ゴッド─Paradise Lost─
雨宮一矢やミサが住む世界とは異なる、かつて如月翔が戦争に身を投じた異世界だ。
人類の英知たるマスドライバーの復興が進むこのパナマ基地には如月翔も身を置いていた強襲機動特装艦・アークエンジェルがドッグに停泊している。
「集まっていただいてありがとうございます」
そのアークエンジェルのブリーフィングルームでは、このアークエンジェルの艦長であるルル・ルティエンスと副長を務めるマドックがカガミ・ヒイラギ、ヴェル・メリオ、シュウジの三名で構成されるトライブレイカーズを集め、口火を切るように口を開く。
「いきなり呼び出しって……なんかあったのかよ」
「それを今から説明する筈よ」
このアークエンジェルにカガミやヴェルだけではなく、シュウジも集められたことにその要件を尋ねるシュウジであったが、急かさないで待っていろとばかりに横からカガミがビシャリと言い放ち、「そりゃそうだろうけど……」と顔を顰めていた。
「……カガミさん、ヴェルさん。アレーナ・クレイズ少尉を覚えていますか?」
「士官学校時代の同期でしたが……?」
アークエンジェル隊にとって馴染みあるシュウジとカガミのやり取り。
いつもならルルも苦笑しているところだが、今日に限っては重苦しささえ感じる雰囲気だ。そんなルルから尋ねられた名前にヴェルは答えながらカガミを見ると、カガミもその通りだとばかりに頷いている。
「……クレイズ少尉は戦死しました」
静かに放たれたルルの言葉にブリーフィングルームの空気は張り詰める。
特にカガミとヴェルは同期がよりにもよって戦死したと言う知らせを聞き、その表情は呆気に取られている。
「待てよ、パッサートは壊滅させたはずだぜ。まさかまた残党の類か……?」
「……いえ、でも……実際に見てもらった方が早いと思います」
この世界において大きな傷跡を齎した地球軍とコロニー軍の戦争はスペースコロニー・アイランド・イフィッシュの降下を阻止し、当時のコロニー軍准将であり、地球攻略作戦の最高責任者ヴァルター・ハイゼンベルクが駆るデビルガンダムの破壊によって終止符を打たれた。
地球軍とコロニー軍が統合軍として再編成された後も、一部のコロニー軍残党がパッサートを名乗り、再びデビルガンダムの脅威も現れたがかつての英雄達と共に戦いを終わらせた。大部分を失ったとはいえパッサートとの戦いは続いてはいたが、ここ最近では鳴りを潜めている。
まさかここに来て、またパッサートでも現れたのかと考えたシュウジだが、どうやら違うようだ。ルルはそのまま神妙な表情で立体映像を表示させる。
「これはヘリウム3など木星での資源採掘に向かったサウザンスジュピター級から送られた映像です」
鮮明とはいかないもののルルの説明から、これは木製圏で撮られた映像なのだろう。
そこにはMSの残骸が漂う中、この世界においてカガミが愛機とするライトニングガンダムの前身ともいえるリ・ガズィが率いるMS隊が見慣れぬ湾曲した三機のMSと交戦中であった。
『ここは私達が引き受けます! だから……このことを早く地球圏に……ッ! 後は任せますッ!!』
リ・ガズィから発せられるどこか幼さを感じるような女性の声が響く。
この女性こそが先程、話に出てきたアレーナ・クレイズ少尉なのだろう。
たった三機の機体に次々とMSが撃破されていく中、中破状態のリ・ガズィは必死に艦に伝え、引き付けるように戦いを続けている。
『少尉、もう良い! もう戻れ!!』
『ダメです……! こいつらを何とかしないと……!! 私達の分まで地球に戻ってくださいッ!!!』
艦長からの指示が飛ぶが、残ったMSも少ない中、ここで戻れば艦が危ういと思ったのだろう。今戦っている相手がそれだけ脅威だと言う事だ。
悲壮に気高く叫ぶアレーナだが、彼女の乗るリ・ガズィはまるで狩りを楽しむように四肢を切断され、大破に追い込まれる。
