「今回のイベントの最後に如月さんの制作した新しいガンプラのお披露目です! お楽しみにっ!」
ガンプラバトルロワイヤルを終了し、トークもそこそこに様子がおかしいことを察したイベントMCの計らいで翔は裏に回る。
折角、エヴェイユの力の暴走も今日はそこそこに留まっていたのに、あのエクリプスというガンプラが光を纏ってから触発されて不安定になってしまった。
「ぐっ……はぁっ……!」
「翔さん、大丈夫ですか!?」
そんな翔を早々に向かったのはあやこであった。
足早に駆け寄って、翔の身体を支える。翔の身体はこうして触って分かるほど汗に濡れ息も絶え絶えに苦しんでいたのだ。
「医務室に……っ!」
「いや……それよりも……俺には……やる事がある……ッ!!」
ここ最近、翔の様子がおかしいのは何も知らなくても傍にいるあやこも分かっていた。
なにかあったら大変だと医務室に連れて行こうとするあやこに翔は支えるあやこの手を振り解きながら裏口から外に出ようとする。
「待ってくださいっ! 翔さん……GWFが終わってから変ですよ……。なにがあったんですか!? なんでそんなに……苦しんでるんですか!?」
翔の後を追うあやこには、このまま翔を黙って行かせる訳には行かないと思ったのだ。
そしてこの際だと、ずっと胸に秘めていた疑問を苦しむ翔の背中にぶつける。
GWFのあの短い時間で交わした約束があった。
それは今にも消え去りそうな彼に向けて行かないで、と言った時、彼は絶対に帰って来ると約束し、彼はそれを守った。
しかしそれから日に日に彼がゆっくりと壊れていくのが分かった。
やつれていく彼を無理やり病院に連れて行った時もあった。
しかし体の異常は見つからない、それが病院の回答であった。
病院を出た彼は「行った所でどうにもならない」と言ったのを覚えている。
「私達は……っ……仲間なんですよね……っ!? あの時、翔さんは私達を大切な仲間だって……! それなのにっ……なんでなにも……なんで……その痛みを分かち合う事すらさせてくれないんですか……っ!!」
もう我慢できないと言わんばかりに涙を目尻に溜めて訴えかける。
いつか話してくれると思っていた。何故ならば彼が大切な仲間だと言ってくれたから。
しかし彼はいつまでも経っても分かち合おうとはしてくれない。
正直に行ってしまえば自分は最早、翔に対して仲間以上の想いを抱いている。だからこそ今も傍にいるのだ。
「ごめん、あやこ……。俺は……今も変わらず大切な仲間だって思ってる……。でも……これだけは……俺自身で何とかしなくちゃいけないんだ」
ここで翔は漸く振り返ってあやこを見据える。
その表情はとても儚く脆い微笑であった。
それがあやこに気を遣ってのものであるのはすぐに分かってしまった。まるでGWFのあの時に自分の前から立ち去った翔を今、再び目の前にしているかのようだった。
その表情を見て、なにも言う事も動く事も出来ないあやこに謝りながら、足早にその場を立ち去る。残ったあやこはそのまま膝から崩れ落ちてしまった。
今の彼女は事情も知らない。なにも出来ない。
それは事情を知るレーア達以上に自分にはなにも出来ないという無力さが襲うのであった。
(どこにいる……?)
