機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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静止する時間

 バトルステージとなったのは足元に水面が広がり支柱が並び立つ幻想的な空間であった。遠くには地球の姿さえある。この空間のなか、世界一を決める戦いが行われていた。

 

 アザレアフルフォースから放たれるビームと実弾によるガトリングの嵐を回避していたセレネスであったが、こちらが本命だとばかりに放たれたミサイルは既に迫っており、咄嗟に支柱を盾代わりに防ぐ。

 

「中々……っ!!」

 

 だが崩れ落ちる支柱を突破し、軽やかな身のこなしでバーサル騎士が迫り、勢いつけて放たれたバーサルソードを防ぐが、すぐさま放たれたトルネードスパークに距離を取る。

 

「くっ……!」

 

 そのまま反撃に転じようとするが、そうはさせまいとゲネシスブレイカーのスーパードラグーンが襲いかかり、ウィルは苦々しい表情を浮かべながら再び避け続ける。

 

 ある程度避ける事はウィルにとっては難しいものではなかったが、それでも回避コースを予測したミサによって放たれたビームマシンガンの弾丸を浴びたセレネスの動きはよろめき、すかさずバーサル騎士が電磁ランスを突き出して突撃するとさながら、闘牛士のようにそのまま刀を盾にするかのように構えるとそのまま受け流す。

 

「やる……ッ!!」

 

 だがウィルに一息つけさせる機会すら与えず、高速で迫ったゲネシスブレイカーがGNソードⅤによって斬りかかると咄嗟に鍔迫り合いという形で受け止め、周囲に火花を散らす。

 モニター越しに見えるこちらを見据えるゲネシスブレイカーを見つめながら、ウィルの表情からは既にこれまで頻繁に見る機会が多かった余裕は消えてしまっていた。

 

「なるほど、以前とは比べ物にならない……」

 

 ゲネシスブレイカーの一撃を刀で鍔迫り合いで受けたセレネスはそのまま軽く一振り振るってゲネシスブレイカーが距離を置いて回避した事で自身も後方へ宙返りをして着地すると、並び立ったアザレアフルフォース、ゲネシスブレイカー、バーサル騎士の三機をそれぞれ見つめ、高揚する気分を感じ口元には心なしか楽し気な笑みを浮かべている。

 

「これなら僕も本気で戦える」

 

 一矢達はジャパンカップに比べて、さらに強くなった。ならば自分はファイターとして全身全霊をもって応える。ウィルが様子見を止めて本気で動こうとした時であった。

 

「──なっ……なにっ!?」

 

 だが人知れずセレネスのバックパックに火花が散った瞬間、秘めたるなにかを解き放つように毒々しい靄が広がり、気化したかのように消え去った。突然の出来事にウィルは唖然とする。

 

「ウィルっ!」

「いや、大丈夫だ……! 一体、何が……!?」

 

 正体不明の何かがセレネスのバックパックから飛散し、その衝撃で跪くセレネス。

 一体、何が起きたのか分からず戦闘を止め、セレネスに機体を近づけながら心配してウィルの名を叫ぶミサに状況が分からず、困惑している。

 

≪──ウィル、君がこの声を聞いているという事は、どうやら私のウイルスが機能したようだね≫

 

 すると当然、世界大会予選で出会ったバイラスの声がフィールド全体に響き渡った。

 静止軌道ステーションにはいない筈のこのバイラスの声に一同が戸惑う中、予め録音された言葉が続く。

 

≪人類初の宇宙旅行……楽しんでくれたまえ! 行き先は知らないがね……。ウェァーハッハッハッ!!!!!≫

「バカな! ウイルスだと!?」

 

 バイラスの目的が今の言葉だけでは正確には分からず、ただ愉快そうなバイラスの下品な哄笑だけが周囲に静かに響き渡り、そこでバイラスの録音された声は切れる。

 だがそれでも先程、セレネスが放ったのはウイルスだと分からせるには十分でウィルは受け入れ難いように叫ぶ。

 

≪おい、決勝は中止だ! ヤバイぞこりゃ……っ!!≫

 

 バイラスがウイルスによって何を齎すのか、不安だけが募るなか、通信によってカドマツの緊迫した声が響く。その様子から緊急事態なのだろう。一矢達は即刻バトルを終了してシミュレーターから出る。

 

 ・・・

 

≪緊急離脱プログラムが実行されました。繰り返します。緊急離脱プログラムが実行されました≫

 

 シミュレーターから出て来た一矢達に聞こえてきたのはけたましく鳴り響くアラートとコントロールAIの電子音声であった。少年少女の不安を大きく書き立てる中、物々しい空気のなかカドマツの元へ向かう。

 

≪間もなく地上用テザーの切り離しを行います≫

「あの……一体何が……? 緊急離脱プログラムってなんですか……?」

「宇宙エレベーターに備わっている機能でな。近くで大きな事故が起きた時、施設の安全を確保する為に一時的に軌道を離脱するんだ」

 

 コントロールAiが淡々と恐ろしい事を発する中、一矢達が到着し、自体が呑み込めずハルが怯えながら尋ねた内容にカドマツが答えている場面に遭遇する。

 

「え……あの……えっ……? じゃあ何か事故が起きたんですか?」

「そうじゃない……! コンピューターウイルスが仕込まれたせいで制御AIは勝手に緊急離脱を始めちまったんだ!」

 