『アッ……ァァッ……グガ……ゥッ……! 死にたく……っ……ないよ……っ』
勿論、それは搭乗するパイロットに大きな負担をかけ、コクピットの中は凄惨な状況なのだろう。MSパイロットとして気丈に振る舞っていたアレーナだが、最後の最後にパイロットではなく一人の少女としての想いが出てくる。
『いや……だっ……! 死にたくない……。ちきゅ……うに……パパ……ママ……っ……に──っ!!!』
一人の少女として生を望んだ言葉も最後まで発せられず、その機体は貫かれ宇宙に輝かしい生命の華を咲かせる。死にたくない、それがMSパイロットとして身を挺して戦った少女の願いであった。
「……この後、この正体不明のMS達は姿を消し、サウザンスジュピター級は地球圏に戻ってこれました」
ここで映像は終わりなのだろう。
映像を見やすくするために暗がりにした部屋に照明が灯り、同期の凄惨な最後にカガミとヴェルが俯き、表情が見え隠れするなか、ルルがこの戦いの後の説明をする。
「あの機体は何なんだよ……?」
「……少なくとも、あのMSに使われているテクノロジーは地球圏を凌駕している。我々にも分からない……。だが、一つだけ過去のデータに酷似する機体がある」
あまりに重い空気が支配する中、シュウジが先程、リ・ガズィを含めたMS隊と交戦していた機体について触れると、今度はマドックが口を開き、タブレットを操作して立体映像を切り替える。
「ターンX……。当時の地球軍はそう呼び、かつてテスト中のダブルオーライザーに搭乗していたシーナ・ハイゼンベルク技術少尉を殺害し、フロンティアⅠではガンダムブレイカー0と交戦し、宇宙に放逐された機体だ。月面で発見された本機体は当時からそのテクノロジーは驚かされ、外宇宙で製造された機体なのではないかと議論されていた」
次に表示されたのは過去のフロンティアⅠ宙域を舞台に真紅のMSネメシスと、そして同じくMSであるエヴェイユの力を発揮したガンダムブレイカー0が交戦するターンXとの死闘の映像が繰り広げられる中、その顛末を説明する。
「……この世界には昔から様々な人種が存在します。ニュータイプ、コーディネーター、イノベイター、Xラウンダー……そしてエヴェイユ。詳細は不明ですが、その中で一部の新人類が外宇宙に旅立ったというデータがあります。ターンXが発見された当時からその新人類が作り出した機体が漂着したのでは? と解析される度に議論されたと言われてきましたが……」
「その新人類とやらが、今更戻ってきやがったって事か?」
ルルから話される考察を聞き、顔を顰めながら問う。
普通ならば一蹴したいところだが、そうもいかない。
「……真偽は分かりません。少なくとも接触を試みたようですが受け付けなかったようなのであの機体に搭乗している存在が何なのかも分かりません。ですが木製圏に留まらず、ここ最近、地球に迫るように姿は確認されています」
「……ターンXは当時の如月翔も破壊は出来なかった。寧ろ機体ではなく技量の違いで勝てたと言っても過言ではない。あれがターンXに準ずるもので、もしも新人類と共に地球圏に攻め込んできたとしたら……」
シュウジの問いかけにルルは首を横に振りながら、また別に静止画像を表示させる。
そこにはリ・ガズィと交戦した機体に酷似した機影が此方を見つめるように撮影されている。
どこかぞくりとしたざわつきを感じる中、マドックがの言葉に皆、口を閉じる。
当時の如月翔はシーナ・ハイゼンベルグと同化し、世界最強のパイロットの一角にいた。
そんな翔をもってしても撃破は出来なかったのだ。
しかもそれが一機だけではないとしたら冷静に考えて言葉には出さなくとも、思っている事は分かる。
「……実際、どうなるかは分かりません。戦闘になるのかどうかも……。ですが……そうですね、ハッキリ言います……。戦いに身を置く限り、いつまでも“あの世界”にはいられないと考えてください」
