機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

51 / 290
Power Resonance

 一矢達彩渡商店街ガンプラチームが初めて行うジャパンカップ本選。

 その最初のステージに選ばれたのは高層ビルが並び立つ市街地であった。

 

「来たのぉ……ッ!」

 

 市街地とはいえ、エンカウントするのに然程の時間を必要とはしなかった。

 

 それもそうだ。

 ステージ自体、特に広いわけではなく、また制限時間もある。

 そのせいかエンカウントし易いステージ構成となっている。

 

 こちらに向かってくる彩渡商店街ガンプラチームのガンプラ達を発見し、厳也は待ちきれないと言わんばかりに口角を吊り上げる。

 

「行きます!」

 

 目が隠れるほど長い前髪をバレッタで留めて目を露わにさせ、その可愛らしい顔を更に引き立たせた咲が操る遠距離戦に特化したルーツがGNスナイパーライフルⅡによる狙撃を開始する。互いに確認しているとはいえ、この距離では射程外のはずだ。

 

 しかし向こう側もキラリと光ったと思えば、極太のビームがこちらを呑み込まんばかりに近づいてくるではないか。とはいえクロス・フライルー達は動揺することなく避ける。

 

「あの装備は……確かリージョンカップで……!」

 

 モニターを拡大し、張本人を探し出す。

 放ったのはゲネシスABであった。

 

 ここ最近、厳也達との交流が起きてから素のゲネシスを使用していることが多かったが、ここへ来てリージョンカップの中継で見たアサルトバスター装備に仕様を変更してきたようだ。

 

「いつも通り先陣は切りなさいよ、厳也。支援はしてあげるから」

「……恩にきるわい」

 

 互いに射程内となった事で射撃戦が開始され、市街地の上空を舞台に縦横無尽にガンプラが駆け巡るなか、文華は厳也の背中を後押しするように心強い言葉を贈ると、それと同時にクロス・フライルーは前に出る。

 

 先陣を切るクロス・フライルーにゲネシスABやアザレアPが迎撃しようとするのだが、そこは言葉通り、フォボスが、そしてルーツが支援することによってクロス・フライルーはどんどんと近づいてくる。

 

≪ここは任されたッ!!≫

「撃ち合いよりも斬り合いのほうが愉しいからの、興じようではないか」

 

 クロス・フライルーがビームナギナタを装備した瞬間、FA騎士ガンダムが飛び出し、炎の剣でクロス・フライルーとの戦闘を開始する。

 

「やっぱり敵になると手強いね……!」

「そっちこそ想像以上よ!」

 

 フォボスが両肩両腕のシグマシスキャノンを発射し、アザレアPが旋回しながら避けるとビームは背後の高層ビルを貫き轟音を立てて崩れ落ちる。

 その間にもビームマシンガンとGNキャノンを発射するアザレアPだが悉く避けられてしまう。いまだ被弾はなし、ミサも文華も互いの実力を称え合う。

 

「ちっ……!」

 

 一方でルーツと交戦するのはゲネシスABだ。

 ルーツの大量に積まれたGNシールドピットはゲネシスABに襲いかかり、接近さえ許さぬ勢いに舌打ちをしながら何とか突破口を見出そうとする。

 

「あれは……!」

 

 シールドピットによる攻撃の最中、狙撃するルーツ。シールドピットを見事なまでに掻い潜った一撃は確実に一矢を追い詰める中、ゲネシスABはその身を高速回転させるとともに竜巻を発生させ、周囲のシールドピットの大半を巻き上げ破壊する。

 

 旋風竜巻蹴り。予選の時も見たが、よもやあんな出鱈目なやり方でシールドピットを破棄されるとは思わなかった咲は苦々しそうに顔を歪める。

 

 竜巻を打ち消したゲネシスABはすぐさまその重武装を全て同時に発射して、ルーツに放つ。流石に全てが全て避けられそうになく、迫るミサイルに直撃も覚悟した時であった。

 

 横から散弾が飛び、ミサイルを全て破壊する。見れば専用ショットガンを構えるフォボスの姿が。そのままフォボスはゲネシスABへと向かっていく。

 

「……!?」

 

 ただそれを黙っている一矢ではないが、文華もまた実力者。

 ゲネシスABが射撃を繰り出すが、悉く避け、更には大型ガトリングと専用ショットガンを接近したと同時に放ち、ここで初めてゲネシスABが被弾する。

 だが近づいたところで決し反撃に転じさせず、まさに一撃離脱。再びゲネシスABより距離をとる。

 

