──それは突然の出来事だった。
地面を突き破り、飛び出た触手がブレイカーⅢとアザレアへと向かっていく。
突然の出来事ではあったが、素早く対応した一矢とミサは回避する。
何事だ?
そう思った二人に答えるように触手を放ったであろう機体が地面を破って現れる。
「この間はよくもやってくれたなぁっ!」
「タイガーっ!?」
まるで怪物の姿をしたようなガンダム……デビルガンダムが現れたのだ。
そしてそれに乗るのは先程、夕香にぶつかったタイガーだった。ミサは突然のタイガーの乱入に困惑する。
「……負けた仕返し?」
「負けてねぇっ! あれはコイツがいきなり割り込んできたからだッ!!」
一矢は乱入してきたタイガーの言葉から自分に負けたことを根に持って、このような事をしたのかと問いかけると、タイガーはデビルガンダムを操作し、アザレアを指さしながら叫ぶ。ミサの介入があったからこそ自分は負けた、そう思っているのだろう。
「だから今度こそちゃんと仕留めてやるよ、お前ら纏めてなぁっ!!」
このガンプラならば負けはしない。
背面から伸びたデビルフィンガーが二機に襲い掛かるがすぐさま再び回避される。
「……チッ」
突然の乱入に一矢は露骨に苛立ちを見せる。
口には出さないもののバトルを邪魔されたのは不愉快以外の何物でもなかったからだ。
しかし気を抜いていられない。
デビルフィンガーの先端から発射される拡散粒子弾が襲い掛かる。
「きゃぁあっ!!?」
「……っ!?」
ミサの悲鳴に似た声が聞こえる。拡散粒子弾自体はタイガーの腕もあって特に避けることは難しくはなかったが、周囲の大きな建造物に直撃して、その結果、破片となってブレイカーⅢとアザレアに降り注いだ、
正面から放たれる拡散粒子弾と上方から降り注ぐ破片に避けることが間に合わず飲み込まれてしまう。
「俺はコイツで如月翔を追い詰めたんだよ! お前らなんかに……ッ!!」
タイガーは建造物の破片に飲まれ、身動きの取れない二機を見て満足そうな笑みを浮かべ、かつての出来事を自慢する。
彼の言葉は間違ってはいない。
下半身のガンダムヘッドを展開したデビルガンダムはメガビームキャノンの発射準備をする。このままではやられるのを待つだけだ。こんな敗北の仕方など絶対に嫌だ。
「……こんな負け方、絶対にやだ……ッ!!」
しかし今から瓦礫から抜け出すには時間がない。どうするべきか迫る時間の中、一矢が思考を巡らせているとミサの声が聞こえる。
見ればミサは無我夢中に瓦礫を退かそうとしていたのだ。考えるよりもこんな形で負けたくはない、その一心で行動しているのだ。
「……ッ」
そんなミサに触発されたかのようにブレイカーⅢは動く。
完全には抜け出せなかったもののGNソードⅢを持つ腕は自由になった。これだけでも一矢にとって十分だった。
GNソードⅢの銃口をデビルガンダム周囲の建造物に向け、何度もトリガーを引く。
一つ一つ、高い威力をもって放たれたビームは周囲の建造物を撃ち抜き、崩壊させる。
「なんだぁっ!?」
後はブレイカーⅢ達と同じだ。
デビルガンダムの巨体は破片に飲み込まれ、そのチャージを阻まれてしまう。時間は稼ぐことは出来た。この間ならばブレイカーⅢが自身を覆う瓦礫から抜け出ることは容易かった。
「あっ……」
「……行ける?」
それはアザレアもだ。瓦礫を退かし自由になったミサが見たのは、自身を見下ろし左腕部のマニュビレーターをこちらに向けているブレイカーⅢの姿だ。
シミュレーター内とは言え太陽を背に立つブレイカーⅢはどこか神々しくも思える。ミサが見てきたガンダムのジム顔でこれほどの存在感を放った機体はこれが初めてだ。
「うんっ」
しかしいつまでも見惚れる訳にはいかない。
素早くアザレアはブレイカーⅢのマニュビレーターを掴み、立ち上がり二機は並び立ってデビルガンダムに対峙する。デビルガンダムも同時に瓦礫から抜け出ていた。
「こんのォオッ!!!」
タイガーは自由となり、こちらへ向かってくるブレイカーⅢとアザレアに向かって再び無数の拡散粒子弾を放つ。
だがしかし、周囲の建物、障害物と悉くその光弾はブレイカーⅢとアザレアには当たらず回避されてしまう。それがタイガーを苛立たせる。
