていた深海棲艦の航空機編隊へと殺到する。
あまりに急な展開に、深海棲艦の護衛戦闘機は不意を打たれたのか即座に迎撃できず、攻撃隊は密集隊形を組んでいるがゆえに回避行動も満足に取れなかった。
尤も不意を打たれなかったとしても、亜音速で向かってくるそれらに対応できたかは甚だ疑問ではあるが。
夕焼けに染まった赤い空に白い帯を引きながら、34の飛翔体は一つも撃ち落とされることなく、何百という数の航空機の一団へと高速で突っ込んでいく。
そして―――
「なあっ!?」
轟音と共に空が破裂し、光り輝く昼となった。
飛翔体が生み出した34の巨大な火球。
その爆発の振動は、深海棲艦の航空編隊から離れた距離にいる二人にも届くほどだ。
飛翔体の中身に詰まっていたのは人でもなければ火薬でもない。
一発あたり850キロもの酸化エチレン、酸化プロピレンを含んだ特殊燃料だ。
それが一次爆薬により加熱沸騰、沸騰液体蒸気拡散爆発と燃料自身の相変化により秒速2,000mもの速度で周囲に拡散。
燃料の蒸気雲が形成されると着火爆発し、12気圧に達する圧力と2,500~3,000℃もの高温、そして強力な衝撃波を広範囲にまき散らす。
燃料気化爆弾。
これの恐ろしさは高温でも衝撃波でもない。
爆轟圧力の正圧保持時間の長さ。
TNTなどの固体爆薬だと一瞬でしかない爆風が「長い間」「連続して」「全方位から」襲ってくるところにある。
爆発の中心部にいた航空機はその高熱で蒸し焼きになり、その範囲外にものも長時間連続で全方向から襲い掛かってくる爆風により機体を粉々にされ、運よく即死しなかったものたちも、時間差で襲い掛かってきた衝撃波と急激な気圧変化により機体や核を押し潰され、すぐにその後を追った。
飛翔体が航空機編隊に突っ込んでいった34ヵ所すべてで、これと全く同じ光景が広がっていた。
「これほどの、これほどの強さか!」
焼き払われ、粉砕され、押し潰され。バラバラと海へと落ちていく航空機の残骸の豪雨を見ながら林大尉が唖然とした様子で呟く。
空一面を焼き尽くした凶悪な爆発が消え去った後、数百もの夥しい数の航空機はその過半数が消え去り、辛うじて生き残った機体も無傷のものは殆どいない。
たしかに飛行船という目標一つを狙うために、深海棲艦の航空編隊が密集隊形を取ったのも悪かっただろう。
それに攻撃隊が抱えた投下前の爆弾が、次々と周囲の航空機を巻き込みながら誘爆したことも、被害を拡大させた要因ではある。
しかし。
たった一回。
亡霊軍隊のたった一回の行動で、数百という数で構成された深海棲艦の航空機編隊は壊滅した。
生き残りも、大小の差はあれども損傷を負った60機にもに満たない航空機だけ。
『いくら誘導弾でもこの威力はオカシイでしょう!?弾頭に何詰め込んだんだ!!!』
急降下しているがゆえに操縦に集中する林大尉と違い、眼前に広がるキャノピー全体を使って、その蹂躙の光景をまざまざと見せつけられた上田少尉の叫び声が聞こえた。
先ほどの飛翔体の正体とは、誘導弾―――つまりミサイルだということは分かっている。
しかしこの世界的に広がる電波障害下でそれを使えたこともそうだが、そのミサイルが広範囲を焼き払うほどの過剰な攻撃力を与えられていたことに二人は大きな衝撃を受けた。
上田少尉が動揺し、林大尉が急降下した機体を立て直そうとしている間にも事態はさらに進行していく。
飛翔体によりその数を大きく減らした深海棲艦の航空機編隊は、先ほどの攻撃のように纏めてやられないよう編隊を解除し広範囲にバラけながら、一斉に飛行船に見向かって殺到し始めた。
攻撃機も、爆撃機も、護衛戦闘機すらも参加した全残存兵力による一斉突撃。
全ての航空機が四方八方から我武者羅に突っ込んでいく。
先ほどのミサイルのように均等に整った機械的な突撃ではなく、荒々しい獣のような突撃。
先ほどミサイルを撃ち尽くした飛行船にこれを防ぐすべはないように思えた。
しかし―――
「次は何だ? どこかが開いて仕込み機銃でも出てくるのか?」
