機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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今日は二話連続投稿です。
前話は前書きの通り、トライデントさん。今回は私の原案のものです。


気高き獅子の如く

──ラグナ・ウェインに実の両親の記憶はない。

 

それは彼が物心つく前に両親を事故で失っているから。だから彼は両親についてを人伝にしか知らない。たから実の両親についてもガンプラバトル、そしてモデラーとして名を馳せたという程度にしか知らないのだ。

 

だから彼にとって親と呼べる存在は…。

 

 

『ラグナ、おいで』

 

 

時に偉大なる父のように、時に柔らかな母のように…。自分にとって清廉な彼の英雄の存在こそ目指すべき背中だったのだ。

 

それだけではない。英雄の周囲には人が絶えず取り囲んでいた。その誰もが強く確かな芯を持った人物であり、そんな人間達と接することでラグナ自身の成長に繋がっていったのだ。

 

幼い頃の自分にとって、周囲の存在はあまりにも大きな存在だったのだ。自分はそれを常に見上げることしか出来ない。

 

別にそのことは大して気にしたことがなかった。なぜなら彼にとって、それこそが当たり前の環境だったから。自分だけが小さな存在だったから。

 

だが突然、その日は訪れた。

 

 

『ラグナ。今日からお前の妹になる奏だ。今日からお前はお兄ちゃんになるんだ』

 

 

自分よりずっと、ずっと小さな存在…。いざ実際に自分の両腕に何とか納まるような存在を見ると、どうしても良いか分からなくなってしまう。

 

だが、それでも……。

 

突然、出来た妹は大きな存在が当たり前だった彼にとって初めて出来た小さな存在だったのだ。

 

・・・

 

 

「…ラグナ」

 

 

伸び伸びと気持ちの良い日差しが窓から注ぎ込むある日の休日、居間でBB戦士 孫策サイサリスを作成していたラグナ少年九歳は翔に声をかけられる。

 

 

「少しブレイカーズに急用が出来てしまってな。奏と留守番をしていてもらって良いか?」

 

 

反応して、振り向いたラグナに翔は仕事で何かあったのか、留守番を頼んできた。コロニーも数年前に打ちあがり、複数店展開しているブレイカーズも今では地球を出て、宇宙にも店を構えている。翔も多忙な毎日を送っていた。

 

とはいえ、そんなことも微塵も感じさせず、コクリと頷いたラグナを見て、柔和に微笑んだ翔はラグナに合わせて屈むと、自身が抱えている無垢な瞳でラグナを見つめる奏を彼に受け渡す。しかしまだ子供を抱きなれていないラグナはおっかなびっくりでその両腕にまだ一歳になる奏を抱く。

 

両腕に何とか収まる奏はぱぁっと笑顔を向けて喜んでいる。まだ生まれて一年になる奏の反応の全てがラグナにとって新鮮なのだろう。奏の行動全てに驚きながらも目を輝かせ、その一つ一つを見逃さないと興味津々なようだ。

 

 

「じゃあ、行って来る」

 

「い、いってらっしゃい」

 

 

そんなラグナの姿を微笑ましそうに見ていた翔は軽く手を振り、ラグナが見送りを受けながら家を出ていく。

 

 

「えっと、その…」

 

 

翔が出て行って、数分。居間で奏を抱きかかえたままラグナは固まっていた。と言うのも奏とこうして二人きりで世話をするのは初めてだからだ。だからこそ二人だけの空間で、まずどうして良いか分からなかった。

 

 

「ちっちゃいなぁ…」

 

 

なにをしているんだろうと、立ち尽くしているラグナを無垢な瞳が見つめる。視線に気付いたラグナが奏を見やると、キャキャ、と反応している奏についつい笑みを浮かべながら、その手を握る。

 

すると程なくしてインターフォンが鳴り響く。大きく身を震わせて驚いたラグナがリビングのモニターで確認してみれば、そこには優陽がカメラ越しで人当たりの良い笑みを浮かべながら手を振っていた。

 

・・・

 

 

「優陽さん、こんにちは…」

 

「やっほー、ラッくん。翔さんから頼まれて、様子を見に来たよー」

 

 

