・・・
「お前、この辺じゃ見ない顔だな!!」
ブレイカーⅢを操る青年は突如として乱入してきた敵プレイヤーに意識を向ける。
ガーベラテトラを元にしたそのガンプラのカラーリングは緑色と所々にあるヒョウ柄のせいで少なくとも青年にとっては趣味が悪いように感じられた。
「俺はタイガーってんだ。この辺でガンプラやるならよォ……。まずはこの俺にあいさつしてもらわねーとなァッ!!」
面倒な奴に絡まれた、そう内心で愚痴を零しながら青年は腕部ガトリングを発砲しながら近づく目の前の相手を見る。
攻撃自体は単調なもので防ぐまでもないのかブレイカーⅢは必要最低限の動きで向かってくる攻撃、その全てを避けた。
《──もしもーし、聞こえる? いきなりごめんね?》
そんな中でブレイカーⅢのシミュレーター内で外部からの通信が入った。
ミサの声だ。
とはいえ、ミサを知らない青年からすれば、見ず知らずの人物にあまり外から言われるのが好きではない青年は顔を顰めていた。
《今乱入してきたのはこの辺で初心者狩りをしているタチの悪い奴なの。でも、そんなに強くないから安心して》
「お前、外から邪魔すんなよ!」
タイガーのことを簡単に説明をしてくれるミサの声はタイガーにも届いていたのか、途端に相手のシミュレーターから文句が聞こえてくる。最も、その言葉を聞いてミサはため息をついて……。
《だったら初心者カモるの止めなよー。私が相手になるよ?》
「俺ァ女には手を出さねェッ! 俺より強ェ女にはな!!」
心底、呆れたようなミサの言葉にかつてバトルをして、その実力は痛いほど知っているのか、狼狽えていた。
《ヘタレだなぁ……。君、さっさと片付けちゃっていいよ》
タイガーの言い分に完全に呆れたのか、ミサはブレイカーⅢを操るパイロットにそう告げる。
だが、そんなことは言われるまでもないのかブレイカーⅢはタイガーのガンプラに損傷を与えていく。攻撃一つ一つは確実にタイガーの機体を直撃し、損傷させていた。
「なめんなよッ! 俺は“如月翔”とだって戦ったことがあんだからなッ!!」
「……ッ」
ミサとの話で完全に舐められてるのかと思ったのかタイガーは損傷を与えられながらも向かっていく。するとミサやタイガーにも反応しなかった青年の表情が僅かに反応する。
ブレイカーⅢが動いた。
モニター越しに見ていたミサには勝負を決める気だというのがすぐに分かった。
ブレイカーⅢは高速で接近しながらグルリと回転し、GNソードⅢで横一文字にすれ違いざまに切り裂く。タイガーのガンプラが背後で爆発する中、ブレイカーⅢは展開したGNソードⅢを畳み、制限時間終了と共にゲームを終わらせた。
・・・
「やーお疲れ、君結構やるねぇ」
ガンプラを持ってシミュレーターから出てきた青年にミサは声をかける。
ボサボサの髪と気怠そうな雰囲気を醸し出しながら青年の眠たそうな半開きの赤い瞳がミサを捉える。
「私の名前はミサ、初めましてよろしくね」
「……雨宮一矢」
自己紹介をするミサに青年は己の名前だけ口にする。
雨宮一矢……。そう、彼はかつてシャパンカップに出場し、敗退した少年だった。
「この辺じゃ見ない顔だけどどこかチームに入ってるの?」
何故、わざわざ自分の名前まで教えてきたのか、そんな風にミサを見つめている一矢にミサは問いかける。
ガンプラバトルは一人でも行うことは出来るがチームとしてもプレイすることが出来る。今、ネットで調べれば強弱人数問わず色んなチームの名を知ることが出来る。
「……入って、ない……けど」
「え……? それはそれは好都合……」
上着の両ポケットに手を突っ込みながら答える一矢にまさに良い事を聞いたと言わんばかりしめしめと笑う。彼女の反応からある事が想像できたのか、一矢は僅かに顔をしかめていた。
「私の地元は小さな商店街なんだけど──」
ミサは話し始めた。
今、自分の生まれ育った商店街が置かれている状況について。
