機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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フォーマルハウト

「夕香は何処(いずこ)へ?」

 

 まもなくイギリス代表・フォーマルハウトとギリシャ代表のネオ・アルゴナウタイのバトルが始まる。姉であるセレナの試合と言う事もあり、他の試合よりも何処か昂った様子のシオンだが、世界大会が始まってからずっと近くにいない夕香の姿がない事をしきりに気にしている。

 

「夕香なら違うところで見てるって連絡が来たけど……」

「……見ているなら、まあ良しとはしましょう」

 

 夕香はVIPルームにいて試合は見ている。一応、裕喜には連絡はしていたのだろう。携帯端末の画面をシオンに向けながら教える裕喜に、その携帯端末の画面を見ながら渋々納得したようなシオンは本来、夕香が座る予定だった隣の空席を一瞥しながら答える。

 

「そう言えば、色んなチームがあるけど、やっぱり名前の由来とかってあるのかな?」

「それはそうでしょう。彩渡商店街然り、例えばギリシャ代表のネオ・アルゴナウタイのアルゴナウタイはギリシャ神話の英雄達の総称ですわ」

 

 話を変え、会場に表示されている立体画面に載っているフォーマルハウトとネオ・アルゴナウタイの名を見ながら、何気なく問いかけている裕喜にシオンは己の中にある知識を口にする。

 

「それじゃあ、フォーマルハウトは……」

「フォーマルハウトは王家の星(ロイヤル・スター)とも呼ばれておりますの。まさにお姉さまに相応しいチームの名ですわ」

 

 ならばセレナ達のチーム名は一体、何なのか。その裕喜の疑問にシオンはその由来を口にしながら、ふふんっと自分の事のように満悦な笑みを浮かべながら誇らしげに鼻を鳴らす。

 

 ・・・

 

 そのフォーマルハウトとネオ・アルゴナウタイのバトルは赤い月が照らす西洋城が舞台で行われていた。そのバトルのフィールドとは思えないほど、美しく立派な城の敷地内で今も熾烈なバトルが行われている。

 

「ヘラクレスだっけ? 随分と大層な名前だね」

「この名に恥じるような力ではないよ」

 

 真っ先に目を引くのは、トランジェントとヘラク・ストライクのバトルであろう。庭園を舞台にした二機のバトルはその激しさを表すように周囲には幾つものクレーターが出来ており、激闘を物語るかのようだ。

 

「まっ、確かにその通りっぽいね」

 

 ヘラク・ストライクはその身の丈以上にあるであろうグランドスラムを軽々しく片手で振るい、トランジェントは咄嗟にバク宙するかのように後方に飛び退き、着地と同時にGNバルチザンの切っ先をヘラク・ストライクに向け、先端部を展開すると粒子ビームを素早く発射する。

 

 ヘラク・ストライクはグランドスラムで切り払うと同時にシールドを装備する左腕のグレネードランチャーを放ち、トランジェントもすぐさまGNバルカンで迎撃し、モニカはクレスの実力に軽く舌なめずりをしながら再び飛び出して刃を交える。

 

 ・・・

 

 トランジェントとヘラク・ストライクの激しいぶつかり合いとは裏腹に、レギルスとダソス・キニゴスの工房はとても静かなものであった。互いに射撃を中心とした戦闘はまるで水面に落ちる一滴のように静かに、そして広がる波紋のように、その実力を相手に理解させる。

 

(……連携を完全に分断されているわね)

 

 城内の建造物に身を隠し、レギルスライフルの射撃を防ぎ相手の出方を伺っているアリシアは内心で舌打ちする。世界大会ともなれば、チームでの連携は必然的に求められる訳だが、フォーマルハウトはその連携を分断してきた。お陰で今は自分とレギルスのような個々による戦闘が行われており、連携を取ろうと指示を出したくとも、その高い実力がそれを許さない。

 

(……やはり、連携だけが強みではないか)

 

 アルマもまた同様に射撃の応酬を繰り広げながら、思考を張り巡らせる。確かにフォーマルハウトは第一に連携を分断させる為に動いた。しかしやはりと言うべきか、ネオ・アルゴナウタイに所属する個々のメンバーの実力は高く、連携を分断させれば良いと言う単純なものではない。

 

(……きっかけがあれば)

 

 射貫くような射撃をシールドで防ぎながら、チラリとアルマは赤い月が浮かぶ空を見上げる。そこには二筋のガンプラが線を引いてぶつかり合い、まるで夜空に輝く星のようにも見える。まるで何かを求めるかのように見やったアルマは再び意識をダソス・キニゴスに向ける。

 

 ・・・

 

