「わた、し……は……?」
昏睡から目を覚ました希空は身体を起こすと、自身に取り付けられた行動に制限が出る機器を外しながらまだ覚醒しないでぼーっとする頭で周囲を見渡す。ここは病院の一室のようだ。
自分が最後に覚えているのは、クレア率いるパライソとのコロニーカップ代表戦の直後の記憶だけだ。あの時、空を割り自身に降り注いできたウイルスを最後に記憶が途切れ、今こうして病室にいる。
「あーちゃんっ!」
一体、代表戦の後、なにがあったのだろうか。そんな風に考えていると、不意に聞き覚えのある声が聞こえてくる。それは飲み物を買いに行っていたのか、丁度病室の入り口に入ってきた歌音であった。
あーちゃんとは歌音が希空につけた愛称だ。
希空が目覚めたことで眼を丸くしている歌音の姿を見て、そう言えば代表戦の前に彼女からコロニーに訪れているというメールが来ていたことを思い出す。だがそんな矢先、歌音は足早に駆け寄ると、希空を抱きしめたのだ。
「良かったぁっ……」
希空を深く抱きしめながら彼女が眼を覚ましたことを純粋に喜んでいる歌音。最初こそ抱きしめられたことに驚いていた希空だが、ずっとVR空間にいたこともあり、久方ぶりに感じた人の温もりに身体を震わせながら歌音の背中に手を回す。
・・・
「……そんなことが」
二人は落ち着くと、希空は歌音からパライソとの代表戦後のこれまでの経緯を聞かされていた。
「あの……ロボ助達は……」
「みんなまだ戦い続けてる。でも正直、状況は良くないみたい」
すると希空はロボ助達について尋ねる。目を覚ました時、真っ先に名前を口にしたのはロボ助であった。何だか妙な胸騒ぎもするため、彼らについて聞くと、生憎、歌音はファイターではないため、ガンダムブレイカーズには参戦してはいない。詳しい情報は分からないが、今も戦いは続いていており、昏睡するファイター達が続出していることを明かす。
「──だからこそもう終わらせないといけないよね」
そんな二人に声がかけられる。驚いて振り返ってみれば、そこには……。
「優陽叔父さん! それに……翔さんも!?」
「歌音ちゃん、ここにいたんだね。連絡する手間が省けたよ」
歌音の叔父であり、実年齢にしては若々しい外見を持つ南雲優陽とまるで世界から切り離されたかのようにかつての外見に近しい状態でいる如月翔がいたのだ。
「……話は聞いている。目覚めて何よりだ」
「あ、ありがとう……ございます……」
翔はベッドの上の希空に静かに声をかけると、希空はどこか萎縮したような様子で答える。
と言うのも如月翔が纏う雰囲気によるものだろう。
その雰囲気は30年前とは違い、人間味は感じられず超然としている。ただそこにいるだけで異質な存在であり、話すだけで人間と話しているような感覚ではなく、それ以上の存在と話している気分になるのだ。
長年の劣等感からか人の動きや感情などに敏感な希空はどうにもそんな翔が苦手であり、容姿も相まって自分達の世界とは違う世界から切り離された存在にさえ感じてしまうのだ。
「けど、優陽叔父さん達はどうしてここに?」
「少し前に翔さんがコロニーに行こうとしててね。ウイルスの件もあるから、一緒に来たんだよ。まあ翔さんは奏ちゃんが目的だったみたいだけど」
とはいえ、まさかこの場で翔や優陽に会うとは思っていなかった歌音は何故、この場に彼らがいるのかを尋ねると、優陽は隣で静かに佇んでいる翔を一瞥しながら答える。と言うのも翔は奏の覚醒を感じ取ったあの日から、奏のいるアスガルドに向かおうとしていたのだ。
「それより歌音ちゃん、少し良いかな」
自分達の話は程々に優陽は歌音を呼び出して場所を変えようとする。どうやらこの場に訪れたのは希空の様子を見るだけではなく歌音に理由があるようだ。一体、何なのか分からず首を傾げる歌音と共に優陽達は場所を変えるのであった。
・・・
「シャルルちゃんのアバターが乗っ取られたことは何より歌音ちゃんが知ってるよね?」
