機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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Imagination > Reality

 家に帰宅した夕香は冷えた体を温めるたびに母が用意していてくれた風呂に入り、たった今、出てきたところだ。

 リビングにやって来た夕香はソファーに腰掛けながら、机の上に置かれている破壊されたバルバトスを見つめるシオンの姿が目に入る。

 ぼすっと音を立てて、夕香は暗い表情のままシオンの隣に座る。

 風呂に入り体も温まって肌も上気しているが、相変わらず夕香の表情は暗い。

 

「……なにも聞かないの?」

「言いたいなら聞いて差し上げますわ」

 

 無言の時間が続く。

 シオンはあれから何があったのか、何故泣いていたのかと言うのも何も聞いてはこない。

 

 ふと疑問に思った夕香は問いかけると、シオンは壊れたバルバトスから視線を外し、作っておいたアイスアップルティーをグラスに注ぎ、ロックアイスを入れると夕香の前に置く。

 

 シオンは壊れたバルバトスや泣いていた夕香の姿を見て詳しくは知らないが察しはついているのだろう。

 だが決して自分から尋ねるような真似はしない。

 あくまで言いたければ聞くし、言いたくなければ言わなくて良い。それがシオンのスタンスであった。

 

「ただあえて言うのであれば、このような真似をする存在を決してわたくしは許しませんわ」

 

 パーツは折れ塗装も剥がれている無残なバルバトスの姿に眼光鋭く怒りを表すように忌々しそうに呟く。

 その言葉と改めて破壊されたバルバトスを見て、夕香は膝の上に置いた手をぎゅっと握る。

 どれだけ泣いたとしても現実は変わらない。傷ついた心もだ。

 

「それと……わたくしを見て感動の涙を流すならば兎も角、わたくしの周りに悲しみの涙を流させる存在も万死に値しますわ」

「なにそれ……」

「高貴でエレガントなわたくしの周りに涙は似合いませんもの。それはそのライバルに認定されたアナタも、ですわ」

 

 高ぶった感情を落ち着かせるように一呼吸おいて夕香を見やる。

 彼女の目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。

 その姿を見ながら不愉快そうながらおどけた様子で話すシオンの言葉に夕香は顔をあげ苦笑すると、おどけるのを止め、真摯に夕香を見つめる。

 

「すぐに笑えなんて言いませんわ。落ち込むならそれはそれで結構。ですが顔を上げ前を向きなさい。わたくしのライバルが俯き、いつまでも涙を流す存在であって良い訳がありませんわ」

 

 夕香の涙を指先で拭ったシオンはそのまま夕香の頬に手を添え、彼女を励ますようにその頬にそっと手を添えて彼女なりの言葉を送る。

 その言葉に夕香はまた胸が熱くなり、涙が流れそうになるが、それを堪えるようにシオンが用意したアイスアップルティーを一気に飲み干す。

 

 そんな夕香の携帯端末に着信が入った。

 相手はコトのようだ。

 

「……どうしたの?」

≪あっ、夕香ちゃん。私今、お兄ちゃんとサヤさんに習ってガンプラバトルの練習してるんだっ!!≫

 

 覇気がないものの電話に応対すれば、コトはそのまま電話口で夕香にガンプラバトルの練習をしていた事を明かす。

 

 ・・・

 

「組み立てるだけでも大変だったし、バトルも難しかったけど……やっとお兄ちゃんとサヤさんに攻撃を当てられるようになったの!!」

 

 ここは北海道。

 コトは多忙の中でもイベントの為に合間を縫ってジンとサヤを相手にガンプラバトルの練習に明け暮れていた。

 不器用なコトはガンプラを綺麗に作るのでも一苦労したのだろう。か細い指先には絆創膏などが巻かれている。

 

「だからね、今度のイベント。最高のモノにしようね! 私、精一杯頑張るから!!」

 

 ジンとサヤを相手に漸く攻撃を与えられたのもたった今なのだろう。

 シミュレーターの近くの台ではコトが作ったストライクノワールのガンプラが置いてある。電話するコトの近くにはジンとサヤの姿もあり、上達を感じ、嬉しさのあまりに電話をしてきたようだ。