あやこに対して後ろめたい想いもあるが、今はあのエクリプスのファイターを探す。
あの時、感じたエヴェイユの力は残り香のように今も僅かに感じる事が出来る。
今、いるのは観覧車の周辺だ。
この辺りにいるのは間違いないが人の多さも相まって中々、見つける事が出来ない。
その時であった。
バッといきなり翔の腕が掴まれて、そのまま引き寄せられる。元々、体重が軽いせいもあって簡単に引き寄せられると、そこにいたのは風香であった。
「いやぁ、まさかゆーめーじんが追いかけてくれるなんてねぇ。ガンプラバトル越しでも風香ちゃんの可愛さに気づいちゃったのかなぁ」
間違いない、彼女だ。
そう思っている翔に風香は1人、ふざけて自分の頬に手をあてながら照れた様子を見せる。これには流石に翔もやや面食らった様子だ。
「まーまー……追いかけた理由は分かってるよ。だからここで並んでたんだし……。ね、友達待たせてるからさっさと乗ろうよ」
先ほどの事について話そうとする翔の唇に人差し指を当て、ここで喋らないように口を紡ぐと、チラリと売り場の方を確認すれば、そこには碧が翔に気付いて軽く頭を下げていた。
風香も翔に対して、その内に漏れ出すエヴェイユの力を感じ取っていたのだろう。
二人きりで静かに話が出来るようにと観覧車に誘い、翔は半ば勢いに負けて一緒に乗り込むのであった。
・・・
「まだ決まらないのー? サクッと決めなよ」
一方その頃、一矢達は売店に来ていた。
イベント名がガンプラカーニバルというだけあって限定商品が目白押しだ。
限定ガンプラ売り場の前で両ポケットに手を突っ込んでジッと目だけ動かして見つめている一矢に苦笑しながらミサは声をかける。
「はいはい、どきますよー」
しかしそんなミサに一矢は「どいて」とだけ言って再び物色を始める。
全部、購入出来るなら世話無いがお財布事情によってそうもいかない。だからこそ厳選しているのだ。
「ねーねー、ミサ姉さん。あれ凄くない?」
「うわー!? PGア・バオア・クーが置いてある!? でっけー!!」
既に買い物を済ませた夕香がちょいちょいとミサのジャケットの袖を引っ張りながら、ある方向を指差すとそこにはア・バオア・クーの展示物が。これは今回のイベント用に作られたもので、興奮気味にミサは駆け寄って行く。
「ねぇ、こっち来てよ」
「って、さっきはどいてって言ったのに今度は来いって……どうしたいんだよー!」
すると一人では決められなくなったのか、ミサを呼ぶ寄せる。
これにはア・バオア・クーの展示物を見て興奮していたミサも思わずずっこけて呆れながら戻って来る。
「分かった! 嫌がらせか! そうでしょ!?」
(あぁ……これとこれで良いかな……)
折角、ア・バオア・クーの展示物を見ていたのにいきなり呼ばれては不満顔になってしまうのも無理はない。しかしミサを呼んだは良いものの相談する前にどれにするか決まってしまった。
「ごめん、どいて」
「なっ……!?」
相談する前に呼んだとはいえ、決まってしまってはもう相談する意味はない。
丁度、ミサが立ち止まった後ろに目当ての商品がある為、ミサを退かそうする一矢だが、いざ来てみたら、この扱いにミサは目を丸くする。
「……やだ」
「えっ」
暫く一矢を見ていたミサだが言葉の意味を理解して俯き、その肩を震わせポツリと言葉を漏らす。その言葉に一矢も冷や汗をたらりと流すと……。
「いやだぁっ! 私はもうここを一歩も動かないっ!!」
遂に爆発してしまったミサは仁王立ちで動こうとしない。
呆然とする一矢を横で見ながら夕香は「うっわー……」と、近くにいるロボ太も首を横に振り、一矢に呆れた様子だ。
「──なぁにやってんだ、お前ら」
そんな一矢達に声をかけたのはカドマツだ。
目立っているのだろう、その様子は手のかかる子供を見ているようであった。どうやらカドマツはミサの言葉通り、今日はここに訪れていたようだ。
「カドマツ、本当に来てたんだね」
「今来たところだがな。ここはそのほとんどがワークボットで動かしてるテーマパークだ。前みたいな事がないようにってな」
カドマツの顔を見て、多少は我に返ったのか、ミサが声をかける。
そんなミサに腕時計で時間を確認しながら作業用に持ってきた鞄を見せた。
