機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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偉大なる父のように、柔らかな母のように

 アスガルドのコロニーの町並みで一際賑う場所がある。多くの施設が立ち並ぶなか、ガンプラバトルの大会が行われていると言うこともあり、盛り上がりを見せているのは、トイショップであるブレイカーズだ。今では複数の店舗があり、コロニーにまで進出した店舗に奏はやって来ていた。

 

「久しいな」

 

 なぜならば、ここに父によって呼び出されたからだ。世界から隔離されたかのように昔からその容姿が変わらない父を見て、奏はどこか複雑そうな笑みを浮かべる。

 

 父がガンダムブレイカーズの一件で手を貸してくれたのは知っているし、父の一撃が突破口となった。父はあまりにも大きくそして誇らしい存在なのだ。

 

 だが同時に奏は自分の出生に関する情報を知ってしまっている。父は今まで他と変わらぬ人間として育ててくれた。そんな父が隠していた事実を知ってしまったことはどこか申し訳なく感じてしまうのだ。そんな仲、翔と合流し、他愛のない会話も程々に翔達は近くの喫茶店に移動してお茶にする。

 

 ・・・

 

「ラグナから話は聞いた。部費でMGディープストライカーを購入しようとしたらしいな」

「ぶはぁっ!?」

 

 翔の容姿だけで見れば、奏とは兄妹のように見えるかもしれない。

 しかし彼の纏う神秘的な雰囲気はやはり常人とは違う異質さをある。喫茶店で和やかな時間を過ごすなか、何気ない翔の言葉にコーヒーを啜っていた奏は噴出す。

 

「前はPGソレスタルビーング号を購入しようとしたと言うのも聞いている」

「な、ななななんのことか……」

「MS少女みらくるのあ……なるものを作成しようとしたと言うのも……」

「み、未遂だ未遂! ただ構想を挙げただけで……。でも、あの時の生理的に嫌悪した目で見てくる希空を思い出すだけで……」

 

 淡々とラグナから聞いた話を羅列していく翔に奏は誤魔化そうとするが、最後の言葉に至っては当時のことを思い出して、青白い顔でぶるぶると震えていた。

 

「……変わらないようで何よりだ」

 

 表情こそ変わらぬが、どこか柔らかな口調で話す翔。その言葉に奏は何か思ったようで……。

 

「そう、かな?」

「ああ。お前の本質は変わらない。人は出会い一つで変わる。良いようにも悪いようにも……。お前には良い出会いに恵まれていたのだろうな」

 

 改めて父にそう言ってもらえるのは嬉しかった。思わずおずおずと問いかける奏に翔は安心させるように穏やかな口調で話す。

 

「そうだな。私は恵まれている……。善き兄に善き妹分、善き友人達……そして善き父を持った」

「……」

「ありがとう、父さん。私を一人の人間として育ててくれて」

 

 ラグナ、希空、多くの友人達、そして何よりは目の前の翔がいたからこそ今の自分が形成されている。自分を挙げられたことで動きを止めている翔に奏は改めて感謝の言葉を口にする。

 

「私にはきっと…………秘められた多くの事実があるのだろう。だが、この世界に生きる【如月奏】以外の事実は不要だ」

「……そうか」

 

 シーナ・ハイゼンベルクも異世界のこともこの世界で生きる分には全く必要のない情報だ。故にこの世界の住人たり如月奏には如何なる事実も無用なもの。その言葉を聞き、翔も奏を呼び出して、言おうとした言葉を飲み込んだ様子であった。

 

「起きてしまったことは変えられない。俺から言うことがあるのであれば……お前の中に秘めたセンスはお前にとって呪いのように感じられる時があるかもしれない。しかし……」

「無用だ。父さんは昔、人間か否かではなく自分は人間だって胸を張って良いと言ってくれた。今の私にはあの言葉だけで十分だ」

 

 奏の覚醒を感じ取ったから、翔はアスガルドまでやって来た。ならばせめてエヴェイユについてどう向き合うべきかその助言をしようとするが、それさえも奏は突っぱねる。

 

「そうか……。杞憂だったようだな」

「そうでもない。久方ぶりに父さんに会えて良かった」

 

 奏が覚醒したことにより、もしかしたら彼女は暴走する可能性があると考えていた。

 しかし実際に彼女と接してみれば、一皮剥けたような物腰の柔らかさに安堵した。だが実際、奏が奏のままでいるのは、やはり彼女を取り巻く周囲の人々の影響が大きいと言える。

 

「父さん、一つ頼みがあるのだが」

 

 すると奏は翔にある頼みごとをするのであった。

 

 ・・・

 

「すまないな、父さん」

 

