機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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果てない翼によく似た鎖

 最初は窓に広がる大空を自由に飛んでいる鳥に憧れた。

 

 いつかはあんな風に自由に飛びたい。

 

 羽を広げ、曇りない空を自由に飛び回る鳥たちをいつも眺めてはそう思っていた。

 

 ……でも

 

 なんで、そんなものを憧れるの?

 

 周囲の人間は空を飛ぶ鳥なんて誰も気にしないのに。

 

 

『そんな事ではアルトニクスの長女は務まりません。もう一度、やり直しなさい』

 

『笑いなさい。アルトニクスの長女が無愛想などと思われるのなんて以ての外です』

 

『あなたはアルトニクスの名を背負っているのです』

 

『家の名を汚すことは許されません』

 

 

 ───……自分が自由じゃないから?

 

 

 

 

 

『君が弱いからだよ』

 

 

 

 

 

 ・・・

 

「……っ」

 

 世界大会で用意された控え室のソファーで腰掛けていたセレナはゆっくりと意識を取り戻し、目だけを動かして周囲の状況を知る。モニターには世界大会の本選の様子が映し出されており、モニカがそれを何気なしに眺めていたが、セレナが起きた事に気づく。

 

「おはよう、お嬢様」

「あはは……ごめん、いつの間にか寝ちゃってたみたい」

 

 まだ頭はぼんやりするが、セレナは目頭を軽く手で添えながら、笑いかけるモニカに寝顔を見られてしまったかと照れ臭そうに笑みを浮かべつつ口を開く。どうやらいつの間にうたた寝をしてしまったようだ。

 

「……彩渡商店街チーム、勝ったんだね」

「はい、これで彼らは準決勝に進むこととなりました」

 

 ふと、モニターを見やれば勝利を収めたのだろう。喜びを分かち合っている彩渡商店街チームの姿が映っている。笑みを浮かべ、細めた目でその様子を見つめるセレナに肯定しながら、寝起きの彼女の為に用意したグレープフルーツジュースを彼女の前のテーブルに置きながらアルマが答える。

 

「さて、僕たちの番だね」

 

 ビタミンB1やクエン酸を含むグレープフルーツジュースを飲み、僅かな眠気を吹き飛ばし、頭の中をクリアにする。彩渡商店街チームの勝利によってモニター画面も切り替わり、トーナメント表が表示されると、次のバトルはフォーマルハウトの番となっている。世界大会と言っても、あっと言う間で遂に準決勝に駒を進めるチームを決める事となった。その準決勝に進むためにセレナは立ち上がる。

 

 ・・・

 

 フォーマルハウトのバトルは他のバトルは他とは異なる雰囲気で行われている。それはやはり彼女達の戦い方によるものだろう。まさに悪魔による蹂躙と言う言葉が似合うバトルは狂気に染め上げられるかのように観戦する者の心をつかむ。

 

 今もまたフォーマルハウトは準決勝へ進むためにバトルをしており、ここまで来れば、相手チームはかなりの手練れ。既にネオ・アルゴナウタイの時同様にモニカやアルマもチームとして前に出るバトルが行われている。

 

「後は君だけだね」

 

 最後に残ったウイングガンダムゼロをカスタマイズしたである機体へバエル・ソードを向ける。その周囲にはレギルスピットとランスピットが囲んでおり、既に逃げ場はない。

 

「くそっ……へらへらしやがって……」

「最後くらい笑って見送ってあげたいじゃないか」

 

 己の状況を確認し、既に打つ手がない事が分かり切っているのだろう。悪態をつく相手プレイヤーにセレナは意に介した様子もなく、バエル・ソードを振り、突進していく。

 

 ならば、せめて一矢を報いるようにとツインバスターライフルを向けるが、その射線から逃れるように少ない動きで捉えさせないように翻弄しながら、バエルは近づき、そのままツインバスターライフルを下方から蹴り上げ、その銃口を空に向けるとそのまま横から両腕を斬りおとす。

 

「あははっ……だぁめっ……逃がさないよ」

 

 距離を取ろうとする相手機体を見ながら、セレナは妖艶にさえ感じる笑みを浮かべ、バエル・ソードをホルスターにしまい、手を伸ばしてバックパックの翼に手をかけると毟り取る。

 

 主翼となるバックパックの翼を失ったことでバランスを崩し、落下していく相手機体を見下ろしながらバエルが手をかざすと、ランスピットとレギルスピットがその機体を貫いて爆発させた。

 