 

 ・・・

 

 コトからの電話を終えた夕香はふと考えるように顎に手を添えている。

 しかし間髪入れずに夕香の携帯端末に着信が入り、確認してみれば今度は裕喜であった。

 

≪夕香、今気づいたけどこのガンプラ、ライフルが付いてないの!!≫

「……はぁ?」

 

 開口一番に言われた言葉に夕香は思わず 間の抜けた声をあげてしまう。

 いきなりなんだと言おうと思ったが、裕喜の事だ。此方が聞かなくとも向こうから勝手に言ってくる。

 

 ・・・

 

「それでねそれでね!! 私もやぁーっとぉっガンプラが出来たのっ! 塗装もね、大変だったけど完成したんだー!!」

 

 ブレイカーズでは裕喜はそのままマシンガンのような勢いでまくし立てる。

 頬や指先は塗料で汚れているが反面、その表情はとても晴々しており、近くにいる秀哉達もその様子には苦笑気味だ。

 

「これでちゃんと夕香と一緒にガンプラバトルが出来るわよ! 裕喜ちゃんの活躍に乞うご期待ね! じゃあじゃあ、これからお兄ちゃん達とバトルの練習があるから、じゃあねー!!」

 

 完成してあまりのハイテンションぶりは電話越しの夕香も苦笑している。

 言いたい事だけ言って、そのまま電話を切った裕喜は秀哉達を連れ出して近くのゲームセンターに向かおうとする。

 

「って言うかライフルどうするんだよ?」

「前作ったグシオンのライフル、持ってこようかな……。でも家まで結構、あるし……」

 

 裕喜が助言を受けて作り上げたガンプラ……ガンダムグシオンリベイクフルシティを手に、きゃっきゃっと喜んでいる。

 このままバトルの練習をするのは構わないが、射撃兵装がなくては心もとない。

 秀哉の言葉に裕喜は多少は落ち着いたのか、どうするか悩んでいると……。

 

「ふっふっふーん……ここに風香ちゃんオススメのMSオプションセットがあるんだけどー……どぉっすかー?」

 

 ガシッと裕喜の肩を掴む者が。

 ゆっくりと振り返れば満面の営業スマイルで片手に武器セットの小箱を持った風香の有無を言わさぬ勢いに裕喜は引き攣った笑みを浮かべるのであった。

 

 ・・・

 

「みんな……良くやってるよ」1

「アナタはどうするのかしら?」

 

 コトと裕喜からの電話を終えた夕香はしみじみ呟きながら、携帯端末をテーブルの上に置くと彼女の言葉に自身のアップルティーを飲みながらなにか期待するように尋ねる。

 

「アタシさ……。やっと気づけたんだ……。アタシってやっぱりガンプラが好きになっちゃったみたい……」

 

 最初は単なる無趣味から始まった暇潰しの一環であった。

 たがそれも知らず知らずのうちに趣味となり、壊された涙を流すほどの愛情を抱くほどになってしまった。

 

 柄じゃないかもしれない。

 だが紛れもなく自分はガンプラが好きなのだと実感する。

 

「いつまでもさ……。泣いてらんないよね……。アタシと一緒にバトルするのを楽しみにしてくれる人達もいるし、何よりバルバトスをこのままにして良い訳ないしさ」

 

 もう涙は流れない。

 その口元には笑みがこぼれる。

 その笑みにつられるようにシオンも安堵したように微笑むなか、外を見れば、雨も止んでいき外には晴れやかな日差しさえ差し込んでいた。思い立ったが吉日とでも言うように夕香はバックを持って外に出て行く。

 

「やれやれ……」

 

 先程まで落ち込んでいたかと思えば、今度は慌ただしく出て行く始末だ。

 その様子に肩を竦めながら苦笑するシオンは壁にかけられたカレンダーを見やる。

 

 確かガンプラ大合戦はあと一週間近くはある。

 まだ参加するには間に合うだろう。シオンもまた人知れず動き出すのであった。

 

 ・・・

 