 だが一矢も何もしない訳ではない。

 距離を取るフォボスにシールドを投擲する。

 

 いくら勢いがあるとはいえ、まっすぐ向かってくるシールドを避けるのは容易く、フォボスは避けが間髪入れずに一矢はGNソードⅢで射撃する。

 

「なっ!?」

 

 これも難なく躱したフォボスであるが直後、衝撃が走る。

 何と先程、投擲したシールドにビームが反射してフォボスに直撃したではないか。

 直撃すると見越していたゲネシスABはGNソードⅢを展開して、フォボスへ向かっていく。接近戦を仕掛けるつもりだろう。だが……。

 

「生憎、接近戦も出来るのよ私とフォボスはッ!」

 

 フォボスはバックパックの刀を引き抜いて素早くゲネシスABの刃を受け止める。

 火花が散る中、そのままゲネシスABとフォボスは剣戟を結ぶ。

 

「させないっ!!」

 

 GNスナイパーライフルⅡを構えたルーツがフォボスとの近接戦を繰り広げるゲネシスABへと狙撃しようとするが、その射線上に躍り出たアザレアPは同時にビームマシンガンを放ち、かく乱しながら戦闘を開始する。

 

「その装備じゃ私とは渡り合えないわよ!」

 

 アサルトバスター装備は高火力を手に入れる代わりに本来、ゲネシスが売りとしている高機動さを幾分殺してしまっている。

 それはガンプラバトル、ましてやジャパンカップの本選などでは致命的になりかける。

 現に今もフォボスが装備した太刀によって右肩に装着するメガビームキャノンの砲身が切り落とされてしまった。

 

 だがそんな事はそもそもジャパンカップに出場経験のある一矢も承知の上だ。

 何も考えずにアサルトバスター装備を選んだわけではない。

 

「なっ!?」

 

 ゲネシスABは両腕のアサルトシュラウドをパージし、勢いよく放たれた装甲はフォボスに直撃し、フォボスは衝撃でのけ反ってしまう。

 

 だがそれで終わるわけではない。

 ゲネシスはシヴァやミサイルポッド目掛けて背部の大型ガトリングを打ち込み、爆発させる。

 

「このぉっ!」

 

 爆炎を掻い潜ったゲネシスは本来の高機動さを取り戻したようにVの字の残像を周囲に残して、フォボスを翻弄し太刀を装備した腕部を突き刺し、そのまま切り上げる。

 

 切りあげた腕部を掴んでフォボスの胴体に深々と突き刺すわけだが、文華も何もせずに終わらない。フォボス全体にスパークが走る中、二つレールキャノンを発射する。

 

「……後は任せるわ」

 

 フォボスはもう限界だ。

 だが最後まで執念を見せた文華はゲネシスに蹴り飛ばされ、ライフルモードによって撃ち貫かれるまで最後までレールガンを叩きこむ。フォボスが爆散する刹那、文華はフォボスの武装を手放して、爆発する。

 

「そんな……っ! でも……っ!!」

 

 文華がやられてしまった事は少なからず近くにいた咲にも動揺を与える。だがそれで無様な姿は見せるつもりはない。

 ゲネシスとフォボスが戦闘中の間も激闘を繰り広げ、互いに損傷の激しい中、咲はアザレアPに向き合う。

 

「私だって簡単には負けられない!!」

「っ!!」

 

 すでにルーツのIフィールド発生装置は破壊されてしまった。

 しかしその代償にアザレアPのGNキャノンの片方は破壊され、そのガンプラに破壊痕は目立つ。だがそれでもミサは諦めない。今もまたビームサーベルを引き抜いて、こちらに迫りくる。

 

 ルーツの射撃武装も中には撃ち尽くしてしまったものもある。

 咲は迷うことなく不必要なパーツをパージすると、ビームジャベリンを構えてアザレアPに立ち向かう。

 

 ビームサーベルとハイパービームジャベリン。この二つがぶつかり合えば、打ち勝つのはハイパービームジャベリンだ。アザレアPを押し切って、ルーツはアザレアPを横一文字に斬り捨てる。

 

 これで終わり。そう咲の中で思えた時、アザレアPの上半身は力を振り絞るようにルーツに掴みかかり、ガチガチと不安定な動作でバックパックからGNフィールドを形成し、ルーツと自身を包み込む。