『きっとあの船体が開いてモビルスーツが出てくるんですよ。
こないだテレビでやってました』
二人とも、想像の範疇を越える出来事が立て続けに起きている以上、もはや自身の知りうる知識や常識など欠片も信用していない。
そしてその考えは間違いではなかった。
『ッ!?飛行船、再度飛翔体を発射!』
「なにっ!?」
先ほどミサイルが発射された場所ーーー発射口から。
その全く同じ発射口から再度、新たな飛翔体―――ミサイルが発射された。
その数は最初と同じ34。しかし最初のミサイルに比べ、サイズは二回りほど小さく、しかしその分速さは桁違いに早かった。
発射されたミサイルは、最初のミサイルの軌道とは違い、個々に狙いを定めた目標の航空機に向かって飛んでいく。
深海棲艦の航空機は先ほどと違い密集隊形を組んでいない以上、回避行動は十分に取れはした。
だが最初のとは違い音速、そして自動追尾するミサイルに果たしてどれほどの意味があるのか。
かくして新たに発射されたミサイルのターゲットにされた航空機は必死の抵抗も虚しく、その全てが呆気なく命中し爆発、34機が撃ち落とされた。
ただでさえ大きく数を減らしていた航空機が、また新たに撃墜されたことでもはや深海棲艦の航空機は20機しか残ってはいない。
しかし、今はそれどころではなかった。
「コイツ誘導弾の、しかも状況に合わせて違う種類の誘導弾の再装填ができるのか!?」
「しかも34の目標を同時迎撃できるとか、アメ公の作ったイージスなんちゃらより性能が良いんじゃないんですか畜生!」
飛行船の34というミサイル発射口の数は、ミサイル護衛艦やミサイル駆逐艦と比べた場合、実はそれほど多いという訳ではない。
海自自衛隊のこんごう型護衛艦や、アメリカ海軍のアーレイ・バーグ級ミサイル駆逐艦が、90発ものミサイルを装填発射できる
しかし垂直発射装置も連装発射筒も装置自体が弾薬庫を兼ねているがゆえに再装填ができない。撃ったら撃ちっぱなし、予備のミサイルはなどなく、艦に搭載されているミサイルを全て撃ち尽くしてしまえば、母港に帰るか、補給艦の支援がないかぎり補給・装填ができないのだ。
しかし、この飛行船は違う。
飛行船の船体内部に予備のミサイルをたらふく抱え込んでいるのだろう、そこから状況に合ったミサイルを発射口に装填・発射ができるのだ。
最初のミサイルは弾頭に気化爆弾を搭載したミサイル、先ほどのミサイルはその鋭敏な挙動から対空ミサイルということか。
そして34個の目標を同時迎撃したという事実は、アメリカ海軍の開発した、防空戦闘を重視した艦載武器システム「
しかも、それだけではない。
『飛行船、また飛翔体を発射!発射間隔は……30秒!?』
「さんっ、30秒だと!?一体どんな装填装置を使ってやがる!?」
ミサイルを発射してから、次のミサイルを発射するまでの間が異様に短すぎた。
つまりは、30秒という間に、使用するミサイルの選択、装填、点火、発射という手順を全てこなせるというのだ。しかも34の発射口全てにである。
最後に発射された対空ミサイルの数は20発。もはやそれで十分ということなのか最後まで生き残っていた深海棲艦の飛行機と同数のミサイルは、一発たりとも無駄弾を出すことなくそれぞれの目標に命中、その全てを叩き落とした。
ここに深海棲艦の航空機編隊は殲滅された。
何一つ目的を達成することなく、飛行船に爆弾どころか銃弾の一発も当てることも、その行き足すら止めることもできずに。
その全てが今台無しになった。
「バケモノめ……」
林大尉が呻くように言う。
ことここに至っては、認めざるを得なかった。
この飛行船は囮でもなければ、捨て駒でもなく、戦争をしに来たということを。
そしてミサイルを使った戦闘において、この飛行船ーーーデウス・ウクス・マキナは、電波障害が世界を覆う前のイージス艦に匹敵、あるいは凌駕する戦闘能力を有していることを。
二人の乗る偵察機と、飛行船以外何もいない、静寂に包まれた空。
だが先ほどの深海棲艦の航空機編隊は第一陣である以上、その後ろには第二陣、第三陣が控えている。
