異世界の日本のとある地に白い外套を纏ったシュウジが一人佇んでいた。
ここは地図上ではシュウジが住む世界とは違う世界において、彩渡街という街が存在している。彼の周囲には人の気配はなく、荒廃した今にも崩れ落ちそうな廃墟などが広がっている。
「──世界にはこんな光景が数多く存在する」
小さな物音が大きく響くほど、静止したような空間が広がる。
その中でシュウジに声をかけた者に踵を返して振り向けば、そこには廃墟に腕を組んで寄りかかっているサクヤがいた。
「ですが、少しずつで再興が進み世界に栄華が取り戻されつつあります。いずれここにもその時が来るでしょう」
しかしサクヤ一人と言いうわけではなかった。
そのサクヤの傍らには人目を引くような美しい銀髪を持つ青年が立っている。彼の名前はアレク・ミナット。シュウジやサクヤ同様、シャッフルの紋章を持つ者の一人だ。
「アレク……」
「お久しぶりです、シュウジ」
初めて会った時以来、これまでに何回かは会っているが、別の世界に向かうようになってからはこうして再会するのは久しぶりだろう。驚いているシュウジに己の胸に手を置き、柔和に微笑む。
「サクヤから思い悩んでいたと聞きましたよ。しかし答えが出たとか」
「ああ。我ながららしくねぇ事を悩んでたぜ」
ずっと悩んでいた。
去りゆく自分がなにを残せるのかと。だがその答えはようやく見つかった。簡単なことだ。自分は自分らしく生きればいいのだと。
「……たまに考える事があるんだ。もしかしたら戦争がない世界がどこかにあって、争いも何も知らない俺達が住んでいる世界がどこかにあるんじゃないかな、って……」
一矢達の世界は自分達の世界とは違い、争いとは無縁の世界だ。
戦いに身を置いていた自分が、そこにいる人々と触れ合っていると思わず、もしもの自分なんてものを考えてしまうのだ。きっとその世界があったのなら業火で両親や友人、家、全てを失う事もサクヤと引き剥がされる事もなかっただろう。
「……けどそんな世界にいる俺はここにいる俺とは違う。これまでがあったから今の俺がある。どんな世界であろうがここにいる俺と同じ存在はいないんだ」
だが争いがあったから、今の自分がいる。
戦いばかりの人生であったが、そこから学んだ事が今の自分を形成しているのだ。もしもの自分がいたとしても、どれだけの世界があったとしても今、この場に立っている自分は一人しかいないのだ。
「それに悪いだけの人生じゃなかったぜ。かけがえのない仲間達にも出会えた」
そして争いがあったからこそ、こんな矛盾だらけの世界だからこそ出会えた存在がある。ヴェルやカガミ、ショウマ達、ルル達アークエンジェルのクルーをはじめ、シャッフル同盟の面々。そして翔や異世界の人々。失うだけではなかったのだ。
「行きなよ、シュウジ。お前を呼ぶ声が聞こえる筈だ。お前をまだ必要とする奴がいる」
「貴方が私達に見せてくれた輝きを、前に進む力を見せてあげてください」
シュウジの言葉の偽りのない言葉にどこか嬉しそうに表情を綻ばせるサクヤとアレクだが、まだシュウジにはこの世界以外ですべき事がまだある筈だ。
「ですが、今のようにたまには戻ってきてくださいね。姫様も他のシャッフルの面々も貴方に会いたがっていましたよ」
「当たり前だろ。どんなに世界があろうとそこは俺の世界にはなれない。この世界こそが俺の世界なんだからな」
もうシュウジは再び旅立つのだろう。
また次の再会はもっと先の事になるのかもしれない。
別の世界にシュウジを必要とする者がいたとしても、この世界にだってシュウジを必要とする者がいるのだ。シュウジがいくら世界を渡り歩こうが、最後に帰る世界はこの世界しかないのだ。
「すすめ、シュウジ」
どれだけ荒廃しようと花は咲く。
簡単に吹き飛ぶのかもしれない。でも確かに根を張り、美しく咲いているのだ。
シュウジはそんな花を一瞥しながら「じゃあな」と踵を返してこの場から歩きだす。無限の時間の中で無限じゃないこの自分の時間に自分だけが出来る事をする為に。
サクヤはQueen The Spadeの紋章を浮かび上がらせると共に見送ると、アレクの手の甲にもClub Aceの紋章が浮かび上がる。どれだけ離れていても自分達は繋がっているんだとばかりに。
・・・
