曇りなき空に太陽が燦々と輝くなか、ミサは緊張した面持ちでゴクリと喉を鳴らす。
何故なら、今いるのは異国の地アメリカ。
自身が慣れ親しんだ彩渡街では考えられないほどの高層ビルが並び、車は絶え間なく走っている。全てが異なるこの場所では見るものすべてが新鮮に映る。
(ヴェルさんがいて良かったな……)
チラリと同行しているヴェルを見やる。
今、ヴェルは道行く人に道を尋ねていた。
当然、話している言語は英語であり、言葉が途切れる事もなくペラペラとスムーズに話が行われている。
もしも自分であれば時間を更に要していただろう。
ヴェルが当たり前のように日本語を話すせいで感覚が麻痺していたが、ヴェルはシュウジやカガミのような日系人ではないのだから母国語は英語でこれが普通なのかもしれない。
「ミサちゃん、お待たせ」
「えっ、あっ、はいっ!」
話を終え、ヴェルは戻って来た。いつもの柔和な表情を浮かべているところを見ると、ちゃんと場所を聞く事が出来たのだろう。
しかし初めて訪れたアメリカの地に緊張していたミサはピクリと体を震わせながら反応する。
「大会まで後二日はあるからその間、ちゃんと調整しないとね」
街道を歩きながらヴェルは今後の予定について話す。
このアメリカの地に来たのは何も観光をしに来たわけではない。
ヴェルの言葉通り、二日後にこの地で行われるガンプラバトル・アメリカトーナメントに出場するためだ。
その大会は出場資格が問われない為、ミサは様々なファイターが参加するであろうこのトーナメントで己の腕を磨くためにこうしてはるばるアメリカの地にやって来たのだ。
ヴェルの言葉に頷きながら、彼女に案内され目指すのはこの国のゲームセンターだ。
世界的に大流行しているガンプラバトルは大国アメリカも例に漏れることはない。
・・・
「凄いなぁ……」
ゲームセンターに到着したミサ達はモニターに映るガンプラバトルの映像を見ながら感嘆の声を上げる。
今現在、モニター内ではガンダムマックスターが次々に迫るガンプラを撃破していく様子が映し出されていた。
「──お嬢さん、ちょっと良いかな?」
そんな二人に、いや、ミサに声をかけられる。
雑多音の中から聞こえた声に目をやれば、そこには柔らかな質感を持ったブロンドヘアーをポニーテールに纏め、常にニコニコと人当たりの良さそうな笑顔を絶やさない一人の少女がいた。
その傍らには少女を越える大体、170cmはあるであろう黒紫色のサラリとした艶やかな髪を腰まで垂らした細身の女性と逆に140cmちょっと程度の小柄のカチューシャで髪を留めたくせっけのある肩まで届いた青緑色の髪の少女がいた。三人並べばまさに大中小と言う身長差だ。
「えっと……なにかな……?」
「いやぁ、ここで日本の人に出会えるなんて光栄だよ。日本と言えばやっぱりガンプラの国だしね」
驚くべき事に声をかけた金髪の少女は聞き取りやすい日本語を話してきた。
突然、話しかけられた事に戸惑いながらも要件を伺う。
どうやら日本人と言う事で話しかけてきたようだ。胸の前でポンと手を合わせながら、ミサと言うよりも日本人に出会えたことに金髪の少女は喜んでいる。
「日本語、上手いんだね」
「何回か日本には行ったことはあるよ。これからも行くつもりだから覚えたんだよ」
あまりに流暢な日本語は日本人であるミサからすれば感心するしかない。
金髪の少女を褒めるミサに渡日した経験を相変わらず笑みを絶やさずに答える。
「日本はこの間、ジャパンカップが終わったばっかりだよね。ミスターガンプラがエキシビションを行ったって世界中が話題にしてたんだよ。確かその時の優勝チームに負けちゃってたみたいだけど」
「その優勝チームの一人がここにいるミサちゃんだよ」
ガンプラの国とも言われる日本。
その日本で一番大きな大会であるジャパンカップはガンプラを愛する者ならばそれだけで注目されるわけだが、金髪の少女の言うように今年はことさらミスターのエキシビションもあったのだ。SNSでも常に取り上げられるほどでそれほどまでミスターが世界中で支持されているのが分かる。
そんな少女にヴェルはミサの傍らでその両肩に手を添えながら今年度ジャパンカップ優勝チーム彩渡商店街ガンプラチームの一人である事を教える。
「へぇ……これは面白いや。確か世界大会にも出るって話だよね」
「そうだけど……」
ミサについて知った金髪の少女の背後にいた二人はそれぞれ驚いているなか、興味深そうにミサの顔を見る金髪の少女の言葉におずおずとしながら答える。
「なら、ちゃんと自己紹介しないとね。ボク達も出るんだ。世界大会に」
「えっ!?」
すっと身を引きながらミサに衝撃的な事を口にする少女。