様々な事業を行い、宇宙事業にも参入するほどにまで発展しているタイムズユニバースと呼ばれる会社。その支店の一つとして駅前に出来た百貨店のせいで地元の小さな商店街の客がとられてしまったこと。
このままでは商店街の存続が怪しい。
そこでミサは商店街の名前でガンプラチームを作り、宣伝をしようとしていることを明かした。
「つまり我が彩渡商店街ガンプラチームに君をスカウトしたいんだよ!」
横目でミサを見ながら黙って話を聞いていた一矢にミサは大きく手を広げ、ここまで話した目的を口にする。一矢の想像は当たっていたのだ。
「……やだ」
「えぇっ!?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、ミサは素っ頓狂な声をあげて驚く。
「……寂れた商店街の復興、ね……。ガンプラでやるよりもアイドルになって宣伝すれば?」
「答えなくていいんだわかるからっ……って違う! なんで!?」
声を上げたミサに煩そうな目で見ながら、別の案を提案する。
心当たりの歌があるのか、フレーズを口にし、ノリながらもなぜ断ったのか理由を問いかける。
「誰かと一緒に戦う? よく出来るよね、俺はもう嫌だ」
「……!」
目を伏せ、何かを思い出しているのかふと一矢は自嘲したような顔をする。
そんな一矢を見てミサは目を見開いた。
「勝手に人に期待を押し付けてさ。冗談じゃない」
するとすぐに先ほど一瞬見せた表情とは違い、薄ら笑いを浮かべ、立ち上がると去り際にそう言い残してゲームセンターを出る。
だがミサには一矢が無理をしてそんな顔をしているように見えた。本当の彼は先程の顔を浮かべた方だろう、と。
・・・
「ただいまー……」
「やぁ、お帰り」
一矢との出会いから数十分後、ミサは自分の家であるトイショップに帰ってきていた。
一矢との一件があったからかその表情はどこか暗い、いやどちらかと言うとずっとなにか考えていたようだ。入店を知らせるブザーとミサの声が聞こえたのか、彼女の父親でありこのトイショップの店長であるユウイチが出迎える。
「もうすぐ始まるタウンカップが始まるだろう? 参加登録しておいたよ」
「あ……ありがとう」
ミサにタウンカップのことを話される。
タウンカップとは簡単にいえば、ガンプラバトルの大会であり、これに勝ち進めばジャパンカップにも参加できる。
商店街の名を知らさせるには良い宣伝になるだろう。もっとも勝てばの話だが。もっともその話をされたミサの反応は芳しくない。
「───どうしたんだい、ミサ」
「どうにも表情が優れないようだな」
そんなミサに今までガンプラを物色していた二人組が声をかける。
一人は天然パーマとその佇まいから知的さを感じる男性と、その隣には金髪のオールバックの端整な顔立ちの男性がいた。
「あっ、今日も来てたんですね、アムロさん、シャアさん。実は……」
常連客なのか、ミサはいつもと変わらない様子で声をかける。
天然パーマの男性はアムロさんと呼ばれ、もう一人の金髪の男性はシャアさんと呼ばれた。二人はそのままミサに近づく。
また彼ら二人はユウイチ同様に気兼ねなく話せる人物なのか、イラトゲームパークで出会った一矢のことを話し始める。
「雨宮一矢……。そう言えば以前、ジャパンカップの観戦に行った時に決勝戦で戦っていたな」
「私も知っている。なにせブレイカーの名を持つガンプラを持っていたからな」
ミサの話を聞いたアムロは顎に手を添え一矢を知っているかの声を漏らすと、シャアも知っているのか声を上げる。そう、ガンプラを作り、そしてガンプラバトルシミュレーターを熱心にプレイする者達にはブレイカーという名前は有名な物の一つだった。
「如月翔……。彼にプラモ作りを教わったと聞く」
「如月翔って言えばガンプラバトルシミュレーターのそれこそ最初期から関わってる人ですよね?」
シャアの言葉に頷くアムロからある人物の名前が出てくる。その名前を聞いたミサはブレイカーⅢの名前を見た時に感じた引っかかりの正体を知る。
