ガンダムブレイカー
「夕香ー? これどうする-?」
「あー……それそこ置いといて」
時は2029年。
ここは日本の静かな住宅地。昼下がりの暖かな日差しが射す中、雨宮という表札がある新築であろう綺麗な一軒の家の中では慌ただしく人が動いていた。今この家では引っ越したばかりの家族がいたのだ。
その一室には二人の美しい少女がいた。
一人は茶髪のくせっ毛のある肩までかかるセミロングの髪。そして何より一番、目を引くのはその赤い瞳だ。彼女の名前は雨宮夕香。この家に引っ越してきた家族の娘だ。
もう一人の少女は半分を纏めたクリーム色の鮮やかなロングヘアと薄い青色の瞳が特徴的だ。名前は根城裕喜。夕香の友人だ。こうして引っ越し先の手伝いにまで来てくれたのだ。
「夕香……。こっちで良い……?」
「おそーい、何の為に連れて来たと思ってるのー?」
開かれたドアの方から夕香の名を呼ぶ声が聞こえる。
見ればどこか裕喜に似た青年がそこにいた。彼の名は根城貴弘。裕喜の兄弟だ。貴弘の手には夕香の私物が入っているだろう段ボールがあった。午前中に体力を使ったのか、どこか汗をかきながら運んできた貴弘に裕喜は文句を口にする。
「んー……。それはそこら辺、適当なところに置いといて。あんがとねー」
一方で夕香はガチャガチャとテレビを弄りながら部屋の隅を指さす。夕香の指し示した方向を目で追った貴弘は言われた通り、その辺りに持ってきた段ボール箱を置く。
「あっ、テレビついた」
するとカチッという音共にテレビの液晶に現在、放送されているであろう情報番組が映る。それを確認した夕香はふと声を漏らし、テレビから離れる。
内容は完成から一年経った宇宙エレベーターについてだった。
一年が経ったとはいえ目的地の月面ステーションや宇宙コロニーなどの建設はこれから始まり、まだまだ大きな課題は沢山残っていた。
「──よぉ、終わったか」
何気なくテレビを見ていた三人に声をかけるのは裕喜と貴弘の兄である根城秀哉だ。開かれたドアに身を寄せながらこちらを見ていた。
「まぁアタシの部屋は今日一日でなんとかしなきゃいけないって訳でもないし、大体、片付いてるから何とかなってるかなー」
「ふーん……。そう言えば夕香、お前、双子の兄貴がいたよな? 今、どこにいる? ガンプラ作ってるって聞いたから興味あったんだけど……。さっきチラッと見ただけでいないんだよな」
ベットに横たわり、可愛らしい枕を抱きながら答える。
単純に飽きて面倒臭くなったのだろう。そんな夕香に苦笑しながら、秀哉は辺りを見回す。そう、彼の言葉通り、夕香には双子の兄がいた。
「イッチならどっか行ったんじゃない?」
「夕香もだけどイッチは猫みたいに気ままよねー」
特に興味もないのか、それよりも興味のあるテレビを見ながら答えるその姿に夕香、そしてその兄とも同級生である裕喜はこの双子は接すればするほど似てると感じてしまう。それは同じくクラスメイトの貴弘も同じなのか彼も裕喜と共に苦笑していた。
「……バイト前に話だけでもしてみたかったんだけどな」
秀哉もガンプラを嗜んでいる。
それは自分好みの改造を施すほどにだ。とはいえ彼は父親を早くに亡くしシングルマザーとなった母親を少しでも支えるために普段はバイト漬けの日々を送っていた。今日もこの後、バイトだ。その前に会ってみたかったのだが、もしかしたら断念せざる得ないかもしれない。秀哉はどこか残念そうに呟くのだった……。
・・・
《──ミサさん、本日もご来店ありがとうございます》
「毎日お出迎えありがとうね、インフォちゃん」
所変わってここは雨宮宅から然程離れてはいないゲームセンター・イラトゲームパーク。客の探知して開かれた自動ドアの先には少女のような女性型のピンク色の業務ロボットが出迎えていた。インフォちゃんの名で親しまれているそのロボットに声をかけるのは、ツインテールの髪と緑色のジャケットを羽織った少女・ミサだった。
「なんだい、今日も来たのかい。悲しい青春送ってんねぇ」
「一応、お客なんだから歓迎してほしいなぁ」
インフォの後ろから声をかけるのは一人の老婆が声をかける。
彼女もまたインフォのようにイラト婆さんと呼ばれて親しまれていた。そんなイラトの茶化しにブスッとした表情を浮かべる。
「だったらもっと金落としな。毎日いるだけじゃねぇか」
「───イラト婆ちゃん! このクレーン、がばがば過ぎて景品取れねーよ!!」
そんなミサにズイッと近づきながら不敵な表情で言われてしまう。
思わず後ずさりするミサだったが、景品が取れないことで文句を言う近所の子供にイラトがそちらの方へ向かったため、胸をなで下ろす。
「私もシュミレーター見に行くよ」
《先程、初めてのお客様がシュミレーターに入られました。そろそろプレイが始まるころです》
このゲームセンターのゲームのチェックの大半をインフォが行っている。
そのことで言い争っている近所の子供とイラトを横目にミサはインフォにガンプラバトルシュミレーターを見ながら告げると、近所の客は全て覚えているインフォの言葉にミサは興味を惹かれる。
「ガンダムブレイカーⅢ……?」
ガンプラバトルシュミレーターが設置された場所に着いたミサはプレイの様子が映し出されるモニターの前に立ち、初めて来たというのが誰なのか探す。見慣れた名前や機体名があるなか、一つだけ知らない機体名があった。
名前はガンダムブレイカーⅢ。ジムⅢやG-3ガンダム、そして武器はGNソードⅢと数字の3を意識したような作りの改造ガンプラだ。しかしこの名前にミサは何か引っかかったようなものを感じる。
シュミレーターが作り出した月面を舞台にしたジオラマ上でホログラム投影されたCPU操るガンダムやジム、ザクやジオングなどと言った機体を手慣れた動きで撃破していく。
「凄い……」
思わずミサはそう呟いてしまった。
初心者などとは動きはまったく違う。大会などでよく見る卓越した動きで向かってくる敵を素早く、そして確実に倒していくブレイカーⅢに見惚れていた。
「うわっ」
しかしブレイカーⅢに近づくプレイヤー機の存在があった。
その名前を見てミサの表情は露骨に嫌な顔に変化する。それはある意味、この地元で有名な存在だったからだ。とはいえミサの反応から見てあまり良い存在ではないのは確かだった。