「……翼なんてものは奪われちゃえば落ちるだけさ。それならボクは星になりたい」

 

 これによってフォーマルハウトの準決勝進出が決定した。アルマやモニカが喜んでいる中、シミュレーターから出る前にセレナは一人、そう呟く。

 

 ・・・

 

「やぁ、準決勝に進めたようだね」

 

 控室へと続く道でセレナは向かい側からウィルに出会う。セレナが応対する中、ウィルに対して、そこまで良い印象はないのか、露骨に顔を顰めるモニカをアルマが宥める。

 

「お陰様でね。君もすぐに来るんでしょ」

「勿論さ。しかし、本当に笑うようになったね。昔が信じられないくらいだ」

 

 ここにいると言う事は、この後はウィルのバトルなのだろう。

 ウィルの実力はそれなりには知っている。彼も難なく準決勝に、いやそれこそ決勝に進んでくるはずだ。ウィルも同じように思っているの余裕を感じさせながら頷くと、笑みを絶やさぬセレナを改めて見ながら過去について触れる。

 

「今と昔、一体、どちらが本当の君なのかな?」

「……さあ? ボクも分かんないや」

 

 一切、笑う事もなかったほど感情の乏しかった過去と笑みを絶やさぬ今、果たしてどちらが本当のセレナなのかと問いかけるウィルに、セレナはどこか困ったように笑いながら、肩を竦めるとそのままウィルの横を通り過ぎて行く。

 

「ごめん、まだ眠いから部屋に戻るね」

「かしこまりました」

 

 セレナはそのまま歩を進めながら、背後のアルマ達に声をかけると、ウィルに向かって人差し指で下まぶたを引き下げて舌を見せ、「あっかんべー」と子供のようなことをしているモニカを宥めすかしながらアルマが答え、そのまま宿泊施設に向かう。

 

 ・・・

 

 宿泊施設の自身に宛がわれた部屋に戻ったセレナは早々にポニーテールを解き、ナチュラルブロンドの髪を自由にすると、そのまま仰向けでベッドに倒れ込む。

 

「……もう人前じゃ外れないんだよ」

 

 ベッドの上で仰向けに倒れているセレナはその人形のように揺れ動かぬ表情で先程のウィルの問いかけに答えるように一人、呟く。仮面もつけ続ければ自分の一部になると言った。人前で出れば、知らず知らずに仮面を被ってしまうようになってしまった。

 

 では、一体、なぜそうなったのか?

 

『あなたはアルトニクスの名を背負っているのです』

 

 アルトニクスの長女としての生を授かった時点で、自分のこの生き方は決まっていたようなものだ。両親もあてがわれた教育係も誇りあるアルトニクス家を汚さぬ長女という存在を求めた。

 

 品性方正、成績優秀……まさに小説か何かにもで出てきそうな完璧な存在。空に浮かぶ王家の星のような存在。それが求められた理想のアルトニクスの長女。

 

『そんな事ではアルトニクスの長女は務まりません。もう一度、やり直しなさい』

 

 幼いセレナには、まさに動物か何かのような痛みさえ伴う躾が施されていた。

 痛くて苦しくて辛くて……。例え助けを求めたところでそれが将来役に立つと言われて一蹴されるだけ。心を著しく消耗していくような生活に確かに秀才ともいえる存在になっていったセレナの感情は乏しくなっていた。

 

『笑いなさい。アルトニクスの長女が無愛想などと思われるのなんて以ての外です』

 

 それを周囲は良しとはしなかった。生まれて来た長女は両親が催すイベント事に連れて行かれる事が多くあった。幼いウィルと出会ったのもこの頃だろう。しかし、人によって一切笑わず感情の乏しいセレナは生意気な小娘にでも映るのだろう。教育係を筆頭に笑え笑えと更に人当たりの良さを求めた。

 

 ──自分に求められているのはセレナという個ではなく、完璧なアルトニクスの長女なのだ。

 

 幼いながらに自身の存在意義を理解したセレナは笑顔の仮面を被った。

 これを被れば、誰も何も言わない。痛みも感じない。だから自分を殺した。誰からも愛される秀才であろうとした。

 

『お前ならまだ出来るだろう』

 

 だけれども、仮面を被り、学年一位だなんだとどれだけ学校で、習い事で結果を出したとしても両親は満足しなかった。例え一位ではなく、上位であった時などとは見向きもしなかった。

 