 喫茶店を後にした奏と翔が移動したのは近くのゲームセンターだ。

 人で賑う雑多としたゲームセンターのガンプラバトルシミュレーターの前で奏は翔に声をかける。

 

「ガンプラバトルがしたいと言うのなら、断る理由はない」

「ありがとう。知りたいんだ。私の全力を……。それを唯一、ぶつけられる父さんとバトルすることで」

 

 奏が翔に持ちかけたのはバトルの誘いであった。翔もバトルその物に異論はないのか、穏やかな笑みを浮かべていると奏はガンダムブレイカークロスゼロを取り出しながら話す。

 これまで覚醒後、模型部員達とバトルしたところで自分の中のエヴェイユの力を発揮できず、どことなく不完全燃焼のようで虚しさを感じていた。だが、翔が相手であればそれも解消されるだろう。早速、翔と奏はシミュレーターでVR空間にダイブし、出撃するのであった。

 

 ・・・

 

 バトルフィールドに選ばれたのは地球を眼下に見下ろせる宇宙空間であった。一対一のバトルと言うこともあり、翔のブレイカーインフィニティと奏のブレイカークロスゼロは早速、お互いを捉える。

 

 すぐに動いたのは翔であった。ビームライフルをブレイカークロスゼロに向け、引き金を引く。その精確無比な狙撃はブレイカークロスゼロに鋭く向かっていくが……。

 

 何とブレイカークロスゼロはトランザムを発現させて、量子化したではないか。

 

「やはり……受け止めるか」

 

 するとブレイカークロスゼロはブレイカーインフィニティの真横に現れて、GNソードⅢの刃を振り下ろす。しかしブレイカーインフィニティは動揺することなく、ビームサーベルを引き抜いて受け止めたではないか。だがこれは奏も予想していたようだ。

 

「出し惜しみはしないッ!」

 

 下手な戦いでは翔には通用しない。であればと早速、奏はその瞳を虹色に輝かせる。鍔迫り合いになっていたブレイカーインフィニティの目の前でブレイカークロスゼロが消え去った。直感で感じ取った翔が振り返れば、そこには既に刃を走らせるブレイカークロスゼロの姿が。

 

 すぐにシールドで防ぐブレイカーインフィニティだが、ブレイカークロスゼロの薙ぐような一撃に吹き飛ばされる。しかしブレイカークロスゼロは瞬時にブレイカーインフィニティに回り込んだのだ。

 

「そうか……。ならば」

 

 ブレイカークロスゼロはカスタマイズしたオーライザーに備わる武装を放とうとしている。それを横目に見た翔はゆっくりと目を閉じると、ブレイカーインフィニティに異変が起きる。それはブレイカーインフィニティがNT-Dを発現させ、変形を始めたのだ。

 

 ブレイカークロスゼロの射撃が着弾し、爆炎が上がるなか、ブレイカーインフィニティは姿を現す。一角の角が割れ、内に秘める真の姿を現したガンダムがそこにおり、ファイターの翔の瞳も虹色に輝いていた。

 

 サイコフレームの燐光を輝かせるその神々しい姿に無意識に息を呑む奏。ブレイカーインフィニティはガンダムブレイカーズに参戦した時も終始ユニコーンモードで戦っていた。だが浮遊城を一撃で沈めたりと規格外の力を見せつけていた。それがデストロイモードを発現させたこともあり、その実力は未知数なのだ。

 

 だが例えなんであれ、自分は自身の全てを解き放って挑むのだ。ブレイカークロスゼロはCファンネルを全て放つと、鎖を外された獰猛な獣のようにブレイカーインフィニティに襲いかかろうとする。

 

 対してブレイカーインフィニティは常に落ち着いた素振りを見せている。迫るCファンネルにフィンファンネルを放ちつつ、ブレイカーインフィニティに向かっていく。

 

「望むところだッ!」

 

 迫るブレイカーインフィニティはビームトンファーを露にすると、奏は笑みを浮かべながら真正面からブレイカーインフィニティに向かっていく。次の瞬間、ブレイカーインフィニティとブレイカークロスゼロの剣戟が始まる。それは見る者を釘付けにさせるような超越的なものであった。

 

 人より進化したエヴェイユという種。惜しみなくその力を発揮する二機の動きは常人には目で追うのもやっとだろう。

 

「くっ!?」

 

 ビームトンファーとレールキャノンを駆使して放たれる嵐のような猛攻を前に激しい損傷を受けるブレイカークロスゼロ。思わず表情を顰めた奏だがすぐに笑みを浮かべる。純粋に楽しかったのだ。ここまで自分が全力でバトルをしたのは本当に久方ぶりだ。しかもそれがウイルスなどの心をすり減らすようなものではない。

 