直に同規模の航空戦力を率いて、この飛行船を落とそうとやってくることだろう。
しかし林大尉には、その航空機編隊たちが、『機械仕掛けの神』の作り出す守りを突破できるとは、どうしても思えなかった。
◇
飛行船のゴンドラ後方側面、まるで戦列艦の砲門のようにズラリと並んだ発射口から放たれる対空ミサイル。
その正確無比な暴力を前に、深海棲艦の航空機は為すすべもなくバタバタと撃ち落とされていく。
それはある意味、予想した通りの光景だったといえるだろう。
「……夢でも見ているのか?」
『もし、これが夢だとしたらきっと悪夢の類でしょうね』
呻くような呟きを漏らす林大尉の言葉に、力なく上田少尉は返した。
深海棲艦・空母機動部隊の攻撃隊である第一陣を、一切手傷を負うことなく殲滅しつくした亡霊軍隊の飛行船。
そしてその飛行船は、今もなお変質した電磁スペクトルにすら干渉するバラージ・ジャミングを広範囲にまき散らしながら、北上を続けていた。
その針路は深海棲艦・空母機動部隊と第一作戦部隊の争う海域にピタリと合わせられており、亡霊軍隊が何かしらの目的の為にそこに向って来ているのは明白だった。
目標の海域に向け、淡々を進撃し続ける飛行船。そこに新たな航空機編隊が見え始めた。
深海棲艦・空母機動部隊により、新たに補充された攻撃隊。
飛行船の行く手を阻むかのように展開した深海棲艦の航空機編隊は、先ほどと同じく飛行船の撃墜を目標とし、第一陣とほぼ同数の航空機を集め第二陣としていた。
そして深海棲艦の航空機編隊は、先の航空機編編隊の雪辱を晴らそうとするかのごとく一斉に攻撃を開始―――虫けらのように踏み潰された。
それは細部は多少違えども、ほとんど第一陣の惨劇の焼回しといえた。
おそらく第一陣の蹂躙を視界共有で見ていたのだろう。
深海棲艦・空母機動部隊の旗艦である空母棲姫はその反省を生かし、最初から深海棲艦の編隊を細かく分け、纏めて撃ち落とされないようにしていたようだが。
しかし30秒ごとに発射される34の対空ミサイルの前では何の意味もない。
次々と飛行船から発射される対空ミサイル。1秒に一発以上のペースで飛んでくる対空ミサイルは正確な精度で命中し、一発に一機の航空機の命を確実に削っていく。
それは深海棲艦の航空機編隊の総数が、そのまま自分たちの生き長らえることのできる時間であることに他ならない。
しかし文字通り、命を削って生み出した時間を全て捧げようも。
飛行船に肉薄するには、両者の距離はあまりにも遠い。
ついに深海棲艦の航空機編隊は、距離という盾を突破することができず、ミサイルの矛の前に消え去った。
第二陣の最後の一機が無惨な最後を遂げた頃、二人の所属する空母であり、第一作戦部隊の旗艦でもある空母『大鳳』より連絡が入った。
「上田、連絡は受け取ったか……?」
『……ええ、確かに』
今現在、亡霊軍隊の飛行船が変質した電磁スペクトルにすら干渉するバラージ・ジャミングを広範囲にばら撒いているせいで、有線で繋がる機内通信ならともかく、離れた母艦との無線通信はできなくなっている。
しかし、この偵察機には艦娘の『目』であり『耳』でもある妖精さんが二人?操縦席と後部座席に配置されている。
なので母艦との連絡自体は、この妖精さんを介することで問題なくできていたのだ。
妖精さんから、母艦からの連絡を受け取った事を、確認し合った二人の間には沈黙した空気が流れていた。
二人の受け取ったものは、第一作戦部隊の戦場で起きた変化を知らせる連絡だった。
別に第一作戦部隊が壊滅したとか、亡霊軍隊、もしくは深海棲艦の別働隊が現れただとか、そのような悲報ではない。
むしろ大局から見れば、第一作戦部隊にとって朗報といえるだろう。
「第一作戦部隊に仕掛けていた深海棲艦の攻撃隊が全て引き上げた、か」
『迎撃戦闘機のみを残して、飛行船に対する攻勢の為に引き抜いたんでしょう。
あれに仕掛けた航空機は一機残らず潰されましたから、第一作戦部隊側の攻撃隊で穴埋めをしよう、という事ですか』