暗雲が立ち込めたような気分だ。
ルルが一応、フォローのように話すが、矢次に放たれた言葉はシュウジにもズキリとした衝撃を与える。あの世界……言われなくても、それが何であるか分かっているからだ。
「カガミさんやヴェルさんに時間を与えるつもりです。だからそれまで思い思いに行動してください」
元々、軍属ではないシュウジには2人に比べて時間はある。
だがカガミとヴェルはそうはいかない。ルルからの恩恵を受け、カガミとヴェルは頷くと、これで話も終わり、トライブレイカーズはブリーフィングルームを後にする。
「……きっと大丈夫……。そう言えなかった自分が情けないです」
「……艦長も休みを取るべきですな。ここ最近、働き詰めでしょう」
トライブレイカーズがいなくなったブリーフィングルームではルルが悲痛な面持ちで俯き、最後まで勇気づける言葉が言えなかった事に嫌悪していると、傍らに控えていたマドックが顎先を撫でながら声をかける。
「ようやく如月翔と会う術が出来たんです。ならば時間が許すのなら、ルル・ルティエンスとして過ごすのもアリではないかと」
予想外のマドックの言葉に思わず、彼の顔を見てしまう。
そんなルルにマドックはまるで孫に見せるような慈しむような表情を向けながら諭すように話すと、ルルはしばらく考えた後、「はい……っ」と頷くのであった……。
・・・
「ここにいたんですね」
ブリーフィングルームから数十分後、ここはアークエンジェルに置かれた射撃場。
入室したヴェルはここで一人だけヘッドホンとゴーグルを身に着けて射撃訓練を行なっているカガミを見つけて、声をかける。ヴェルを意に介さず、カガミは再び発砲を続けると全て的の中心を撃ち抜く。
「……あの世界は残酷なくらい居心地が良すぎます。身を置き過ぎれば、銃の重みを忘れてしまうくらい……」
「そうですね……。あの世界はあまりにも眩し過ぎます。水道の水はそのまま飲めて、お肉も人口肉なんかじゃなくて天然のもの……。何よりそこに住む人達はみんな温かくて……初めて訪れた時は愕然としましたよ」
ヘッドホンを首にかけ、ゴーグルを外しながらカガミが静かに口を開くと、ヴェルも同意するように壁に身を預けながら、あの世界での出来事を思い出し、寂しそうな笑みを浮かべながら頷く。
「……あの話、どう考えます?」
「……アリーナ・クレイズの事は残念に思っています。同時に彼女と交戦した存在が脅威である可能性はあるでしょうね。戦闘になる可能性も……」
不意にヴェルから先程、聞かされた話が掘り返される。
ピクリと眉を動かして反応をしたカガミは静かに手に持っていた拳銃を置きながら答える。
「なんでこの世界はこんなにも戦いに満ちているんでしょうね……。地球圏の戦いも落ち着いたと思ったのに……。世界が違うだけで、こんなにも違うなんて……」
「ですが何であれ私がする事は変わりません。戦闘になるのなら私は銃を取ります」
思えば自分の人生は戦いばかりであった。
ようやく安息の時間を手に入れられたと思ったらこれだ。まるで呪われているかのような気分にもなる。だが射撃場にカガミの凛とした声が響く。
「最後まで諦めるな……。私は今まで死ぬ気で戦ってきましたが、死ぬつもりで戦ってきたわけではありません。私はまだ未来が見たい。こんな世界でも……いえ、この世界だからこそ輝く光を消したくはない」
この世界は長い戦争によって荒廃しきっている。
戦争が終わったとはいえ、皆生きる事に精一杯だ。だがそんな世界だからこそその世界にしかない輝きがある。
「そう、ですね。……私が軍に入ったのは生きる為なんです。少なくとも軍に入れれば食べる事は出来るって思ってましたから……。ただ生きる為……そこに目的と呼べるものはありません。でもそんな中で翔さんが、そして、シュウジ君が見せてくれた輝きは私に仲間と前に進んで行きたいって思える希望をくれたんです」
