機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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最高のバトルを君に

「はぁー……イッチはもう雲の上なんだねー」

「雲どころじゃないけどね」

 

 彩渡商店街チームとフォーマルハウトの準決勝から数日後。

 人が集まりつつある彩渡商店街に訪れていた裕喜は手を翳して空を見上げると、その隣で夕香は苦笑しながら訂正する。

 彩渡商店街チームはフォーマルハウトを破ったことで決勝に進んだ。その決勝の舞台となるのは静止軌道ステーションである。

 

「しかも相手はタイムズユニバースのCEOなんでしょう?」

「うん、ウィルの奴、最後まで余裕満々だったね」

 

 決勝にて彩渡商店街チームがバトルをすることになった相手について触れるシオン。

 相手はやはりと言うべきか、あのウィルだ。頷きながら夕香は最後に準決勝までの世界大会で会っていたウィルについて思い出す。

 

「夕香はVIPルームで見てたんだっけ。良いなー」

「快適っちゃ快適だったけど、あんまり落ち着かないよねー」

 

 夕香が世界大会で別の場所で観戦していると言うのは知ってはいたが、後からそれがウィルに招待されたVIPルームであった事を知った裕喜は羨ましがっていると初めて入ったともいえるVIPルームでのひと時を思い出し、何とも言えない様子で首を横に振っている。

 

 そうこうしていると三人が入店したのは、彩渡商店街のトイショップであった。

 彩渡商店街チームの活躍もあってか、このトイショップはかつてに比べて、繁盛しているようで人で賑わっている。

 

「やぁ、もうすぐ始まるよ」

 

 来店してきた夕香達に気づいたユウイチが声をかける。

 作業ブースの近くに置かれたテレビにはこれから始まるであろう世界大会決勝の番宣番組が放送されており、これまでの彩渡商店街チームによる大会でのバトルが放送されていた。

 

「雨宮君達なら大丈夫だよね……っ」

「なに、一矢達はわし等に勝ったんじゃ。心配無用じゃろうて」

 

 既に作業ブースには見知った顔も多くあった。テレビの前でこれから始まる決勝に緊張した面持ちを見せて、祈るように手を組んでいる真実にその言葉を聞いた厳也が安心させるように笑いかける。

 

「どーでも良いけど、なんでわざわざここにいんの?」

「あいつ等の決勝だからな……。終わったら終わったで、ここにいれば、そのままあいつ等を祝福できるからな」

 

 夕香はこの場にいる厳也達などの遠方からやって来た者達に誰に問うわけでもなく尋ねると、代表して影二が微笑を浮かべながら答えて、そのままテレビを見やる。

 

「まったく、思えばあっと言う間だったよなぁ!」

「本当ねぇ、時の流れって怖いわぁ」

 

 中には店の合間に訪れたマチオやミヤコの姿もあり、これから始まるであろう決勝を心待ちに、これまでを振り返って懐かしんでいる。

 

「父さん達はちゃんと見てるからな、ミサ」

 

 そんな中、一応、営業しつつ客の相手をしていたユウイチがふと人が集まるテレビを見やる。決勝の舞台が舞台の為に、直接応援に駆け付けるわけにはいかないが、それでもちゃんと娘の勇姿をこの目にちゃんと焼き付けておくつもりだ。

 そんなユウイチの近くの棚には彼が作成したモノなのだろうか、BDシリーズのガンプラをカスタマイズしたであろうトリコロールカラーのガンダムの姿があった。

 

 ・・・

 

「いよいよだな」

 

 ところ変わってブレイカーズでも世界大会の決勝と言う事もあって多くの客でいつも以上に混雑していた。そんな中、液晶テレビの前は人だかりが出来ており、それを遠巻きでシュウジが見つめている。

 

「……楽しみだな。一矢君のバトル」

「妬けるわね、翔にそこまで気にかけてもらえるなんて」

 

 仕事の合間、チラリとテレビを見やった翔の口元には知らず知らずのうちに微笑が。そんな翔の笑みを見て、クスリと笑ったレーアは嫉妬を感じさせる言葉とは裏腹に笑みを浮かべながらモニターを見やる。

 

「新しいガンダムブレイカー……。私達にとってもガンダムブレイカーは思い入れのある名前ですからね」

「戦う環境は違っても、俺達と一矢君の本質は同じだ。誇り(プライド)をぶつけて戦うんだよ」

 

 ルルはかつてガンダムブレイカーの名を冠したMS達の戦いを思い出しながら翔に笑いかける。MSとガンプラでは戦いと言っても、中身は違うが、それでも胸の中の誇りをぶつけて戦って来たことには違いない。

 

「……翔とシュウジの弟子? ……なんだよね?」

「ああ。けど、アイツはただ俺や翔さんの力を受け継いだだけじゃねぇ。これからそれが分かるさ」

 

 テレビに映るこれまでの一矢達彩渡商店街チームの戦いの軌跡を眺めながらリーナは翔やシュウジに尋ねると、どこか誇らしげに笑いながらシュウジは画面に映るゲネシスブレイカーのバトルを見つめる。

 