第一作戦部隊側の攻撃隊が、飛行船攻撃に回された事で、第一作戦部隊の安全は確保された。
それは即ち自身の母艦が安全が保障されているということ。
その情報は飛行機乗りにとって非常に喜ばしい情報ではあった。
しかし
深海棲艦の攻撃隊が全て引き上げたということは。
第一作戦部隊が健在であるにも関わらず、攻撃隊が飛行船攻撃に回されたということは
つまり―――
「深海棲艦にとって、俺たち第一作戦部隊よりも飛行船の方が脅威度が上だと判断したということか」
そう言われているに等しかった。
今、深海棲艦に大打撃を与えているのが亡霊軍隊だからだとか、第一作戦部隊は亡霊軍隊の動向を探るために攻撃を控えているからだとか、そんな一時的なものでは左右されない。
己で物事を知り、考え、判断する能力を持つ人類―――知的生命には程遠く。
心理戦や陽動などといった不確定要素かつ、推測でしか測れない物事などを一切考慮しない、いや考慮することができない。
しかし、機械的で柔軟性の欠片もない深海棲艦の思考回路であるがゆえに、感情を挟むことなく弾き出される合理的で正確な脅威判定。
弁解の余地なく明確な脅威判定の序列。
それが示したのだ。
タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊よりも、亡霊軍隊の方が脅威である、と。
―――周辺の航空基地群より支援を受けた、百名近い艦娘で構成された艦隊よりも。
―――ただの一隻の飛行船の方が。
「……ふざけやがって」
上田少尉の地を這うような低い声が響き渡った。
―――気に入らない。何もかもが気に入らなかった。
―――そう判断を下した深海棲艦も
―――圧倒的な暴力を撒き散らす亡霊軍隊も
―――そして、それに
亡霊軍隊の飛行船が、その周辺を飛ぶこの偵察機を撃ち落とす機会など、それこそ幾らでもあった。
それでも撃ち落とされることなく飛び続けられているのは、林大尉の操縦技術によるものではない。
彼らの操る偵察機と亡霊軍隊の兵器との間には、技術や工夫程度では埋められない差、性能差があるのだ。
深海棲艦の航空機よりも多少早かったところで、音速で飛んでくる対空ミサイルなどに抗えるはずもない。亡霊軍隊がその気になれば一瞬で、そして一発で撃ち落とされることだろう。
にも関わらず、この偵察機が飛び続けられ、亡霊軍隊の飛行船と深海棲艦の航空機編隊との戦闘を監視することができているのは、偏に亡霊軍隊がワザと生かしているにほかならない。
普通なら情報を収集する偵察機をワザと生かしたままにしておくなど考えられないことだ。
しかも艦娘所属の偵察機には、彼女たちと繋がり、最前線で『視た』情報をリアルタイムで共有できる妖精さんが同乗している。
それを考えれば。偵察機という存在は監視カメラに等しく、情報の秘匿という面から見れば真っ先に排除すべき存在なのだ。
それをワザと生かしたままにし、あまつさえ深海棲艦の航空機編隊との戦闘を監視させ、その前で本来秘匿すべき飛行船の戦闘能力をさらけ出すなど、正気の沙汰とは思えない。
亡霊軍隊のあまりにも常軌を逸した軍事行動。しかし林大尉はその光景になぜか既視感があった。
数日前、母港であるタウイタウイ軍港の食堂で昼食を取った際、録画したものではあるがテレビで流されてたそれを見たことがあった。
モーターショー。
自動車メーカー各社の新型自動車や、コンセプトカーなどを集めて催す見本市。
単なる新型車だけを展示するだけに留まらない、来場者の興味を掻き立てるコンセプトカーや近未来的な実験車両が一堂に揃った自動車ショー。
その時は自分たちの知っていた最先端技術より、遥か先の技術で作られた未来の自動車たちを見て、仲間内で盛り上がった記憶がある。
その光景がこの亡霊軍隊の軍事行動とダブって見えて仕方がない。
亡霊軍隊による兵器ショー。
それはまるで亡霊軍隊が保有する軍事技術を魅せる見本市であるかのように。