カガミの話を聞き、ここで初めてヴェルが軍に入った経緯を話す。
今まで誰にも話したことがなかった。こんなことを話しても仕方がないと思っていたからだ。だが今、長い付き合いであるカガミにようやく話した。そして今に至るまでに見つけた希望も。
「ミサちゃん達にはしばらく会えないかもしれませんけど……。でも……」
「ええ、最後の別れにするつもりはありません」
迷いはない。
これがこの世界の、そして自分達の運命ならば最後まで駆け抜けるまでだ。だがそこで果てるつもりはない。出会う事が出来た異世界の友人達ともこれからも触れ合っていきたいから。だが彼女たちは知らない。戦い続ける限り、癒える傷などないと言う事を。
・・・
「いきなり飯を奢ってくれるって、どういう風の吹き回し?」
数日後、ここはシュウジ達の世界とは異なる世界。
この世界の住人である一矢はブレイカーズでHGミーティアなど多くのガンプラを購入後、シュウジに覇王不敗流の修行の帰りに彩渡街の近くで有名なラーメン屋に立ち寄っていた。出てきたラーメンをすすり、カウンター席の隣に座るシュウジに話しかける。
「良いじゃねぇか。こっちの金の使い道ってあんまりねぇんだよ」
「……こっちってなんだよ」
脈絡もなくこうしてラーメンを奢っている為、怪しがっている一矢に苦笑しながら、シュウジはラーメンを食べ終えながら答えると、シュウジの言葉に反応する一矢に「気にすんな」と返し、一矢は不可解そうなまま食事を再開する。
(……別に死ぬつもりなんてねぇけどよ)
黙々と食べている一矢を尻目にシュウジはふと物憂げに頬杖をついて、視線を伏せる。
その頭の中には先日話された一件についてだ。シュウジもカガミやヴェル同様、絶望して諦めてなどいない。
(……俺はコイツに何を残してやれんのかな)
だが何れ今のように頻繁にこの世界に訪れる事は難しくなるだろう。
そうなった時、弟分ともいえる一矢に自分はなにを残せるのだろう。自分は翔にそうであったように、出会えて良かった、そう思える存在であれたのだろうか。
(ったく……翔さんに挑戦できりゃそれで良いと思ってたんだけどな……)
ふと人知れず寂し気に笑みをこぼす。
最初こそこの世界に訪れたのは、かつて翔に強くなって挑戦すると約束したからだ。
それさえ済んでしまえば、もう用はないと考えていた。だが知らないうちに自分は一矢の成長を見届けたいと翔に挑戦すると同等の願いを抱いてしまった。
・・・
「……ごちそうさま。美味しかった」
「そいつは良かった」
ラーメンを食べ終えた2人は店から出ると、奢ってくれたシュウジに礼を言う。
本当に美味しかったのだろう、心なしか満足そうな一矢にシュウジは奢った甲斐があると笑みをこぼす。
「ねぇ、次はいつ会えるの?」
お開きにして軽い挨拶と共に別れようとシュウジが背を向けた時であった。
一矢から何気ない一言が放たれる。友達に次の約束を取り付けるようなそんな軽いものだ。
しかし、シュウジにとってはそうではない。背を向けたシュウジが浮かべる表情は一矢には見えなかった。
「……また、すぐに会えるさ」
振り返り、どこか悲愴な柔らかい笑みを浮かべて心の中で今は、と付け足しながら答える。
その姿に一矢は不可解そうな表情を浮かべる。
シュウジと言えば、一矢の中では強さを表す存在の一人だ。
そんなシュウジから今感じるのは今にも消え去りそうなほどの儚さであった。
そのことに触れようと口を開こうとする一矢だが、再び背を向けたシュウジは人々の雑多の中に消えてしまい、一矢の言葉が届くことはなかった……。
今回は予告通り、完結に向けてのシュウジひいてはトライブレイカーズを主役においてのお話しです。今すぐにいなくなりそうなくらいですが、今回の話でトライブレイカーズはいなくなりません。あくまで完結へのプロローグみたいなものだと考えて頂ければ