バトルフィールドとなった市街地でミサはセレナの操るガンプラを探す。
市街地を突き進むアザレアPだがセンサーが相手プレイヤーを感知し、地面を擦って立ち止まってセンサーに反応がある上空を見上げる。
「っ……」
上空にはスラスターウィングから巨大な噴射光を放ち、此方を見下ろしているバエルの姿があった。あまりに堂々たるその姿は神々しささえ感じ、ミサは無意識に緊張から息を飲む。
しかしこれはバトルだ。
モニター越しに見つめ合うものではない。ミサは素早くビームマシンガンを向け、トリガーを引こうとするが……。
「えっ……!?」
そのトリガーが引かれる事はなかった。
何故ならアザレアPが持つビームマシンガンは強い衝撃と共に爆発したのだから。
今この場にいるのはアザレアPとバエルのみ。
ならばビームマシンガンを破壊したのはバエルだ。
唖然とするミサをよそにスラスターウィングに内蔵された電磁砲を放ったバエルは滑空し一気にアザレアPへ加速していく。
ガンダムバエルは近接戦をメインにする機体だ。
近づけさせればどうなるかは分からない。距離を開けようとマイクロミサイルやGNキャノンをバエルに放ちながら、距離を開けようと移動するが、バエルは止まるどころか更なる加速を持って、翻弄するように移動し建造物を盾に利用しつつアザレアPに迫る。
距離を詰められるのはあっと言う間であった。
眼前に迫ったバエルのツインアイは妖しくギラリと光る。
たったそれだけで悪魔に魅入られたかのように背筋がゾクリと震える。
その震えを振り払うかのようにビームサーベルを引き抜き、突進する。
だがその刃もバエルは機体を横に反らして、手で払うかのようにアザレアPを受け流す。
「なっ!?」
標的を見失ったアザレアPはすぐさまバエルに向き直ろうと振り返った瞬間、既にバエルは迫っていた。バエルの姿を認識した瞬間、メインカメラを掴まれてそのまま近くのビルに叩きつけられる。
衝撃でブレードアンテナが折れる中、バエルは頭部を掴んだまま、スラスターウィングを稼働させてアザレアPごとビルを突き破る。
「このぉっ!!」
激しい損傷を知らせるアラートが鳴り響くなか、アザレアPの脚部のミサイルを放つ。
直撃はしなかったもののバエルはアザレアPからマニビュレーターを離す。
解放されたわけではない。
バエルはグルリと宙を舞って回し蹴りをアザレアPのバックパックに叩き込み、更には電磁砲を放って破壊する。アザレアPの機体が衝撃で強く揺れる中、それでも体勢を立て直しビームサーベルを突き出そうとする。
「そんな……っ!?」
しかしバエルはその動きを見極め、ビームサーベルを持つ右腕の関節を掴んで、その動きを止める。
それだけでは終わらなかった。
そのまま強引に腕部を引っ張るとアザレアPの機体を蹴ることでビームサーベルを持つ腕部を引き千切ったのだ。
引き千切ったアザレアPの右腕はゴミのように捨てられ、バエルは動揺するアザレアPに加速して近づくともう一本、ビームサーベルを引き抜こうとするその横から脚部の関節を蹴って体勢を崩させると、その首元を掴む。
首元を掴み上げたバエルのマニビュレーターに力が籠り、ギチギチと耳障りな音が響き渡る。ミサの瞳にはモニターに此方を見据えるバエルの頭部が映り、もはや恐怖さえ感じていた。
まるで首をへし折るかのように頭部を破壊したバエルはアザレアPを解放すると重力に従ってアザレアPは地面に崩れ落ちる。
「ま、まだ……っ!!」
「言ったよ、少しって」
まだ自分はセレナに何も出来ていない。
何かしようとアザレアPを立ち上がらせるミサだが、漸く口を開いたセレナの言葉はどこか身を凍らせるような冷徹なものだった。
「弱いってさ、苦しいよね」
なす術のない状況にミサの瞳が揺れる。
世界と自分との間にこれだけ開きがあるとは思わなかった。
だが事実、目の前には殆ど無傷のバエルが自身が引き抜こうとしていたビームサーベルを抜き取っていたのだ。
そんなミサの心中でも見抜いたかのようなセレナの呟きと共に突き出されたビームサーベルの凶刃はアザレアPを貫き、スッと引き抜くとまるで事切れるかのようにアザレアPは倒れ伏す。
こんなものはバトルでもなんでもない。ただの蹂躙だ。
しかし先程の蹂躙劇が嘘のように静寂が無人の市街地を包み込み、微動だにしないバエルを残して音を立てずに終了する。
・・・
「何だかごめんね、お嬢さん」
バトルは終了しミサは呆然としたままシミュレーターから出てくる。
これまで圧倒的な力の差を感じる事はあったが、恐怖を感じることはなかった。
まさに悪魔の名を冠するガンダムに相応しい暴力じみた蹂躙劇であった。
そんなミサにセレナは申し訳なさそうに困った様子で笑顔を浮かべながら謝る。しかしセレナが謝る事ではなく、ミサは首を横に振る。
「トーナメント、頑張ってね。応援してるから」
今のミサと会話は長続きしないだろう。
セレナは笑みを絶やさずに軽く手を振って、連れである二人の少女と共にゲームセンターを出て行くのであった。
・・・
「……私一人だと、あんなものなんだ……」
ゲームセンターを出て、セントラル・パークに移動したミサとヴェルは遊歩道を歩いていた。
ミサの中で先程のバトルが残っているのか、表情は暗い。
思えばタウンカップもリージョンカップもジャパンカップも一矢がいたからこそ勝利できた面が大きい。自分一人だけで戦えば、こんなにも無力である事を実感してしまった。
