機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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Mirrors

 ──もう5年も前の事になる。

 

 私は多くの国際大会で優勝を重ね、ノリにノっていた

 

 多くのスポンサーが付き、ミスターガンプラと呼ばれだしたのもこの頃だ。

 

 ある時、私はアメリカで開催された大会に参加し、そこでウィルという少年に出会った。私のファンだというその少年は決勝で私に挑戦すると笑った。

 

 私はその子に「力を尽くした素晴らしいバトルをしよう」と口では言ったが、その子が決勝まで残るとは思っていなかった。

 

 だが、ウィル少年は決勝の舞台で私の前に立った。

 

 彼とのバトルは私が久しく忘れていた互角の相手と戦う高揚感を思い出させてくれた。

 

 年の差なんて関係ない。

 

 新たなライバルとの出会いを心から喜んだ。

 

 お互いがお互いを高め合い、戦っている間もさらなる成長をしていく……。

 

 そして素晴らしい時は瞬く間に過ぎ……私は彼に敗れた。

 

 私はとても晴れやかだった。

 

 決して悔しくなかった訳じゃない。

 

 それ以上に素晴らしい満足感が私を満たしていた。

 

 ……しかし私のスポンサーはそれを許してはくれなかった。

 

 私がそれに気づいたのは翌朝のニュースサイトを見た時だ。

 

【ミスターガンプラ 少年に夢を与える】

 

 ……そんな見出しだったか。

 

 努力の末に勝ち残った少年を勝たせるため、私は勝利を譲った。

 

 私は全力を出して負けた訳ではない。そういうことになっていた。

 

 私はホテルを飛び出し、彼のもとへ走った。しかし……

 

 我に返った時、私はホテルの前に戻っていた。

 

 手には傷付き、折れ曲がったあの大会のトロフィー。

 

 もう二度とあの時のようなバトルには出会えないと思った。

 

 ならば私のバトルは、ただ日銭を稼ぐだけのものだ。

 

 私はその日、ファイターであることを辞めた。

 

 あのバトルは心ない大人達の思惑で嘘にされてしまった。

 

 ならばせめてあのニュースの見出しだけでも本物にしよう。

 

 奇抜なファッションに身を包み、道化を演じてでもステージでみんなに夢を与えよう。

 

 私はミスターガンプラなのだから。

 

 

 ・・・

 

 ジャパンカップ終了の夜、居酒屋みやこでは例によって祝勝会が行われていた。

 しかしその空気は非常に重たい。そんな中、ミスターはあの時、現れた青年との出会い、そしてミスターガンプラという偶像になった経緯を静かに話していた。

 

「……リージョンカップ決勝戦で君の戦いを見た時、現役時代を思い出した。あろうことか立場を利用して、エキシビションマッチを予定に組み込んでしまったよ」

 

 いつものアフロとサングラスは脇に置き、今だけは偶像を捨て去ったミスターがそこにいる。自嘲するミスターの視線の先には隅の壁に寄りかかってだらしなく座っている一矢が。話は聞いているのだろう、目だけはミスターを捉えていた。

 

「……結局、それが君達の優勝に水を差すことになってしまった……。こんな私がバトルなどするべきではなかった……。そうすれば彼もあんな事は……っ」

「ミスターは悪くないよ」

 

 ミスターのグラスを持つ手が震える。

 それ程までにこのような結果を招いた自分自身を許せなかったのだろう。しかし今まで話を聞いていたミサが優しい口調でフォローする。

 

「ねえミスター、その子はどうして突然、姿を見せたんだろう」

「私がバトルする事が許せなかったからでしょう」

 

 今度はユウイチが口を開き、ミスターに問いかける。しかしミスターにとって思い当たる節はそれしかないのか、沈痛な面持ちで答える。

 

「そうかなぁ……。それだけなのかな?」

「しかし他に理由が……」

 

 だがどうにもユウイチは釈然としない様子だ。

 他に理由があるのでは? そう思ってしまうようだ。だがいくら考えたところでミスターにはその理由など出て来なかった。

 

「さ、いつまでもどんよりしてないで。冷めちゃうわ」

「おおう、そうだな! やなことは飲んで食って忘れちまえ!!」

 

 沈み切った重たい場の空気を払しょくするかのように手をパンパンと叩いたミヤコが祝勝会を楽しみようにと場の空気を変え、マチオもそれに乗って大きく明るい声を出してビールが入ったジョッキを掲げる。