「ほら、どうした? 今日はお前から頼んで来たんだろ」
数日後、シュウジは一矢を相手に土手で覇王不敗流の稽古をつけていた。
尻もちをつく一矢にシュウジは親指で鼻先を軽く撫でると「起きろ」とばかりに指を引く。
というのも今日に関しては一矢たっての頼みなのだ。
どうやらあのテストプレイでシュウジが最後に見せた戦いが一矢の良い刺激になったのだろう。少しでもシュウジに近づき、己の糧にしようとこうしてシュウジに学んでいるのだ。テストプレイも結局、あの後中止となりサイバー攻撃やウイルスの出所などを調査中とのことだ。あの広大なステージは魅力的だが、まだ先の事となりそうだ。
「そんなんじゃ俺を越えるのなんて二万年早いぜ」
「二万年も待てるかよ……」
言葉ではそういうものの一矢の成長を感じて、シュウジは軽く笑う。
もっとも一矢はその笑みの意味が分からず、何とか立ち上がろうとする。
「──シュウジさん、一矢君っ!!」
再び再開しようとする二人であったが、その前に遠巻きに横から声がかかる。
見やればミサがこちらに手を振りながら駆け寄って来ていた。
「実はシュウジさんにお願い事があって……」
どうやら用があるのはシュウジらしい。
可愛らしく両手を合わせながら何か頼もうとするミサに訳が分からぬままシュウジはその話に耳を傾ける。
・・・
「えっと、ミサちゃん……。やっぱり恥ずかしいよ……」
数日後、ヴェルはミサに手を引かれてとある写真館の前に訪れていた。
ここは衣装のレンタルも行うそれなりに大きな写真館だ。写真を撮る予定でもあるのだろう。しかし妙に頬を染め、どこか恥じらった様子だ。
「大丈夫ですって! シュウジさんにも声はかけましたし!」
「だ、だからそれが恥ずかしいんだって! 私、その……一人でする予定だったし……」
そんなヴェルを安心させるようにシュウジの事に触れると、寧ろシュウジが問題なのか、ヴェルは中々写真館に入ろうとはしないがミサに半ば強引に連れて行かれてしまう。
・・・
「馬子にも衣装ね」
数時間後、写真館では翔や一矢などシュウジ達に関係する者達が集まっており、フォトスタジオではカガミがシュウジの格好を見やりながら、からかうように話しかける。
「あんまり着慣れたもんじゃねぇな……」
シュウジはと言うと、何とも珍しくブラックのフロックコートを着用しているではないか。しかし言葉通り、スーツの類自体着慣れていないのだろう。襟元を緩めようとしている。
「しかし随分、面白いことになったな」
「……ミサに頼まれたんですよ。まぁ別に写真を撮るくらいは構いやしないんですけど……」
翔も息苦しそうにしているシュウジに苦笑をしながら声をかける。
ここにいる時点でこれから行われる事を聞いているのだろう。それはシュウジも同じようで、そうは言うもののどこか気恥ずかしそうだ。
「みんな、ヴェルさんが来るよっ!!」
するとフォトスタジオにミサが心底楽しそうに駆け込んでくる。
今回の主役ともいえるヴェルが来ると言う事もあり、一同はこれからヴェルが現れるであろう入り口に目をやる。
「あの……っ……皆さん……そ、そのっ……!」
おずおずとヴェルがフォトスタジオに足を踏み入れ、ヴェルの姿を見た一同は「おぉっ」と感嘆したように息を飲んでいる。
今のヴェルは専用のスタッフによるメイクが施され、その身も肩や背を露出させた純白のドレスに包まれている。
花嫁の象徴ともいえるウェディングドレスに身を包んだヴェルは頬を染め、実に初々しさを見せていた。
「どう、シュウジさんっ」
その場にいる者達が口々に「綺麗だ」「美しい」とウェディングドレスを纏ったヴェルを称賛するなか、本命にとばかりにミサがシュウジに声をかける。
「き、綺麗ですよ。今まで見た何よりも……」
「あ、ありがとうっ……」
当のシュウジはヴェルのウェディングドレス姿に見惚れていたのだろう。
ミサに声をかけられ、ピクリと反応すると気恥ずかしそうに指先で頬をかきながら、自分なりの感想を口にするとヴェルもヴェルでシュウジの偽りない言葉に耳まで染め、か細い声で礼を言う。
「そ、その……。ごめんね……。私一人でするつもりだったんだけど……」
恥じらいながらもシュウジに迷惑をかけたと謝る。
元々、言葉通りこの写真館で一人で撮るつもりであった。