「思っていた以上だ」

 

 赤き月をバックにバエルとトールギス・アキレウスが幾度もぶつかり合う。トールギス・アキレウスがフェイロンフラッグを目にも止まらぬ勢いで放ち、バエルは素手で柄を弾いて切っ先を逸らしながら、セレナはトールギス・アキレウスのファイターであるアキを称賛する。

 

「俺は英雄だからな」

 

 アキは余裕を滲ませつつ、そのフェイロンフラッグの勢いを増し、更にはバックパックの大型ビームランチャーとシールドピットを放ち、その攻勢を強める。迫るビームを紙一重で避け続けるバエルであったが、やはり限界があるのだろう。ビームを回避する隙をついて、フェイロンフラッグの刃がバエルに迫る。

 

 このまま確実に仕留めるつもりで放たれた一撃がバエルに迫るなか、バエルとトールギス・アキレウスの間に金色の残光が走り、甲高い音と共にフェイロンフラッグを受け止める。

 

「……いつまでも遊んでいられないか」

 

 フェイロンフラッグを受け止めたのは、その手に握られたバエル・ソードであった。

 世界大会で初めて引き抜いた金色の刃をモニター越しで見つめながらセレナはどこか他人事のように冷静に呟くと、そのままもう一本のバエル・ソードを引き抜いて、切り上げるとその刃が届く前にトールギス・アキレウスは距離を取る。

 

「──誇りある眷属達よ」

 

 だが、バエルはそのまま距離を詰める事はなく赤き月が浮かぶ空にバエル・ソードを突き立てながら雄々しく口を開くと、セレナからの通信にアルマやモニカがピクリと反応する。

 

「セレナ・アルトニクスが命じる」

 

 さながら大いなる王のように、可愛らしい外見を持つ少女とは思えないほど厳格に放たれた言葉はモニカやアルマだけではなく、その姿を見る者達の視線を外すことはない一種の魅力があった。

 

「我らがフォーマルハウトの名……世界に示せ」

 

 美しい悪魔の王は黄金の刃を空に突き立て、己に付き従う眷属達に命令を下す。

 その言葉はまるで、獰猛な獣を抑えていた鎖が外れたかのように、その命を受けた従者達の口元に歪な笑みが生まれる。

 

「「主の仰せのままに」」

 

 同時に目に見えての変化が起きた。地上で戦闘を行っている二機が上空でも分かる程、光を放ち始めたではないか。

 

「本来、輝くべきはお嬢様。だけど、今は違う」

 

 ヘラク・ストライクとつばぜり合いになっていたトランジェントは光り輝き、背部のGNドライブから膨大な粒子を放出し、GNドライヴからトランジェントバーストによる三方向に光の翼のような粒子光が放たれ、ヘラク・ストライクを押し返す。

 

 自分達はあくまで主であるセレナが障害なくバトルをするためのサポートをする。別にセレナがそうしろと言った訳ではない。あくまでガンプラファイターである以前に従者としての身の程を弁えての事であった。

 だが今、そのセレナの口から従者ではなく、チームに所属する一人のガンプラファイターとして戦う許可が下りた。どの道、このままではジリ賃であった為、モニカの口元には獰猛な猛獣を彷彿とさせるような笑みが浮かぶ。

 

「光栄に思いなさい。貴女達は全霊を持って倒すべき相手に昇華した」

 

 レギルスの頭部スリットが展開し、ツインアイが発現し光り輝く。

 シニカルな笑みを浮かべながら、言い放つアルマに咄嗟に危険を感じたダソス・キニゴスはすぐさま狙撃をするが、その一撃は決してレギルスに届くことはなかった。

 

 何故ならば、レギルスの周囲に無数のほたる火のような胞子状の光が展開して防御フィールドの役割を担っている。そのままシールドを突き出せば、無数のレギルスピットは獲物を食い尽そうとするピラニアのように、ダソス・キニゴスへ向かっていく。

 

「さあ、続きを始めようか」

 

 天に突きあげたバエル・ソードの切っ先をそのままトールギス・アキレウスに向けたバエルはそのまま軽く振って、スラスターウイングから噴射光を噴き出しながら一気にトールギス・アキレウスへ向かっていく。

 

「君達は強い。だからこそ、ボクの”証明”になれる」

「何の話だッ!!」

 

 幾度もバエル・ソードとフェイロンフラッグの刃が交わり、反発するように距離を置く両機。その間にもトールギス・アキレウスはシールドピットを差し向けるが、二本のバエル・ソードと電磁砲を駆使して次々に破壊し、再び距離を詰め、バエル・ソードを振り下ろす。素手でバトルをしていた時よりも、その剣捌きは集中しなければ危ういほど、鋭く確実に此方の命を狙うかのようだ。