 

「……うん、そうだよ! わたしたちは日本一になったんだよ! 日本中に商店街の名前が轟いたんだよ!!」

 

 今まで落ち込んだ様子を見せていたミサも少しずつ明るい表情を取り戻して、祝勝会に臨む。結果としては日本一になったのだ。今はそれを喜ぼうと思った。

 

「そう言えば、クリーニング屋さんのアライさんから電話あったよ。もうすぐ出稼ぎが終わって、帰ってくるって」

「うちには電気屋のワトから電話あったぜぇ! 商店街復活も遠くねぇぞ!!」

 

 少しずつ場の空気が明るくなっていく。

 その中でユウイチとマチオが半ばゴーストタウンのこの商店街に少しずつまたかつての賑わいを取り戻せると話し合っている。

 

「……イッチ」

「……なに」

 

 隅から微動だにしない一矢。

 携帯端末を見やれば影二や厳也達から励ましのメールが来ているのだが、今はそれを見ようと言う気にはなれなかった。そんな一矢の隣に夕香が静かに座り込む。

 

「……なんでもない」

 

 そのまま隣の一矢に身を預けるようにもたれる。

 下手な慰めの言葉を一矢は嫌う。

 今はなにも言わない方が良い。だがそれでも一矢を心配する存在はいるのだと言うかのように夕香はその肩に寄りかかるのであった。

 

 ・・・

 

「一矢君、改めてありがとう。私をあそこまで連れて行ってくれて……」

 

 祝勝会もお開きとなり、自身のトイショップの前でミサは一矢と夕香を見送ろうとする。しかしその前にミサから改めてここまでの道のりを振り返って、礼を言われる。

 

「……俺は……アンタの為になれたか?」

「……十分すぎるよ、私には勿体ないほど」

「……そんなこと……。アンタがいるから俺は戦えた。……きっとこれからも」

 

 いつも以上に口数が少なかった一矢が口を開く。

 一矢の問いにミサは自嘲気味な笑みを浮かべて視線を俯かせると、一矢はそれを撤回させるように否定する。

 

「……ありがとう、それじゃあ一矢君、夕香ちゃん、またね」

「……うん、ミサ姉さんもおやすみね」

 

 一矢の言葉は純粋に嬉しいが、それでも自分の心には靄のようなものがあった。

 そのまま二人を見送ると夕香が軽く手を振って一矢と共に帰路につこうとする。

 

「なぁ一矢」

 

 その前に祝勝会に参加していたシュウジが声をかける。

 一体なんだと言わんばかりに一矢と夕香は背後のシュウジを見やる。

 

「ちょっと面貸しな」

 

 ここで話す事ではないようだ。

 シュウジが顎先である方向を指すと、一矢と夕香は互いに顔を見合わせながらでも、シュウジの言葉通りついていく。

 

 ・・・

 

 一矢と夕香が連れてこられたのにブレイカーズであった。

 もう今日の営業は終了しているがシュウジは裏口を案内すると事務所に入る。

 

「……一矢君、祝勝会は楽しめたか?」

 

 事務所を通り、店内に足を踏み入れる一矢達。

 窓から指す月明りだけが照明代わりとなる中、そこには如月翔が待っていた。

 

「……っ……。翔さん……その……俺……」

 

 翔の顔を見た瞬間、肩を震わせる一矢にその震えを和らげるように翔がその肩に触れる。そうする事で一矢の体の震えは少しは収まった。

 

「アイツ……強かったです……。態度はムカつきましたけど……俺が試合の直後だったとかそんな風にも思えないくらい……圧倒的で……」

「……」

「俺……覚醒する事が出来てから色んな事を体験しました……。色んな奴とバトルしました……。それで得た経験すらアイツの前では意味をなさなかった……。今まで積み重ねていた物が簡単に崩れたみたいでした……」

 

 あの刹那の時でさえ、あの白いガンダムのファイターの実力を知った一矢。それはあまりにも桁外れな実力の持ち主だと理解するには十分であった。ポツリポツリと話す一矢に翔は相槌を打ちながら黙ってその話を聞く。

 

「正直に言えばショックです……。でも……またアイツと戦ってみたいって思える自分もいるんです」

 