「チームって難しいよね。釣り合いが取れなかったら、チームって言うより、一人とその他になっちゃう」
「その他になんてなりたくない……。商店街を私自身で守りたいし……後ろで一矢君を見るんじゃなくて……隣を歩きたいのに……」
後ろに手を組んで歩いているヴェルの言葉にミサは無力な自分が悔しそうにポケットに突っ込んだ手を握りしめる。何故、自分は強くなれないのか。そんな思いを表すかのようだ。
「このままじゃ一矢君に顔向けできないよ……」
「ミサちゃんはせっかちだね」
チームを結成した際、一矢に全てを押し付ける気はないと言った。
しかし現実はどうなのだろうか。弱い自分が情けないと俯いていると、ふとヴェルの苦笑したような呟きが耳に届く。
「すぐに強くなれるなら苦労しないよ。強くなるために大切なのはどれだけ時間がかかってもそれでも強くなろうとする心だと思うよ。余計なことは考えないで、何かを守るために強くなりたいって想える心から揺れない強さが生まれるんだって私は思ってる」
ふとヴェルを見るミサに柔和な笑みを浮かべて諭す。
心さえ折れなければ、人は前を向ける。何かを願う心があれば一歩踏み出すことが出来るのだ。その一歩一歩が着実に自分の強さに繋がる。焦る必要なんてないのだ。
「私が教えられることはいくらでも教えてあげるよ。特に戦い方なら、ね」
だがヴェルはどこか自嘲気味な笑みを浮かべる。
元はこの世界の人間でもないヴェルは本来ならばMSパイロットだ。
それが役割とはいえ、その人生の半分は知らない誰かを傷つける戦いをしてきた。力には種類がある。ヴェルやシュウジ達が持つ力はそういうものだ。
だが今、目の前にいるミサにならば、殺し合い以外で自分の力を活かす事が出来る。
ある意味でヴェルはミサに感謝をしていた。いや、それは他のトライブレイカーズの面々もそうだろう。だからこそ出来る限り教えられることはミサに教えようと思う。
「大丈夫。もしも立ち止まったってここには私がいるから。いくらでもミサちゃんに付き合うよ。私と一歩一歩、歩いていこう?」
柔和な笑みを浮かべながらミサを安心させるように話す。少しは気分も晴れたのだろう。ミサは「はい!」と大きく頷くのであった。
・・・
「お嬢様、やっぱり注意するのはゲネシスガンダムのファイターだと思うんだよっ!」
「今のままであればお嬢様が出るまでもなく、私たち二人でもどうとでもなりそうです」
時刻は夜になり、ホテルの一室ではフォーマルハウトのメンバーが集まっていた。
椅子に腰かけているセレナに先程ゲームセンターで共に居たカチューシャをつけた小柄の少女であるモニカ・リリックが活発そうに八重歯を覗かせながら先程のバトルを思い返しながら話す。
モニカの傍らに立つ黒紫色の髪を垂らしている足も長くまさにモデルのような長身の女性……アルマ・エヴァンスがクールささえ感じる静かな物言いで口を開く。この二人はセレナと同じフォーマルハウトのメンバーであると共にセレナの侍女だ。
「今のままなら、でしょ。多分、強くなるんじゃないかな?」
「お嬢様はそれを望まれているように見えますが」
椅子に座るセレナはゲームセンターの時と変わらず笑みを見せながらミサに期待を込めた発言をすると、アルマはその様子から寧ろそう望んでいるのだと見抜く。
「そうだね。日本は如月翔やミスターガンプラみたいなファイターが世界で群を抜いて多い。そんな国の代表にしてはあまりに張り合いがないからね。まぁ今度のトーナメントで様子見と行こうよ」
ガンプラの国である日本のチームなのだ。
必然的に期待だって高まる。
ミサとのバトルはすぐに終わってしまったが、伸びしろがあるかないかは今度のトーナメントで判断しようとセレナは笑う。
「そろそろ良い時間だし、寝よっか。世界大会まで時間はあるけど僕達は僕達で何もしないわけじゃないしね。今は英気を養おう」
ふと室内のデジタル時計を見れば、就寝するには良い時間だろう。
笑顔を浮かべつつ、ここらで話を切り上げようとする。
「それじゃあ、お嬢様! また明日っ!」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「うん、おやすみー」
モニカとアルマがそれぞれ頭を下げると、セレナは笑顔で見送り、二人は部屋を後にすると完全に扉は締まり、セレナ一人だけの空間になる。
「……」
二人が部屋を出て数十秒が経った時だった。
おもむろにセレナは纏めていたポニーテールに手をやり、髪留めを外すとふわりと柔らかな質感を持ってナチュラルブロンドの髪が垂れ、そのままベッドに仰向けで倒れる。
セレナの表情から今までずっと浮かべてきた“作りものの笑み”が消える。
仮面が外れたかのように笑みが消え去ったセレナの表情はあまりに無機質な能面のように眉一つ動くことがない無表情なものに変わっていた。
今までの笑みも明るい様子も嘘で偽りであるかのようにセレナは“人形”のように指一本動かすことなく何の反応も見せない。まるで世界が静止したかのようにただただ外から聞こえる環境音だけが部屋に響く。
笑みを浮かべる事で細めることが多かった目がゆっくり開き、ただ虚空を眺めている。
彼女にとってその瞳に映る景色全てが色あせて無感動なものであるかのように……。