機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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ゴッド─後悔がないように─

 彩渡街をミサとヴェルの二人が散策している。

 アメリカでの一件もあり、今まで以上に顔を合わせる機会も増えた二人は特に何かをすると言うわけでもなく喫茶店で談笑をしたりと思い思いの時間を過ごしていた。

 

「あれ……?」

「結婚式……?」

 

 ふと楽しそうな賑やかな声がヴェルとミサの耳に届く。

 一体、なにかあったのかと声に誘われるように移動した先には教会があり、結婚式が執り行われていたのだろう。教会から出てきた新郎新婦を参列者が祝福していた。

 

「綺麗だね……」

「ちょっと見て行きましょうよっ!」

 

 まさに幸福と言う文字があの場には相応しいのだろう。

 二人の輝かしい未来を示すように笑顔の華があちこちに咲いている。

 惚れ惚れとしているヴェルにミサは彼女の手を引いて、間近で見ようと邪魔にならないところまで移動すれば、丁度、ブーケトスが行われるところであった。

 

 花嫁が手に持つウエディングブーケが空高く投げられ、参列者やヴェルやミサが目で追う中、勢いをつけすぎてしまったのだろう。投げられたブーケは参列者の頭上を越え……。

 

「はぇ……?」

 

 弧を描いてヴェルの手元に収まってしまった。

 まさか自分が受け取るとは思っていなかったヴェルは思わず呆けた声をもらしてしまい、困ったようにあたふたとミサや周囲を見てしまっている。

 

「良かったじゃないですか、ヴェルさんっ!」

「え、えぇー……!?」

 

 ヴェルの肩に触れながら、ブーケを受け取った事に喜んでいるミサだが、自分が受け取って良い物なのかとヴェルは困惑してしまっている。そんな中で恐る恐る花嫁を見やれば、受け取ったヴェルを祝福するかのように優しい笑みを浮かべていた。

 

(綺麗、だな……)

 

 向けられた花嫁の笑顔を見て、ヴェルは思わず赤面してしまう。

 俯いた先にはブーケがあるなか、ヴェルは伏し目がちに花嫁を見やり、その美しい姿に見惚れてしまうのであった。

 

 ・・・

 

「……すまない、ドクター。急に押しかけて」

 

 ここはシュウジ達の住む異世界。

 アークエンジェルが停泊するパナマ基地の一角では、アークエンジェルで軍医を務めているドクターと周囲に呼ばれる男性にベッドから起きあがった翔が声をかけていた。

 

「いや、艦長から話は聞いていたからね。君の元気そうな顔も見れて良かったよ」

「少し前までは酷かったけどな……。それで俺のエヴェイユに関して何か分かったのか?」

 

 パソコンで翔のカルテを入力しながら、回転チェアを翔の方向に向け柔和な笑みを浮かべる。

 久方ぶりに彼に会ったわけだが、変わりないようで安心したのか、翔も心なしか微笑を浮かべると、ドクターに自身の能力であるエヴェイユについて問う。

 今日、わざわざ翔がこの異世界に訪れたのはリーナ達に提案されたように変化が起きていた自身の力を調べる為であった。

 

「うん……。おおよその検討はついているんだがね……」

「……ハッキリ言ってくれ、ドクター。俺の体に何が起きているんだ?」

 

 翔の問いかけには答えるドクターだが、その歯切れは悪い。

 二度と戻る気はなかったこの世界に再び来たのだ。なにを言われようと覚悟はしているつもりだ。翔は真摯な様子でドクターを見やる。

 

「……君は完全に人間とはかけ離れた別の人種となってしまったと言った方が良いかな」

 

 そんな翔に見られてしまったのは言わざる得ないのか、観念したようにため息をつくと意を決したように彼の瞳をまっすぐ見ながら話し始める。

 

「君は確かにエヴェイユだ。厳密には超能力者のような能力ある人間というカテゴリに収まっていた。だが、君の話や今調べた限り、君の脳には変化が起きている」

「俺の、脳……?」

「君は君だけではなく、その他のエヴェイユ達の能力を受け継いでしまった。当然、脳はそんな膨大な情報を処理しようと働くわけだが、君は無意識に人間の枠を超え、変化する事を恐れて拒み続けた。それが君がエヴェイユの暴走と捉えていた現象だろう。だが君はその肥大化したエヴェイユの力を受け入れた。その事で脳も適応する為に、人間が引き出しているスペック以上のものを引き出し、変異を起こしたのだろう。だから今の君がエヴェイユに振り回されることがなくなった」

