「なんだ、コイツは!」
一矢達の世界には日夜、ガンプラバトルが行われている。
淄雄が駆るシャッコーと佳那が操るリグ・シャッコーはガンダムに甲冑を着せたような真武者頑駄無とバトルを行っていた。遭遇戦とはいえ突然、真武者から仕掛けられたバトルに淄雄は顔を顰める。
「チッ、やる……ッ!」
堂々と地に足を踏みしめ、薙刀・電光丸でリグ・シャッコーのビームサーベルによる攻撃を全ていなすその機械が行うような無駄のない動きは佳那も苛立ちながらも認めるしかないのだが……。
「なんだ……っ!?」
しかし真武者はリグ・シャッコーの攻撃を受け流したと思えば、そのままリグ・シャッコーを掴む。だが特に攻撃をされるというわけではなく、佳那が戸惑っていると真武者のマニビュレーターから小さな紫色の発光体がリグ・シャッコーに這い寄り、装甲の隙間を縫って中に入って行く。
「佳那!?」
そのままリグ・シャッコーを投げ飛ばす。
受け身をとったリグ・シャッコーはシャッコーと合流し、再度攻撃を仕掛けようとするのだが、ここでリグ・シャッコーに異変が起きる。
何と突然、佳那側の回線が切れてしまったではないか。唖然とする淄雄だがそれを見た真武者もフィールドから消える。
──これは今回だけに始まったことではない。
「いきなりブラックアウトするなんて……」
また別の日では龍騎がシミュレーターから出てきた。
彼もまた先程まで真武者とバトルを行っていたのだ。真武者と近接戦を行っていた途中で突然、シミュレーターからブラックアウトを起こし、しばらく経てばまた復帰出来たのだが心中には靄のようなものが立ち込める。
・・・
≪どうだったかね?≫
「ええ、上手くいきました。シミュレーター内でのガンプラへの定着度も素晴らしいです」
そんな不可解な現象が各地で行われる中、一人の長身の男性が自身の車に身を預けながら携帯端末で連絡を取っていた。通話の相手はネバーランドにいた中年男性であり、今こうして電話をしているのはあの時、中年男性に従っていたあの男性であった。
≪そうかそうか……。やはり私が作成しただけあって素晴らしいねぇ……≫
「これなら世界大会でも問題はないかと」
くつくつと笑いながら、電話口で感心している中年男性。
彼らが行っているのは今度行われる世界大会に向けての事なのだろうか、なんにせよ良からぬ事には違いないようだ
≪だがね、もう一つ、試してみたい事があるんだよ≫
「と、言いますと?」
≪近々、ガンプラバトルシミュレーターのテストプレイが行われる事が分かった。君いも動いてもらおうと思ってね≫
しかしどうやらまだ満足はしてないようだ。
何を考えているのか伺おうとすれば、翔達が参加するガンプラバトルシミュレーターでのテストプレイを聞きつけたのだろう。電話越しにでも下卑た笑みを浮かべているのが分かる。
分かりました、と電話を切った男性はそのままポケットに携帯端末をしまう。
彼が使っている車の助手席には電源が切ってあるワークボットが座らせられており、サイドシートにはここ最近、出没している真武者頑駄無のプラモが収められたケースが置かれていた。
・・・
「おかえりなさいっ」
一方、ようやく自身の世界に帰って来た翔とカガミは、ルルやハイゼンベルグ姉妹を連れてマンションに帰宅すると、留守を預かっていたヴェルが出迎えてくれた。
「艦長もいらしてたんですね」
「ええ、少し休暇をいただいて」
翔の傍らに立つルルを見て、ヴェルは驚く。
しかし翔の傍にいると言う事は彼女も後悔がないように行動をしているのは見て取れた。
「……これ作ったの?」
「ええ、シュウジ君と翔さんが手を貸してくれて……。完成したのはつい最近なんだけどね」
ちょこんと座ったリーナはシンプルな棚の上に飾られた三機のガンプラを見やる。
どれもこの世界でトライブレイカーズが使用したガンプラに酷似しているのだが、どの機体も外観に違いがある。その機体が何であるのか知っているのか、少なからず驚いているリーナにヴェルが微笑みながら説明する。
「そう言えば、シュウジ君は……?」
「……丁度良かった。その事でヴェルさん、私とまた私達の世界に戻ってもらえませんか?」
翔達と行動していた筈のシュウジだけがいない。
