大国アメリカの地で行われたトーナメントは多種多様なファイター達が集まった事もあって、その一つ一つが観客を熱狂させる。中にはスタンディングオベーションが起きるほどだ。それだけガンプラバトルがいかに関心の的であるかが分かる。
「まだまだ!!」
そしてその人々の視線が集中する立体映像にはアザレアPの姿がある。
現在、準決勝まで進んだアザレアPはコロニーが浮かぶ宙域を舞台にしたフィールドでGセイバーとバトルを行っていた。
背面と腰周りに装備された大型スラスターを使用して、アザレアPの周囲を飛び回りながらビームライフルを放つが、青白いビームの数々はアザレアPが展開したGNフィールドによって全て防がれる。
「ヴェルさんの方が……強いっ!!」
センサーでロックしたGセイバーに脚部のミサイルを放つ。
標的を狙って、向かっていくミサイルの数々を破壊するGセイバーであったが、その隙に移動したアザレアPがGNキャノンを発砲する事によってスラスターに掠り、機体の姿勢が不安定になったところをビームマシンガンによって蜂の巣にされて撃破される。
「よし、勝ったぁっ!」
「やったね、ミサちゃんっ!」
Gセイバーを撃破したミサはシミュレーターから出て、勝利に満面の笑みで喜んでいる。歓喜のあまり、関係者席で観戦していたヴェルに抱きつき、二人で笑みを交わす。これで決勝まで勝ち進むことが出来たが、やはりここまでのバトルはどれも激戦と言って過言ではないだろう。
「あれ、あの子……」
観戦していた莫耶は抱き合って喜び合っているミサとヴェルを見て、ふと考える。
古い記憶を思い出すようにミサを見ていたが、それも次に上がった大歓声によって遮られてしまう。
大歓声を浴びる立体映像には荒野を舞台にバトルが行われており、そのうちの一機は武者を彷彿とさせる戦国アストレイ頑駄無だ。しかし戦国アストレイ頑駄無の機体は至る所にスパークが走り、もう限界なのが分かる。
「あれって……!!」
ここまで戦国アストレイ頑駄無を追いやった相手は誰なのか。視線を動かしたミサが捉えたのは、見覚えのあるガンプラであった。
満身創痍の戦国アストレイ頑駄無に対して、比較的損傷が軽微なそのガンプラをよく覚えている。何故ならジャパンカップで戦った事があるからだ。
「ここは僕の勝ちだ」
その名はコズミックグラスプ。
そしてそのファイターはジャパンカップと同じくロクトだ。
ジャパンカップの時より、いやそれ以上の機動性を持って戦国アストレイ頑駄無に近づいたコズミックグラスプは機体の損傷からぎこちない動きで日本刀である菊一文字と虎徹を構える戦国アストレイ頑駄無の背後に回ると足を払い、態勢を崩した瞬間、真っ二つに斬り捨てる。
バトルを終えたロクトがシミュレーターから出てくると、自分に注がれる大歓声に手を振る。現役の宇宙飛行士であるロクトはこのアメリカの地でもその名は知れ渡っているようだ。
「やぁ、久しぶりだね」
「ひ、久しぶりです」
そんなロクトも自分を見ていたミサに気づくと、軽く手を上げながら声をかける。
ロクトとバトルをしたのは確かだが、実際はチームと言うよりは一矢が戦ったと言った方が正しいだろう。
自分の事など覚えていないかもしれないと考えていたミサだが、ロクトはちゃんと覚えていたようで挨拶されて、おずおずと言った様子で挨拶を返す。
「どうやら君だけみたいだね」
「……一矢君はいないですよ」
チラリと周囲を見ても、ミサの周囲に関係者はヴェルしかおらず、他の商店街チームのメンバーの姿はない。
その事に触れるロクトにミサはどこか複雑そうに答える。
ロクトは一矢と激戦を繰り広げた。再戦を望んでいても不思議ではない。セレナと同じでやはり一矢に関心が集まるのかと言った様子だ。
「あぁ、気にしないでくれ。君とのバトルを楽しみにしているよ。このアメリカの地で日本人ファイター同士が決勝の舞台に立つなんて異例だしね。あの頃とは違うんでしょ?」
「勿論っ!!」
ミサの雰囲気を察して、別に一矢がいないからどう、と言うわけではないと話しながら、トーナメント表が映し出される立体映像を見やる。
そこには日本の国旗とロクトとミサのそれぞれの名前が記された決勝の案内が、このアメリカの地で国外ファイター同士が決勝を飾ると言うだけあって、観客の注目が例年以上に高まっている。そして何より、ここまで勝ち進んできたミサはジャパンカップよりも成長しているだろうと期待するロクトにミサは笑みを浮かべて頷く。
「じゃあ、決勝を楽しみにしているよ。次はバトルで会おう」
準決勝も終了し決勝戦までの間、ハーフタイムが設けられている。
ロクトは軽く手を振ってミサ達に背を向けるとこの場を去っていくのであった。
・・・
決勝まで刻一刻と近づいていた。そんな中、水分補給や小腹を満たしたミサは一人、携帯端末で表示した立体映像を見つめていた。それは動画サイトに投稿されたアジアツアーで行われているガンプラバトルであった。
