機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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ありのままに

 希空が病院を飛び出してから数分後。優陽から求められた協力に対して難色を示した歌音は一人、病院内の庭園に訪れていた。

 庭園には患者やその家族等の見舞いに来た者達が談笑しているが、中には小児科患者の子供達もおり、笑い合う子もいれば、入院生活に辟易しているのか暗い表情をしている子もいた。

 

(……私に理想(シャルル)を超えることなんて)

 

 シャルル・ティアーナは歌音にとって理想のアイドルとして生み出された存在だ。可憐で溌剌としていてその場に起きること全てを楽しみ、メロディに乗る美しい歌声で周囲を笑顔にする。それがシャルルだ。

 

 幼い頃から歌うのは好きだった。

 単純に歌うのが好きだったのもあるが、歌を歌えば皆が笑顔になってくれた。それが見るのが好きだったのも理由の一つである。

 

 そんな中、知ったのがアイドルという存在。テレビを見れば、KODACHIをはじめとした様々なアイドルが天真爛漫に輝いていたのを今でも鮮明に覚えている。

 

 純粋に憧れた。ただ歌うだけではなく、バラエティなど多方面で活躍して笑顔を振りまくアイドルという存在に。

 

 自分もアイドルになってみたいと思った。しかしだ。果たして、自分にアイドルという存在になれるものだろうかと考えてしまったのだ。

 

 自信がなかった。自分に抜き出た才能などはないと考えていたから。そんな自信のなさからアイドルという存在に未練を残したまま、ズルズルと年を重ねてしまった。

 

 夢は夢を抱いていた時間の分だけ自身に大きな傷を残す。

 結局、一歩踏み出すことが出来ないまま悶々とした日々を過ごし、逆に一歩踏み出して、現在もアイドルとして活躍しているMITSUBAなどを常に羨ましがっていた。

 

 いい加減、そんな日々を変えたかった。しかし自分に自信が持てないのは変わらなかった。だから現実でアイドルとして活動するのではなく、まず動画サイトなどでアバターを使えば匿名として自分を隠して活動できるヴァーチャルアイドルの道を選んだ。それがシャルル誕生のきっかけである。

 

 そこからはVRを利用して、歌うだけではなく、流行りのゲームを実況したり、叔父である優陽の影響もあって、モデラーとして解説などもしていた。

 

 常に四苦八苦する日々が続いた。どうすれば不特定多数の人々を楽しませることが出来るのか、常に模索し、活動の幅を広げるためにVRなどを広く勉強した。大変であった。だが少しずつ伸びていくチャンネル登録数や視聴数、何よりすぐに分かる反応が充実に繋がった。自信が持てない姫川歌音ではなく、ハチャメチャで自由なシャルル・ティアーナとして動いていると、自分は確かにそんな存在になれて、そしてその存在が愛されているようで嬉しかったのだ。

 

 だが、ヴァーチャルアイドルとして成功し、ライブが出来るようになれば、いつしか多くのスポンサーがつくようになってしまった。

 

 そうなっていけば活動の内容だって少しずつ変わってくる。スポンサーがつけば活動の中でスポンサーの商品の宣伝なども嫌でも盛り込まなければいけなくなってくる。そんな宣伝色を感じさせるような活動をすれば、どうしても無名な頃、まだ柵もなく自由に活動していた頃に比べられ、昔のほうが良かったなど言われてしまう時だってあった。

 

 人気を博せば博すほど、求められるシャルルは変わってくる。不特定多数の人間を満たすことは出来ないが、それでも過去に夢見たアイドル達のように笑顔を振りまこうとしていた。

 

 だが、いつしか気付いてしまったのだ。

 

 人々が求めるのはシャルル・ティアーナであることを。

 

 確かにシャルルでいられる時は最早、別人のように感じられ、そこには姫川歌音は存在しない。だから世間は歌音の存在を知らない。だからこそ、もし自分に何かあったとしても代役を立てればシャルル・ティアーナは問題なく生きられる。

 

 それを悟った時、自分はシャルルのパーツでしかないと考えてしまい、いつしか歌音は歌音、シャルルはシャルルとして分けて考えるようになってしまったのだ。

 

 シャルルを自分とは違う存在と考えてしまえば、シャルルもまた歌音にとって、憧れるアイドルの一人でしかない。だが逆に言えば、客観的にどうすればシャルルはもっと活躍できるのか、どうすれば自分の理想と言えるのかを考えられ、世間のニーズに応えつつ客観的に突き詰めた結果、自身の理想に最も近いアイドル……シャルル・ティアーナは今では地上どころか宇宙コロニーにまでライブを行えるほどの現代で最も人気なアイドルとして君臨することが出来た。

