夏祭りのガンプラバトルのステージとなったのは夜空に満天の星空が輝く牧歌的な平原が広がるステージであった。遠くには牧場らしき建造物などが建っている。そんな戦いとは裏腹に思えるステージで激しいバトルが行われている。
やはり一番に目を引くのは、ゲネシスブレイカーの存在であろう。GNソードⅤをソードモードにすれ違いざまにどんどんと敵機を斬り捨てる。
「流石だな……!」
一騎当千のような戦いを見せるゲネシスブレイカーを操る一矢を称賛しながら、拓也も負けてられないとばかりに動く。BD the.BLADE ASSAULTは試製9.1m対艦刀を両手に持ち、その紅く塗装した刃を輝かせ、獅子奮迅の如き戦いを見せる。
「どうだ、雨宮っ!」
「……あの頃とは違うね」
敵機を切り裂き、背後で爆発させながら一矢に誇る。
自分だけではない、リージョンカップから時間も経ち、拓也もガンプラだけではなく、己の腕も磨き上げていたのだろう。こうして間近でその成長を感じられて一矢の口元に笑みがこぼれる。
「……なら、私もっ!」
活躍するゲネシスブレイカーとBD the.BLADE ASSAULTの姿を間近で見て、触発されたかのように真実もペダルを踏み込む。一気に加速したG‐リレーションPは敵機を翻弄しつつ、ビームライフルで撃ち抜く。
「……ッ」
かつてチームを組んでいた三機が夏祭りに相応しい華やかな活躍を見せる中、突然、ゲネシスブレイカーを狙った攻撃が迫る。しかし回避するには十分なのだろう。ゲネシスブレイカーは軽やかに機体を旋回させて回避した。
「見つけたぜ、雨宮ぁっ!」
攻撃を仕掛けてきたのは、カマセであった。
かつてタウンカップ決勝でバトルをしたティンセルガンダムはPGサイズからHGサイズになっており、一から作り直したのだろう。
ティンセルの周囲には一輝のストライクチェスターと炎のブレイブカイザーがおり、どうやら彼ら三人はくじ引きで決まった一つのチームであるようだ。
「雨宮が目的みたいだな……」
「なんで、わざわざ……」
エンカウントした事もあって、カマセが率いる三機は攻撃を仕掛けてくる。
特にカマセのティンセルはゲネシスブレイカーに執拗に襲いかかってくることもあり、拓也の呟きに一矢は面倒臭そうにため息をつく。
「……随分としつこくない?」
「お前を倒せば、名前が広まるからな!」
ゲネシスブレイカーのGNソードⅤとティンセルのGNソードⅢの刃がぶつかり合い、鍔迫り合いとなる。しつこく食い付いてくるティンセルを鬱陶しそうに冷ややかに見つめる一矢にカマセはプロのファイターになるという野望の為にゲネシスブレイカーを倒そうとする。
「……っ!?」
ティンセルをあしらっていたゲネシスブレイカーであったが、センサーが反応を示す。その方向を見やれば、ストライクチェスターがフルオープンアタックの如く一斉射撃を放ってきたではないか。
「シールドピット……!?」
しかし、ゲネシスブレイカーと迫る射撃の間に割って入ったのは無数の白いシールドピットであった。シールドピットが防いでくれた一瞬にゲネシスブレイカーはティンセルを蹴り飛ばして、上方に舞い上がる。
「垣沼……」
「あの頃とは違うよ。雨宮君だけに任せないから」
上方にはシールドピットを放ったG‐リレーションPがゲネシスブレイカーを追撃しようとするティンセルにライフルで牽制していた。
G‐リレーションPと並び立ちながら、一矢はG‐リレーションPを見やれば、G‐リレーションPのシミュレーター内の真実はゲネシスブレイカーを見やりながら微笑む。
「ああ、今の俺達は違うっ!!」
真実の言葉に同意するように拓也が声を張り上げる。EXAMを発動させたBD the.BLADE ASSAULTもまた二振りの対艦刀でブレイブカイザーを相手に互角以上の剣戟を繰り広げていた。
「……なら、俺の背中、任せるよ」
「……っ!」
真実と拓也の想いに触れた一矢は僅かに考えるように瞳を閉じていたが、やがてゆっくりと開くとスーパードラグーンを展開して、一気にティンセル達へと向かっていく。一矢の言葉を聞いた真実は心臓が跳ねるのを感じながら目を見開いた。
「……その言葉……ずっと聞きたかった」
背中を任せる、一矢からこんな言葉を言われるのは、もう無縁だと思っていた。
だが彼は確かに言ったのだ。間違いない、耳で聞き取り、確かに脳に刻み込まれている。一矢の言葉に真実の口元に笑みがこぼれるが、これで終わるわけではない。真実はすぐさまG‐リレーションPを動かす。
「うわっ!? なんだ、これぇっ!?」
ティンセルの周囲に無数のスーパードラグーンが四方八方からけたたましくビームを放ち、ティンセルは咄嗟にGNフィールドを張るが、一気にエネルギーを消費されてしまう。
「援護しないといけないよな……ッ!」
「──させないっ!!」
