機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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ネクスト─残された呪縛─

「あれ、厳也達じゃん」

「おぉっ久しぶりじゃのぉ」

 

 ブレイカーズに到着した一矢達が早速、入店すれば、少し賑わっているがその中で夕香は以前、知り合った高知県代表の厳也達の姿を見つけると、声をかけられて、夕香に気づいた厳也達は夕香の元へ向かって来る。

 

「隣にいる人達って……」

「あぁっ、彩渡商店街ガンプラチームの二人だよ。片っぽはアタシの兄貴の一矢、もう一人はミサ姉さんだよ。イッチ、この人達、前話した高知県代表の──」

 

 文華が夕香の隣に立っている一矢とミサに気付いて誰なのか、紹介を求めるように夕香を見ると、改めて夕香はお互いを紹介して、簡単にではあるが自己紹介を済ませる。

 

「なんでブレイカーズに……?」

「そりゃガンプラファイターにとってはこの店は観光地みたいな面もあるしのぉ」

 

 挨拶もそこそこに、一矢は何故ここにいるのか、問いかければ、厳也は店内を見渡しながら答える。

 どうやら最初期からガンプラバトルシミュレーターに携わるガンプラ界の著名人というだけあって、ブレイカーズに訪れる者は多いようだ。とはいえ経営者である如月翔は今はいないわけだが……。

 

「どうじゃ、折角会えたわけだし、軽くバトルでも……」

「……軽く、なら」

 

 こうして会えたのだ、バトルの一つでも良いだろう。

 そう思った厳也の提案に一矢も別に構いはしないとは思ったのが、頷こうとした瞬間、近くで入店を知らせるアラームが鳴る。

 

「翔さん……!」

 

 入店してきたのは翔であった。

 あの後、店に立ち寄ったのだろう。一矢は嬉しそうに憧れである翔の名を呼ぶが、翔は驚きで目を見開き、入り口で立ち止まっている。

 

「久しぶりね、翔」

 

 翔の視線の先にはレーア達がいた。

 その後ろではリーナなどが軽く手を振っている。まさかこの場でレーア達と再会するとは思ってなかったのだろう、彼の驚きようは凄まじかった。

 

「いつまで固まってんのよ、アンタは」

「まぁ急に押しかけちまったのは悪かったな」

 

 そんな翔に声をかけたのは以前は長いツインテールにしていた髪を腰まで届くロングヘアーに変えた朱 鈴花(シュ リンファ)ことリンとそのリンを妻に持つショウマであった。リンの両手には赤ん坊が抱えられており、見ればリンとショウマの面影が見える。

 

「やはり少しやつれているように見えるな」

「元気に……という訳ではない事はシュウジ君達から聞いてはいたがね」

 

 続けて翔に声をかけたのは軍を退役後、翔と同じく商売をしているエイナル・ブローマンとかつて翔も搭乗していた戦艦アークエンジェルの副長を務めていたマドックだ。

 

「翔……君……っ!!」

 

 そして最後にアークエンジェルの艦長を務めていたルル・ルティエンスが目じりに涙を貯め、我慢しきれずそのまま翔の胸に飛び込む。

 かつては翔よりも背が小さかったが成長したのか。その紫色の髪も肩まで伸びている。

 抱き着かれたことに一瞬、驚いている翔であったが、ふと異世界の仲間達との再会を改めて認識し、胸に飛び込んだルルをあやすように撫でる。

 

「えっ……と……奥、使いますか?」

「……いや……顔を見せに来ただけだ。それに明後日の事もあるし今日はこのまま帰るよ。迷惑かけたな」

 

 彼らが完全に翔の知り合いである事は見れば分かる翔の胸元に飛び込んでいるルルを複雑そうに見つめながら、今まで黙って見ていたあやこが再会に水を差すのは気が引けるが翔に声をかける。

 予想外の再会に驚いていた翔ではあったが、店に迷惑はかけられない。あやこに明後日の予定を話しながらレーア達に声をかけて、この場を後にしようとする。

 

「……一矢君、それに夕香ちゃんもこうして顔を合わせるのは久しぶりだな。ゆっくりしていってくれ」

「あっ……はい……」

 

 最後に久しぶりにちゃんと顔を合わせた一矢と夕香に声をかける。

 こうして見る分には翔に異変があるとは思えない。そんな事を考えているうちに翔は店を後にするのだった……。

 

「……ん? 明後日? 明後日ってなんかあったか……?」

「知らんのか? ネバーランドでガンプラのイベントがあるんじゃよ。サイトでも大々的に告知しておったし、そこにあの如月翔も招かれておるという訳じゃ。ワシ等も折角来たんでの、行く予定じゃ」

 

 ふと我に返り、誰に問う訳でなく明後日何かあるのか疑問に思っている一矢に隣にいた厳也は代わりに答えると、完全にその事を知らなかったのか、一矢は驚いている。

 

 ネバーランドとは少し前にオープンした遊園地のような場所だ。

 従業員の殆どがワークボットなどであり今、話題沸騰中のレジャー施設なのだ。

 