ミサはキッと表情を鋭くするとアザレアは回避行動をしつつ背部に装備されている二つのジャイアントバズーカを両手に装備し飛び上がるとデビルフィンガー目がけて発射し、数発撃ちこんで破壊する。
「うぉぁっ!?」
タイガーはそんなアザレアに気を取られているうちに懐に飛び込んだブレイカーⅢがそのまま勢いを殺さず、横一文字にガンダムヘッドに損傷を与えパーツの一部を破壊する。するとガクッとデビルガンダムの姿勢が崩れる。
このまま終わらせる、そう言わんばかりにブレイカーⅢは駆け上がり、上半身目がけてGNソードⅢで切り裂こうとする。
「……ッ!?」
しかしここで問題が起きた。
ブレイカーⅢのGNソードⅢを持つ右腕部が力なく垂れ下がろうとしているのだ。恐らくは瓦礫を受けた際やその後の戦闘で負荷がかかり、今、こうして効果となって表れたのだろう。
「──大丈夫ッ!!」
しかしブレイカーⅢの右腕部をアザレアが支えミサが一矢に声をかける。驚く一矢に通信越しでミサは笑いかけ……。
「一緒に勝とうッ!!」
ミサの言葉に一矢は僅かに頷いた。
そのまま二人で持ったGNソードⅢはデビルガンダムを両断する。一矢とミサが勝ったのだ。
・・・
一矢とミサの勝利にモニターで見ていた者達は歓声を上げる。元々バトルをしていた二人が突然の乱入に二人で乗り越えた姿を見たからだ。
「へぇ」
「……ふふっ」
そしてその中には後に一矢達のライバルとなる者達もいたのだ。
首にヘッドホンをかけた青年……天城勇は何げなく見ていたが、先程の勝利に感心したような声を漏らし、白髪のロングヘアーのハーフの少女……三宅ヴェールはその白に近い水色の瞳でバトルを見終え、知らぬうちに口元に笑みを漏らす。
「やったぁっ! 勝てた!」
シミュレーターからはミサと一矢が出てくる。純粋に勝利を喜ぶミサと顔には出さないが、一矢も内心ではホッと一息ついていた。
「よくやった、二人とも」
そんな二人にアムロが声をかける。
これは二人で掴んだ勝利だ。一矢とミサは顔を見合わせる。
「……その、ね……。改めて君をスカウトしたいんだ、やっぱりダメかな?」
ミサはどこか遠慮がちに再び一矢をスカウトする。
今、共にタイガーを打倒したことで一矢と一緒に戦いたい、改めてそう思ったのだ。
一矢は悩む。
正直に言えば今のミサとの共闘は自分でも高揚した。楽しかった。
でも……。
そうやって悩んでしまうのだ。
「──……チームの勧誘? 良いじゃん、受けなよ」
そんな一矢に背後から声をかける者がいた。
振り返れば夕香達がおり、バトルを見ていたのだろう、裕喜は軽く手を振っている。
「夕香……」
「なんで悩む必要があんのさ。楽しかったんでしょ? 自分に正直になりなよ、その方がアタシは人生楽しいと思うけどなー」
なんでここに妹や知人達がいるのかと、驚いている一矢に近づきながら、両手を背中の後ろに組み、少し前屈みになって上目遣いになりながら諭す。
「……俺は昔、負けたんだ。俺みたいなゴミと関わらない方が良いと思うけど」
「負けたなんて関係ないよ!」
過去にジャパンカップで敗退した。
その話題を出して、自分を卑下する一矢にミサは首を横に振りながら答える。確かにミサは一矢を調べる過程で彼がジャパンカップの決勝戦で敗退したのを知っていた。だけどだから何だと言うのだ。
「……嫌なんだよ、信じてるとかお前ならとか……そんな無責任でさ、勝手に期待を押し付けられるのが……」
「……違うでしょ」
かつての出来事を思い出しているのかどこか表情を険しくさせる。
そんな一矢にミサは何て言っていいのか言葉を詰まらせていると、夕香がポツリと口にした。
「期待を押し付ける相手が嫌なんじゃなくて期待に応えられない自分が嫌なんでしょ」
「……ッ」
ジッと自分を見据える夕香に一矢はたじろぐ。
昔からこの双子の妹に口喧嘩で勝てた試しがない。彼女の言葉はまるで自分の心を見透かすかのように深く心に突き刺さるのだ。
「自分に自信がない。だけどそんな事知られたくないから斜に構えて誰かと関わらないのが一番楽だと思ってる……。でも本当は誰かと一緒に自分の趣味を楽しみたい……。違う?」