玄関の扉を開いてみれば、ラグナにとって性別不詳の優陽がウインク交じりで挨拶をしてきた。どうやら外出した翔が心配して、優陽を頼ったらしい。

 

 

「ラッくん!歌音もいるのーっ!」

 

「か、歌音ちゃん…」

 

「僕も歌音ちゃんを預かっててね。みんなで仲良く翔さんを待ってよっか」

 

 

優陽を見上げてばかりだったラグナに等身大の位置から声をかけられる。何とそこには小さなサイドテールをちょこんと纏め、くりっくりな瞳で元気に話す幼き歌音の姿が。歌音の勢いに押され気味のラグナに微笑みながら、優陽は歌音と纏めて、ラグナ達の世話役のため、如月家に足を踏み入れる。

 

・・・

 

 

「とりあえず、なにか見ながら遊ぼうか。SDガンダム辺りかな?」

 

「ぼっぴーんっ!」

 

 

如月家のリビングにて、映像機器の周囲の戸棚に収納されている歴代ガンダムシリーズの映像BOXを前にどれにしようか悩んでいる優陽。一先ずSDガンダムを選んだ優陽に歌音はなにやらずっこける。その後、テレビにガンダム作品を流しながら、優陽はボール遊びなどでラグナ達を賑わせていた。しかしその間も奏は歌音や優陽と接するものの、ラグナにずっと引っ付いていた。

 

・・・

 

 

「寝ちゃったみたいだね」

 

 

それから数時間後、すっかり遊び疲れてしまったのだろう。奏と歌音は眠ってしまっている。スヤスヤと眠る奏を一瞥しながら彼女を抱えているラグナに声をかける。

 

 

「お疲れさま、お兄ちゃん。ラッくんはなにかしたいことある?」

 

「えっ?」

 

「ずっと歌音ちゃんや奏ちゃんが喜びそうなことしてたからね。今ならラッくんがしたいこと、なんでもしてあげるよ?」

 

 

テーブルに両肘を置き頬杖をつきながら保母のような温かな笑みを見ながら小首を傾げて問いかけてくる優陽に驚く。

 

今日は奏や歌音に合わせて遊んでいた。ラグナも兄の立場から合わせてくれたようだが、彼もまだ幼い子供。したいこともあるだろうと彼に気を利かせての問いかけだった。

 

 

「だったら…おとうさんの話が聞きたいですっ」

 

「お父さんって…翔さん?」

 

 

とはいえ、いきなり言われても浮かんでこなかったのだろう。頭を悩ませていたラグナだが、やがて思いついたのだろう。瞳を輝かせて、前のめりで答えたその内容に優陽が一瞬、実父なのか翔なのか判断がつかずに問い返すと、どうやら翔だったようだ。

 

 

「そっかそっか。じゃあ始めるよ?」

 

 

普段の優陽なら翔の女性問題を面白おかしく話すところだが、相手はまだ純粋な子供。であれば変に取り繕わず、ありのままの英雄を話すべきだろう。さながら物語の語り部のように話し始めると、ラグナはワクワクしたような面持ちを浮かべる。

 

それから優陽が知っている翔の話をラグナを退屈させないように、ユーモアを交えながら話す。まるでヒーローのように話される翔の過去の活躍に瞳を輝かせていると、不意にインターフォンが鳴る。

 

優陽が確認してみれば、そこには一矢とミサに雨宮夫妻の姿があった。

 

・・・

 

 

「ブレイカーズに寄ったら、翔さんからラグナ達の話を聞いて、来てみたんだ」

 

「久しぶり、ラグナ君っ」

 

 

リビングに通された一矢達。優陽と会話をしている一矢と自分に挨拶をしてくる。しかしラグナの驚きは雨宮夫妻よりもその傍らに控える一角の騎士とミサが抱える赤ん坊だった。

 

 

「あぁ、そう言えば会うのは初めてかな。娘の希空とそのトモダチのロボ助だよ」

 

 

ラグナの視線に気付いたのだろう。抱かかえるまだ生まれたばかりの希空とロボ助を紹介する。そう実はミサも最近、産婦人科から退院したばかりなのだ。

 

 

「ちっちゃい…」

 

「うん、だからなにかあればラグナ君がお兄ちゃんしてくれると嬉しいな」

 

