ラクロアの勇者たち
「以上がタイムズユニバース百貨店各店舗の収支報告です」
ここは日本から遠く離れた異国の地に存在するオフィスだ。
その一室でメイド服に身を包んだドロシーという名の女性がデスクに腰かけ、パソコンから表示されている会社のデータが載った立体グラフを見つめている金髪翠眼の美青年に報告を行っていた。
「一つだけあまり伸びてない店舗があったね。どこだと言ったかな?」
美青年は頬杖をつきながら傍らに佇むドロシーに問いかける。彼の名はウィル。タイムズユニバースの若き経営者だ。
「彩渡駅前店、ですね」
「……彩渡……。彩渡……。あぁ……時代に取り残された小汚い商店街があるところか」
間髪散れずに主の問いかけに答えるドロシーの無機質にも感じられる表情は動かず、さながら美しい人形のようだ。ウィルはドロシーの返答にしばらく記憶を巡らせながら彩渡駅前店と近くに存在する風前の灯といえる商店街を思い出す。
「責任者によりますと商店街の広告戦略が効果を上げてきている、とのことです。ガンプラチームを広告塔として今シーズン破竹の快進撃中であり、先日のリージョンカップ決勝戦は全国にライブ中継が行われたようです。そこで商店街の名前が……」
伸び悩む理由を即時で答えられる。
リージョンカップの決勝は全国にライブ中継が行われ、ゲネシスの覚醒など、その注目はチーム名である彩渡商店街にも集まっていたのだ。
「……ガンプラバトル……」
ウィルが反応したのはガンプラバトルの単語であった。
その様子はどこか複雑そうな表情が読み取られ、ドロシーはそんなウィルをじっと見つめている。
「ドロシー、日本行きのチケットと滞在先を用意してくれ」
とはいえ今は職務中。すぐさま表情は切り替わり、向かう場所を日本に決める。
売り上げが悪い彩渡駅前店を視察しようと言うのだろう。しかしドロシーは一切、反応はしない。怪訝に思ったウィルはドロシーを見やる。
「申し訳ありませんウィル坊ちゃま。本日の勤務時間は数分前に終了しました。必要であれば明日以降にお申し付けください」
「……時間外手当出すから」
ドロシーの静かな言葉を聞き、チラリと時計を見る。
もう定時である。
とはいえ少しは融通を利かせて欲しいところではあるが、これこそ彼女らしいと言える。
それに彼女は優秀だ。
これだけの事を上司に面と向かって言えるだけの働きは見せている人物だ。そのことを誰よりも理解しているウィルは溜息をつきながら答える。
「お茶入れますね。いつ発たれますか?」
「今すぐだ」
それならばとにこやかに切り替えて、お茶の準備をする前に予定を尋ねると、思ったらすぐに行動するタイプなのか、今この瞬間だと答えられる。
「なるはや……と。手配しておきます」
「な……? まぁ……良いか……。ところでスリーエスの件はどうなっている?」
早速、作業に取り掛かろうとするドロシーが発した略語に戸惑いながらもウィルは別件の話を切り出す。
「まもなく全株式の67%を取得完了します。正直、申し上げて何の利益にもなりませんが」
「汚いビジネスに手を染めた無様な大人に報いを受けさせるのさ。僕はこの汚れた世界を浄化しているんだよ」
ウィルが切り出した案件について答えるドロシーの言葉からこの件に関してはメリットもなにもない無意味な行為なのに何故、と言うようにも聞こえる。
実際そうなのだろう。
ウィルは若き経営者だ。それも今ではこの会社は宇宙産業にも進出できるほどの規模を持つ。それは全てウィルの手腕によるものだろう。そんな彼が今回の事に気づけないわけがない。
勿論、ウィルだって言われるまでもなく気付いている。
しかしドロシーの疑問に答えるその様子は怒りのそのものであった。この件に関してはウィル個人の意思、感情によるものだ。そこに利益は関係ない。
「中二病ですか?」
「なんだい、そのチュウニビョウって?」
