「ねー、いるんでしょー?」
ホテルの一室。ここはカドマツ達が泊まっている部屋だ。
そこにノックをして小気味の良い音を鳴らしているのはミサであった。
「んだよ、嬢ちゃん」
「いや、今日はトーナメントないし一矢君を連れ出そうかなって……」
「連れ出すなら構わんぞ。寧ろそうしてやれ」
面倒臭そうに髪をかきながら迎えたのはカドマツであった。
まだ眠気もあるのだろう。だらしなく欠伸までしている。
残念ながら別にカドマツに会いに来たわけではなく、チラリとカドマツの横から一矢を探す。そんなミサを部屋に通しながらベッドが置いてある場所まで案内する。
部屋に足を踏み入れたミサは一矢を探す……のだが、すぐに見つけることができた。
というよりも嫌でも見つけた。と言うのも一矢が眠っているであろうベッドには蓑虫のような状態で布団に包まっている何かがいるからだ。
「おーい、一矢くーん……?」
「……なに」
とはいえ目的は一矢だ。
起きているのか分からないがひとまず一矢に声をかける。
するとビクリと蓑虫布団が反応し、もぞもぞと蠢くと顔だけひょっこりと出しながら一矢が姿を現す。
「いや、一緒に出掛けようかなー……って」
「……パス。休みの日くらいゆっくりさせて」
「休日のお父さん!?」
照れ臭そうに頬をポリポリと掻いて視線を彷徨わせながら外出に誘う。
だが悲しいかな、この男は襲いかかる睡魔に抵抗する気もなく、再び布団の中に潜り込むとすかさずミサが布団を引っぺがす。
「……ぶっちゃけ他の日の空き時間に周れるもんは周ったし……今更行かなくても良いじゃん」
「やーだー! いーこーうーよー!」
布団を奪われ不快そうに顔を顰めながらでもそれでも寝ようと身を縮こまらせる一矢。
言葉通り一矢は周れるところは周っているし、そもそもの時点で去年もここに来ていたのだ。大方なにがあるのかも知っている為、興味をそそらない。しかしミサはそうはいかないのか、一矢の体を必死に揺さぶるのであった。
・・・
「あのゲネシスガンダムのファイター、知り合いなら紹介してくれないか?」
「良いには良いんだけど……」
ところ変わってここはジャパンカップの敷地内ではパンフレットを片手にジンがコトに一矢の仲介を頼んでいた。
とはいえ、コトは一矢を知っているには知っているが、夕香ほど接点がないため、一矢が乗るかどうかは微妙なところだ。
「そう言えば、スタンガンで気絶したって人を聞いたんだけど……」
「えっ……あっ……私なんだ……。しつこくナンパされて」
思い出したように又聞きした話をするサヤにおずおずと申し訳なさそうに申し出るコト。嘘をつくと言うことは出来なかった。
「まぁ痴漢されてから護身用に持っている訳だからな。それにアイドルという立場もあるし……」
「うん、でも助けてくれた人が……」
襲われる時はどんな立場の人間だろうと襲われるのだが、特にコトを咎める様子もないジン。
コトはかつて痴漢を受けたことがあるとのこと。
その際、誰の助けもなく自分で何とかするしかなかった。
それから持ち始めた護身用の道具。そんなジンにコトは影二のことを話そうとするが……。
「あっ、ごめん!」
しかし視界の隅に何かを捉えたコトは慌てて走っていく。
ジンとサヤは一体、なにがあったのか分からぬまま互いを見合わせる。
「あのっ!!」
「えっ!?まさか……!」
コトが向かった先には影二の姿が。
突然、声をかけられ、一緒にいた皐月と陽太は怪訝そうな表情を浮かべている。そんな中、依然出会った事のある影二は驚いた様子だ。
「その……良かったら……一緒に周りませんか?」
頬を赤らめながらコトからの提案を受ける。
まさかの遭遇とていあんにこれで2度目のフリーズをしている影二に出来る事は小刻みに頷く事であった。
「やれやれ人が多いな。見知った顔もいるぞ」
「そういうお前も僕以外に付き合いはないのか? 毎回、お前に連れ出されてるぞ」
そんな影二達の横を通り過ぎながら、シャアは周りを見渡しながら呟く。
このジャパンカップの会場には彩渡街で見る顔ぶれもチラホラ。しかしやたら最近、一緒にいることが多いシャアにアムロが問いかける。
「あぁうむ……。そのだな……。この間、ガルマと飲みに行ったんだ。その際、酔っぱらった拍子に……『君は良い友人であったが私より稼いでいるのが悪いのだよ』と会計を押し付けて帰ってな。それ以来、連絡が取れんのだ」