 

 かつて翔はネバーランドでの一件以来、ずっと暴走と思い込み、自分の体に起きていた異変に苦しみ続けてきた。だがそれにはやはりちゃんとした理由があったようだ。

 

「もはや君の脳もエヴェイユの力も未知の領域に入っている。君のような存在は今後一切現れないだろう。同じエヴェイユでもリーナや例の風香ちゃんと言ったかな? 彼女達と同列に語る事も出来ない。君は人間でも、エヴェイユと言うカテゴリにも収め切れない。君はもはや、どの人種から見ても他種でしかないんだ」

 

 エヴェイユを研究しているドクターから齎された言葉。もはや翔は一矢やミサのような人間でも、リーナや風香のようなエヴェイユでもないと言うのだ。

 ドクターはそのまま翔のカンペのデータを削除する。翔は元々、ただのエヴェイユであった時から地球軍でモルモットにされる可能性があった。今の翔が統合軍に発覚すればどうなるかは分からない。だからこそ今、削除したのだ。

 

「……あくまでこれは私の私見だ。気に留める必要はないよ」

「……いや、信じるよ。俺は俺の体の変化が知りたかったから」

 

 黙っている翔を見かねて、少しでも気を紛らわせようとするが、翔はゆっくりと首を横に振り微笑を浮かべる。

 

「……あぁ、でもやっぱり違う……。違うよ、ドクター。俺はやっぱり人間だ」

 

 だが少し考えるような素振りを見せた翔は首を横に振って、先程のドクターの言葉を否定する。しかし否定するにもその穏やかな様子にドクターはどういうことなのだろうかと翔を見つめる。

 

「……俺一人じゃ何もできない。でもそんな俺でも……どんなに体が、脳が変化しようと俺を支えてくれる人達がいる……。どんな存在に変化しようとも、根本的には俺は弱い人間だよ。でも……それで俺は良いんだ」

 

 ネバーランドでの一件、あの時、自分を助けてくれた多くの仲間達がいる。

 どれだけ人間からかけ離れた存在であろうと彼らがいるのならば自分には十分すぎる。

 そんな翔の言葉を聞き、ドクターも「そうだね……」と納得したように柔和な表情を浮かべるのであった。

 

 ・・・

 

「ここが異世界なんだ……」

「あやこさん、キョロキョロし過ぎ」

 

 翔とドクターによる話が行われる医務室の外に設けられた椅子に座りながら、あやこは落ち着かない様子で周囲をそわそわと見渡し、風香はそんなあやこに嘆息する。

 

「翔さんがあやこさんには色々と心配かけたからその理由を教えるって特別に連れて来てもらったんだから大人しくしてなきゃダメだよ?」

「で、でも……。って言うより、なんで風香ちゃんが?」

「風香ちゃんも翔さんと似たようなもんだし。少しでも自分の事が知りたいから連れて来てもらっただけ」

 

 まるで子供を窘めるような風香の態度に何とも言えない様子のあやこは、ふと今まで ずっと気になっていた風香が同行している理由を問うと、自身がエヴェイユである事ははっきりとは明かさないものの、答えられる範囲で話す。

 

「まぁ風香ちゃんの検査は終わったし、早く翔さんと帰りたいんだけどなぁ……」

「もう帰りたいの……?」

「……こういう事言うのはアレだけど、正直、この世界の空気ってゾワゾワしてて風香ちゃんのデリケートなお肌に合わないんだよねぇ……」

 

 風香の検査ももう済んでおり、これまでのエヴェイユにはない読心能力はあるもののそのエヴェイユの能力はリーナ達には及ばないという。

 椅子に座っている風香は足をぶらぶらと揺らしながら、自分達と翔を隔てている扉を見つめながらぼやく。折角の異世界に来て、まだ数時間しか経っていないにも拘らず、この反応に戸惑うあやこに風香は冗談交じりに答えるものの、その瞳だけは笑ってはおらず、エヴェイユである彼女はこの世界に対して何かを感じ取っているのだろう。

 

「そう、ね……。翔さん、早く終わらないかな……」

 

 だがその言葉はあやこにも何となしにだが理解出来る。

 感覚的なものだが自分達はこの世界に居てはいけない。そんな気持ちを抱かせるのだ。

 