 求められるのは全て結果のみ。どれだけ頑張ったなどという過程は必要とはされない。もっと上、さらに上、結果が残せなければ見向きもされない。上限知らずな親の期待からくる要求はいつまでも続いていった。

 

 ──良いなぁ

 

 いつまでこんな事すれば良い?そんな答えの出ない問答をいつまでも繰り返す中で、窓から広がる大空を飛び続ける鳥たちはとても自由に見えた。

 

『弱いからいけないんだよ』

 

 いつしか夢の中で人形のような自分にこう言われるような夢を見続けた。

 自分の能力が伴わないから、両親を満足させられないから、だからいつも求められてばかりでいつも心の中が虚無感に包まれているんだ。

 

『弱いから苦しいんだよ』

 

 まるで暗い鉄格子のなかに押し殺した自分に言われているような気分だ。

 誰をも屈服させるだけの力があれば、きっとこの呪縛のような生活からも解放されるのだろう。弱いから苦しむ、だから強くあろうとした。

 

『お姉さまっ!!』

 

 苦しいだけの生活ではなかった。次女であるシオンは自分ほど窮屈な生活はなかった。羨ましいと思った半面で、それでもシオンは無邪気に自分を慕ってくれた。

 

『お、お姉さまは今日は一緒に寝てもよろしいでしょうか……っ……!』

 

 幼いシオンは雷がとても怖がっていた。夜、雷が鳴れば必ず自分の部屋に来ては一緒に寝ていた。シオンといると、アルトニクスの長女ではなく、セレナという個を求められているようでとても嬉しかった。

 

『お姉さま、これがガンプラなのでしょうか?』

『うん、シオンも作ってみる?』

 

 ガンプラを始めたのだって、シオンとの話題作りなのかもしれない。地球規模で流行しているガンプラを内密に買ってきて、シオンに教えた。それがバエルだ。ガンプラその物もそれなりに楽しめたし、何より無邪気にガンプラ作りを楽しみ、ガンダム作品にまではまっていくシオンが微笑ましかった。

 

 ガンプラバトルもとても楽しかった。

 一度、空に飛び立てば自由になったような錯覚さえ味わった。否、このガンプラバトルのフィールド上では自分は自由なのだ。それにバトルは偽りがない。その戦い方は嘘偽りのない自分自身を曝け出させるようで何気なく始めたガンプラにのめり込んで行った。

 

『お姉さま、わたくしもガンプラを買ってまいりましたわっ!!!』

『……シオン、それ確かヒュッケ○イン……』

 

 まだガンダム作品にさほど詳しくなかった頃のシオンとは色々な思い出があった。窮屈で息苦しい生活の中でもシオンとのひと時は忘れさせてくれるには十分であった。

 

『ガンプラバトルか……。まぁ、バカには出来ないくらいには流行ってはいるか』

 

 しかし、楽しかったガンプラバトルも両親やその周囲に目をつけられてしまった。地球規模で行われているガンプラでアルトニクスの長女がそれこそミスターガンプラのような活躍をすれば、話題になるだろうと両親はガンプラバトルについても口を出してきたのだ。

 

『イギリス代表に選ばれました』

『そうか。なら次は世界だな』

 

 別に趣味の範囲であって、そこまでするつもりもなかったのに、ガンプラバトルの腕も磨かされ、結果を出すように迫られた。

 イギリス代表になった際も喜んでくれたのはシオンや、少し前に仕えるようになったアルマやモニカ達であって、両親は自分達が目の前で見ている媒体から目を逸らすことなく答えるのみだ。

 

 ──少しは褒めてくれてもいいじゃないか

 

 どれだけ結果を出したところで両親達は更に上を求めた。何をしたって出来て当たり前。そうではなく、たった一言で良い。褒めてくれるのならどれだけ救われるのだろうか。

 

『弱いままだと誰も君を必要としないよ』

 

 そしていつもの夢の中でさえ自分と同じ顔の誰かに言われる。

 暗い鉄格子の中で確かに此方を見透かしているようで頭がおかしくなりそうだ。

 

『それに仮面を外した君に何の価値があるの?』

 

 夢の中で言われたその言葉は胸を抉るようだった。

 すぐにでも否定したかった。だけどずっと仮面をつけて生きて来た。今までの人生の大半は仮面をつけて築いてきたものだ。否定するには難しかった。

 

『本当の君は空っぽじゃない』

 

 それでも自分は空っぽではないと否定したかった。

 なら、それをどう証明する?仮面をつけ続けた自分は何をすれば本当の自分を曝け出せる? きっとそれはガンプラバトルだ。バトルなら嘘偽りがない自分なんだ。

 

 ──証明が必要だ

 

 両親にも周囲にも認めさせるほどの分かりやすい証明。

 

 自分は空っぽではないという証明。

 

 ガンプラバトルで強者を求めた。勝って証明すれば周囲を認めさせることも、本当の自分は空っぽなどではないという事に繋がると思ったからだ。しかし、強い存在だけを求めて、戦い続けて、勝って、だがそれでも心は満たされることはなかった、

 

 ──どこに辿り着けばいい?