「貴様という奴は……。カミーユはどうしたんだ?」
「カミーユは怒ると怖い」
気まずそうにあらぬ方向を見やりながら、答えるシャアにダメ人間と言わんばかりに侮蔑の視線を送る。
とはいえ長い付き合いだ、もはや腐れ縁で、そんなことを聞かされたぐらいで付き合いがなくなるわけではない。
そんなシャアの携帯端末に着信が入った。
「出ないのか?」
「うぅぬ……、ええい、ままよ!」
携帯端末の着信の宛名を見やるシャアは渋った顔を浮かべたまま出る気配がない。
不思議に思ったアムロが尋ねると、意を決したシャアは応答する。
≪シャア貴様……どこにいる?! どうせいつもの天パと一緒にいるのだろう!?≫
「また随分な挨拶だな。後、当人の前ではその事は言ってやるな。生憎、私はジャパンカップ……つまりは静岡県にいる」
電話口に聞こえる凛とした女性の声はやかましくシャアの居場所を聞こうとすると、その剣幕に嘆息をしながらどうせ今からここには来れないだろうと正直に答える。
≪そんな事は分かっている。私もジャパンカップの会場にいるのでな≫
「なにっ……!?」
≪私を誘わぬとは恥を知れ、俗物っ!!≫
しかし電話口の女性は予測済みだったのか、余裕を感じさせる声で話し、流石のシャアも動揺を隠しきれず近くにいるのではないかと周囲を見渡すが、どうにも近くにはいないようだ。
≪さぁ早くどこにいるかを言うのだな。それとも不毛なやり取りを続けるかい?≫
「貴様と一緒にいては、私は満足に満喫する事も出来ん!」
≪口の利き方には気を付けてもらおう!≫
そんなシャアの様子も手に取るように分かるのか、クスクスと笑う電話口の女性にシャアがたまらず叫ぶと電話口の女性も叫び返す。
また始まった……そう言わんばかりにアムロはため息をつくのであった。
・・・
「ねーねー夕香、ほんっとーにこれで合ってるんだよね?」
「大丈夫大丈夫、アタシはそうやって作ってる」
ここは設けられた作業ブース。そこでは夕香達の姿が。
秀哉達も思い思いのガンプラを作る中、夕香のバルバトスに合わせてガンダムグシオンリベイクを制作している裕喜はニッパーとランナーを片手に夕香に尋ねるとその隣に座りながらうんうんと夕香は頷く。
「やれやれ、もっとマシな作り方があるのではありませんこと? 教えられる方が可哀想ですわ」
「げっ……」
そんな夕香と裕喜の前にドンと立ちながら声をかけてきた人物がいた。
口調で分かるが、シオンであった。
手で金髪を靡かせながら夕香を小馬鹿に笑うシオンに露骨に面倒臭そうに顔を歪める。
「やっぱすげぇよユカはって言われたいんでしょうが、わたくしからしてみれば、なにやってんだユカって話ですわ」
「なんで一々、絡んでくるかなー……。アンタ、アタシの事好きすぎでしょ」
ふふんと夕香を笑うシオンに頭痛を感じたように顔を手で覆いながら夕香は嘆息する。
どうもシオンは夕香をライバル認定してから視界に入っては絡まないと気が済まないようだ。
「っと言うわけでわたくしが教えて差し上げますわ。懇切丁寧、真心こめて。わたくし、日本についてはそう教わっておりますので」
「あーいや……その……夕香に教えてもらってるし、良いかなー……」
そのまま裕喜の左隣に座りながらシオンが裕喜にも絡み始めると、引き攣った笑みを浮かべながらそのまま夕香に身を寄せる。それはそれでシオンの顰蹙を買い、騒々しくなるのであった。
・・・
「はぁーめんどくさい……」
「お兄ちゃん! ほらめんどくさいとか言わないで!」
「そうだよ、ここまで来たんだから」
ところ変わってここは一般のバトル会場。
そこでは色んな意味で個性豊かなオリジナルガンプラがバトルフィールドを駆けまわっていた。その中でもアストレイブラッドXの
「カスタマイズしたターン∀Xで全てを破壊してぇ”え”っっ!!」
「新しいガンプラをまた作るんだァッ!!」
「「いっけええぇぇぇぇぇぇぇーーーーっっっ!!!!月光蝶だああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっっ!!!」」
……本当に個性豊かなガンプラがその個性を存分に発揮していた。
「……あのガンプラ、シミュレーターに二人で乗っているだけよね? 意味がないんじゃ……」
「……言ってやるな、ノリの問題だ」