単に見せるだけではない、観客を飽きさせないよう嗜好を凝らされた戦争という名の見世物の中で。
そしてその戦場を披露された亡霊軍隊の兵器たちが、ドラマティックにそしてロマンティックに魅せながら蹂躙し、観客を熱狂させる。
この軍事行動がそれに思えて仕方がない。
そして亡霊軍隊の目的が本当にそれであるのならば、なぜ林大尉の操る偵察機が未だに生かされているのか説明がつく。
「俺たちはカメラマンというわけかッ!」
この亡霊軍隊が魅せる兵器ショーの光景を、遠く離れた観客の元へと届けるための中継係。
その為だけに生かされているのだ自分たちは。
もちろんこの常軌を逸した軍事行動を、林大尉がそれに思えただけであり、亡霊軍隊が実際の所、何を目的としているのかは定かではない。
だが。その目的が何であれこの一連の動きが、ただの軍事行動のみを目的をしていないことは確実だった。
『戦争』というものを舐め腐った行動に、林大尉の額に青筋が浮き出た。
林大尉にとって、いや艦娘や呼び出された第一航空艦隊の搭乗員にとって。
『戦争』というものは、目的に至るための過程、ただの手段だ。
祖国の救済という目的にたどり着くための道のりでしかない。
だからこそ彼らは『戦争』という行為に楽しみを見出すことはなく、その行為自体に目的を達成する以上の意味を持たせることはない。
しかしこの亡霊軍隊は違う。
『戦争』という手段こそが目的。
『戦争』という行為に楽しみを見出し、その行為自体に意味を持たせる。
『戦争を目的のための手段』として行使している彼らにとって、『戦争という手段を目的』として行使する亡霊軍隊となど、相容れるはずもない。
本当なら、今すぐにでもそのバカでかい飛行船の船体に機銃掃射を叩き込んでやりたい気持ちに駆られていたが、その衝動にそっと蓋をする。
林大尉が飛行船の進行方向へ視線を向けると、遠くの方に深海棲艦の航空機編隊が見えた。
あれが件の、第一作戦部隊方面に展開していた攻撃隊の編隊だろう。
林大尉が母艦より連絡を受けてから、こちらの戦場に到着するまで随分と早かった。
それは即ち亡霊軍隊の飛行船が距離を詰めてきているということの証左でもある。
このまま行けば、第一作戦部隊より手前にいる深海棲艦・空母機動部隊の艦隊と接敵するのは、時間の問題だろう。
(どうせあの深海棲艦の航空機編隊ではどうせ飛行船を止めることはできん。
足止めできるかどうかすら怪しいな。
だがその分、少しでも多くの情報をむしり取ってやる!)
「上田、しっかりと記録に残せよ!」
『了解!』
「今に見ていろよ亡霊軍隊。俺たちを落とさなかったこと、必ず後悔させてやる」
◇
深海棲艦の航空機編隊の第三陣が戦場に到着した。
飛行船へと差し向けた深海棲艦の航空機編隊の第一陣、第二陣は、対空ミサイル群による攻撃の前に壊滅。
亡霊軍隊方面に展開していた航空機が消し飛んだことで、もはや深海棲艦・空母機動部隊には、亡霊軍隊と第一作戦部隊に対して二正面作戦を維持するだけの即応戦力は残されてはいなかった。
ここで深海棲艦・空母機動部隊の旗艦である空母棲姫は、亡霊軍隊の脅威度は第一作戦部隊よりも高いと判断。
第一作戦部隊方面に展開していた航空機編隊を抽出。
最低限の抑えのみを残して、ほぼ全ての航空機を亡霊軍隊方面へと送り込んだ。
第一作戦部隊方面に展開していた航空機編隊と、深海棲艦・空母機動部隊から新たに出撃した航空機群。
その二つが合流した第三陣は、飛行機の数で言えば、第一陣、第二陣を上回っていた。
そして展開する全ての航空戦力をかき集め、その物量をもって押し潰さんとした深海棲艦の航空機編隊の第三陣は―――物量に押し潰された。
飛行船より湯水の如く押し寄せる対空ミサイル群。
その弾頭は、航空機の
深海棲艦の起死回生の一手は。
亡霊軍隊との間に横たわる距離という盾を、自身の得意分野である物量によって攻略しようとした、雲霞のような深海棲艦の航空機編隊は。
一隻の飛行船如きが生み出す物量に粉砕されたのだ。