「あれアンタもどっか出かけてたの?」

「えっ……? あぁ……そのお散歩に……」

 

 先に帰宅したのは夕香だったようだ。

 シオンが帰宅すると、丁度階段を昇ろうとする夕香と出くわし、彼女の問いかけにどこか誤魔化すように上擦った声をあげながら答える。

 

「そう言えばさ、アンタって結局ガンプラ大合戦に参加するの?」

「な、ななな、なにを言っておりますの? 優美さを感じられない大合戦などにわたくしが参加するわけがありませんわ! 第一、このタイミングでわたくしが参加表明をしたら、何だかわたくしがアナタにデレたみたいで癪ですわ!!」

 

 特に興味もなかったのかふーんと相槌を打ちつつ、あの時、面倒臭く感じてちゃんと確認はとっていなかったガンプラ大合戦への参加について尋ねると、先程よりも慌てた様子でビシッと指さしながら否定する。

 これもまた面倒臭くなりそうだと感じた夕香は適当にあしらい、ブレイカーズで購入した新たなガンプラとバルバトスを持って部屋に戻っていく。

 

 それからガンプラ大合戦までの間、夕香はずっとガンプラの作成に付きっ切りであった。時間が空けば、すぐにガンプラと、両親はまるで一矢みたいだと笑っている。だがそれでも夕香は早く目の前のガンプラを完成させたかった。

 

 ・・・

 

「夕香、入りますわよー?」

 

 ガンプラ大合戦までついに後二日を切ったところだ。

 夜11時ごろ、夕香の部屋を軽くノックしたシオンはしばらく待つも返事がない事に一応、声をかけつつ部屋に入る。

 

「レモンティーを淹れてまいりましたわ。アナタを心配している訳ではありませんが、あまり根を張りすぎても……」

 

 ティーカップとティーポットが乗ったトレーを持ったシオンが素直に言う事なく部屋に入って行くも部屋の中は薄暗く照明は机の上のスタンドライトの明かりだけだ。見れば夕香は机の上で腕を組んで規則正しい寝息を立てて眠っていた。

 

「全く……体に良くありませんわ」

 

 短時間ならまだしも長時間、机の上で眠るの体の負担となって血液循環にも悪い。

 シオンは近くのテーブルにトレーを置き、眠っている夕香の前髪に軽く触れて寝顔を覗き込む。ベッドで眠ることさえせずにガンプラを作っていたのかと思うと苦笑してしまう。

 

 ブランケットを夕香にかけるシオンだったが、ふと夕香の目の前に置かれたガンプラに気づき、そちらに目をやる。

 

 そのガンプラはバルバトスであった。

 しかし第六形態とは違い、全体的にスッキリとした印象があるが腕部には射撃兵装が追加されている。

 

「ガンダムバルバトスルプス……」

 

 シオンはこのガンプラの名前を知っている。

 それはラテン語でオオカミの名を冠する新たなバルバトスであった。

 近くのバルバトスルプスのガンプラの箱を見やれば、ランナーにはパーツも残っており、壊れたバルバトスから可能な限り使えるパーツを流用し、新たなバルバトスを作り上げたのだろう。

 普通に作るよりも手間のかかる作業だが、それは初めて作ったバルバトスを使い続ける事に拘った夕香の意志だろう。

 

 そこまでこのバルバトスに思い入れがあるのかと微笑む一方でシオンは今後行われるガンプラ大合戦について考える。大合戦と言うのだから大乱戦となるだろう。

 

「……大合戦なんてわたくしのキャラではありえませんわ。ですが……」

 

 精々、ガンプラバトルのチーム戦ならまだしも、入り乱れるようなバトルは自分の美学とはかけ離れたもの。しかし今の夕香と一緒にバトルするのはとても魅力的だろう。

 

 シオンは決意めいた表情で部屋を出て行き、自分に用意された部屋の中で持ってきた荷物を漁り、とあるケースを取り出す。

 その中には数々のガンプラが収められており、シオンはその中からとあるガンプラを取り出す。

 

 ・・・

 