その様子を外から見ていたシアルは唖然とした様子で隣の正泰に問いかけると、理解はできないながらも一応のフォローを正泰はする。
・・・
「やっぱり色んな子がおるのぉ」
ガンダムカフェなどの売店の方では厳也と咲の姿が。
近くに文華や珠湖の姿がないことから察するにこの二人に気を利かせているのだろう。
「あの……その……」
「……安心せぃ。もうナンパはせんよ。自慢の彼女がおるんじゃからな」
目移りでもしているのではないかとおどおどと声を上げる咲に厳也はニカッと快活な笑みを浮かべる……のだが、その笑顔を見て、咲はリンゴのように顔を真っ赤にする。
「おっ、一矢達か」
「……ちっ、メンドーな時に鉢合わせした……」
そんな中、ガンダムカフェの方にやって来たのは一矢とミサであった。
というよりも棒付きキャンディーを餌にミサに手を引かれている訳だが。厳也が気づき、声をかけるとデート中であるのを察してか邪魔になるのではないかと一矢は顔を顰める。
「お二人はなにを?」
「いやー折角だし周らないと損だよね」
この二人は交際する気配が今のところない為に咲が尋ねると、半ば観光のようにミサは周囲を見渡しながら答える。その後ろで一矢は特に興味もなさそうに相変わらずやる気のない目でキャンディを舌で転がしていた。
「……明日の決勝、どうじゃ?」
「……どうもなにもなるようになるでしょ。俺達もアイツらもその日出来る事をするだけ」
ふと厳也が一矢に声をかける。その内容と言うのは明日の決勝について。すると今までの表情が嘘のように顔つきが変わり、真剣な様子で答える。
「おっ、一矢」
「……父さん母さん」
そんな一矢に声をかけた土産の物色に来ていた中年夫婦がいた。
僅かに驚いたような様子を見せながら一矢はそちらに歩みを進める。どうやら一矢と夕香の両親のようだ。
「今年も応援してるから頑張れよ」
「……そーいうのここで止めてよ」
父親はそのまま一矢の頭をクシャクシャと撫でながら息子の応援をすると、流石に知り合いがいる前では気恥ずかしいの照れたような様子でその手を払う。
「そう言えば、一矢と夕香にはまだ言ってなかったな……。そのうち家はもっと賑やかになるぞ」
「……えっ? なにいつ仕込んだの?」
「残念ながら違う。まぁ近いうちに分かるさ」
父親の言葉に驚いたように顔を顰めながら母親と父親の両方を見やると、苦笑しながら父親は意味深な言葉を残す。
「貴女がミサちゃん? 息子が世話になってるわね」
「あっこちらこそ、不束者ですがお世話になっております?」
そんな一矢達のやり取りをしり目に母親がミサに声をかけると、声をかけられるとは思っていなかったミサは慌てて頭を下げて自分でもよくわからない事を口にする。
「貴女にね、一度お礼が言いたかったの」
そんなミサの様子をクスクスと笑いながら、ミサに話すとその言葉の意味が分からずミサは首を傾げてしまう。
「最近、一矢が凄く楽しそうなの。今だってそう。去年の一矢は余裕もなく今にも押し潰されそうなほど、ガンプラバトルにも楽しみを見いだせないくらいだったのに。でも、チームを組んでから変わった。一矢が楽しそうにしてる。きっと貴女のお陰なのね」
「そんな……」
「だから、うちのバカ息子をこれからもよろしくね?」
父親と会話をする一矢。
去年の惨状を知る母親からすればとても嬉しかった。
それはきっとミサのお陰なのだろうと、ミサの手を取りながら謙遜した様子のミサに一矢のことを託すのであった。
・・・
≪いよいよ、ジャパンカップファイナルラウンド! 彩渡商店街ガンプラチームVS熊本海洋訓練学校ガンプラ部のバトルが開始します!!≫
「いよいよだな」
「わざわざ日本にまで来た甲斐があると良いけど」
翌日、ジャパンカップはついに最終日を迎えた。
そんな中、ハルが高らかにアナウンスをすると照明や煙による演出が目まぐるしく行われる。
客席ではアメリカからはるばるこのジャパンカップの決勝を見に来た村雨莫耶とアメリア・マーガトロイドの姿も。彼ら二人はアメリカに居をおいている。外国からも観戦に来る程、今このジャパンカップは注目されているのだろう。
・・・
「いよいよだね……」
入場口では彩渡商店街ガンプラチームが入場の時を今か今かと待っていた。しかしミサの声はどこか上ずって聞こえる。
「……ねぇ、緊張してんの?」
「えっ!?」
そんなミサを横目に一矢が問いかけ、図星だったのか素っ頓狂な声をあげる。