 一矢の言葉に夕香は驚く。

 てっきり一矢は落ち込みそれこそ挫折したのかもしれない。そう思っていたからだ。

 しかし対照的に一矢と向き合っている翔と後ろで商品棚に寄りかかって腕を組んで話を聞いていたシュウジの口元には笑みが。

 

「こんな事、去年の俺だったら考えもしなかった……。また何かを言い訳にして目先の事から目を背けてたかもしれない……。でも今は……!」

「……そうだ。今の君は違う。そしてこの先の未来の君もまた今とは違う君だ」

「お前が経験したことは、常にお前がお前にしかなれない自分自身を作り出すんだ」

 

 ミサに出会う前の自分は目先の事も本当にしたい事からも逃げて腐っていた。

 だが今は違う。様々な人物に出会った。色んな刺激を受けた。それが去年とは違う自分を作り上げた。その事に翔とシュウジは頷く。

 

 

 

「俺……初めてコイツの為にもバトルがしたいって思える奴に出会えたんです……。

 

 

 俺……ソイツとこれからも前に行きたい……。もっと強くなりたい……!

 

 

 強くなってあの時のアイツさえ超えて、

 

 

 翔さんやシュウジにも届きたいッ!!

 

 

 2人みたいに強くなりたいんだッ!!」

 

 

 

 一矢の心に浮かぶ少女の姿。そして目の前の目標となる二人の青年に少しでも届くようにと己の想いを強く口にし、その言葉に満足そうに笑いながらシュウジは翔の隣に立つ。

 

「常識を破壊し、非常識に戦う」

「友と戦い共に討つ」

「「ブレイカー(俺達)に続けるかは君(お前)次第だ」」

 

 翔とシュウジはそれぞれまっすぐ一矢の瞳を見据えながら期待の言葉を送る。

 きっと今の一矢ならば遠くない未来、如月翔やシュウジに続く新たな彼だけのブレイカーになれる筈だ。

 

「翔さん……これ……」

 

 2人の言葉に強く頷いた一矢はゲネシスが収納されているケースから翔からもらったGNソードⅢを取り出して翔に差し出す。

 

「……俺はあのジャパンカップの決勝を経てスタートラインに立ちました。早速躓いたけど……でも……ゼロからスタートする為に……自分自身でまた色んな経験をして、俺だけにしか作れない物を作りたい……。だから……これは翔さんにお返しします」

「……ああ。君にしか作れないモノを……。君だけが持てる誇り(プライド)をこの先の未来に何度もぶつけるんだ」

 

 ガンダムブレイカーⅢは翔の助言と手伝いを経て、そしてこのGNソードⅢはそんな翔から贈られた大切な物。

 だがこれを手放すことで、自分自身の決意を表す。

 そんな一矢の決意に触れ、嬉しそうに微笑を浮かべながら頷いた翔は一矢からGNソードⅢを受け取る。

 

 ・・・

 

「一矢君は強くなっているな……」

「アイツは着実にその目に映したことを糧にしています」

 

 一矢と夕香がいなくなったブレイカーズの店内では壁に寄りかかった翔とシュウジが話していた。月明りが二人を照らす中、その話題となっているのは一矢だ。

 

「アイツの傍にはアイツを支える存在が一杯いるんです。アイツの前に進もうとする姿を知っている存在が……。だからこそアイツは強くなれる……。自分自身を支えてくれる存在が傍にいる……。こんなに心強いことはないでしょう」

「……そうだな。人の心の中には弱さが必ず住み着いている……。でも、その心の中にこそ自分自身を強くしてくれる力が秘めている……。単純な実力だけじゃない、彼はきっとこれからも強くなれる」

 

 自分達を含めて一矢の周囲にいる人々はきっとこれからも彼を支えていくだろう。

 二人で自分達を照らす月を眺めながら、一矢の可能性を感じる。

 

「シュウジ、付き合ってくれるか? 今日はめでたい事があった。飲みたい気分なんだ」

「奇遇っすね。俺もですよ。楽しい酒が飲めそうだ。何に乾杯します?」

 

 ゆっくりと体を起こしながら翔は裏口に向かうために歩き出すと、シュウジを飲みに誘う。

 翔からの誘いに嬉しそうな笑みを浮かべながら、その後に続くシュウジは彼の背中に問いかける。

 

「俺とお前に続くであろう三人目に、かな」

 