如月翔……ガンプラバトルにおいてその名を轟かせた人物だ。台場で初めて行われたガンプラバトルシミュレーターの参加者に一般として参加し、やがては選抜プレイヤーに選ばれ、ガンプラバトルシミュレーターの開発やイベントの参加などガンプラバトルシミュレーターを作り上げた人物の一人と言われている。
「今は隣町でプロショップの一つとしてウチと同じトイショップを経営しているガンプラマイスターの一人だね。ただのトイショップじゃなくてプロショップだし、従業員にはガンダムブレイカー隊の元メンバーも働いてるらしいから結構、繁盛してるみたいだよ」
「ウチの商売敵じゃん……」
ユウイチも詳しく知っているのか、現在の彼がなにをしているのかを話すとユウイチの話を聞いて、ミサは頭を抱える。
ガンプラバトルが流行ったこの世界においてガンプラマイスターという存在がどれだけ憧れであり、注目されるのかはミサは知っていた。しかもそれがあの如月翔の店というのだから熱心なプレイヤーは連日訪れるだろう。頭を抱えていたミサはがっくりと肩を落とすのだった……。
・・・
「……ただいま」
同時刻、一矢は自宅に帰ってきていた。
聞こえるかどうかの声量で帰宅を告げるとのそのそと自分の部屋へ向かおうとする。
『夕香は相変わらずええ乳してまんなぁ』
『もーぉ……なにすんのさー?』
恐らくは裕喜と夕香が一緒に風呂に入っているのだろう。
浴室の方から声が聞こえる。浴室で何やってるんだと言わんばかりにため息をついた一矢は自室へ向かう。
「あっ……一矢。どこ行ってたの」
「……ゲーセン」
階段を昇り、二階に到着した一矢は丁度、階段を降りようとしていた貴弘に出くわす。
突然いなくなった一矢に今まで何をやっていたのか問いかけると、一矢はそれだけ答えて部屋へ向かおうとする。
「……ガンプラバトル?」
一矢がわざわざゲームセンターにまで出向いて行うものと言ったらガンプラバトルしかない。何となく分かってはいたが、貴弘が問いかけると、一矢はコクリと頷く。
「さっきまで兄さんがいたんだ。兄さんもガンプラバトルやってるんだ、一矢に会いたがってたよ」
「……そう」
バイトの時間が迫っていた為、秀哉はもういない。
最後まで会いたがっていたので、そのことを一矢に教えると、ガンプラバトルをやっていると言うことに僅かに反応したが、そのまま自室へ戻る。
貴弘は一矢が入った部屋の扉を見つめる。
元々、一矢は誰かと積極的に交流を持とうというタイプではない。しかし以前のジャパンカップに出場して以降、より素っ気なくなったと感じる。
「何やってんの、タカ」
「うわぁっ!?」
そんな貴弘に背後から声をかけてきた人物がいた。
いるとは思わなかったため、貴弘は眼を大きく見開き声をあげて驚く。振り返ればそこには寝間着にしているのか動きやすい服装の夕香と元々来ていた服に着た裕喜がいた。二人とも風呂上りで顔が紅潮し湯気が立っている。
「いや……一矢が帰って来たんだよ」
「へー……」
落ち着いたのか、一矢の帰りを夕香に教えると興味のないような返事をしながら夕香は一矢の部屋を一瞥する。
「そう言えば、イッチって普段、何やってるの? やっぱりガンプラ?」
「そうだよ。後はガンダム系のアニメとかホビー雑誌読んでるくらい。最近じゃネットに上がってるガンプラバトルのチーム戦の映像を見てる」
裕喜も首をかしげながら一矢の私生活を問いかける。
裕喜も一矢とは知り合いだが、別に夕香とは違い、友達と言うほど仲が良いわけではない。裕喜の問いかけに夕香は普段の一矢を簡単に答える。
「……ウザいんだよね、動画なんかで自分の気持ちを誤魔化して……。本当は誰かと一緒に戦いたいくせに自分の殻に閉じこもっちゃってさ」
夕香も本当は誰かと一緒にやりたいならやれば良いと一矢に勧めてはいた。
だがそれでも一矢は変わらない。いや変わってしまったままだ。
今の一矢は好きではないのか、不愉快そうに言い放つ夕香はそのまま自分の部屋に入ってしまう。裕喜と貴弘は困ったように顔を見合わせると夕香の部屋に入るのだった……。