それもそうだろう、ミサは今まで万年タウンカップの予選落ち。
そんな彼女が瞬く間にジャパンカップの、しかも決勝の舞台にいるのだ。今まで我武者羅にやってきた分、その実感が襲いかかっているのだろう。
「……大丈夫」
ポケットに手を突っ込んでいた一矢は緊張しているミサの手をゆっくりと掴む。
まさか一矢がこんな大胆な行動をするとは思わず、ミサは頬をほんのり朱くする。
「ロボ太もカドマツも……俺もいる。アンタが動けないんだったら俺がおぶってでも前に進むから」
「……一矢君は、本当に私でよかったの?」
一矢から感じる手の温もりは暖かくそれだけで安心してしまう。
珍しく自分の口から頼もしい事を言う一矢にミサは不安げに尋ねる。
かつて真実に支え合うことがチームだと説いた。だが、覚醒を使う一矢との距離を感じてしまった今、自分と一矢の距離に不安に思ってしまう。自分が一矢と共に戦う資格があるのかと。
それこそ一矢がいなければタウンカップすら勝ち抜くことは出来なかったかもしれない。改めて雨宮一矢という存在の大きさを痛感する。
「いたっ!?」
「……俺、垣沼に言ったよね。自分の意志でアンタと一緒にいるんだ。ただ強いだけなら選んじゃいない」
ついつい俯いてしまうミサの額に痛烈なデコピンをかます。
その個所を抑えて涙目になっているミサになにを言ってるんだと言わんばかりに不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「例えバトルで弱くても、アンタには強さがある。それを教えてくれたから俺は今まで戦えたんだ」
不機嫌そうな表情を和らげ、ミサの瞳をまっすぐ見ながら答える。
その目はいつものやる気のない目ではない。こうやって一矢が本音を話してくれる事など本当に少ないのだ。
「アンタがいるからもう怖くない。俺は俺として戦える……。俺をもう一度、この夢の舞台に連れてきてくれたんだ。今は彩渡商店街の為に……アンタの為に戦うよ」
それはまるでプロポーズか何かのように、さながら主に忠誠を誓うかのように跪いて手を握る。
その普段は前髪に見え隠れするその瞳も露わになり普段意識しない一矢の精悍な顔をまっすぐ向けられ、ミサは全身を真っ赤にさせ、「あぅあぅ」とドギマギさせる。
≪両チーム、入場してください!!≫
「さぁ行こう。あの夢の舞台に」
私生活ではのそのそと誰かに手を引っ張られる事の多い一矢。
しかし今この時に限ってはミサの手を引いて自分から前に出て行く。
入場口から差し込む光を背に受け、こちらに微笑む一矢に顔を上気させ、心臓の高鳴りを感じながらミサは頷き、ロボ太もその後に続く。
(……でも、このままじゃ絶対ダメだよ)
前を歩く一矢の背を見ながら、ミサは今の状況を良しとは言わない。
確かに自分は一矢の支えになれているのかもしれないが、でもそれが本当に一矢と肩を並べられると言えるのだろうか?
その為にはもっと強くなりたいと、ミサの胸にそんな願いが宿る。
・・・
「おー……何とかギリギリ間に合ったな」
両チームがガンプラバトルシミュレーターに乗り込み、セットアップを行う中、観客席に姿を現したのはシュウジ達トライブレイカーズであった。
「もう少し早く来れたらよかったんですけどね」
「……仕方ありません。私達だって四六時中この世界に居れる訳ではないのですから」
立ち見の為、手すりに手をかけ立体映像を眺めているシュウジの隣に立ちながら苦笑しているヴェルにカガミはやれやれと言わんばかりにため息をつく。
シュウジと違って、この二人は正規の軍人だ。休みや時間が取れれば来れるわけだが、簡単にはいかず結局、最終日になってしまった。
「アイツのバトル、こうやって見るのは初めてじゃないっスか?」
そんなトライブレイカーズに後からやって来た青年が合流すると、たった今出撃の準備を整い、発進していく様を見つめ、そんな青年にシュウジは笑みをこぼしながら問いかける。
青年は答える代わりにやんわりと微笑んだ。
それはまるで楽しみで期待していると言わんばかりに。
その視線はゲネシスに注がれる。
すると青年の周囲にいた観客は青年を見てざわつきはじめた。
まるで有名人か憧れの人物に出会ったかのような反応だ。
しかし青年にとってはもう慣れた事なのか、特に気にした様子もなくジッと立体映像を見つめるのであった……。