頬に人差し指を添えて疑問に思っているヴェルに話す手間が減ったとばかりにカガミが声をかける。
「……そろそろシュウジにも変化がある頃でしょう。仲間として、それを見に行ってみませんか?」
カガミはシュウジがショウマに呼び出されてあちらの世界の日本に向かったのを知っている。
ショウマと会ったのならば、何かしら変化があるだろうと考えての判断であった。シュウジを気に掛けるヴェルのことだ。異論はないのか、おずおずと頷く。
「翔さん、もしかしたらテストプレイには遅れるかもしれません。ですが、後から必ず行きますので私達のことは……」
「分かった。一応、話は通しておくつもりだ。シュウジのことは任せる」
ヴェルの了承を得た事ですぐにでも出発しようとするカガミは翔に向き直ると、シュウジについて深くは詮索しないものの、何かあったのは察してはいるのだろう。シュウジをカガミとヴェルに託すと二人は準備を済ませて、マンションから出た。
・・・
「……ここに来んのも久しぶりだな」
ここは異世界の日本。
一矢達の世界より発展は遂げているものの、やはり戦争の生々しい傷痕が残っており、復興作業が進む京都の地をマントのような身を覆える程の白い外套を纏ったシュウジが石畳の階段を昇った先にある大きな日本家屋の前に立っていた。ここは彼の師匠であるショウマ、そしてその妻であるリンの家だ。
「おっ、来たわね」
「久しぶりっすね、リンさん」
自身が訪れた事を知らせようとドアベルを押そうとするシュウジだが、その前に庭先からリンに声をかけられる。手に持った箒などを見る限りでは掃除をしていたのだろう。軽く会釈するシュウジにリンは彼を案内する。
「ショウマー? シュウジが来たわよー!」
この日本家屋は中々広い。
縁側を通ってショウマがいるのか、客室に向かう途中でシュウジが来た知らせる。客室からショウマが返事をするのが遠巻きで聞こえるなか、シュウジはリンに促され、客室に入る。
「よぉ久しぶりだな、シュウジ」
リンが襖を開けるとそこにはショウマが真っ先に目に入る。
何故、普段はあまりいない客室にショウマがいるのか、疑問に思うところであったがその理由はすぐに分かった。
「随分しけた顔をしているね」
黒い中華服を着て、頭頂部にはアホ毛が揺れるなか後ろで一本に束ねた黒髪の三つ編みを垂らした青年がそこにおり、その特徴的な金色の瞳はシュウジを捉えていた。
この青年が何者なのかは分かっている。
彼の名前はサクヤ。シュウジの兄であり、命を賭して拳を交えた事がある。その隣には鮮やかな赤毛が目を惹く少女のノエル・レードンの姿もあった。
「シュウジに会うならここかなって思って調べて来たんだよ」
「まぁいなかったわけだけど、お前が戻って来たって知らせを聞いたから、連絡したんだよ」
まさかここでサクヤに会うとは思っていなかったシュウジにその理由をサクヤとショウマが明かす。驚きもあって、立ち尽くしているシュウジだがショウマに促されてようやく座った。
「……?」
「あぁ、気になるの?」
リンが用意してくれた茶を啜りながら座ってようやく落ち着けると思っていたシュウジだが、ふとぽっこりと膨らんでいるノエルの腹を見て、目を引かれているとその視線に気づいたサクヤがクスリと笑う。
「サクヤさんとの子供なの」
「──ぶえらはぁっ!?」
サクヤと顔を見合わせるノエルは慈しむように下腹部を撫でる。
しかしその言葉はシュウジにとって衝撃以外の何物でもないだろう。飲んでいた茶を盛大に噴き出した。
「こ、こここ、子供ぉっ!? あ、あああああぁぁぁ赤ちゃんって事か!?」
「それ以外にあるの? そういうわけで知らせに来たんだよ。お前しか血縁者いないしね」
まさか久方ぶりの兄との再会のみならず子供まで出来たと知らされるとは思うまい。
ゲホッゲホッと咽込んでいるシュウジは信じられないとばかりにサクヤを見ると、シュウジの反応が面白いのか悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「ホントにおめでたいわよねぇ。こうやって会えたのも縁だし、子育てのアドバイスならするわよ」
「是非お願いします!」