元々の実力差から追い詰められていくティンセルを見やり、一輝が援護しようとビームマグナムでゲネシスブレイカーを牽制しようとするが、その間にG‐リレーションPが割り込み、二本のビームサーベルを引き抜いてマニビュレーターを高速回転させ、シールド代わりにビームマグナムを防ぐ。
「トランザムならぁッ!!」
装甲が削られ、追い詰められていくティンセルはトランザムを発動させる。
機動力を得たティンセルは何とかスーパードラグーンを回避し始め、そのままゲネシスブレイカーへ反撃に転じようとする。
「……!」
なにか対応しようとした時であった。
不意にG‐リレーションPのカメラアイと目があった気がした。それを見て、何かを察知した一矢はそのまま後方へ大きく飛び退く。
「逃がすかッ!!」
「それはこっちの台詞っ!!」
飛び退いたゲネシスブレイカーを追撃しようとするティンセルであったが、その前にG‐リレーションPが動いた。G‐リレーションPのフォトン装甲が輝き、そのまま周囲にフォトン・シールドの眩い光を放ち、近くにいたティンセルとストライクチェスターはスタン状態に陥る。
「動けよ、このぼんこつっ!!」
必死に操縦桿を動かすカマセであったが、スタン状態のティンセルは動くことは出来ず、その隙にゲネシスブレイカーが一気に肉薄し、GNソードⅤの刃がGNソードⅢを持つ腕部ごと切り裂き、そのままサマーソルトキックの容量で宙に蹴り上げる。
「やるなっ!?」
「へへっ……たまや……ってなっ!!」
BD the.BLADE ASSAULTとバトルをしていた炎は拓也の実力を素直に認めなるなか、宙に蹴り上げられたティンセルの姿を見た拓也のBD the.BLADE ASSAULTはアトミックバズーカを構え、ティンセルに向かって発射する。
ティンセルに直撃した核の一撃は花火のように周囲に眩い光を照らし、観戦していた客達は感嘆の声を上げる。だが、これで終わるわけではない。バトルはまだまだ続いていくのであった。
・・・
「また一緒にバトルが出来ると思ってなかったから……嬉しかった」
バトル終了後、まだまだ賑わう夏祭りの会場を遠巻きに見ながら、人気のない場所で真実は連れ出した一矢と先程のバトルを思い出して本当に楽しかったのか、晴れやかな笑みを浮かべている。
「あのね、雨宮君……。私、貴方に迷惑かけて、傷つけるような事ばっかりしてた。改めて……ごめんなさい」
だが、わざわざ一矢を呼び出したのは、そんな事ではない。
すぅっと息を吸った真実は一矢に向き合うと、真摯な様子で一矢の瞳を見つめ、謝罪の言葉を口にして頭を下げる。
「……頭、上げてよ。別にもう気にしてるわけじゃないし。いつまでも引き摺られた方が迷惑」
真実の謝罪の内容はやはり、過去のチームを組んでいた事やリージョンカップでの件だろう。正直な話で言えば、今の今までこうして謝罪をされるまで頭の中から消えていた為、寧ろ今、こうして改めて謝られて一矢は困惑している。
「あの、ね……。それだけじゃないんだ」
一矢が気にしていないと言われても自分の気持ちの整理がついていない。
そういった意味でもあった先程の謝罪。だが、話は謝罪だけではないのか、真実は僅かに頬を紅潮させながら一矢を見据える。
「私、雨宮君の事が好きなんだ」
「……まぁ何となく分かるけど」
真実の口から出た告白の言葉。
しかし一矢からしてみれば、抱き着かれて匂いを嗅がれたりと今までが今までだった為、なにを今更と言わんばかりだ。
「そ、そうだよね……。でも、雨宮君の気持ちが聞いてみたくて……。その……私とお付き合いとか考えられないかな……って」
今更ながら、自分の存在を誇示するためとはいえ、大胆な行動をしたものだ。
思い出して恥ずかしそうに赤面する真実だが、自分だけではなく、一矢の自分に対する想いを尋ねる。
「……垣沼のことは嫌いじゃないよ。部活に誘ってくれた時は嬉しかったし……。でも、付き合うかどうかって言う話ならそれはまた別の話」
今まで真実とは様々な事があった。
確かに心傷けられる事はあったが、それだけではない。確かに楽しいと思える出来事の数々はあったのだ。だが、それでも真実と交際にするかと言われれば首を傾げてしまう。一矢は厳也や影二など親しい人間に彼女を持つ者もいて妬んではいるが、だからといって誰でも良い訳ではない。
「垣沼のことはやっぱり友達、なのかな……。ごめん、やっぱり垣沼の気持ちには応えられない」
今まで真実の好意のまま好きにさせていたが、ここでハッキリと真実の好意には応えられないと口にする。これが良い機会なのかもしれない。
「そっ……か……。うん……それなら……っ……仕方ないよね……。分かってたんだ……っ……。雨宮君は……やっぱりミサちゃんが好きだもんね……」