「ついに始まるんだねー。でもでも、夕香と一緒の軍にはなれたからラッキーよね!」

「そっだね」

 

 遂にガンプラ大合戦当日。タイムズ百貨店ではコトのトークショーを終え、参加者は準備を進めるなか、裕喜はどこか緊張した様子で口を開く。

 

 練習はしたとはいえ、ここには様々なファイターがいる。自分の腕がどこまで通用するか、分からないのだ。

 だがランダムで選ばれたチーム分けでは夕香と一緒になれたことに裕喜は素直に喜んでいた。

 

「しかし随分と数に差があるな」

(……あの時のオジサンだ)

 

 そんな夕香と裕喜の話に入って来たのはシャアであった。

 シャアだけではない、近くにはアムロや風香に碧、秀哉達もおり、コトも含めて彼らは皆、夕香と同じ軍勢だ。

 ジャパンカップで出会ったシャアに複雑そうな視線を向ける夕香だがシャアの言葉にモニターを見れば、確かにこちらの数は少なく、kそれは全て淄雄が仕組んだことに過ぎない。

 

「ねぇ夕香。シオンは来ないの?」

「うん、朝からいなかったけど……」

 

 数の差は脅威でしかない。

 ファイターであるシオンが参加していないのか尋ねる裕喜だが、夕香はどこか残念そうに首を振る。シオンは朝から家におらず、もしかしたら先にとは思ったが会場にシオンの姿はなかった。

 

「──なにを狼狽えておりますの?」

 

 この数の差をどう立ち向かうか、考えている夕香達に声をかける者がいた。

 聞き覚えのある口調と声に夕香は驚き、やっぱり何だかんだで参加していたのかと心なしか嬉しそうに視線を送る。

 

 しかし視線を向けた先にいた存在に一同、度肝を抜かれる。

 何とそこには現実時間3月21日現在において放送中のガンダム作品でとあるキャラクターが着用していたものと酷似したフルフェイスの鉄仮面をつけた一人の少女がいたのだ。

 

「だ、誰……?」

「名乗る名などありませんわ」

 

 代表して風香が尋ねるも、キッパリと一蹴される。

 だがそもそもの時点で名前を隠そうがその声と口調だけでなく、仮面の隙間から出ている巻き髪とブロンドヘアーで嫌でも誰か分かる。

 

 

「天が呼ぶ!

 

 

 地が呼ぶ!!

 

 

 人が呼ぶ!!!

 

 

 ガンプラを作るために生まれ、ガンプラバトルのために生きる!!!

 

 

 わたくしこそ愛のガンプラファイター・鉄血の仮面美少女ゔぃだーるですわぁッッ!!!!」

 

 

 名乗る名などないと言っておいて僅か数秒でこの矛盾である。

 言葉を区切るたびにキレッキレのポージングをして、ビシッと言うような効果音が似合いそうな程、力強くこちらを指差した仮面の少女……ゔぃだーるは力強く名乗りあげる。

 

「……アンタ、シオ──」

「ゔぃだーるですわっ!」

「いや、だって……」

「ゔ ぃ だ ー る で す わ ぁ っ ! !」

 

 ゔぃだーるにどこか呆れたような眼差しを送る一同。

 その中で夕香はツッコミをいれるが、有無を言わさぬその勢いには口を紡ぐしかない。

 

「さぁさぁ!! このわたくしが参戦したからにはガンプラ大合戦だろうが厄祭戦だろうがガンダム無双ですわぁっ!!!」

 

 そのまま腰のケースから青い装甲の細身のガンプラ……ガンダムヴィダールを抜き放って宣言するゔぃだーるに夕香達はあまりのその勢いに唖然とするしかない。

 わざわざここにいると言う事は自軍の人間なのだろうが、この変人と共にバトルをするのかと思うと頭が痛い。そんな中、ついにガンプラ大合戦が始まる……。

 

 因みにシオn……ゲフンゲフン……ゔぃだーるはコスプレ枠の参加者として参戦しているらしい。




突如、現れた謎の新キャラ・ゔぃだーる。
素性の分からぬ彼女の目的はなんなんだー(棒

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