最後の深海棲艦の航空機が、飛行船にダメージを与えることもなく墜落した瞬間、もはや深海棲艦・空母機動部隊に打てる有効な手立てなど何もなかった。
実のところ、深海棲艦・空母機動部隊の航空戦力自体は、枯渇したわけではない。
早朝より始まった第一作戦部隊と基地航空隊との航空戦、亡霊軍隊の飛行船によるミサイル攻撃により、その数を大幅に削られはしたものの、未だ空母級、軽空母級の格納庫の中には両者と争えるだけの航空戦力が残っている。
しかし、それだけの量の航空機を格納庫から飛行甲板に上げ発艦、展開するだけの時間が彼らには残されてはいなかった。
結局のところ、起死回生の一手、深海棲艦の第三陣が壊滅した時点で、深海棲艦・空母機動部隊の敗北は確定したのだ。
航空機編隊ですら組んでいない、深海棲艦の空母級より発艦した航空機が僚機すら待たず五月雨式に飛行船に向かって突っ込んでいく。
断続的ではなく持続的な攻撃。
だがそこに戦術的な意図など、もはや存在しなかった。
残存兵力を犠牲にしながら飛行船の足止めをすることによって、確実に訪れる敗北を少しでも先に延ばしにしているにすぎない。
深海棲艦の最期の悪あがき。
だがその悪あがきですら、亡霊軍隊は容赦なく蹂躙していく。
深海棲艦・空母機動部隊に向けて進撃を続けながら、片手間で向かってくる航空機を撃墜していく飛行船。
その速度は一切変わることなく。
ミサイルから溢れ出た煙が後方に押し流されたことでできた漆黒の道はどこまでも真っ直ぐで、全く左右にブレる事はない。
結局、深海棲艦の残存兵力をすり潰しながらの足止めでは、飛行船の行き足を僅かたりとも遅らせることすら出来なかったのだ。
そして遂に飛行船は深海棲艦・空母機動部隊の艦隊を目視で捉えられる距離にまで近づいた。
その直後、飛行船の全ての発射口が一斉に煙を吹き出し、一際大きいミサイルが打ち出された。
その34のミサイルは今までのミサイルと違い、航空機を一切合切無視して、一直線に深海棲艦・空母機動部隊の艦艇ーーー空母級、軽空母級めがけて飛んでいく。
その攻撃を、航空機ですら避けられない攻撃を、それよりも大きく鈍重な艦艇が避けられるはずもない。
34のミサイルは一発も落とされる事なく全て着弾。
その瞬間、艦隊が爆炎に包まれた。
◇
メラメラと炎を上げ、時折小規模な爆発を引き起こしながら、真っ黒な煙を噴き上げる航空母艦の群れ。
深海棲艦・空母機動部隊を構成する艦艇が炎に包まれている中、艦隊の旗艦である空母棲姫は茫然としていた。
先ほどのミサイル攻撃は、艦隊の中心部に陣取る空母級、軽空母級のみを、狙い撃ちしたように着弾。
航空機の爆弾とは比べ物にならない、まるで戦艦の主砲を食らったかのようなその攻撃に、装甲が施されているはずの空母級の飛行甲板には大穴が開けられ、格納庫は航空機ごと焼きつくされた。
それでもまだ比較的頑強な空母級だからこそ、これだけの被害で済んだのだろう。
空母級よりも小さく脆い、軽空母級は船体自体が攻撃に耐えられなかった。
軽空母級を襲ったミサイルは、空母級とは違い装甲が施されていなかった軽空母級の飛行甲板を容易に貫き、格納庫内部の床に突き刺さって起爆。
船体が小さいがゆえに、その爆発エネルギーを外に逃がすことができなかった軽空母級は、そのほとんどが内部から弾け飛び、轟沈した。
辛うじて浮かんでいるものも、飛行甲板どころか上部構造すら残っているものはいない。
空母級、軽空母級はその全てが戦闘不能に陥った。航空母艦で無事なのは空母棲姫のみ。
空にはミサイルが着弾する前に発艦していた航空機が少しは残ってはいるものの、最早何の意味もないことを彼女は理解していた。
深海棲艦・空母機動部隊は敗北したのだ。
「……ナンダ」
空母棲姫が呻くように声を漏らした。
それは燃え盛る辺りの惨状を見渡して漏れ出た言葉―――ではない。
空母棲姫は端から、自身の艦隊の惨状など見てはいなかった。
彼女の視線の先にあるのは亡霊軍隊の飛行船。
深海棲艦の航空機を、そして艦隊を蹂躙したその飛行船を、空母棲姫は初めて視界共有ではなく、その眼で捉えた。