 

「言ったでしょ……? 簡単には負けないって!!」

 

 何とか脱出しようとする中、意地によってしがみ付くアザレアPはミサの不敵な笑みを残して、爆発する。

 その爆発はフィールド内でルーツの武装にも誘爆し、結果的にルーツに大きな損傷を与える。

 

「……先輩……」

 

 地に落下していくルーツの損傷は激しくバーニアが機能していない。

 そんな中、咲が見たのは眼前に迫るゲネシスの姿。そのまま袈裟切りによって確実に破壊される中、振り絞った腕でハイパービームジャベリンを手放し、厳也に思いを馳せた。

 

「……はぁっ……はぁっ……!」

 

 何とかフォボスとルーツを撃破する事は出来た。

 だがこちらも何も被らなかった訳ではない。アザレアPを失い、ゲネシス自体にも損傷が目立っている。

 

 しかしガンプラバトルはまだ終わっていない。

 一矢が張り詰めた緊張から息を切らす中、近くのビルが一直線に崩壊する。

 

≪すまぬ……主殿……≫

 

 確認すれば、一直線に崩壊したビルの先で瓦礫に埋もれるFA騎士ガンダムの姿が。

 撃破はまだされていないようだが、損傷は激しく満足に動くことはできないだろう。あのままやられるのを待つだけだ。

 

「これで満足に戦えるのは二人だけじゃな……」

 

 FA騎士ガンダムを助けに行くよりも先に連結したビームナギナタを装備したクロス・フライルーが姿を現す。

 

 やはり厳也もロボ太とは死闘を繰り広げていたのだろう。

 クロス・フライルーにも損傷が目立つ。だがそれでも厳也は待ちに待ったと言わんばかりに笑みがこぼれていた。

 

 もうこれ以上の言葉など必要ない。

 ゲネシスとクロス・フライルーは同時に飛び出して、鍔迫り合いを繰り広げるが長くは持たず、弾かれるように離れる。

 

 互いの技量はほぼほぼ互角。

 ならばと厳也は連結させているビームナギナタを二つのビームアックスに分離させ手数による勝負に出る。

 

 ならばと距離を取ったゲネシスはミサイルポッドと大型ガトリングをばらまくように同時に発射する。だがそれでも厳也のクロス・フライルーには直撃せず、シールドブースターを利用して逆に接近を許してしまう。

 

 再び連結させたビームナギナタがキラリと光って突き出される。

 何とかしようとしたゲネシスだがメインカメラの右半分を貫かれ一矢のモニターに激しいノイズが走る。だがそれでも負けじとクロス・フライルーを蹴り飛ばす。

 

「くぅっ!!?」

 

 蹴り飛ばされたクロス・フライルーは何とか態勢を立て直そうとするが、ゲネシスはその高機動さを利用して本体ごと突進し、突き出したマニュビレーターは抉るようにクロス・フライルーの胴体部に突き刺す。

 

 シュウジから学んだ技の一つ、疾風突きだ。

 衝撃でクロス・フレイルーがビームナギナタを手放すなか、地に落下する。

 

「あれは……っ!」

 

 今の落下のダメージは大きく、各部位が悲鳴をあげシミュレーター内ではアラートが鳴り響く。

 こちらに接近するゲネシスを見て何か対抗する術はないか探す厳也はあるものを見つけた。

 

「……ッ」

 

 GNソードⅢを突き出したゲネシスだが、寸でのところで赤い残像を残したクロス・フライルーが回避し、その刃は虚しく空を切り、ゲネシスはその場に着地する。

 

「なに……!?」

 

 真横から散弾による銃撃を浴び、ゲネシスは後ずさる。

 攻撃したのはクロス・フライルーだが、散弾を使う武装はなかった筈だ。

 

 だがその答えは視線の先にあった。

 

「文字通り任されたんじゃ……。男なら最後まで花道飾らんといかんよなァ……ッ!」

 

 右にはフォボスの一丁の専用ショットガン。そして今拾い上げたのはルーツのハイパービームジャベリン。文華も咲も散る間際に自身の武装を残して散ったのだ。それが普段の戦法からくる仲間のためになると思って。

 

 クロス・フライルーは今なお、赤く輝く。

 その胴体のGNドライブによってトランザムを発動させているからだ。そのおかげで先程のゲネシスの攻撃も避ける事が出来た。

 