「……なんだか翔さん、私達よりもレーアさん達といる時の方が何か楽しそう。肩の荷が下りてるって言うか……」

「そりゃ翔さんにとっちゃあそこにいる人達は戦友なんだし気心は私達より知れてるでしょ」

 

 そんな翔達を遠目で眺めながら、あやこが歯痒そうな表情で呟いていると同じく仕事中の風香がこればかりは仕方ないとばかりに肩を竦めている。

 

「うぅっ……私だって翔さんと同じガンダムブレイカー隊なのに……」

「こればかりには密度が違うからねぇ……。流石に同じエヴェイユの風香ちゃんでもあそこにいる人達程、翔さんと距離は近くないし」

 

 人さし指同士を合わせながら、しょげているあやこに風香も何とも言えない様子で談笑している翔達を眺める。翔やレーア達は戦争と言う環境のなかで出会い、そこで苦楽を共にしてきたのだ。その距離が自分達とどれだけ違うのかは計り知れない。

 

「──如月翔君だね?」

「……貴方は」

 

 そんな中、ふと一人のアロハシャツを着用したロングの長髪の男性が翔に声をかける。

 その男性に見覚えがあるのか、翔は僅かに驚いた顔をしながら向き合う。この男性はなにを隠そうミスターガンプラであった。

 

「君の事は知っているよ。GGFやGWF2024では接する機会は少なかったが、私もプレイヤーの一人として君の活躍は見ていたからね」

「俺も貴方のことは頻繁にテレビや雑誌で見てますよ」

 

 こうしてちゃんと顔を合わせるのは、初めてだろう。

 ミスターもかつては初めてガンプラシミュレーターが稼働したGGFやそのver.2が稼働したGWF2024にも参加していた。翔のことは当然、知っていたし、翔も仕事上、耳に入れる事は多かったのだろう。互いに握手を交わす。

 

「一矢少年を知る前は君こそがと思っていたのだがね。君はモデラーで活躍する事はあっても、ファイターとしては消極的になってしまったから、中々、縁がなかったのが残念だよ」

「……色々ありましてね」

「ああ。だが今は違うようだ。君が以前よりもバトルをする機会が多くなったと聞いたよ。是非今度手合わせ願いたいものだ」

 

 GGFなどで覚醒していた翔とのバトルを望んでいたミスターだが、翔はエヴェイユやPTSDで苦しんでいた。そのせいかバトルの機会は中々恵まれなかった。

 だが今では少しずつではあるが以前に比べて翔のバトルを耳にする事が多くなった。今ならばタイミングも合うであろう。

 

「俺がバトルにちゃんと向き合えたのは、一矢君達の影響があったのかもしれません。俺は周囲の人間に恵まれ過ぎている。お陰で今も学んでばかりですよ。それはきっとこれから始まる決勝も」

 

 翔もミスターの誘いに喜んでとばかりに頷くとそのままテレビを見やる。

 もう間もなく決勝も始まるだろう。一矢が翔達から学んでいるように、翔もまた一矢達から学んでいる事は多いのだ。

 

「バトルはここで観戦を?」

「いや、これから彩渡商店街に行くつもりだよ。近くに来たついでに君にも挨拶をと思ってね」

「いつでも歓迎しますよ、また来てください」

 

 決勝までの時刻が迫っている。ミスターにこの場で観戦するのか尋ねる翔にミスターは首を横に振り、ここに訪れた理由を明かすと、ならば折角の縁が出来たのだと、翔は微笑み、頷いたミスターは軽く手を振ってブレイカーを後にする。

 

「……これまでがあったから、今の俺がある。それは君もだろう、一矢君?」

 

 まさかミスターとこうして出会うとは思っていなかった翔は事務所に一人、戻る。

 稼働中のパソコンを見やれば、かつてGGFで翔をサポートしたGAIOSが店の経営の一部を担って稼働しているのが見える。

 これはかつてブレイカーズ開店の際に開発者の男性に旧式だからと寄贈されたものだ。

 GGFから今も翔のパートナーとして支えてくれている。その画面を見ながら、一矢に人知れず問いかけた翔は再び、店に戻っていく。

 

 ・・・

 

「お嬢様、まもなくです」

「はぁーっ、楽しみだね、お嬢様!」

 

 またイギリスの地にあるアルトニクス邸では庭のテーブルでセレナ達がテレビを見ている。彼女達も決勝を待ちわびているのだろう。アルマやモニカも今か今かと決勝を待っている。

 

「ボク達に勝ったんだ。どうせなら優勝してほしいね」

 

 セレナはアルマやモニカの様子に笑いながらも彼女達が用意した紅茶を飲みながら番組が始まるのを待つ。準決勝止まりと言う事もあり、家の人間は相変わらずだがそれでも今は前よりも身が軽くなったような気分だ。セレナは今までとは違う笑みを浮かべながら空を仰ぎ見る。

 

 ・・・

 

「みなさん、ご覧になれますか?」

 

 遂に誰もが待ち侘びた決勝の生放送が始まった。軌道ステーションにて、カメラ搭載のマイクロドローンの前に人工重力下でハルは強化ガラス越しに広がる宇宙を背にレポートを始める。

 