 両腕をクロスさせて放たれた一撃を受けて、ブレイカークロスゼロは大きく吹き飛ぶ。すぐさま体勢を立て直したブレイカークロスゼロは既にビームライフルの銃口をこちらに向けるブレイカーインフィニティの姿を捉えた。

 

 同時に引き金が引かれる。真っ直ぐ伸びたビームが突き刺さるようにブレイカークロスゼロに届く……が、その瞬間、ブレイカークロスゼロは量子化する。

 

「これが今の……私だッ!!」

 

 ブレイカークロスゼロはブレイカーインフィニティの目の前に姿を現すと、突き上げたGNソードⅢの刀身を媒体に強大な光に刃を発生させると、そのまま勢いよく振り下ろす。

 

「……成る程。曇りはない」

 

 ブレイカークロスゼロの一撃をシールドを構えて、受けるブレイカーインフィニティ。さしもの翔とは言え、無傷で済むわけなく、美しい純白の装甲に痛々しい損傷が目立つが、反して翔の声色は落ち着いていた。

 

「だが、お前はまだまだ強くなれる」

 

 するとビームトンファーの刃を広げ、二つの光の刃を形成する。まるで光の翼のように広がるその刃が交差するように放たれ、全霊を懸けた一撃を受けたブレイカークロスゼロは撃破されるのであった。

 

 ・・・

 

「もう少しここにいらしたら良いのに」

「優陽はそうするつもりのようだが、俺はそうはいかない」

 

 バトルを終えた数時間後、コロニーの宇宙港では翔と奏にラグナが合流していた。翔が地上に帰る時が来たのだ。名残惜しそうにするラグナに翔は微笑む。翔も今ではブレイカーズを複数店舗持つような人物だ。いつまでもコロニーにいるわけにはいかない。

 

「奏のことを頼む。お前になら俺も安心して任せられる」

「光栄です」

 

 露骨に寂しがっている奏を一瞥しながら、ラグナに奏を任せる翔。翔からの信頼を感じ取ったラグナが微笑んでいると、そんな彼の頭にそっと翔の手が乗せられる。

 

「なっ……あっ……」

「本当に大きくなったな……。お前に多くを任せてすまない……。奏も……そしてお前も……俺の自慢だ……。少しでも辛く感じたら言うんだぞ。その時はいくらでも寄り添い、お前の為だけの力になろう」

 

 優しく柔らかに頭を撫でる翔にラグナは途端に赤面する。

 翔の目には彼を引き取った時の幼い頃のラグナが重なって見えていたのだ。今では自身の身長をも超えるほど成長したが、翔にとってはいくら図体が大きくなろうと愛する存在の一人に過ぎない。

 

「……僕は負担に思ってません。ただアナタが僕にしてくれたことを他の誰かにしたい……。ただそれだけなんです」

「……」

「ありがとう、父さん。アナタの背中を僕はこれからも追い続けます」

 

 するとラグナは今まで希空達に見せていた厳格な態度ではなく、まだ若い青年のようなどこかあどけない様子を見せながら、翔に感謝の言葉を口にする。

 

「……チラッチラッ」

 

 そんな翔とラグナのやり取りを見て、羨ましくなったのかそっぽを向いて露骨な咳払いをしつつ、奏が口に出しているようにチラチラと翔を見ていた。そんな奏の様子に苦笑した翔は奏の頭にも手を置く。

 

「……奏、今のままであればお前の力はラグナ達には及ばないだろう」

「……えっ」

「……確かに力が強かろうと、ラグナ達にはそれを上回る経験がある。いくらでも対処することだろう」

 

 鼻歌を歌いそうなレベルで頬を緩ませる奏だが、翔の言葉に固まる。覚醒した自分の力に自信はあったのだろう。それが及ばないと言われたのは地味にショックだったようだ。だがそれには理由がある。

 

「だが逆に言えば、まだまだ伸びしろがお前にはある。諦めなければ何れは届く。もしまた自分の力を確かめたくなったら来い。それに……道に迷ったときもな」

「……ああ。だが迷うようなことはないさ」

 

 奏もまだまだ成長途中だ。これからいくらでも目覚しい活躍をしていくだろう。

 その時、培った経験を元に強くなり、そんな自分を試したくなったらいくらでも相手になる。それ以外にも、エヴェイユに悩まされるのなら、その時も寄り添うつもりだ。しかし後者は奏にとって不必要なのだろう。安心させるような笑みを浮かべた奏に翔は頷く。

 

「それではな、俺の愛しい子供達」

 

 地球行きの便がもうそろそろ出発する。翔は最後にラグナと奏に微笑む。それはまるで慈しむかのような優しく暖かな女性のような笑みだ。その姿に奏は何か重なるものを感じながらも、翔と別れるのであった。

 


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