ショウマの隣に寄り添うように腰を落ち着けたリンはまだ幼い愛娘であるヒカリをあやしながら妊娠し、幸せそうなノエルに母になった者として話しかけると、ノエルも身を乗り出さんばかりに答える。
「まぁ俺達も子育てに関しちゃ初めてで手探りなんだけどな」
「誰だってそうだと思うけどね。だからよろしくお願いしたいよ」
ヒカリが生まれた事で始まった父母の生活。
一日一日が手探りの日々に苦笑するショウマにサクヤもこれからそうなるのだろうと心配はあるものの期待もしているようだ。
(……居辛い)
ショウマとリン、サクヤとノエルが互いに寄り添って子育てに関して話しているなか、半ば蚊帳の外のシュウジは居心地が悪そうに一人、ズズッと茶を啜っている。シュウジは目の前の二組を表す言葉をつい最近、一矢達の世界で知った。リア充って言うらしい。
「シュウジも身を固めるつもりはないのか? ヴェルとか良いんじゃねぇの?」
「ルルトゥルフのお姫様とも仲が良かったって話を聞いたよ? あなたは私の太陽だって言われたらしいじゃないか」
「うっせーよ! そーいうのはまだ考えちゃいねーんだよ!! お前ら見せつける為に人のこと呼んだのかよ!?」
そんなシュウジを知ってか知らずかショウマとサクヤがシュウジの相手になる可能性がある女性の名前を挙げるわけだが、余計なお世話だと言わんばかりにシュウジが吠えている。
「まあまあ。けどルルから聞いたぜ? 面倒なことになってるらしいじゃんか」
爆発しろとばかりに息巻いているシュウジを宥めながらショウマは別の話題を切り出し、その事で先程とは一転して、シュウジの表情が曇ってしまう。
「戦うのを恐れてるのか?」
「……そういうわけじゃねーよ」
途端に表情を曇らせてしまったシュウジを見て、仮にでも戦闘を恐れているのかを尋ねるショウマだが、首を横に振られる。その声色に一切の迷いはなく、確かに恐れてはいないのだと言うのが分かる。
「……けど……会えるのが難しくなっちまう奴らがいてさ。別れる前に俺はそいつに何を残してやれんのかな、って……」
今でもその答えが出てはいないのだろう。考えるように口元を手で覆う。
戦う事を恐れているわけでも、もしかしたら死んでしまうのではないかと言うのも考えてはいない。ただ繋がりが出来た少年に自分は何をしてあげられるのか、何を残せるのか、その答えがいまだに分からず、ただ悶々とした日々を送っていた。
「変に難しく考えてるもんだな」
「……なんだよそれ」
悩む理由を聞いて、やれやれとばかりに苦笑しているショウマに自分の悩みをバカにされたように感じたシュウジは機嫌を損ねたようにムッとした様子だ。
「そのままの意味だよ。昔、この世界から自分の未来に進むためにいなくなった奴がいたよな」
「……翔さんのことか」
しかしそれすらも肩を竦めるショウマにシュウジの苛々は募るばかりだ。
だが、シュウジの問いに答えるショウマの挙げた人物に、翔の名を口にすれば彼は頷いた。
「アイツは別にこの世界に何かを残そうと思って戦って来たわけじゃなかった。ただ精一杯もがいてがむしゃらに……。でも、アイツはそのがむしゃらに前に進むことで色んなモノを残してくれた。俺もリンも……それにお前もアイツの傍にいて教えられた筈だぜ」
ショウマは棚に飾ってあるとあるプラモデルを見やる。
生活の合間に作っていたのだろう、見慣れたプラモデルが何個も置いてある。
如月翔はこの世界に最初は望んで訪れたわけではなかった。
だが、それでも不条理のなか彼は駆け抜けた。彼に出会い、彼と過ごす日々は今の自分を形成する一つになっているのだ。彼に出会った事で今まで触れた事のなかったものに触れ、楽しみも見いだせたりした。
「お前はお前らしく生きてりゃそれで良いんだよ。そうしてれば別れた時にでも何かが残ってるもんさ」
「俺らしく……?」
「ああ。お前にしかできない生き様を見せてやれよ」
難しく考えすぎるなと柔和な様子で言われたことばはスッと入るようにシュウジは胸に拳を当てる。そんな弟子の姿を見て、ショウマは大きく頷く。
「そうだな……。久しぶりに会えたんだ。お前のこれまでを俺に見せてみろよ」
「それって……」