一矢が自分の気持ちに応えられないと言う事は分かっていた。
分かっていたはずだ。なのに、何故だろう。一矢を見据える瞳は伏せ、目尻に涙が溜まる。胸がつまるような苦しい想いに身体は震えてしまう。
「分かるよ……。だって……雨宮君が抱いている想いは私が雨宮君に向けてる想いと似てるんだから」
ミサの事を出されて、驚いている一矢に目尻の涙を拭いながら、それでも何とか笑顔を浮かべながら、一矢のミサへの想いについて話すと、流石に何も言えないのか、一矢は黙って真実の言葉に耳を傾ける。
「だからね……。雨宮君も自分の気持ちに正直になって欲しいんだ……。じゃないと……雨宮君のこと……諦めきれないよ……」
いつまでも一矢がフラフラしていては諦められない。
それはハッキリ言って酷と言うものだ。なら、一矢も一矢でその胸に抱く想いを実らせてほしい。好きな人だからこそ幸せになって欲しいという思いだってあるのだ。でないといつまでも引き摺ってしまう。
「ごめんね、雨宮君。最後のお願い……。抱きしめてもらって良いかな……?」
僅かに迷うような素振りを見せていた一矢だが、真実の言葉にしっかりと頷く。
彼女にここまでの事を言わせているのだ。確かにミサのの事は少なからず想っている。何もしなければわざわざ告白して来た彼女に無責任と言うものだ。頷いてくれた一矢に真実は抱擁を願う。一瞬、迷っていた一矢ではあったが、やがて承諾するように前に進み出る。
「うん……。忘れられないくらい……ぎゅっとして……」
一矢の両腕が真実の華奢な体に回され、そのまま一矢の胸に抱き寄せられる。
誰かを抱きしめるのなんてあまりなく、不器用ながらも何とか真実を抱きしめる一矢に真実は一矢を感じるようにしっかりと彼の背中に手を回す。
「ありがとう、雨宮君……っ……。もう、行って良いよ」
どれくらい時間が経っただろうか。ふと真実が一矢から離れる。
無意識なのだろう。泣き笑いのような表情を向けながら話す姿は、一人にして欲しいというニュアンスも含まれていた。それを察した一矢は頷いて、夏祭りの会場に戻っていく。
・・・
「まーなみん」
一矢が去り、真実はそのまま近くの壁に背中を合わせ、そのままズルズルと座り込んでいる。両手で体を抱えて座り込んでいる真実にふと声をかけられる。ゆっくりと見上げて見れば、そこには夕香がいた。
「夕香……?」
「……アタシもね。ちょっと前に今のまなみんみたいな感じになった時、こうしてもらったんだ」
今にも泣き出しそうな真実の顔を見た夕香はそのまま静かに身を屈めて、真実の体を抱きしめる。突然の事で戸惑っている真実に夕香はかつての事を思い出しながら、その耳元で話す。
「……今なら誰もまなみんの顔、見えないよ」
「……っ……」
真実の顔を抱えて自身の胸に抱き寄せる。
こうしていれば、真実がどんな顔をしようが誰にも見えない。
だから我慢しなくていいのだと口にする夕香の優しい言葉と体温に触れて、真実は段々と嗚咽をあげて涙を流し始める。
「振られちゃった……っ……」
「うん……」
夕香の胸に埋もれる真実の口から震える言葉が出て、夕香は静かに真実の背中を撫でながらその言葉に耳を傾ける。
「やっぱり好きって苦しいよ……っ……!!」
初めての失恋とも言って良いかもしれない。
実る可能性の少ない恋だと言うのは覚悟していたつもりだ。だがそれでも現実に実らないとはっきりしてしまえば、こんなに苦しかった。
「でも……苦しいだけじゃない……っ……。愛おしくて……温かくて……かけがえのないものなんだ……っ」
だが決して苦しいだけじゃない。一矢を想っていたこの気持ちは何にも代えられないとても大切で愛おしい感情なのだ。
「うっ……くっ……ぁぁぁ……っっっ!!!」
夕香の胸で声を押し殺したように真実がついに声を上げて泣き始める。夕香の浴衣を真実の涙が濡らすが、夕香はただ真実が落ち着くまで、彼女の背中を優しく繊細なものを扱うように撫で続ける。
・・・
「……ごめんね、夕香」
「アタシが好きでやった事だよ」
涙を流して、目が腫れあがってしまった。
夕香から借りたハンカチで涙を拭うなか、みっともない姿を見せてしまった事に謝る真実だが、夕香は気にしないでとばかりに笑う。
「……私、決めた。もう何かに囚われないで、誰かに、じゃなくて自分の足でもっともっと広い世界を見ようと思うんだ」
夕香の隣に座っていた真実だが、気持ちの整理がついた事でようやく決心がついたのだろう。立ち上がって夕香に振り返る。
「広い世界を見て、視野を広げて……それで良い女になるっ! 今日、振った事を後悔させるくらいっ!」
赤く腫れあがった目を擦り、曇り空を抜けたような晴れ晴れした笑みを見せる。
その姿を見て、「今のまなみんならなれるよ」と夏祭りの活気に負けないくらいの輝かしい笑顔を向ける真実に夕香も笑みを交わすのだった。