しかしウィルの言動から中二病的な物を感じたのか、ドロシーは思ったまま口に出すと、そもそも中二病とは何なのかを知らない彼は不思議そうに顔を向けて問いかける。
「若年層を中心とした流行病です。根拠のない全能感に支配されたりするとか」
「いや全くそんな症状はないが」
「そうですか。お大事に」
わざわざ律儀に中二病の事を簡潔に説明をすると、当のウィルはきょとんとした顔で答える。
自覚ある中二病など少ないだろう。
そもそも中二病とは発症している時は苦ではないが時間が経てば経つほど発症者に深い心の傷を与える病なのである。恐ろしいのである。恥ずかしいのである。死にたくなるのである。まぁなるだけだが。
そんなウィルを手遅れに思いながらドロシーは主人の指示に応える為に動き出すのだった……。
・・・
リージョンカップも終わりジャパンカップまでの間、暫しの何事もない日常が訪れていた。シュウジ提案の旅行の日にちが迫る中、ミサのトイショップの奥にある作業ブースにて彩渡商店街ガンプラチームの面々がガンプラを作成していた。
作業台に置いてあるミサのアザレアの姿はリージョンカップの時とはその細部が変わっていた。まず目を引くのはバックパックに装備されたガンダムヴァーチェの2基の可動式2連装ビーム砲塔だろう。そこには二つのマイクロミサイルランチャーや腰部にはフラッシュバンなどが新たに設けられており、手持ちの武器は大型ビームマシンガンに変更され、火力面が大幅に強化されているのが見て取れる。
アザレアパワード……これがミサが新たにカスタマイズしたアザレアの新しい姿だ。
「ロボ太、プラモ作りも上手いんだねぇ。ホント、ロボにしておくには惜しいよ」
(……俺……今、凄い光景の目の前にいる気がする……)
ミサは自分の横に座り、騎士ガンダムのガンプラを作成しているロボ太を見ながら、その手つきや完成度を眺めながら褒めるていると、ロボ太の向かい側に座っている一矢は騎士ガンダムが騎士ガンダムを作る光景に唖然としている。
「……で、なんでいんの?」
「……アタシがどこにいようがイッチには関係ないでしょ」
横目でチラリと自分の傍らを一瞥する。
そこにはこの場に珍しく夕香が座っていたのだ。
特に何かを作ると言う訳でもなく、ずっと物言いたげにをチラチラ見てくる妹に対して声をかける。
この妹、この数日の間、やたら自分の傍にいる。しかし帰ってきたのは若干、棘のある言葉だ。
「もぉ夕香ちゃん、本当は一矢君が目的でしょ。見せてあげなよー」
「ちょっ……ミサ姉さん!」
しかしミサはなぜ、ここに夕香がいるのかその理由を知っているのか、微笑を浮かべながら促すと一矢が目的だと言うのを口に出されたくなかったのか焦ったようにミサを見るが、その前にずいっとミサの前に顔を出し、こちらを見る一矢に苦い顔を浮かべる。
「……はぁっ……。その、さ……イッチ……。これ……」
観念したように溜息をついた夕香は自身の2wayバックから小さなケースを取り出し、そこからバルバトスのガンプラを机の上に置く。
このバルバトスはかつて夕香が初めて作ったガンプラだ。しかしその見た目はガンプラバトルロワイヤルに出場した時から大きく変わっていた。
「……第6形態……」
「……ミサ姉さんに教わりながら作ったんだ」
上半身は新たに装甲が追加され、両腰にはスラスターも追加されている。
これはバルバトスが登場する作品においてバルバトスの最終決戦仕様として登場したものだ。
夕香はこのガンプラを購入し、以前、作製したバルバトスに組み込んだのだろう。
しかしただ組み込んだだけではない。スジ彫りやデカール、再塗装などがされ、以前、一矢が見た時よりもその情報量は増え完成度が高まっていた。
ジッと夕香が作成したバルバトスを見つめる。
その横でミサに教わりながら作った事を明かす夕香だが、この第6形態自体は実は数日前には完成しており、いざ完成してみたら気恥ずかしくてミサに促される今の今まで一矢に見せる事が出来なかった。それがここ最近、一矢の傍にいた理由だ。