「ああ、俺達らしく拳を通じてな」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべるショウマに、シュウジはそれがどういう意味で言われたのかを読み取ると、大きく頷いて立ち上がると握り拳をシュウジに向ける。
「夜明け前にしよう。それまでは体を休めてろよ」
シュウジはここまで来るのに、少なからず旅の疲れもあるだろう。
リンに部屋を用意するように頼みながら、自身もその準備の為に、客室を去り、残されたシュウジは己の拳を見つめて静かに固く握る。
・・・
「それで、わざわざMFを持ち出して、こうなったと……」
「MFはいらないって言ったんだけどねぇ……。まぁシュウジも間隔が空いてるし、慣らしも兼ねてるんでしょ」
まだ空には月が浮かぶなか、ショウマ達が訪れたのはギアナの地であった。
合流したカガミは顛末を聞き、呆れたように遥か前方を見やると、その隣でリンも苦笑してしまっている。
「シュウジ君……」
「心配しなくても別に殺し合う訳じゃないわよ。翔の世界にあるガンプラバトルだっけ?あれと似たようなもんよ。あいつ等は拳を通じて、互いの
少なくとも今から激闘が行われるのが目に見えている。
シュウジを心配するように拳を胸の前でぎゅっと握り、不安げな表情を浮かべているヴェルを安心させるようにリンが微笑んでショウマ達を見やる。
・・・
「準備は良いな?」
「ああ、いつでも良いぜ」
ギアナの地を舞台に向かい合う。
もうここから言葉はいらないだろう。
互いに笑みを交わすと、ショウマは白い鉢巻きを額に巻き、シュウジは勢い良く身に纏った外套を脱ぎ去る。
「「出ろォオッ!! ガンダアアアアァァァァァーーーームウゥゥツ!!!!!!」」
互いに空に咆哮を上げると共に手に向けて指を鳴らす。
すると次の瞬間、二人の覇王の呼び声に応えるかのように空から舞い降りたニ機のガンダムがそれぞれ主の背後に勢いよく降り立つ。
「ガンダムファイトォッ!!」
自動操縦によって降り立ったのはガンプラではなく、まさに本物の機械仕掛けの巨神。
シュウジは己の機体である深紅のガンダムに乗りこみ、高らかに声を上げる。
その名はバーニングガンダムゴッドブレイカー。
パッサート残党との戦いに投入された本機体の大きな特徴はこの世界に大きな災いを齎したアルティメットガンダム……通称デビルガンダムの細胞と同じ悪魔が生み出した禁忌の技術とされる
「レディィィィィ……ッ!!」
シュウジに合わせるようにショウマも声を張り上げ、モビルトレースシステムによって己の手足となったガンダムを動かす。
その名はガンダムゴッドマスター。
こちらもパッサート残党との戦いに投入された機体だ。ショウマの愛機であるゴッドガンダムにU細胞を使用し、変異したこの機体もU細胞からの力の誘惑に打ち勝てるだけの精神を求める機体であるが、過去にDG細胞に感染し、乗り越えた経験のあるショウマが扱う事によってそのポテンシャル以上の力を十二分に発揮している。
「「ゴオオォォォォッッ!!!!」」
乗り手次第では神にも悪魔にも変貌出来る二機のガンダムは互いの拳に自身の全てをぶつけるようにマニビュレーター同士がぶつかり合い、スタートを切るように目には追いきれないほどの連撃が繰り広げられる。
・・・
「師弟対決ですけど……どうなるんでしょう?」
「勝ち負けの話じゃないからね。ただ互いをぶつけ合うだけさ。ぶつかり合う事でしか分からない事もあるしね」
ギアナの地でぶつかり合う二機のガンダム。遂に始まった師弟による戦いにノエルはこの戦いがどうなるのか、同じ拳で戦うサクヤに意見を求めると、サクヤはクスリと笑いながら師弟の激しい戦いを見つめる。
「俺はこの戦いを見届けるだけだよ。俺の弟が、そして何より俺達シャッフルを纏める長が先代キング・オブ・ハートにどれだけ自分自身をぶつけられるのかを」
地を削り、風を切り、拳を交えるガンダム達。
その姿を見守るようにサクヤは静かに握り拳を作ると、その手の甲にはQueen The Spadeの紋章が浮かび上がる。
サクヤは言葉通り、見届けるだけなのだろう。
兄として、友として、武闘家として、秩序の守り手の紋章を持つ者として。ノエルはその言葉に頷き、再び自身も見届けようと戦いを見つめるのであった。