 

 それ故に自分が理想(シャルル)を超えるなどと思えなかったのだ

 

(ホントに駄目だな……私……)

 

 不甲斐ない自分にため息をついてしまう。何で自分はこんなに自信がもてないのだろうか。

 

(歌うこと、楽しかったんだけどな……)

 

 昔であれば歌えと言われれば喜んで歌っただろう。しかし今ではこの様だ。ただ歌うことにアイドルに瞳を輝かせていたあの頃の自分が見たらどう思うだろうか。

 

「LaLaLa──♪」

 

 そんなことを思って小さく歌い始める。あの頃、全てを楽しんでいた自分に向けて。

 口ずさむような歌は静かだが風に舞うように優しく柔らかに響く。

 

 目を瞑って、純粋に歌へ集中する。

 きっと過去の自分が見れば嘆くだろう。ならばせめて歌う時だけは真摯に向き合いたい。それがあの頃の自分に報いる方法だと思ったから。

 

「……ふぅ」

 

 やがて最後まで歌い終えると、静かに息をつく。元々、歌を歌うのが好きだったのもあり、少しは気分転換になったかもしれない。そんな風に考えていると、不意に拍手が沸いたのだ。

 

「えっ……!?」

「お姉ちゃん、すごーいっ!!」

 

 拍手に驚いた歌音が周囲を見渡せば、庭園だけではなく、窓からなど多くの人々が歌音に惜しみのない拍手を送っていた。中には先程まで入院生活で暗い顔をしていた子供も花が咲いたように明るい笑顔を浮かべていたのだ。

 

「もっと歌ってー!」

「う、うん……。お姉さんので良ければ」

 

 無邪気な様子でもっと歌って欲しいとねだる子供達。惜しみない賞賛が送られる状況に圧されていた歌音はおずおずと頷きながらも、すぅっと深呼吸をして、再び歌い始める。

 

 今度の歌は先程の過去の自分に向けた歌とは違った。確かに先程の歌も美しくはあったが、どこか窮屈さも感じられた。しかし今は違う。まさに歌声が弾むかのように聞く者の心を豊かにしてくれるのだ。

 

 それはやはり今、自分の歌を求めて楽しんでいる人達がいてくれるから。だからこそ歌音もより、歌に集中して楽しむことが出来る。その証拠にその頬には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「お粗末さまでした。楽しんでくれたかな」

「うんっ! もっともっと聞きたいっ!」

「そう言ってもらえるならお姉さんも歌った甲斐があると言うものです」

 

 二曲目を歌い終えた歌音にまたも惜しみない拍手が送られるなか、子供達に声をかける。すると子供達は口々に賞賛してくれて、その純粋な反応に歌音の口元も綻ぶが……。

 

『聞いててね、すっごく心が弾んだよ!』

 

 ふと過去に初めて出会ったルティナから言われた言葉が脳裏をよぎる。あの時もルティナは道行く人の中、最後まで瞳を輝かせて自分の歌を聞いてくれた。あの時のルティナと今の子供達の姿が重なるのだ。

 

「あっ……」

 

 そして何より幼い頃、アイドルに瞳を輝かせていた自分にも。

 

「歌音ちゃん」

 

 すると院内で話を聞きつけた優陽が庭園までやってきて、歌音に声をかける。

 

「……優陽叔父さん、勝手なんだけどさ。やっぱり歌わせて貰って良いかな?」

「歌音ちゃんが望むなら引き止める気はないよ。寧ろお願いした立場だしね」

 

 子供達の姿を見ながら、歌音は静かに優陽に頼む。その申し出に驚いた優陽だが、すぐに穏やかな笑みを浮かべながら答える。

 

「……思い出したんだ。歌って……音楽って楽しむものなんだって」

 

 幼い頃、歌が好きだった理由を思い出す。いつからか理想だけを追い求めて自信を失くしてしまった。だが、自分がそもそも歌を愛していたのは楽しかったからだ。ただ夢中になるくらい楽しみながら歌って、それで笑顔になってくれる人達を見るのが嬉しくて、シャルルが生まれたのも、そんな想いが始まりだったからのはずだ。

 

「私がこれからVRで歌う理由はシャルルに勝つとかじゃない。私が大好きな歌で皆を満たす為……。私のこの楽しい想いをみんなに届ける為だよっ」

 

 シャルルを超えるパフォーマンスをする為に歌うのではない。ただ純粋に歌に向き合って、その想いを広げる。その為に歌うのだ。歌音の晴れやかな笑みを見た優陽は協力を受けられたことよりも、そんな歌音を見ることが出来て、心底嬉しそうに頷くのであった。


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