「まだチケットとかとれるかな」

「えっ!? 行く気なの!?」

 

 翔が行くとなれば自分も、と一矢がミサに何気なく聞いてみると、明後日の出来事にまさか一矢が行くとは思っていなかったのか、驚くのだった。

 

 ・・・

 

「来るのは知ってたけど、また随分といきなりじゃ……」

「本当はもう少し後の予定だったんだけどな。みんなが揃えるのは今しかなかったんだ。それにリンが行くって聞かなくて……」

 

 場所を翔が今住んでいるマンションに移し、そこに居候しているシュウジ達もショウマ達に顔を合わせ、突然の再会に驚いていると、ショウマは苦笑しながら隣で生まれたばかりの愛娘であるヒカリをあやしているリンを見る。

 

「フンッ、翔の奴が前に戻った時、アタシやフェズさん達に挨拶も何もしなかった文句がさっさと言いたかっただけよ」

「いや……その……悪かったとは思うけど……世界を渡るってのも俺の場合、ちゃんとしたモノじゃなかったからさ……」

 

 ショウマの視線に気づき、鼻を鳴らしながらジロリと翔を睨む。

 パッサートとの戦いで駆け付けた翔ではあるがデビルガンダムブレイカーとの戦いの後はすぐにあの世界から消えた。その事に不満を持っているリンに謝りながらも翔は苦笑してしまう。

 

「皆はどれくらいここにいれるんだ?」

「一週間の予定ではあったな」

「ならここで泊まっていけばいい。雑魚寝になってしまうかもしれないけど……」

 

 納得はしていないのかジーッと翔を睨むように見ているリンの視線と話題を逸らすように滞在期間について尋ねる。

 その疑問に答えるのはエイナルであった。

 ならばと翔はこの場所に泊まるよう勧めると他に行く宛のない一同はそれぞれ頷く。

 

 ・・・

 

 あれから数時間が経ち、、翔は一人、シャワーを浴びていた。

 久しぶりの再会と言う事もあってか、半ばパーティーのような大盛り上がりをした。あれだけ楽しんだのは本当に久しぶりだろう。

 

 

 ───化け物

 

 

「ッ……」

 

 

 しかしそれは考えたくない事もあったから、なのかもしれない。

 一人、シャワーを浴びていた翔の中にある単語が浮かび上がり、ギュッと目を閉じる。

 

 ───人間なのか

 

 ───気味が悪い

 

 ───悍ましい

 

 そして次々に過る言葉の数々。

 それは全て翔が陰で言われていた言葉だ。

 

 自分は確かに人間とは異なる力を持っている。

 それ故に何も持たない一部の人々は自分を恐れた。

 

 ・・・

 

 早々に風呂から出た翔は誰もが寝静まっているであろう中、一人、ソファーに座って果実酒が入ったひんやりとしたグラスを傾ける。からんっ、と小気味のいい音と共に氷の崩れる音が部屋に響く。

 

 元々、酒を飲むタイプではなかった。

 しかし少なくとも異世界への旅たちの後、起きた自分の異変と共にそれを考えたくないと飲み始めたのは事実だ。

 

「……やっぱり辛そうだね」

「……起きてたのか」

 

 ぼんやりと月明りに照らされながら窓に映る月を眺めていた翔に声をかけたのはリーナであった。起きていた事に驚いてはいるが、リーナはそのまま黙って向かい側へ座る。

 

「……ここに来る前から翔が苦しんでいるのはシュウジから聞いてたよ」

 

 ここに来た本題、そう言わんばかりに話を切り出される。

 この話を聞いているのはこの二人ではない。今、この空間にいる全ての人間がこの話に耳を傾けていた。寝たふりをしているのも翔から悩みを聞き出せるのは同じエヴェイユであるリーナなのだろうと、大勢に聞き出そうとするのは翔にとっても悪いだろうと考えての事だった。

 

「……聞いてもらえるか? 今となっては腑抜けになった奴の話を……」

 

 意を決したように一気に果実酒を飲み干す。

 冷たい筈の液体は流れ込んで喉を焼くが、翔の顔色一つ変わることはなく、翔は自嘲気味に笑いながら話を切り出す。

 

「今でも頭の中に……夢の中にでも出てくるんだ……。あの戦いの日々が……。初めて人を殺した時の事、目の前で引き潰された命……大量虐殺の光景……火薬の臭い、散り際の叫び……恐怖、憎悪、生への執着……今でも頭の中をぐるぐると回ってさ……頭がおかしくなりそうだ」

(PTSD……)

 

 

 グラスを持つ手がガタガタと震える。

 今、こうしてリーナに話している今でも翔の中では焼け焦げた人間の死体、死に際に放たれた悲鳴、様々な記憶が過っているのだろう。

 

 そんな翔を見て、リーナはあるストレス障害が浮かぶ。

 恐らく今の翔はPTSDを発症している状態が極めて高いだろう。

 それは日常生活に支障をきたすレベルでなまじ同じMSがガンプラとして戦うガンプラバトルなどかつての光景を思い出すだけだ。

 