「うるさい……ッ!」
夕香の言葉に一矢の表情はどんどん険しくなっていく。
彼女の言葉はまさに一矢の本心だった。そしてその本心をこのような場所で曝け出された事で一矢は声を荒げ、怒鳴ろうとする。
「待ってよ! 確かにスカウトはしてるけど君に全部を押し付ける気はないよ!」
そんな一矢を制止するようにミサが声を張り上げる。そんなミサの言葉に一矢は目を見開いて動きを止めた。
「見くびらないでよ! 君だけに全部を任せる気なんてないんだから!!」
ミサは何もバトルも全て一矢に任せる気なんてない。
それは彼女の考えるチームなどではないからだ。その言葉に一矢は脱力したように俯き、夕香は目を細め、ミサを見ると、へぇ……と感心したような声を漏らす。
「自分が傷つきたくないから、逃げる……。それでは君は一生そのままだぞ」
「彼女は君だけに押し付けるような真似はしない、私が保証しよう」
俯く一矢にアムロとシャアがそれぞれ声をかけた。
それは一矢よりも年を重ねた人生の、そしてガンプラファイターとしての先輩の言葉だった。
ふと顔を上げる一矢の目にタウンカップ開催の張り紙が貼ってあった。
タウンカップを優勝すればリージョンカップジャパンカップへと進出できる。それは彼が敗れた夢の舞台だった。
「……俺は……俺はもう一度、あの夢の舞台に立ちたい……ッ!!」
「うん……っ!」
再び俯いた一矢が唇を震わせながらポツリとここで漸く自分の口から本心を語ると、ミサは微笑んで頷き……。
「行こう、一緒に!!」
「……うん」
一矢に手を差し伸べる。
その手を取るか僅かに悩んだ一矢だったが、おずおずとその手を掴む。
自分の本心を向き合い、ミサやその周囲の人々の言葉に触れ彼は再び誰かと組むことを選んだのだ。
「やるねー、名前聞いて良い?」
「えっ? ミサだけど……」
一矢の心を動かしたミサに興味を持ったのか、夕香はミサの名前を問いかけると一矢の手を握ったまま首を傾げながら答える。
「ならミサ姉さん、ウチの愚兄をよろしくねー」
「えっ、妹さん……!?」
一矢の隣に立ち、一矢のボサボサの髪をわしゃわしゃと撫で回しながらミサに笑いかける。夕香が一矢の妹だとは知らなかったミサは一矢と夕香を交互に見る。
一矢の半開きの目と手付かずのボサボサの髪で分からなかったが、よく見ればその顔立ちや赤い瞳は確かに隣の夕香に似ている。
「……なにしに来たんだよ」
「んー? あぁ、そこにいる秀哉とその友達を紹介するついでに暇だから来ただけ」
どうも妹といると調子が狂わされる。
夕香がわざわざここにいる理由を一矢が問いかけると、夕香は今まで後ろに控えていた秀哉と一輝を紹介する。
「よぉ、初めましてだな、俺は
「僕は姫矢一輝、よろしくね」
改めて秀哉と一輝が名乗ると一矢も静かに自分の名前だけを口にする。
自己紹介を終えた二人は早速と言わんばかりに携帯ケースからガンプラを取りだす。
「チーム結成祝いにバトルしないか?」
「元々ガンプラファイターである君に会いたかったのが今日ここに来た目的だからね」
秀哉のガンプラはパーフェクトストライクガンダムを自分なりに改造したパーフェクトストライク・カスタム、一輝はヘビーアームズをベースにZZガンダムの頭部やブラストシルエットなどパッと見た限りでも高火力を売りであろうガンダムストライクチェスターをそれぞれ見せる。
「良いね、私達の力、見せてあげるよ」
まだバトルを受けるとは一言も言ってないがミサが引き受けてしまった以上、仕方ない。そう言わんばかりに一矢は目を瞑ると、コクリと頷き、四人はシミュレーターへ向かう。
「良かったねー、夕香」
一矢がチームを組んだことは夕香も望むことだろう。
裕喜が夕香に笑いかけるが反応がない。
「夕香?」
「えっ? あっいや……あんなになるほど、ガンプラって楽しいんだろうなって思っただけ。アタシには分からないけど」
反応がない夕香の顔を覗き込む。
祐喜の顔を見てハッと意識を戻した夕香は考え事をしていたことを口にする。
一矢や今の秀哉達を見て、熱中させブームにもなっているガンプラに夕香の中で興味が湧き始めるのだった……。