 

「何てことはない。君達を真正面から叩き潰して勝つ……。それだけさ」

 

 セレナの表情にはずっと笑みが浮かんでいる。だが、普段の愛嬌のある笑みとは違って、どんどんと歪なものになっていき、それに応じてバエルの剣技の激しさも増していく。

 

 ・・・

 

「……さっきは大層な名前って言ったけど、撤回するよ」

 

 トランジェントとヘラク・ストライクのバトルはトランジェントバーストを使用したことにより、更に激しくなり、周囲はもはや庭園とは思えないほど、無残な光景が広がっている。

 

 しかしトランジェントバーストによって機体性能を大幅に底上げしたトランジェントを相手にしても、いまだにヘラク・ストライクは互角のバトルを繰り広げており、トランジェントの美しい白き装甲に無数の損傷を与えたことにモニカは純粋にクレスの実力を認める。

 

「それは光栄だ……ッ!」

 

 振るわれたグランドスラムはトランジェントの胸部のクリアパーツに亀裂を入れ、大きく罅割れる。そのまま空いた左腕に腰部の刀を引き抜いて突き刺そうとする。

 

「それでも王家の星(フォーマルハウト)は墜ちやしない」

 

 迫る刃にモニカはスッと目を細めるとトランジェントのGNバルチザンは分離し、ランスピットとして迫る刀を持つ左腕に突き刺さり、その軌道を変え共に使用不能にすると、そのまま両腕の手首からGNビームサーベルを出現させ、グランドスラムとGNビームサーベルの刃が交わる。

 

 ヘラク・ストライクのバルカンがトランジェントの頭部を傷つける中、ランスピットが左右からヘラク・ストライクを貫き、動きが鈍ったところをグランドスラムの右腕ごと払って、がら空きとなった胸部へGNビームサーベルを突き刺して、そのまま両断する。

 

 ・・・

 

「お嬢様が命を下すだけあって、認めざる得ないわね」

 

 レギルスとダソス・キニゴスの静かな戦闘も決着がつく時は迫っていた。

 無数のレギルスピットを差し向けただけではなく、その合間にレギルスの武装を放ってはいるが、その身の装備と周囲の障害物を巧みに利用して、乗り切るだけではなく、此方を追い詰めようとするアリシアにアルマもまたその実力を認める。

 

「……自分でも、よく保っているとは思うわ」

 

 アリシアも額を汗で滲ませながら、クスリと笑う。もはやレギルスの猛攻を数少ない武装と耐久値でここまで渡り合えたのは神業ともいえるだろう。だが、いつまでも戦闘を長引かせるわけにはいかない。レギルスはレギルスピットを放ち、攻撃を仕掛ける間にもそのパターンを読み解いて着実に距離は縮めていたのだから。

 

「またフィールドで会いましょう」

 

 ダソス・キニゴスの大きな武装である狙撃用ビームライフルもレギルスピットによって破壊されてしまった。だが、それでもアリシアの戦意は消える事はなく、灰色のビームサーベルを構えている。着実に仕留める為にレギルスピットを放ちつつ、距離を詰めたレギルスは胴体にマニビュレーターを向けるとビームバルカンからサーベルを放ち、ダソス・キニゴスを貫く。

 

 ・・・

 

「……君達は確かに英雄と言える程の実力の持ち主だ」

 

 フェイロンフラッグの刃がバエルに迫り、その頭部に掠めると、バエルの頭部に亀裂が走る。それを見たセレナの笑みが一瞬だが、ピクリと反応すると、そのまま静かに口を開く。

 

「だが、英雄には美しい最後こそが相応しい」

 

 そのまま電磁砲によってフェイロンフラッグを持つ腕部を破壊し、二つのビームランチャーを向けられるが、咄嗟に片側に一本のバエル・ソードを突き刺して爆発させる。

 発射されたもう片方のビームランチャーをトールギス・アキレウスに体当たりをして回避すると共にバランスを崩させる。

 

 バエルが両手に構えたバエル・ソードがトールギス・アキレウスを貫き、そのまま重量を加えるようにスラスターウイングを稼働させ、上空から城へ落ちて行くと解放する。

 

「さようなら、ギリシャの英雄達(ネオ・アルゴナウタイ)

 

 落下したトールギス・アキレウスはそのまま西洋城の天守にあたる城の先端に身を貫かれ機能を停止した。空に浮かぶ赤い月はさながら犠牲者の鮮血に染められたかのようだ。その光景を見つめながら、セレナは強敵への別れを静かに口にするのであった。

 


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