 上手く状況が呑み込めていないハルは恐る恐る再度、尋ねるとカドマツは首を横に振りながらこの場にいないウイルスを作成したであろう人物に忌々しそうに答える。

 

 しかし、こうした問答の間にもコントロールAiによって緊急離脱プログラムの準備が進められていき、ウイルスによって実在しない危険に備えて、地上と静止軌道ステーションを結ぶテザーを瞬く間に一気に切り離し、軌道ステーションは宛もなく放流していく。

 

「軌道修正プロセスを実行しろ!」

≪アクセス拒否します≫

「くそっ……! もう一度、軌道修正プロセス!」

 

 切り離された軌道ステーションがどうなったかは何よりその場にいる一矢達には分かっていた。

 何とか解決を試みようとコントロールAiに繋がるコンソールを操作しながら険しい表情で音声入力するカドマツだが、コントロールAIは淡々と拒否する。分かってはいたが、焦りを増しながらカドマツが解決を試みるが悉く失敗してしまう。

 

「カドマツでもどうにもならないの……?」

「コンソールからのアクセスが拒否されてる……。良く出来たウイルスだ!」

 

 不安で怯えた表情を見せるミサは少しでも紛らわそうと一矢の傍らに立って腕を掴む中、どうにもならない状況に頭を抱えるカドマツに尋ねる。カドマツはもう策が思いつかないのだろう。憎々しい様子で吐き捨てる。

 

「おい地上と連絡は!?」

「大騒ぎになってます……」

 

 こうなっては地上にいる者達に助けを求めるしかない。

 先程から地上への連絡をとっていたハルにカドマツが問いかけると、具体的な解決案もなくこの突然の大惨事に世界中が騒然となっており、ハルの返答にそりゃそうだろうなと嘆息する。

 

「あぁ……なんでこんなことに……! レポーターなんて引き受けるんじゃなかった……!」

「ウイルスがどうにかできれば、制御AIに命令できるんだが……」

 

 思ってもみなかった事態に巻き込まれ、弱弱しく目に涙を溜めながら呟くハルの横で髪を掻きむしりながら、何とかカドマツは解決案を模索している。

 

「迂闊だった……。まさか僕がキャリアにされるなんて……ッ!!」

「度が過ぎた正義で身を滅ぼすか。だが俺は巻き添えなんて御免だ。何か方法は……!」

 

 思い当たる節が第三予選でバイラス達とバトルをした際にあった。

 あの時は己の実力とバイラス達の実力の差もあり有象無象程度にしか考えていなかったが、まさかこうなるとは思わなかった。己の迂闊さに歯を食いしばるウィルの姿を見ながらでも何かないかとカドマツが周辺を見渡している。

 

「──みなさん、お茶が入りました」

 

 しかし、このあまりにも緊迫した状況には似つかわしくない言葉が全員の耳に届く。

 見れば、そこにはカートにティーポットと人数分の食器類に大きなパイ菓子を運んできたドロシーの姿が。

 

「んだよ、こんな時に……って、これは……!?」

「ドロシー、アップルパイまで持ってきたのか?」

 

 あまりにも状況とかけ離れた行動をするドロシーに何を考えているんだとカドマツとウィルは呆れた様子だが、カドマツはあるものを見つけ固まる。カドマツの視線を釘付けにしているのはパイ菓子であるアップルパイであった。

 

「宇宙で飲むお茶を楽しみにしておりましたので……」

「よくやった、メイドさんよ……!」

「は。アップルパイお好きでしたか?」

 

 何故、わざわざこんなものを持ってきたのか、その理由を律儀に答えるドロシーにそれはよりにもよって今でなくてもいいだろうと誰もが顔を顰めていたがカドマツだけが迷宮の出口を見つけたような清々しい笑みを浮かべる。

 

「ああ。アップルパイにはリンゴが入ってるが、ペチャパイには何が入っているか知ってるか?」

「おいこらカドマツ」

 

 まるでクイズを出題するように、ドロシーに問いかけるカドマツであったが、その言葉が一人の少女の逆鱗に触れ、地の底から響き渡るような身を震わせる恐ろしい声が一矢の傍らから聞こえ、それに伴い先程まで弱弱しく不安そうに一矢の腕を掴んでいたその手を恐ろしいほどの力が籠り、一矢の顔が強張る。

 

「は。シリコンでしょうか?」

「それは後から入れるんだよォッ!!」

 

 しかも律儀に答えるドロシーにその返答の内容にミサがツッコむように大声を張り上げる。もっともまたそれに伴って一矢の腕を掴む手にもミシミシと力が入り、「いたいいたいいたいっ!!」と溜らず一矢はとばっちりで悲鳴を上げる。

 

「コンピューターウイルス退治を可能にしてやる!!

 

 怒りのあまり手を離したミサによって、一矢が人知れず膝をついて倒れ伏せるなか、カドマツが名案を浮かんだとばかりに一同に向かって声をあげて周囲を驚かせる。

 もっともそんな中、力尽きた一矢がダイイングメッセージを残すかのように床にペチャパイと指先でなぞろうとするが、知ってか知らずか早く聞かさせろとばかりにカドマツに詰め寄るミサに踏まれるのであった。


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