 そのトランザムを利用して目に留まらぬ速さでクロス・フライルーは一気に突撃するとハイパービームジャベリンを振るい、何とかGNソードⅢで防いだゲネシスだが鬼気迫るようなクロス・フライルーの【力が響く】ように勢いは殺しきれず近くのビルに吹き飛ぶ。

 

「そんなもんではないじゃろ……。お主の本気は……ッ!!」

 

 ビルに吹き飛び、瓦礫に埋もれるゲネシスを見やりながら厳也は苛立ち気に呟く。

 自分はもうとっくの昔に本気を出して、ぶつかっている。だが一矢にはまだ切り札がある。それを出さぬ限りは本気のバトルとは言えないからだ。

 

 生半可なバトルなどするつもりはない。

 互いに全力を、死力を尽くしたバトルを望む厳也からすれば、覚醒を使わないことは侮辱でしかなかった。

 

 ──するとゲネシスが埋もれる瓦礫の隙間から眩い光が漏れた。

 

 それが何であるのか理解した厳也が口角を吊り上げるなか、ゲネシスを埋めていた瓦礫は吹き飛ぶ。

 

 後に残ったのは眩い光の柱。

 その中に立っているのはゲネシスだ。

 その輝きはまさに彼が、一矢が本気を出したと言う事を証明する何よりの証拠。

 

 ゲネシスが纏う光はただ勝利を手にしようとする少年の想いを具現化するかのように煌びやかに光り輝き、戦闘の激しさからもはや廃墟のような凄惨な市街地を照らし続ける。

 

「──……ああ、そうだな……。ここで使わなかったら絶対に後悔する」

 

 覚醒。

 それが一矢の絶対無二の切り札。

 

 ここで使わずしていつ使うのか。

 予選でさえ使わなかったが、厳也は出し惜しみをして勝てる相手ではない。

 何より覚醒なくして今の厳也に打ち勝つ術はないのだ。

 

 一矢の目は紛れもなく一人のガンプラファイターであり、誇り(プライド)を持った男の目。かつて本選前夜に見せていたあの目だ。

 

「それを待っていた……! さぁ斬り合おうぞッ!!」

 

 高まる興奮を吐き出すように厳也は叫ぶと、光を纏った二つのガンプラはぶつかり合う。もうガンプラその物に残ったエネルギーは少ない。余計な動きをするよりも今ここで互いの技だけで剣戟を結ぶことを両者は選んだ。

 

「やはり早い……っ! だがッ!!」

 

 元々、高機動を売りにするゲネシスは覚醒した事により、更なるスピードを持ってクロス・フライルーに襲いかかる。厳也でさえ何とか避ける事が精いっぱいだ。だがそれでも決して勝負を諦めた訳ではない。

 

 自分には意地がある、誇り(プライド)がある。簡単に、無様に手も足も出せずに負けるという結果などないのだ。

 

 いくら高機動さとはいえ攻撃の刹那には隙ができる。

 それを狙ってクロス・フライルーは専用ショットガンの銃口を頭部に押し付け、引き金を引きゲネシスの頭部を吹き飛ばす。

 

「こんのォッ!!」

 

 メインカメラを失ったとして今の一矢が止まるわけがない。

 内なる激情を現すかのように目を見開いた一矢はそのままショットガンを持つ腕を斬り落とす。

 だが例え頭部を失っても、片腕を失っても互いの戦意は衰えない。負けたくないという想いが今の二人を突き動かすのだ。

 

 ハイパービームジャベリンがゲネシスの左腕の関節から下を破壊する。

 だが、それがなんだと言わんばかりに突き出した右足を刺すように蹴り、それだけでは終わらず足の裏からヒートダガーを放ち、クロス・フライルーの胴体に突き刺す。そしてそのままタックルを浴びせ、クロス・フライルーは地面を抉りながら吹き飛んだ。

 

「終わりだッ……!!」

 

 だがそれでもハイパービームジャベリンを杖代わりにクロス・フライルーは立ち上がってゲネシスを見据える。もう既にトランザムの限界時間は過ぎて解除されていると言うのにだ。

 

 そのあまりの執念に一矢は息を飲むが、歯を食いしばってただ目の前の(ライバル)を打ち倒すために向かっていく。

 そのゲネシスを迎え撃つようにクロス・フライルーは片腕に持つハイパービームジャベリンを構える。

 