水平線上に浮かぶシルエット。常人の視力では米粒ほどにしか見えないその飛行船も、深海棲艦である彼女の眼にはその全てが
そこにその眼に視えていたのは、先ほど辛うじて生き残った深海棲艦の航空機が攻撃を仕掛け、そして飛行船から発射された飛翔体によって、正確無比に撃ち落とされていく光景―――ではない。
―――髪の長い人影が持つ、背丈程もある長い筒状のモノから撃ち出されたナニカは、あり得ない弾道の軌跡を空に描きながら、飛びまわる航空機を
―――帽子を被る人影が手を振るえば、紙切れのようなものが機体に纏わりつき、
―――そしてその動きに合わせるように、その航空機たちが、あたかも飛行船から発射された飛翔体によって、撃ち落とされているかのような光景が
まるで製作途中のCGのモーションキャプチャーを現実世界に引き摺り出してきたような、あまりにもズレた二重映像。
しかし航空機からの視界共有では、紫色の発光現象も、三人の人影も、その正体不明の攻撃も全く見当たらず、航空機が飛行船から発射された飛翔体によって撃ち落とされている光景のみが映し出されていた。
幻覚を見せられているかのような、どちらが真実の光景であるか判断がつかないソレに、しかし空母棲姫は、航空母艦という艦艇である空母棲姫はどちらが真実か本能で
―――すなわち、自身の眼で視た光景こそが真実である、と
「ナンナンダ………」
空母棲姫のその呟きには、怯えが混じっていた。
この目の前で起きている全ての事象が理解できない。
―――なぜ飛行船一隻にここまでやられているのか。
―――なぜ視界共有している航空機と、自身が視ている光景とが一致しないのか。
―――あの理不尽に現象で、こちらの航空機を撃ち落としていくあの人影は何なのか。
空母棲姫の、いや深海棲艦の持つ知識では、目の前の事態をどれ一つとっても説明できず。
その疑問に、深海棲艦のとるべき行動指標ともいえる上位命令は何も答えてくれはしない。
そしてついに彼女の心の均衡が崩れた。
「ア、ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!」
顔を恐怖で引き攣らせ、頭を掻きむしりながら狂ったように叫んだ。
それは『未知』への恐怖。
どれだけ味方が殺られようとも平然と突き進み、死の間際ですら、顔色一つ変えない深海棲艦が。
この目の前の正体不明の『未知』の存在に心を折られ、恐怖しているのだ。
最後の一機が落とされ、空から全ての航空戦力が消滅した。
もはや空母棲姫の飛行甲板から航空機を発艦させる時間すらない。
戦艦級や、重巡級といった生き残った艦艇が、必死に対空砲火を撃ちあげてはいるが、止められはしない。
空母棲姫と飛行船の間を阻むものなど、何もなかった。
飛行船の艦首がゆっくりと、しかし確実に自分の方に向けられた。
まるで空母棲姫へ狙いを定めるように。
そして飛行船の上に立つ三つの人影が、嘲笑うかのような笑みを浮かべた直後、吹き上がる黒煙と共に、先ほど空母級、軽空母級を蹂躙したものと同型と思わしきミサイルが発射された。
空に幾つもの軌跡を描きながら、生き残った艦艇目掛けて突っ込んでいく。
そのうちのいくつかは空母棲姫に向かって飛んできていた。
徐々に大きくなっていくミサイルの輪郭。
しかしどこまでも無力な存在に成り下がった小娘に、抗う術などもはや存在しない。
「何ナンダ オマエハァァァァァァ!!!!」
猛り狂う猟犬のような、それでいて不安に泣き叫ぶ童のようなその絶叫に答える声はなく。
空母棲姫の精神は破壊の光に呑まれて消えた。
戦況報告
タウイタウイ方面
人類陣営
タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊
深海陣営
ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
壊滅
ミレニアム陣営
空中戦艦ーDeus ex machina
戦闘中