映像内で行われるバトルには様々なガンプラが縦横無尽に動き回っているが、ミサの瞳に捉えているのは次々に敵機を撃破していくゲネシスの姿であった。
『もしもーし、聞こえる? いきなりごめんね?』
思い返せば、イラトゲームパークでガンダムブレイカーⅢを駆ってバトルをしている姿を見たのが始まりであった。タイガーとのバトルをしている最中に通信を入れて接触した。
『誰かと一緒に戦う? よく出来るよね、俺はもう嫌だ』
最初はその実力とチームに所属していないという好都合さからチームに勧誘したが、一矢はその過去から嘲笑しながらその誘いを一度は一蹴した。
『……俺は……俺はもう一度、あの夢の舞台に立ちたい……ッ!!』
それでも一矢は全てを押し付ける気はないという自分の言葉と周囲の言葉で自分の手を取ってくれた、自分を受け入れてくれた。そこから一矢との時間が始まった。
『コイツの事、なにも知らないのに弱い弱い言わないでくんない……? 凄いムカつくんだけど……』
ロボ太やシュウジ、そして色んな人間と出会った。
そんな中、元チームメイトである真実に対して何より自分の為に初めて怒りを見せた一矢の姿が嬉しかったのを今でも覚えている。
『……っていうか元々なにもないなら重いもクソもないんじゃ……』
……まぁ、中には全く嬉しくないどころか、そのままぶん殴ったものもあるわけだが。
『アンタがいるからもう怖くない。俺は俺として戦える……。俺をもう一度、この夢の舞台に連れてきてくれたんだ。今は彩渡商店街の為に……アンタの為に戦うよ』
それでも思い返せば、嬉しくて楽しくて、心が満たされるような一矢との思い出の数々が鮮明に蘇る。あの時、まるで王子が姫に愛を誓うように自分の手を取って跪いた一矢の姿は今思い出してもドギマギしてしまう。
『さぁ行こう。あの夢の舞台に』
そんな姿を思い出してしまえば、どんどんと自分の心臓の鼓動を高鳴らせる一矢の姿しか思い出せなくなってしまう。ジャパンカップ決勝戦前に逆光を背に微笑みながら自分に手を指し伸ばす一矢の姿を思い出して頬を赤らめる。
瞳を閉じれば、そんな一矢との思い出の数々がすぐに思い浮かんでしまう。
そして目を開けてしまえば、今まで傍にいる事が当たり前にさえ思っていた一矢はいない。
「逢いたいなぁ……」
それが何故だが寂しくて、何を想ってか無意識にそんな事を口にしてしまう。
今、一矢はなにをしているのだろうか、自分以外のチームを組んで何を感じているのだろうか、……自分のように一矢もまた自分のことを考えていたりするのだろうか。
思考はどんどん一矢に関する事だけになっていってしまう。
別に何か言葉を交わしたいわけではない。ただ一矢を傍に感じたいと思ってしまった。
「──会いたい? 誰に?」
「うわぁっ!?」
無意識のミサの言葉も、その視界にひょっこりと顔を出したヴェルによって意識が戻り、たまらず声を上げてしまい、逆に声をかけたヴェルが驚いてしまっている。
「な、なななんですか、ヴェルさん!?」
「いや、決勝戦の時間になったから知らせに来たんだけど……」
自分が先程、口にした言葉といきなり視界に入って来たヴェルに慌てた様子で尋ねる。
そのあまりの様子に苦笑しながらヴェルは立体映像に表示されている時間を指しながら決勝の時刻が迫っていることを伝える。
「……よし、頑張んなきゃ!!」
決勝戦に集中する為に、ミサは上気した頬を両手で叩きながら決勝の会場に向かう。
ジャパンカップでのロクトとのバトルは一矢との距離を実感させられて、苦い想いをしてしまった。その距離を詰める為に今、自分はこの場にいるのだ。
(……一矢君。一矢君には言えないけど……強くなりたいのはね、商店街を守る為だけじゃない、一矢君との繋がりが消えないようにしたいんだ)
シミュレーターに乗り込みながら、一矢へ想いを馳せる。
今まで何度も口にした強くなりたい理由。商店街を自分だけで守れるだけの力を手に入れたい。だが何より商店街がなくなってしまえば一矢と結びつけた繋がりがなくなってしまう。そんな事は嫌なのだ。だがそれは一矢には話せてはいない。こんな事照れ臭くて話せるわけがない。
(一矢君はあの時、私の為に戦うって言ってくれたけど……。私も商店街の為に……一矢君の為に戦うよ)
アザレアPをセットし、マッチングと共に発進準備が進められていく。
何故、こんな事を想ったのか分からない。胸の中の温かで意識を向けるだけでその温かさが全身に広がって鼓動が高鳴るこの初めての想いの正体が何であるかも分からない。
「アザレアパワード、行きまーす!!!」
だが悪い気はしない。
こんなにも心が満たされるのならば、いつまでも考えていたいくらいだ。
この想いが、そして身に着けただけではなく、そこから生み出される力がこの決勝の場でどこまで通用するのか、ミサはこれから始まるであろうバトルに高揚し思わず笑みを浮かべながらカタパルトを駆け抜けるのであった。