「「──ッ!」」

 

 同時にそれぞれの獲物が動き、一矢も厳也も同時に目を見開く。

 ゲネシスとクロス・フライルーが交わるように重なった刹那、眩い閃光がフィールドを覆う。

 

 

 制したのはゲネシスであった。

 

 

 クロス・フライルーのハイパービームジャベリンは僅かギリギリの位置で避けられ、GNソードⅢが深々と胴体を突き刺し、その背部にはGNソードⅢの突き破った刀身が見える。

 

「はぁっ……はぁっ…………」

 

 これで終わった。

 息を切らしながら、刃を受け、ハイパービームジャベリンを手放して俯くクロス・フライルーを見つめる。だがその汗に滲んだ表情も驚愕の表情に様変わりする。

 

「っ……!?」

 

 なんとクロス・フライルーは空いたマニュビレーターでゲネシスの腕部を掴むと、壊れたブリキ人形のように顔をあげ、こちらを見据えているではないか。

 もう爆発も秒読みでガンプラを動かす力など残っていない筈なのに。あまりのその姿に一矢はただ戦慄する。

 

(……俯いて終わるわけにはいかんのじゃ……)

 

 ノイズが走り、アラートが鳴り響くモニター内では厳也の顎先に汗が伝う中、その厳しい眼差しはまっすぐただノイズ交じりに映るゲネシスの姿を見据える。

 

(でなければ……わしに勝った男の姿……見届けられんきに……)

 

 厳也の口元に微笑が浮かぶ。

 

 満足であった。

 ここまで全力で互いにぶつかったバトルが出来たのだから。

 クロス・フライルーが爆発するその瞬間まで、厳也はただゲネシスの姿を目に焼き付けるのであった……。

 

 ・・・

 

「あれ、厳也君達は……?」

 

 戦闘が終わり大歓声に見送られる中、ミサはこの場にいない厳也達を疑問に思う。

 まだシミュレーターにいるわけでもない。どうやら先に戻ったようだ。

 

 控室へと続く通路では土佐農高ガンプラ隊の面々が何も語らず、厳也が先頭を歩く中、文華や咲は俯いて悔しそうに下唇を噛む。

 

「……負けてもうたが、今度は勝てるように励もうな。今度はわしらが勝つんじゃ」

 

 今の空気を変えるように、厳也がチームメイトに励ます。

 しかし顔だけ向け、その顔も俯き気味の為に表情が読み取ることが難しい。

 

「先輩……っ」

「……すまんの。ちょっとトイレじゃ」

 

 そんな厳也に思うところがあるのか何か声をかけようとする咲だが、これ以上は話を続けられないと言わんばかりに厳也は話を切り上げて、足早に文華達から去っていく。

 

 ・・・

 

 トイレに行くと言っていた厳也だが、実際は会場の外の階段に腰掛けていた。

 今は試合も終わったばかり、この辺りに人気はなかった。

 

「……っ……! くっ……」

 

 階段に腰掛ける厳也の肩が震える。

 よく見ればその目には涙が溜まっていた。

 

 

 バトルに不満があったわけではない。

 

 

 寧ろ自分も一矢も全力でのバトルを行えたと感じている。

 

 

 あのバトルの結果にだって満足している。

 

 

 だが……。

 

 

 だが何も感じていないと言うわけではない。

 

 

 全力でぶつかったからこそ、負けたのが悔しくて仕方がないのだ。

 

 

「先輩……」

 

 人知れず悔しさに身を震わせていた厳也だが、不意に背後から声をかけられる。

 

 聞き覚えがある。

 紛れもなく咲の声だ。

 

 どうやら彼女一人のようだが、しかし。今会うのはまずい。

 こんな顔を見られたくない、だから嘘をついてまであの場からいなくなったのだ。

 

「良いんですよ、泣いて……。それも先輩の一部なんですから」

 

 慌てて涙を拭おうとする厳也だが、それを止めるように咲は厳也を包み込むように背後から抱きしめたではないか。

 

「私は普段の先輩も今の先輩も大好きなんです……。だから私の前でくらい取り繕わないで本当の先輩でいてください……。私は傍でそんな先輩を支えたいんです」

 

 バトルの前から疑問に思っていた事があった。厳也はナンパをしたりとひょうきんな姿を見せることは多々あっても今のような悔しそうな姿は見た覚えがないのだ。

 