 

 ──どれだけの相手を倒せばいい?

 

 ──どこまで強くなれば認めてもらえる?

 

 ──どうすれば自分と言う存在は見てもらえる?

 

 どれだけ考えたところで終着点の見えない疑問は頭の中を駆け巡り、自分と言う個を見て欲しいと思う反面で、つけ続けたアルトニクスの長女の仮面はもはやどうすれば外れるのかも自分でさえ分からなかった。

 

 ──ガンプラバトルもシオン達とただ静かに楽しく出来れば、それで良かったのに

 

 ・・・

 

 

「お姉さま」

 ぐるぐると頭の中に浮かび続ける疑問に答えは出ず、ただ時間だけが過ぎて行くと不意にノックされる。一体、誰なのか目を向ければ、扉越しにシオンの声が聞こえ、シオンならばと招き入れる。

 

「どうしたの、シオン」

「もうすぐお姉さまの準決勝が始まりますので」

 

 シオンをアルトニクスの長女とは違うセレナとしての笑顔で出迎えながら、その疑問を口にすれば。シオンはその隣に座りながら答える。

 

「やはりお姉さまの傍にいると、とても落ち着きます……」

「ボクもだよ」

 

 セレナの肩に頭をかけながら安心するように口にするシオンにその頭を優しく撫で、慈しむような笑みを浮かべながら答える。ずっとそうだ。窮屈な生活でも自分という個を求めてくれるこの温もりが愛おしかった。

 

「……わたくしはお姉さまに色んな姿を見せてきました。しかし……わたくしはお姉さまの弱音も何も聞いた事がありません……。わたくしが物心ついた頃からお姉さまは笑う事が多かった印象です」

「シオンの前だと格好つけたくなるんだよ」

「……無理をしていませんか?」

 

 準決勝を前にしても、セレナはいつものセレナだ。

 シオンはいつもこのセレナしか知らない。自分には時折、慈しむような笑ってくれる強くて優しい姉。自分も家の生活で窮屈な思いはしたことはあるが、これより上の事を姉はしているのだと乗り越えて来た。だが、そんな姉は弱音をこぼしたことがなかった。

 

「……無理か……。ねぇシオン……。ボクはどうすれば良いのかな? どんなに強い人達を倒したところで、満たされないんだ」

 

 最初は純粋に自分を曝け出せるガンプラバトルも楽しかった。

 だが今は違う。どれだけ強敵たちを倒したところで自分の心は満たされないのだ。きっと世界大会を優勝したところでそれで終わりだとは思えない。戦って、勝って、その先になにが待っている。認めてもらえるのか、褒めてもらえるのか、自分を見てもらえるのか? それともまだ求められるのか……。

 

「……ごめん。忘れて。らしくなかったね」

「お姉さま……」

 

 ……妹になにを話しているのだろう。

 こんなことは話すべきじゃない。自分はシオンにとって強い姉でありたいのだから。過去の弱いままの自分ではいけないのだ。準決勝も間近と言う事もあってセレナは立ち上がる。

 

「大丈夫。ボクはセレナ・アルトニクスなんだ。良い知らせを届けるよ」

 

 次にシオンに向けたのは、いつもの笑みだ。

 シオンに時折、見せるような笑みではない。仮面の笑み。品性方正、才色兼備の秀才、アルトニクスの長女がそこにいる。相手となるのは、確か彩渡商店街チームだろう。勝って勝ち続けて、証明を得て、結果を残さなくちゃいけない。

 

(……だって、そうしないとボクの存在意義が分からないから……)

 

 ナチュラルブロンドの髪をポニーテールに纏め、セレナはシオンを残して部屋を出て、アルマやモニカと共に準決勝に臨む。

 

 フォーマルハウトは秋に見える星。

 光り輝くその星はとても見やすい。求められるのはきっとそんな存在だ。しかし、フォーマルハウトはポツンと孤独に輝いても見えてしまうのだ……。


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