「……シュウジからはエヴェイユについても聞いてるけど」

「……アイランド・イフィッシュの事は覚えているか?」

 

 そして翔を苦しめているのはPTSDだけではないだろう。

 気が引けるが、踏み込んで話を聞こうとするリーナに少し間をおいて翔は話し始める。

 

 それは翔がリーナやレーアの父であるヴァルター・ハイゼンベルクを憎しみの連鎖と共に破壊した時の事だ。あの戦いが終わり、地球軍とコロニー軍は一つに統合された。

 

「……あの時まで俺の中にはシーナ・ハイゼンベルグがいた。そして目の前で散ったルスラン・シュレーカー……。あの時、三つのエヴェイユの力が混ざり合って虹色の光を放った。紛れもなくそこに俺とシーナとルスランの力はあったんだ」

 

 翔の中に迫りくるデビルガンダムに対して放たれた虹色の光の刃が破壊した記憶が過る。

 そこには自分を異世界に呼び寄せたシーナ・ハイゼンベルグと、過去に囚われながらでも未来を切り開いたルスラン・シュレーカーの二人のエヴェイユの力と共に引き起こしたまさに奇跡の力であった。

 

「あの戦いの後……俺の中からシーナは消えた。でも……それで終わりという訳ではなかった。俺の中にはシーナとルスランのエヴェイユの力がいまだに残っているんだ」

 

 そう言って翔は目に手をやると、コンタクトレンズを外しているのかそのままゆっくりと目を開けて、リーナを見つめるる。

 

 思わずリーナも息を呑んでしまった。

 目の前にいる翔に瞳の色は目まぐるしく変化しているからだ。それを隠すために今までカラーコンタクトを着用していたのだろう

 

「アフリカタワーの事は覚えてるか?」

「う、うん……」

 

 そのまま話を続けながら翔が切り出したのはアフリカタワーでの出来事だ。

 あの時、ガンダムブレイカー0と共に戻って来た翔は内のシーナと力を合わせ、エヴェイユの力を解放し、全てが静止した空間を作り上げた。

 

「……俺の中にも似たような事が起きている。景色が歪んだと思ったら、周りの人間が静止したような世界で俺だけ一人いるんだ。目の前には知り合いだっている……でも……一度、そうなったら俺には干渉できない……。いくら話しかけても触ってもそんな世界じゃ相手は俺を認識出来ないからな……。酷い時に半ば一日そんな世界に一人いなくちゃいけない……。いつ起きるか分からない日々をビクビクしてるよ」

「エヴェイユの力が……暴走してる……」

 

 元々、人知を越えた存在であるエヴェイユの力は人の器には大きすぎるものだ。

 それが翔の中では元々、彼が持っていた力だけではなく、シーナとルスランが遺したエヴェイユの力も合わさって、暴走しているのだろう。

 今、同じエヴェイユであるリーナでさえ翔がいる領域がどんなモノなのか、彼がなにを見ているのかは想像が出来ない。

 

 今の翔は紛れもなく最強のエヴェイユであろう。

 しかしその反面でそのエヴェイユの力は翔自身でも制御しきれず、まさに世界から隔離された存在と化していた。

 

「……今の俺を……笑うか?」

「……笑えないよ」

 

 PTSDとエヴェイユの力の暴走……この二つで苦しむ翔を貶すような真似は出来ない。

 そもそも彼が今、こんな状態になったのは自分達の世界のせいだ。少なくともそれが分かっているリーナに今の翔をどうこう言う事は出来なかった。

 

「……変な話をして悪かったな……。でも……お陰で少しは楽になったよ」

 

 まだ幼いリーナにこんな事を話してしまった事に自己嫌悪しながら今日はこのまま寝る為にグラスを持って流し台に向かう。

 

「翔!」

 

 そんな翔の背中にリーナは立ち上がって、振り絞るような声で呼び止める。

 

「ドクターが……エヴェイユの研究をしてる……。きっと……翔の力になれるよ……!」

「そうか……。ありがとう」

 

 ここに来る前から翔の身に起きている異変は分かっていた。

 自分達も何もせずにここに来た訳ではない。

 想像以上に翔に起きている異変は凄まじいものがあるが、それでも仲間がエヴェイユについて研究している。

 

 翔にだってきっと力になれる筈だ。

 その事を訴えるリーナではあったが、翔は肩越しに振り返り、リーナに気を使った悲し気な笑みを浮かべて、そのまま去ってしまう。

 

 流し台に翔の背中が見える。

 今、彼がどんな表情をしているのか分からない。

 

 同じエヴェイユである自分ならば、そう思っていたが、今の翔に起きている異変にはどうしようもなかった。

 

 しかしそれでも翔の表情を何とかしたい。かつてのように笑ってほしい。

 そんな事を想いながらリーナはギュッと拳を握り、悲痛な面持ちで俯く。

 リーナだけではない、薄っすらと目を開けて話を聞いていたレーア達も何も出来ない自分を嘆き、ルルに至ってはすすり泣いていた。

 

 今の翔に何が出来るのか……。

 ただ夜は更けるのだった。


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