 翔の掌にあるGNソードⅢ。

 それを見つめながら翔は微笑む。最初は自分に憧れる少年の一人だった。

 だが今は振り返れば、遠くない場所にいる存在となった。一矢への期待を膨らませながら翔とシュウジは夜の街に繰り出すのであった……。

 

 ・・・

 

「ははー……あぁいうイッチって珍しいよねー」

「……悪い?」

 

 ブレイカーズからの帰路を雨宮兄妹が歩きながら、

 先程の一矢の姿を思い出しながら軽く笑っている夕香にどこか照れ隠しのように不貞腐れた様子を見せる。

 

「そりゃちょっと青臭いかなーとは思ったけどさ、でも格好良かったよ」

「……うっさい」

 

 一矢の横顔を見ながら笑いかける。

 珍しく上機嫌に自分に接してくる妹の褒め言葉を素直には受け止められず、そっぽを向きながら答える。

 

「ただいまー」

 

 そうしていると漸く家に帰ることが出来た。

 一矢が玄関の扉を開ける中、その横を通り過ぎて夕香が玄関に足を踏み入れる。

 

 

「あら随分遅かったですわね。あぁそうそう、お風呂はもういただいておりますわ」

 

 

 リビングのドアを開けて廊下に出てきた人物。

 この家では絶対にない金髪の髪を揺らし、言葉通り風呂上りなのか顔を上気させ、ワンピースのような寝間着を着たシオンが当たり前のようにそこにいた。

 

「……もしもし警察ですか? ウチに不法侵入の不審者がですね──」

「ちょい待ちですわっ! マジで電話するのは止めなさいなっ!!」

 

 夕香の行動は驚くほど速かった。

 迷うことなく携帯端末を取り出し、110番に通報しようとすると慌てて近づいたシオンは夕香から携帯端末を引ったくり、本当に電話していることに驚きながらも何とか通話を終える。

 

「どういう神経してますの!? 人の顔を見て即通報とは?!」

「……いや、ついにストーカーにでもなったのかな、と……」

 

 夕香の携帯端末を押し付けるように返しながらあまりの理不尽な対応にシオンがぷんぷんと怒っていると、夕香は今でも疑っているのであろう、疑惑の視線をシオンに送る。

 

「あり得ませんわ! わたくしがこのお宅にお邪魔しているのは……っ!!」

「おっ、早速仲良くやってるな」

 

 あくまでストーカーではなくライバルという認識でいるシオンは憤慨して、この家にいる理由を明かそうとすると、話し声を聞いてやってきた一矢達の父親が話に入る。

 

「ちゃんと紹介しないとな。この夏休みに留学してきたシオン・アルトニクスさん。ウチでホームステイとして暫く面倒見る事になったから」

(賑やかになるってそういう……)

 

 父親からちゃんとした説明をされ、決して不法侵入したわけではないと自慢げに「フフン」と鼻を鳴らすシオンを見ながら、一矢は父親に言われたあの言葉を思い出す。

 

「嘘でしょ……」

「リアルですわ」

 

 しかし問題は夕香であった。

 シオンを見て愕然としている。この女と一緒にいては自分の日常が崩壊する、そんな予感をひしひしと感じるのだ。しかし悲しい事にシオンから現実を叩きつけられる。

 

「あなたの名前と出身を聞いて、絶対にわたくしがお世話になるお宅のご家族と思いましたの。わたくしがたまたまジャパンカップで会った人物をライバル認定すると思っていて? わたくし、そこまでチョロくはありませんわ」

 

 そして告げられるライバル認定の理由。

 確かにあの際、妙な質問をされたがまさかこんな事になるなどと、想像できるはずがない。

 

「改めてシオン・アルトニクスと申します。しばらくの間、お世話になりますわ。どうぞよしなに」

 

 お嬢様らしくワンピースの両裾をつまんで軽く会釈をする。

 別にいようがいまいがそもそもそこまでシオンにかかわる気はない一矢からすればどうでも良いのだが……。

 

「嘘だ……嘘だぁーっ……」

(コイツのこんな姿初めて見た……)

 

 現実を受け入れられない夕香は頭を抱えている。

 正直、ここまで動揺している夕香など初めて見た。しかし夕香からしてみれば、これから四六時中、シオンに絡まれる未来しか見えず、今の自分の日常が崩れる音が聞こえているのだろう。あまりの姿に一矢は表情を引き攣らせるのであった……。


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