「流石にここのセキリティはちゃんとしてるとは思うんだがな……。なんか胸騒ぎがすんだよ」
見渡せば子供と触れ合うロボットの姿が見える。
これが以前、インフォのようになってしまえば大惨事だ。そうはならない為に来たのだが、胸に感じるざわつきは一向にカドマツの胸から離れなかった。
・・・
「エヴェイユ、か……。それが風香ちゃんの秘密だったんだねー」
観覧車に乗った風香は向かい側に座る翔から彼が知る限りのエヴェイユについて聞かされていた。すると今まで黙っていた風香は再びおどけた様子で話し始める。
「……動揺はしないんだな」
「……まぁ昔からこれは知ってたしね。ただなんであるのかは分からなかったけど」
驚くとばかり思っていたため、意外そうに翔は話しかけると、ここで漸くふざけた態度ではなく、俯き加減にどこか自嘲するかのような笑みを見せる風香。
「ずっと知りたかったんだ……。私って何なのかって……。人間なのかそうでないのか……。何のために生まれてきたのか……。ずっと……ずっと……その答えを誰かに教えてもらいたかった」
風香の求める答え、それは翔も聞けることであれば聞きたい事であった。しかしそれを答えられる者などいない。それこそ神か何かでなければ。
「私さ……人の考える事って何となく分かるんだ。如月さんが私と同じ答えを求めるって事もさ。でもさ、如月さんは出来ないでしょ。でもその代わり、如月さんは私が信じられないような世界を見てきた。私が出来ない事が出来る」
「……お互いに環境の違いでその力の使いようが変わっていたんだな」
心が読めるという風香。
しかしそれは同じエヴェイユである翔には出来ない。
しかし彼女の言葉は嘘ではないのだろう。現に彼女は自分の過去に何があったのかをなんとなくではあるが察している。
「でもさ……私だって好きでこんな使い方を見出した訳じゃないんだよ。お陰で周りに気味悪がれてさ……。あの目は何でも見透かして気持ち悪いって……。一緒にいたくないって……そんな想いが分かるんだ……。そのせいで親にも捨てられたの。まだあの時、子供でさ。両親が胸に秘めてる互いに思ってる嫌な事をつい言ったりなんかして……それで親は離婚……原因になった私はおぞましいって捨てられて施設行き」
戦争の世界に放り込まれ戦い抜いた翔はエヴェイユの力を戦いで使う力として発揮し、片や風香は身を投じるような戦いはない。だからこそまた別のエヴェイユの力の使いようが出てきたのだろう。
しかしそれで苦労してきた事もあるのだろう。
疲れたように背もたれに身を預けてふぅっと今までを振り返ってため息をつく。
「……一緒にいた友達……あれね、碧っていうの。アタシをガンプラバトルに誘ったのも碧なんだよ。元々、碧の趣味だし私もやっているうちはそこだけに集中出来たからさ。碧は……少なくても私を気味悪がってはくれなかった……。でもさ……怖いんだ……いつか友達だって思ってる碧に拒絶されるかもって言うのが……。こんな力を持って、人の心が分かるから人の事が怖いって思ってるくせにね」
観覧車の窓から碧がいるであろう売り場の方を見下ろす。
本当に碧に対しては感謝して、友情を感じているのだろう。だが最後の言葉にはやはり自嘲した笑みを浮かばせる。
「……君の友達は君がエヴェイユである事を知っているのか?」
「……知る訳ないじゃん。如月さんだって周りにべらべら話さないで隠してるでしょ」
膝に両肘をついて、手を組みながら碧がどの程度知っているのかを尋ねるも、寧ろ風香からは何を言ってるんだとばかりに返される。風香は翔があやこに感じている後ろめたさも気づいているのだろう。
その答えに「それもそうだな」と背もたれに身を預ける。
ふと外を見やればそろそろ観覧車は地上に戻る頃だった。
──しかし異変が起きた。
突如として観覧車がガクッと揺れる。
なんと観覧車が突然、停止したのだ。
なにか異常でもあったのか?
そう思う二人だが、すぐに地上に着けるだろう。この時はそう思っていた。
「──さぁいよいよだ」
スーツ姿の中年男性が停止した観覧車を見て、ほくそ笑む。
確かに異常は起きていた。
しかしそれは後に世間を揺るがす大事件に繋がり、その大事件に大きく関わる事を翔も風香もこの時は知る由もなかった……。