巷で時折聞くソロウェディングという奴だ。たまたま居合わせた結婚式でブーケを受け取った際に美しい花嫁の姿を見て、憧れてしまった。
自分は戦いに身を置いている。
ウェディングドレスなんて着れる日があるかどうかも分からない。
だから着れるうちに着てみたい。そう思って企画したものであった。だがミサに知られてしまって、シュウジまで巻き込んでしまった。
「いや、俺は別に……。寧ろ俺で良かったんですか?」
「うん……。誰かと撮るならシュウジ君がいいな……。シュウジ君以外に考えられないよ」
写真を撮る準備が行われる中、二人の指示された位置に移動しながらシュウジは自分で良かったのかと尋ねる。
正直、フロックコートも着慣れていないし、折角の写真なのだ。
もっと似合う存在がいるだろう。だがヴェルはシュウジだからこそ良かったと頷く。もし誰かと撮るにせよ、誰でも良いと言うわけではないのだ。
「綺麗ね……」
「憧れますよね……」
ヴェルの花嫁姿を見ながら、レーアとルルが翔を挟んで羨望の眼差しを送っている。
レーアやルルだけではなく、近くにはカガミも物言いたげに翔をちらちらと見ており、翔も何とも言えない様子だ。
(……まぁでも俺も考えても良い頃かもな……)
異世界から戻って来てから、ずっとエヴェイユに悩まされており、恋愛も何もまともに考える事は出来なかった。今はエヴェイユを越えた存在となった為に余裕も出来ている。自分もいい年だ。そろそろ身を固める事も考えていいかもしれない。
「いよいよっすね……」
「う、うん……」
写真を撮る準備が整いつつある。
それを察してシュウジとヴェルは傍らに寄り添い合いながらも何とも緊張した面持ちで息を呑む。カメラマンからの指示を受けながら、二人は何とか緊張を解して写真を撮る。
「そういや、結婚式って誓いの言葉ってありますよね。あれ最後まで俺、知らないんですよ」
「”健やかなる時も病める時も喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時も、これを愛しこれを敬いこれを慰めこれを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか”……。だったかな……」
まだ何枚か写真を撮る。
その間にシュウジがふと、誓いの言葉についての話題を出す。
誓いの言葉と言えば、健やかなる時も病める時も~から続く言葉だが、シュウジはそれより先を知らない。そんなシュウジの疑問にヴェルはふと視線を伏せながら誓いの言葉を口にする。
「……ねぇシュウジ君」
あぁそう言えばそんな言葉だったかな、と考えていたシュウジであったが、不意にヴェルに声をかけられて顔を向ければ……。
「君になら……誓えるよ」
恥じらって頬を染めながらも、幸せそうに目を細めてはにかんだ笑みも見せながらシュウジに答える。そのあまりに魅力的なヴェルの姿にシュウジは胸が高鳴ったのを感じたと思えば、途端に顔を真っ赤に染め惚けてしまっている。
自分が今、口にした言葉がどれだけの意味を持つ言葉であるか分かっているのだろう。
ヴェルもヴェルでより一層、赤くなっているが、そんな自分の胸を打つ激しい鼓動を感じ取らせるようにシュウジの腕に己の腕を絡ませて身を寄せる。
「最後は皆さんで撮りませんか?」
写真撮影も瞬く間に過ぎていき、最後の一枚となってしまった。
どうせならばここにいる皆で撮りたいとヴェルがミサ達に声をかけると、みんな笑顔でシュウジとヴェルを中心に集まる。
「ヴェルさん、本当に綺麗ですっ」
「ありがとう、ミサちゃん。ミサちゃんはちゃんと式で着るんだよ」
ヴェルの隣に立ちながら、近くで改めてヴェルを見て称賛するミサに幸せそうに微笑んだヴェルはシュウジの隣で何か会話をしている一矢を見やりながら話すと、途端にミサも顔を染める。そんな中、異世界同士の人間達によるかけがえのない一枚が撮られるのであった……。
ひとまずこれでシュウジ達をメインにしたゴッド編は終了です。以前、完結へのプロローグと書きましたが、いずれ来るべき時のシュウジ達と一矢達の話があります。
次回もまたちょっとした番外編ですが、そちらは三話程度です。それが終わればいよいよ世界大会編です。