病院の屋上に場所を変えた優陽達。早速、優陽が話を切り出すと、その内容に歌音は複雑そうな様子で頷く。
「実は今、相当まずい状況になっているんだ」
すると優陽は携帯端末で立体モニターを表示させる。その内容はガンダムブレイカーズであり、モニターでは浮遊城を相手に苦戦するリミットガンダムブレイカー達の姿が映し出されており、その中にはライブを行っているシャルルの姿も映し出されていた。
「ウイルスを乗せたシャルルちゃんの歌はただ流れるだけでフィールドのファイター達に強烈なデバフが発生して被害が出てる。今、ガンダムブレイカーズに残ったファイターの半数以上は脱落してしまった。きっとこのままだと全滅は時間の問題だ」
いよいよラスボスとも言える黒幕の居城である浮遊城を発見できたと言うのに、このような事態になってしまった。例え損傷していなくても、被害を生み出すシャルルの歌を前に何れ一矢達も敗れてしまう時が来るのは優陽の言うように時間の問題だ。
「だから歌音ちゃんにお願いがあるんだ。これから僕達と共にVR空間に向かって欲しい」
「えっ……?」
「そこで歌音ちゃんに歌ってもらいたいんだ」
翔と優陽はアスガルドへ向かうシャトルに乗っていた為、一矢達とは違い、ガンダムブレイカーズに参戦することは叶わなかった。だがスガルドに到着した今ならそれも出来る。しかしシャルルの存在がこのような脅威になった今、無策で挑むわけにはいかない。だからこそ歌音のもとに訪れたのだ。
「VR空間でシャルルちゃんがやったように歌音ちゃんの歌にワクチンプログラムを乗せて中和するんだ。これは何より、VRを熟知して、そこで歌うことに慣れている歌音ちゃんにしかお願いできない」
せめてシャルルの歌を何とか出来るか否かで状況は大きく変わる。だからこそシャルルとして歌い、かつて歌を持ってワクチンプログラムを散布していた歌音であればと白羽の矢が当たったのだ。
「私に……そんなこと……」
しかし歌音から返ってきたのは、彼女らしからぬ暗い返事であった。
「私は……シャルルのパーツでしかない……。影と言っても良い……。シャルルがあそこまで人気だったのは、シャルル・ティアーナっていうキャラクターが受けたからであって、それは本当の私じゃない……。あれは……私じゃない……。私には……シャルルほどの価値はない……」
シャルル・ティアーナとしてではなく、姫川歌音として歌うことに彼女には自信もなく、迷いがあったのだ。
「私が歌っても注目なんてされない……。でもシャルルは違う……。シャルルとしていれば皆が注目してくれて誰もが求める歌姫が生まれた……。あそこにいるのは見た目も何もかも全てが完璧で華やかな……理想のアイドルなんだよ……。私はシャルルの一部になれても……シャルルになれない……。私は決して届かない……」
ヴァーチャルアイドルであるシャルルはまさにアニメなどに登場する輝かしい存在だ。
対して自分はその影でしかない。ステージに立つ者の影など注目する者などいないし、影は決して影以上のものにはなれない。
シャルルの存在が大きくなればなるほど求められる人物像は上がっていき、理想であっても自分から離れていく。例えシャルルの正体が歌音と言ったところで多少の注目はされてもシャルルのような栄光は掴めないだろう。言ってしまえば、歌音はシャルルに一種の羨望と劣等感を抱いているのだ。だからこそ彼女は輝かしく手の届かない存在であるシャルルを理想とは程遠い自分とは言わずパーツを言うことで歌音は歌音、シャルルはシャルルで分けているのだ。
「自信ないよ……。私に……シャルル以上のパフォーマンスが出来るのかなんて」
故にシャルルでパフォーマンスするのではなく、自信の持てない自分がそんな理想のシャルルと真っ向から歌で競っても勝てるとは思えないのだ。そんな歌音に優陽は表情を悩ませる。当人がこれなのでは、無理に歌わせてもシャルルに負けるのが目に見えていたからだ。