 

奏よりも更に小さな希空に戸惑いに似た驚きの反応を浮かべるラグナに希空を抱え、慈しむように微笑みながら、ラグナに頼むと、ラグナはコクコクと頷く。

 

 

「これは…孫策サイサリスか」

 

 

すると一矢がテーブルに置かれていた作りかけの孫策サイサリスを見つける。まだ幼いラグナが作成したと言うこともあり、ホイルシールがずれている部分もあるが、よく出来ている。

 

 

「…その、カッコ良くて…」

 

「あぁ確かに格好良いよね、孫策」

 

「【命を懸けて家族を守ることの何がくだらない!】ってね。もしかしたら天玉鎧に選ばれてたかもしれないんだよね。この後の孫権も格好良かったし」

 

 

どこか気恥ずかしそうに話すラグナに孫策サイサリスの活躍を振り返りながら、それはそれで盛り上がっているミサと優陽。

 

 

「うん…。僕も孫策や孫権みたいになりたいなって…」

 

 

ラグナ自身も孫策サイサリスの活躍は知っているのだろう。テーブルに置かれている孫策サイサリスへの視線は、まさにヒーローに憧れる少年そのものだ。

 

 

「奏は僕より小さいから…だから僕が守らないと…。僕は奏にとって強いお兄ちゃんでなりたいから」

 

 

奏が現れるまでラグナの周囲は常に大人が、外面内面問わず大きな存在ばかりだった。だが奏は違う。奏は自分よりも小さいのだ。だからこそ守らなくてはならない。自分がそうしてもらっていたように、大きな存在でありたいのだ。

 

 

「ふふっ、ロボ助と仲良くなれそうだね」

 

「どういうことだ?」

 

「ロボ助のAIには、ロボ太の他に私の知ってる不器用ななお兄ちゃんをベースにってカドマツに頼んだからね。不器用な、ね」

 

 

そんなラグナについついミサが微笑む。だが何故、ロボ助なのかと一矢が投げかけてみれば、どこか含みのある笑みを浮かべながら、ミサは一矢をチラリと見る。

 

 

「でも、うん。きっとラッくんは大きなお兄ちゃんになれるよ」

 

 

するとラグナを見つめていた優陽は自信を持って、そう答える。一矢とミサが優陽の視線を追うようにラグナを見れば、ずっと自分から離れようとしない奏を優しく撫でるラグナがいた。今日、長くラグナと接していた優陽は常に奏がラグナから離れようとしなかったのを知っているのだ。

 

 

「すまない、少し遅くなった」

 

 

しばらくして、漸く翔も帰ってきた。翔の帰宅に嬉しそうな笑顔を浮かべるラグナは駆け寄ろうとするが、自分の服の袖を掴む奏がいるので我慢していると、優陽達に礼を言っていた翔からラグナのもとへ歩み寄る。

 

 

「ありがとう、ラグナ」

 

 

翔はゆっくりと座ると、ラグナの頭を撫でる。その母のような温かな笑みの翔を見て、ラグナも子供らしく嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

 

「ケーキを買ってきたんだ。みんなで食べよう」

 

 

すると翔は帰りしなに買ってきたホールケーキをテーブルに置く。色とりどりのフルーツで作られたケーキを前に子供達は瞳を輝かせ、ミサはカットするために翔から包丁の位置を聞き、程なくして人数分カットされる。

 

 

「美味しいっ」

 

「ホント?ラッくんのもちょうだい」

 

「歌音ちゃんと同じものだよぅ!」

 

 

ケーキを頬張った途端、子供らしい跳ね回るような喜びを見せるラグナ。大人達が微笑ましそうに見ているなか、ラグナのケーキを横取りしようとする歌音から自身のケーキを遠ざける。

 

 

「…ん?」

 

 

その時、なにやら奏が指を咥えてラグナを見ていることに気付いた。どうやらケーキに興味があるようだ。

 

 

「…ケーキって食べさせても良い?」

 

「ケーキはまだ早いけど、生クリームなら本当に少しだけなら良いって話は聞いたよ」

 

 

ケーキを分けようと思ったのだろう。ラグナの問いかけに一同、視線を通わせると、代表して母親であるミサが微笑ましさから頬を緩ませながら答える。

 