「っていうか、カガミちゃん達が異世界の人だったなんて……。それに軍人って……」

「……話す理由はなかったもので……。それとここは軍の施設です。なるべく私語は慎んでください」

 

 おずおずと監視役であやこと風香の傍らに控えるように立っているカガミを見やるあやこ。今のカガミは統合軍の制服を身に着けており、きっちりと着た姿はいつも以上に固い印象を受ける。

 

「──翔はここかしら?」

 

 そんな三人に横から声をかける。

 そこにはレーアとリーナのハイゼンベルグ姉妹の姿があった。レーアの発言から考えても、彼女達の目的は翔なのだろう。

 

「翔が来てるって聞いたから寄ってみたんだけど……」

「……私はレーアお姉ちゃんの付き添い」

 

 やはり正解だったようだ。

 翔がいるであろう医務室の扉を見やるレーアの隣で静かに答えるリーナもリーナでエヴェイユの能力を持つ者としてレーアに同行したのだろう。

 

「──あの、翔君の検査って終わりました?」

 

 すると今度は向かい側からルルがやって来て声をかける。

 翔に用があるのはその発言でも分かるが、どこかそわそわしていて落ち着かない様子だ。

 

「……翔さんの検査はまだ終わっていません。終了次第、声をかけに行きますので皆さんは休憩所に行かれてはどうでしょうか?」

 

 この場に何とも言えない空気が流れる。

 沈黙が流れる中、空気を打ち破るようにカガミが静かに提案するわけなのだが……。

 

「……それってさー。自分だけここで翔さんを待つってこと?」

「わ、私だったら、ここで待ちますよ!」

 

 足を組み、太ももに頬杖をつきながらカガミをジトッとした目で見やる風香。

 わざわざ聞かなくてもその読心能力で何となしに察しているのだろう。あやこも移動する気はないようだ。

 

「……待たせた…………な…………」

 

 どんどんと空気は張り詰め、見えない火花が散っている中、漸く医務室から翔が出てくる。扉を開くと共に口を開いた翔であったが、この場の空気を察知して言葉が尻すぼみになってしまう。

 

「……どうだった?」

「あ、ああ……。特に心配するような問題はなかったよ」

 

 互いをけん制するような場の雰囲気のなか、別に牽制する必要も特にこういった雰囲気ともあまり関係ないリーナがすたすたと翔に近づいて声をかける。

 やはりリーナも翔の異変は気がかりではあったのだろう。しかし翔は首を横に振りながら安心させるように柔和に微笑む。

 

「それよりもシュウジは?」

 

 この場にシュウジがいない事に気づく。

 自分と風香達がこの世界にやって来た際、シュウジとカガミが同行してくれた。しかし、今この場にはシュウジはいないではないか。

 

「……シュウジならば、ショウマさんに呼び出されて日本に向かいました。一足先に帰ってくれて構わないと言ってはいましたが……」

「……そうか。アイツ……最近、様子が違うように見えたからな……」

 

 場の空気を変えるように咳払いをするカガミは翔の問いかけに答える。

 翔が検査中に旅立った為、まだ日本には到着してはいないだろう。

 

 ここ最近のシュウジを心配する翔だが事情を知る者達は決してその理由は明かさない。この世界の問題を翔にだけは絶対に話すわけにはいかないのだ。

 

「気晴らしなればと思って、今度のテストプレイにも誘ってはいたんだが……」

「テストプレイ?」

「ああ……。ガンプラバトルシュミレーターは常に開発が進んでアップデートが行われている。今度、シミュレーター内の期間限定イベントの予定があるらしくてな。そのテストプレイに俺やあやこのようなガンダムブレイカー隊の人間は呼ばれていたんだ」

 

 顎先にか細い指を添えながらシュウジを案ずる。

 その翔の口から出てきたテストプレイという言葉にカガミが反応すると、そのテストプレイについて答える。翔達ガンダムブレイカー隊はガンプラバトルシュミレーターの開発にGGFの選抜プレイヤーとして黎明期から携わっている。今回もその縁で知り合いの開発者に招待されたのだろう。

 

「かなり規模が大きいみたいで一矢君達みたいにジャパンカップで開発者の目に留まったファイターにも招待は送ったみたいなんだ。一般公募もしていたみたいだし、一応、翔さんの推薦したファイター達にも参加枠は設けてくれたみたいだけど……」