「……良いんじゃない、別に……。良く出来てると思う……」
素直に明かせない妹が妹ならば素直に褒められない兄も兄だ。
チラッと夕香を見て彼なりに褒めると再び作業に戻る。しかしその視線はジッと妹が作成したバルバトスだけを見つめている。
「良かったね、夕香ちゃん」
「……うん」
ミサは席を立つと、夕香の背後に周って彼女の肩に両手をかけると、その耳元で囁くように祝福する。あの時、土手で二人で話していた事がやっと現実になったのだ。
「──ちょっと良いか?」
そんな三人と一機に声をかける人物がいた。
見ればカドマツが来ていたのだ。ミサはそのまま出迎えるようにカドマツの前にやってくる。
「実はこれから始まるジャパンカップに向けてロボ太の調整をしたんだ。試験したいからついて来い」
それはロボ太に関する事だった。
ロボ太もチームメイトである事から一矢とミサが頷き、ついでに夕香も折角だし、とついて行く。
・・・
「イラト婆さん、この筐体コイン入れてもクレジット増えねーよ!」
「もう一枚入れてみな!」
イラトゲームパークは今日も今日とて少年とイラト婆さんによるやり取りが行われている。それを耳に入れながら真っすぐガンプラバトルシミュレーターへと向かうと、カドマツはシミュレーターで何やら作業を始める。
「準備できたぞ。試験用の新しいステージが追加されてる筈だ。そこでボスを倒して来い」
準備を終えたカドマツは一矢達に声をかける。
そのままプレイすれば良いのではと思うが、折角の特製ステージだ。ミサ達はシミュレーターに乗り込もうとする。
「……ねぇカドマツさん、妹も一緒にやっても良い?」
「別に構いやしないぞ。それに今回は……」
シミュレーターに乗り込もうする一矢ではあったが、その前に夕香をチラリと見てふとカドマツに提案する。
見物してるつもりだったのか、夕香が驚いた顔をする隣でカドマツがなにやら含みのある様子で答える。
「イッチ、どういうつもり?」
「……折角ガンプラ作ったなら、一緒にバトルするのも悪くない……そう思っただけ。別に嫌なら良いけど」
兄が何故、そのような提案をしたのかが分からない。
その真意を問いかけると一矢は夕香を見ず、そっぽを向いて頬をかきながら答えていた。
「……しょーがないなー」
一矢の言葉を聞いて、一瞬、驚いた顔を浮かべる夕香だったが、クスリと笑うとそのまま一矢の隣のガンプラバトルシミュレーターへ乗り込み、バルバトスの第6形態をセットしてシミュレーターを起動する。あの兄が照れながら不器用にでも誘ってくれたのだ。乗らない理由が夕香にはなかった。
・・・
「うわぁ……! こんなステージ見たことない!」
マッチング終了後、彩渡商店街ガンプラチームと夕香が目にしたのは城と思われる建物の広間であった。
目につくところには壁に螺旋階段のようなものがある。このステージを見て、ミサが驚いている。勿論、ミサだけではない。一矢も夕香も驚いている。
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「「「誰がだ」」」
先頭に立つロボ太は三人に注意を促すが、その際に放った名前に三人からほぼ同時にツッコみが入ると同時にエンカウントを知らせるアラートが鳴り響く。
目の前に現れたのはサザビー、シャア専用ゲルググ、パーフェクトジオングが四機の前に立ち塞がったのだ。
「……気ィ抜くなよ」
「イッチこそカッコイイとこ見せてね」
チラリとゲネシスはバルバトス第6形態を見やる。
今回のゲネシスはアサルトバスター仕様ではない。リージョンカップでは戦い方を知る聖皇学園ガンプラチームが相手という事もあってアサルトバスターを採用したが、一矢個人としては身軽いこちらの方が好ましかった。
一矢は言葉短く夕香に注意を促す。
夕香もシミュレーター内でクスリと笑いながらバルバトス第6形態は身の丈程あるレンチメイスを構えるのだった……。