 

「奏、あーんして」

 

「あー…」

 

 

奏への安全面を考慮してか、小さなプラスティックスプーンで言われたとおり、スプーン一さじ分を取り、奏に食べさせる。するとたちまち奏は嬉しそうな顔を見せ、ラグナだけではなく、大人達も微笑む。

 

 

「ラッくん、歌音もあーってしてるよ」

 

「だからあげないてっ!」

 

 

しかしそんなことは全くお構いなしの歌音がラグナに口を開けて詰め寄り、ラグナは子供ながら大声でツッコむ。面白くも、温かな時間を今、ラグナ少年九歳は過ごす。

 

 

 

 

 

 

そして時は経ち…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

《──おぉっと、ガンダムブレイカーブローディア、膝をついた!二連覇の夢は叶わないのか》

 

 

それから14年後に執り行われたグランドカップには成長したラグナ・ウェインの姿があった。グランドカップのバトルもいよいよ決着の時が迫っていた。

 

長い激闘のなか、ガンダム試作3号機をベースにしたガンダムブレイカーブローディアが膝をついていた。その騎士のような外見も戦闘による損傷が目立っている。

 

 

「…ッ」

 

 

ラグナの額から汗が流れ落ちる。もう集中力もとっくに切れている。だがそれでも戦えているのは、彼の精神力によるものだろう。

 

相手のガンプラが自分の目の前に降りたち、最後の勝負をかけようとする。それに応えるようにブレイカーブローディアもGNバスターソードを杖代わりに立ち上がり、気合を入れ直すかのように一振り、大きく振るって構える。

 

 

「奏が見ていますからね…」

 

 

想いを馳せるのは奏へだ。このバトルを多くの存在が見ていることだろう。だが何よりも今、ラグナが考えたのは奏だったのだ。

 

その瞬間、相手MSが地を蹴って迫る。

 

ラグナも全てをここに込めるとばかりに目を鋭く細めて、ブレイカーブローディアの全霊の一撃を放つ。

 

 

一閃。

 

 

二機のMSが交差し、静寂が包み込む。

 

誰しもが息を呑むなか、相手MSは崩れ落ち、爆発するのであった。

 

・・・

 

決勝終了後、相手チームとの握手を交わすラグナへ沸き上がるような歓声が響く。どこを見渡しても自分への称賛の声が聞こえてくるなか、観客席の中から歌音や希空達と応援に駆けつけた奏を見つける。

 

 

「私は強いですよ。なにせアナタがいますから」

 

 

ラグナの勝利に感極まって涙を流して、安堵していた奏ラグナの視線に気付き、大きく手を振っていた。これで近くにいるのなら抱きついていることだろう。って言うか、この後された。奏をあやしながら、目尻に涙を浮かべる歌音と視線を交わしながら、ラグナは奏に背を向けて、決勝ステージを後にする。奏はその大きな背中を目に焼き付けるのであった。

 

・・・

 

そして現代、ラグナはボイジャーズ学園の教職員として多忙な毎日を送っていた。

 

 

「ラグナーっ!」

 

「こら、学校では先生と呼びなさいと言っているでしょう」

 

 

学園 では希空の次にラグナに構ってくる奏。希空第一なのは少し寂しいところはあるが、それでも奏との時間はやはり楽しい。学園でも注意したところで、ラグナもつい甘やかしてしまうところがあるのだ。

 

 

「ふうぅっ…ラグナは雄っぱいはいいなぁっ…」

 

(…大きくなると望みましたが、そういう意味では…)

 

 

普段の学園生活では凛とした生徒会長も希空へはボンコツ、ラグナへは甘えたがりの妹になる。厚みのある胸部に飛び込んでは、だらしのない顔を見せる奏にラグナは苦笑する。

 

 

(ですが、アナタが健やかに成長し、この身を望まなくなるまでは兄として大きくあらねばなりませんね)

 

 

胸に顔を埋めて、外はねの髪をぴょんぴょんと動かしている奏に苦笑しながらも、優しくその頭を撫でる。撫でられている奏はまるで犬か何かのようだ。そんな胸部の奏を見下ろしながら、気高き獅子は優しく微笑むのであった。


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