僕達と言うからには、この三人はガンプラチームを組んでいるのだろう。
「イギリス代表チームフォーマルハウト。ボクはリーダーのセレナ・アルトニクス……。よろしくね」
「えっ……!? ……って言うか、ボク……?」
イギリス代表と口にする金髪の少女ことセレナ。
だが問題はそのアルトニクスの姓であろう。
そう、彼女は今現在、日本の彩渡街にいるシオン・アルトニクスの姉だ。
もっともその事は現在、シオンとの関わりが薄いミサにとっては知る由もないが。まさかこの場でイギリス代表に出会うと思っていなかったミサはセレナの発言に色々理解が追い付かず、日本語で放たれたその一人称に触れる。
「あれ、おかしかったかな? 日本の人達は僕っ娘って言うのが好きだって聞いたから練習したんだけど」
「誰だそんな事言ったの」
セレナは不思議そうに顎に人差し指を添えながら首を傾げるが、ミサはまずその事について問いただそうとする。確かに好きな人間はいるだろうが、日本の人達という広い括りにされては困る。
「っ……フフッ……」
「プッ……ククッ……」
(あの二人か……)
セレナの傍らで彼女から顔を背けて肩を震わせて耐え切れずに小さく笑っている二人の少女を見やる。この分だとセレナは他にも間違った知識を植え付けられているかもしれない。
「まぁ慣れちゃったし、今更もう良いかな。それよりも、もしかしてアメリカトーナメントにでも出るのかな?」
「そうだけど……。もしかしてセレナちゃんも……?」
「ううん。今回は観戦するつもりだよ。ガンプラバトルは見るのも面白いしね」
今更、覚えた一人称を変えるのも面倒だ。
再び話題を変え、今度はミサがこの場にいる理由を尋ねる。
近くトーナメントが行われ、ジャパンカップ優勝チームの一人がいるのであればそう考えたのであろう。肯定しつつセレナも出場するのか尋ねるミサに首を振りながら答える。
「……それで、ゲネシスガンダムのファイターはどこにいるのかな?」
「こ、ここにはいないよ……。私と隣にいるヴェルさんだけでアメリカに来たんだ」
いまだ笑みは絶やさないもののセレナの雰囲気が僅かに鋭くなったのを感じた。
セレナから一瞬、感じた雰囲気の違いに僅かに身を震わせながら一矢はこの場にはいない事を伝える。
「そっかぁ。それは残念だ。まぁいずれは会えるだろうし、それまでは楽しみは取っておくよ」
だが、その返答によってセレナはどこかミサには興味を失くしたような態度を見せる。
まるでその言葉は目の前のミサには楽しみはないとばかりだ。
その様子にミサは下唇を噛む。
やはり彩渡商店街ガンプラチームと言えば、真っ先に出てくるのは一矢なのだ。
覚醒の力を使い、エキシビションでは単身、ミスターを撃破したのだからそれは無理はない。寧ろ一矢がいなければカドマツやロボ太がチームにはいる事も、それこそ例年通りタウンカップ予選敗北だったのかもしれない。
「あのっ!」
結局、自分は一矢のおまけでしかない。そう言われている気分だ。それを否定したくて、そうではないと言いたくて、声を上げた。
「良かったらバトルしない……? 調整も兼ねてバトルがしたくてここに来たんだ」
一矢にしか関心を持っていないセレナにバトルを挑む。
調整なんて生易しいものではない。全力でぶつかるつもりだ。それにセレナはイギリス代表のしかも、そのリーダー。学べることはあるはずだ。
「……良いよ。ここには遊ぶつもりで来たし、少しバトルでもしよっか」
するとセレナはどこか値踏みでもするかのようにミサを見つめる。
今の彼女が何を考えているのかは分からないがバトルを承諾し、順番を待ってそれぞれガンプラバトルシミュレーターに乗り込む。
「アザレアパワード、行きます!!」
マッチングが完了し、カタパルトの映像が表示される。
その中でミサのアザレアが出撃する。今の自分の実力が、どれだけ世界に通用するのか。その力を試すように一気にカタパルトを駆けて行く。
「セレナ・アルトニクス……ガンダムバエル……出るよ」
一方でセレナ側のカタパルトには細身の白銀のガンダムがいた。
一目で分かる武装である腰部にマウントされた二つの金色の剣であるバエルソードは煌き光る。
その名はガンダムバエル。
元々セレナの影響でガンプラを始めたシオンは彼女の影響もあって同作品に登場するガンダムキマリス系を主に使用している。武装の少ないこのガンプラを使用しているのは単純な戦闘スタイルなのか、それともそれだけで戦えるほどの実力があるのか。それはすぐに分かる事だ。
大型スラスターウィングを稼働し、不気味に紫色のツインアイを輝かせながらずっと浮かべている笑みもどこか歪な笑みに変えながらセレナのバエルもまたフィールドに飛び出して行った。