「風香ちゃんもその一人でーすっ」

「お前はしつこく言って来ただけだろ」

 

 あやこが便乗するように説明をすると、自慢げにウィンクと共に横ピースをする風香。しかしどうにも推薦までのの経緯は風香が押し掛けたらしく、なにを言ってるんだとばかりに翔は顔を顰めてツッコミを入れる。

 

『やだやーだぁっ!! 翔さんが行くなら風香ちゃんも行くぅーっ!!!』

「……本当に酷かったぞ、お前」

「それくらいがカワイイと思うんだけどなー」

 

 駄々っ子のようにテストプレイへの参加を求める風香の姿を思い出しただけでも頭が痛くなってくるのか、重い溜息をつく翔。しかし風香は特に気にした様子もなく、寧ろその時の態度も狙ってやっていたのだろう。ますます翔はため息をつく。

 

「……テストプレイには参加すると思いますよ」

「……そうか? なら良いんだが……」

 

 翔と風香のやり取りを見ながら、カガミが口を開く。

 残された時間がどれだけあるかは不明だ。その限られた時間で思い出作りと言うわけではないが、元々あの世界に訪れた理由である翔の誘いを断るとは思えなかった。

 

「あの、ね、翔君……。この後の予定あるかな?」

「いや、ないが……」

 

 シュウジのことはひと段落すると、今度はルルが控えめに声をかけ、予定について尋ねる。検査も終わった為、予定はない翔は首を横に振ると……。

 

「だったらその……私に翔君の世界を案内してくれないかな……。この前はすぐに帰っちゃったから……」

「それぐらい構わないけど……立ち話も何だし、いい加減、場所を変えないか?」

 

 マドックの言うように行動しようとしたのだろう。ルルの頼みに別に問題があるわけでもない翔は了承すると、「えへへ……」と一転して心底嬉しそうにルルははにかんだ笑みを見せる。

 そんなルルの笑顔を見てしまえば、受けて良かったと言う気にもなる。

 今後の予定についていつまでも医務室の前で話すよりも落ち着いた場所で話そうと翔が提案すると、一同は頷いて場所を変えた。

 

「……ねぇ、レーアお姉ちゃん」

「なにかしら?」

 

 落ち着いて話せるテラスにでも移動しようと歩を進める。

 前で翔が風香に絡まれているのを見ていたリーナはふとレーアに声をかける。

 

「……レーアお姉ちゃんの願いは翔に再会する事だったんだよね?」

「その通りよ」

 

 リーナをはじめ、この世界の翔の仲間達は未来に様々な願いを抱いている。

 レーアも例外ではなく、その願いはこの世界から離れた翔と再会することであった。願いその物はもう既に叶っている訳だが、リーナはその事を触れる。

 

「……翔と会って、それで終わりなの?」

「そ、それは……」

 

 リーナは知っている。

 敬愛する姉が翔に抱いている尊い感情を。

 やっと再会できたにも関わらず、進展のない翔とレーア。翔に好意を寄せている女性は多い。このままでは翔が誰かと付き合ってしまうかもしれない。しかしそれはレーアも分かっているのか、中々耳が痛そうだ。

 

「……私、翔がお義兄ちゃんになるのはアリだと思うな」

「リ、リーナっ!?」

「私達も翔の世界に行こうよ。元々、そのつもりで予定を開けてここに来たんだし」

 

 ぼそっと放たれたリーナの一言にレーアは途端に顔を真っ赤に染める。

 まさか大人しいリーナからそんな大胆な発言を聞くとは思っていなかったのだろう。飲み物を飲んでいたら噴き出しているところだ。

 だがリーナはお構いなしに話を続ける。ルルがまさか似たような事を言うとは思わなかったが、それで尻込みする気はない。

 

「……会えなくなってからじゃ遅いんだよ」

「……分かってるわ」

 

 ふと目を細め、含みのある発言をするリーナにその含みが何であるかは分かっている。

 レーアもリーナもトライブレイカーズよりも前にルル達からこの世界に訪れている戦争の可能性を知っているのだ。

 会えなくなってからでは遅いと言う事はレーアも姉の一件で痛いほど分かっている。

 だからこそ後悔がないようにしてほしい。レーアが後悔すれば、それこそがリーナの後悔になってしまうのだから。

 




次回はこっちの世界の日本に向かった迷えるシュウジの話と、一矢の世界でとある事件の前触れが起こり始めます。

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