 それは厳也自身がそんな格好悪い姿を見せたくないという思いから来ている。

 だが、だからこそ自分はそんな厳也でさえ受け止めたいのだ。

 

「そ、それって……」

「はい、私は先輩のこと好きです……っ!」

 

 厳也の胸が高鳴る。

 おずおずと振り返ってみれば、彼への想いからとはいえ抱き着くなど大胆な行動をしたせいで耳まで真っ赤に染めている咲の姿が。そんな咲は恥じらった様子でもまっすぐ厳也を見て、その胸の内を明かす。

 

「咲ちゃん、よくやった……!」

「青春やなぁ」

 

 良い雰囲気になっている二人を物陰から文華と珠湖、そして彩渡商店街ガンプラチームが見つめ、喜びでギュッと握り拳を作る文華の隣でうんうんと珠湖が頷いている。

 

「お前ら、こんなところに居たのか」

「……ああ。ま……見ての通り……」

 

 いつまでも控室に戻ってこない両チームを探して、影二が合流すると何をやっているんだと一矢を見るが、彼に顎先で向けられた方向を見て、納得する。

 

「あれ一矢君、妬まないの?」

「……お前、俺のことなんだと思ってんの?」

「ミスタージェラシット」

 

 しかしここまで一矢は嫉妬を見せる様子がない。

 疑問に思ったミサの何気ない問いかけに眉間に皺を寄せながら問い返すと彼女の返答に問答無用でその脳天に手刀を振り下ろす。

 

「いっったああぁぁぁぁぁぁーーーーっっっ!!!?」

「……俺は見せつけられんのが嫌いなだけ……。俺の前で見せつけるならあいつらも呪う」

 

 脳天に叩き込まれ、悲鳴をあげ、そのまま頭を抱えて蹲って震えているミサに吐き捨てるように言い放つ。一応、厳也ほどの付き合いともなれば、祝福する気はあるようだ。

 

「みなさん……っ!」

「何してるんじゃ……!?」

 

 あまりの騒ぎに流石に咲や厳也にも知られてしまったのだろう。

 今までのやり取りを見られたと思って赤面し肩をわなわなと震わせている。

 

「まぁ……何というかおめでとう、で良いのか?」

「……俺の前でイチャつくなよ、クソリア充ども」

 

 バレてしまっては仕方がない。

 来たばかりだが、影二は二人の間の雰囲気を察してか一応、祝福すると一矢は祝福する気はあっても素直には祝福する気はないのか、釘を刺すように声をかける。

 

「……見られたからには仕方ないかの。一矢、本当に良いバトルじゃった……。だが次に勝つのはわしらじゃ。二人とも、これからの本選、応援してるわい。だからわしらが届かなかった更なる高み……日本一を掴むんじゃぞ」

 

 二人の言葉に顔を見合わせて赤面する厳也と咲。

 しかし落ち着いたのか、厳也はもう隠す様子もなく悔しそうな表情を向け、彼らを激励する。

 

 勝者は敗者の想いを背負って前に進むのだ。

 だが日本一は文字通り一組、一矢も影二も譲らないと言わんばかりに顔を見合わせ、笑みを浮かべる。

 

「それと影二。今度はわしともバトルしてくれんかの。お主とも最高のバトルが出来そうじゃわい」

「……勿論だ」

 

 火花を散らす二人を満足そうに頷き、最後に影二にバトルを持ちかける。

 彩渡商店街に訪れた時から念願であった一矢との本気のバトルが出来た。

 

 だが彩渡商店街に訪れた後、交流ができた影二達。影二のネクストフォーミラーの戦いっぷりを見て、また新たな願いが生まれたのだ。だがそれも影二も同じなのか、待ち遠しいと言わんばかりに頷く。

 

「……取りあえずガンダムカフェでも行かね?」

「……ああ、色んな意味で、な」

「なんじゃなんじゃ、気味悪いのぉ」

 

 おもむろに出張店のガンダムカフェへ足を運ぶことを提案する一矢。なぜ、わざわざそんな提案をしたのか、影二はチラリと厳也と咲を見やる。

 色んな意味で、と言うのは確かだが二人を祝福するのが一番の理由だろう。

 それを察しても男友達の気遣いを素直に受け入れない厳也は憎まれ口を叩きながらも一行は最寄りのガンダムカフェへと向かうのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。