「現在、私は地上から36000キロ……。静止軌道ステーションに来ています! 間もなくこちらでガンプラバトル世界一を決める戦いが始まります!!」

 

 初めて訪れた静止軌道ステーションと言う事もあって、ハルのテンションはいつもよりどこか高い。そして何よりも自身がこれから世界一を決める決勝に立ち会えると言う事もあるのだろう。レポーターとしてのハルはこの後もレポートを続けて行く。

 

 ・・・

 

「頑張って来いよーっ!」

「勿論っ! 一矢、早く行こうっ!!」

 

 遂に決勝の時刻が迫ってきた。カドマツが声援を背にミサはロボ太と駆け出しながら、背後の一矢に笑いかけると、一矢も釣られるように微笑み、その後を追う。

 

「──来たね」

 

 移動中、先にミサとロボ太がシミュレーターが設置されたブロックに移動した時であった。続こうとする一矢に声をかけたのはウィルであった。

 

「……なんか用? それも試合前に」

「随分な言い草だね」

 

 ファイターとしては認めてはいるもののウィルという人物に対してはまだいけ好かない部分もあるのか、どこか棘のある一矢の物言いにやれやれと困った相手に接するように苦笑して肩を竦め、それはそれで一矢の癪には触っている。

 

「まあ……一応、君には謝っておこうと思ってね。ジャパンカップのエキシビション……。君達には申し訳ない事をしたと思っている」

「……は?」

「これからバトルをするんだ。ファイターとして、まずは清算すべきものは清算しようと思ってね」

 

 視線を僅かに彷徨わせたウィルは意を決したように一矢に向き直ると静かに頭を下げる。突然の事に呆気に取られている一矢にその理由を明かされる。今のウィルはファイターとして、一人の人間として頭を下げ、謝罪しているのだ。

 

「……別に頭を下げられたってあの時が変わるわけじゃない」

 

 頭を下げている為、一矢の表情は見えないもののその言葉は耳に届く。

 気だるげながらもどこか冷たくも聞こえる言葉にウィルはしかと耳にいれるように歯を食いしばる。罵詈雑言は受けるつもりだ。殴られたって良い。自分はそれだけの事をしたつもりだ。

 

「……だけどこれからは違うだろ」

 

 だが直後に一矢から思わぬ言葉が聞こえてきた。

 

「あの時を上塗り出来るだけのバトルをこれからすれば良い。今なら出来るだろ」

「……ああ、そうだね」

 

 こんな事を面と向かって言うのは気恥ずかしいのか、パーカーのポケットに手を突っ込んでそっぽを向きながら話す一矢の言葉に、目を見開いたウィルはやがて笑みを浮かべると顔をあげて確かに頷き、決意を込めて話しはじめる。

 

 

「これ以上にない最高の舞台が用意されてる」

 

 

「……うん」

 

 

「ファイターとして誇り(プライド)をぶつけあう最高のバトルにしよう」

 

 

「……うん」

 

 

「けど夕香は君に似てるところがあるね。妹だからかな? 夕香と約束したからね。君と最高のバトルをするって」

 

 

「うん?」

 

 

 今一矢の目の前にいるのは誇りある一人のガンプラファイター。ウィルからの言葉にちゃんと顔を向け、その瞳を見ながら頷いていた一矢だが、その最後の言葉にピクリと反応する。何故、ウィルから夕香の名前が出て来たんだ?しかも呼び捨て?どういうことだ?自分の知らない間になにが起きている?

 

「彼女は応援してくれると言ってたしね。勝利の女神は僕に微笑んでいるかもね」

「おい待て」

「彼女には最高のバトルをした上での僕の勝利を届けよう」

「いや待てって」

「さあ、はじめようか!」

「だから待てっつってんだろッ!? お前なにがあったか全部聞かせろ! いや、何があろうが……!!」

「ちなみに世界大会本選の合間、夕香はずっと僕の近くにいた」

「はああぁぁぁぁぁっっ!!!? おい、俺は認めんぞ!! 絶対!! ぜっっったいに認めんぞ!!」

 

 しかも次は夕香がウィルを応援するというのだ。正確に言えば、ウィルも、だが、どっちにしろ、知らぬ間に知り合って親しくなっていたウィルと夕香に一矢は混乱する頭に頭痛さえ感じて、こめかみを抑えながら整理しようとするが、一人で完結したウィルはあぁそうそうと最後にそう言い残してシミュレーターに足早に向かっていき、一矢は珍しく一人で喚き散らしている。

 

≪両チーム準備をお願いします≫

「ぬぅぁっ……!! あいつ、やっぱ気に入らねぇ……!」

 

 やはり何だかんだで大切な妹が知らない間に、よりにもよって因縁ある男と親密になっていたのが、兄として中々、受け入れ難いようだが、そんな一矢とは裏腹に遂に決勝の時刻となってしまい、コントロールAiに促され、頭を抱えたくなる気持ちを抑えながらも、自分もシミュレーターに向かっていく。

 

 

 遂に世界大会の決勝が始まる。

 

 しかし、確かに刻一刻と魔の手が蝕んでいる事を彼らが知る由もなかった。


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