機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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歯車は少しずつ…

「おい、希空は!? 希空はどうなってるっ!!?」

 

 突然のウイルスの襲撃によって大混乱に陥る特設会場。どこもかしこも不安に駆られたざわめきが起きるなか、現実世界に戻り、焦燥感に支配された奏は運営スタッフに詰め寄る。

 

「落ち着きなさい、奏ッ!」

「落ち着けると思っているのか!? 希空が目の前でいなくなったんだぞッ!」

 

 あまりの奏の剣幕にたじろぐスタッフ。それを見かねたラグナが奏を宥めようとするのだが目の前で希空がウイルスに飲まれるのを見た奏が冷静でいられる筈もなく、ラグナに怒鳴り返していた。

 

「それは分かっていますとも……ッ!!」

 

 ラグナとて平静を何とか装っているだけで決して冷静でいられるわけではなかった。現に下唇を強く噛んでおり、今にも切れて血が出そうなくらいだ。その姿を見て、奏も我に返ったように少しは落ち着きを取り戻していた。

 

『用心はしろ』

 

 かつて一矢からの忠告を思い出す。とはいえまさか公の場であるコロニーカップで仕掛けてくるとは思いもしなかった。侮っていた自分を恥じながら、ラグナはワクチンプログラムがインストールされたVRGPを持って、ガンプラバトルシミュレーターVRに向かう。

 

「──ちょっと退いてよっ!!」

 

 そんな矢先にふと後方で何やら騒ぎが聞こえてくる。何やら揉めているようで、そこには運営側に向かおうとしてスタッフも止められているルティナの姿があった。

 傍から見ても、余裕がないようで今すぐにでもスタッフを実力行使でなぎ倒してでも、進もうとする勢いだ。

 

「お前は……?」

「……おねーちゃん」

 

 このままでは本当にこれ以上の惨事になってしまう。一触即発のピリピリとした空気が流れるなか、その前にルティナに気付いた奏は彼女に声をかけると、ルティナも気付いたようだ。

 

「どうしてお前がここに……」

 

 とはいえ、まさかルティナとこの場で出会うとは思っていなかったのだろう。少なからず驚いていると……。

 

「──はぁっ……はぁっ……」

「歌音っ!」

 

 何やら激しい息遣いが聞こえてくる。その場にいる者達が視線を向ければ、そこには苦しそうに蹲っている歌音の姿があった。堪らずルティナが歌音に駆け寄る。

 

「大丈夫!? なにがあったの!?」

「分からない……。でも……これ……」

 

 そもそも何故、この場に歌音がいるのかを知らない奏やラグナ達が驚くなか、シャルルが影に飲まれたこともあり、心配しつつなにがあったのか問いかけるも歌音は首を横に振りつつ、自身のVRGPをルティナに見せる。

 

「シャルルが……ッ!?」

「……あのウイルス、真っ先にシャルルを狙ってた。気付いたら私は現実世界に戻ってたけど、ここ最近のアバター乗っ取りもあるし、狙いはシャルル……?」

 

 歌音に見せられるまま、VRGPが表示したフォロスクリーンを覗き込めば、本来、アバター情報が記された項目からシャルルのアバターがいなくなっているのだ。その事に驚いているルティナに歌音は推測をする。

 

「それよりも希空を……ッ!!」

「駄目です、ウイルスのせいでシミュレーターにロックがッ!!」

 

 遠巻きから歌音とルティナの会話は聞こえないが、ひとまず歌音自身は大事には至っていないようだ。奏はすぐにシャルルと同じく影に飲み込まれた希空を助け出そうとするのだが、既に感染した希空のシミュレーターを開けようとしたスタッフから悲痛な答えが返ってくる。

 

 幸か不幸か、ウイルスは無理やり経路をこじ開けて 侵入してきたが、それ以上の増援などはないようだ。既にウイルス駆除を行っているラグナのブレイカーブローディアの活躍もあり、程なくしてウイルスの駆除が完了する。

 

 ・・・

 

「希空!!」

 

 ウイルスの駆除が確認された後、奏とロボ助は希空の使用していたシミュレーターを開くと、暗がりの中、シートに沈み込んでいる希空を見つける。

 

「どうした、希空! 希空ぁっ!!」

 

 すぐに奏が希空の身体を激しく揺さぶって彼女を起こそうとするのだが、一向に彼女からの反応はない。まるで魂が抜けた抜け殻のように希空は目を覚ますことはなく、奏の悲痛な叫びが響くのであった。

 

 ・・・

 

 その後、病院に搬送された希空と歌音。歌音は特にさしたる症状はなかったが、問題は希空だ。結局、病院に搬送された後も希空が目を覚ますことはなかった。

 

「……医師の話では、当時の状況も顧みて、ここ最近のウイルス事件に見られる昏睡等の症状と見て間違いはないそうです」

「では、希空は……っ!」

「……ええ、恐らくはVR空間に囚われたままでしょうね」

 

 VRGPを装着したままベッドの上で目を覚ますことのない希空を見やりながら、医師とのやり取りを終えたラグナが希空の病室で待っていた奏に聞かされた話をそのまま伝えると、彼女は今にも崩れ落ちそうなほど動揺していた。

 

「……しかし、まさかアナタがあのシャルル嬢だったとは」

「……久しぶり。けど……これじゃあ再会を喜べないわね」

 

 潰れてしまいそうなほど重苦しい空気が流れるなか、ラグナは同じく病院に搬送された歌音を見やる。診察を終えた歌音はルティナに寄り添われる形でロビーソファーに腰掛けており、久方ぶりの再会ではあるが、状況も状況な為、弱弱しい笑みを浮かべていた。

 ラグナはシャルルとの面識はある、が、そのシャルルの正体が歌音であることまで知らなかった。歌音がシャルルであることを知るのは、ルティナを含めたほんの一握りであり、奏もラグナも今日まで欠片も思わなかったのだ。

 

「……不覚です。私がいながら、このような……ッ」

 

 希空の姿を見つめながら、ラグナは今にも壁を殴りそうなほど拳を強く握っている。

 一矢に任せてくれとまで言ったのに、巻き込まないと強く誓っていたのに、こうなってしまったのだ。その心中は自身の不甲斐なさへの怒りや悔いで渦巻いていた。

 

「……警察の方へ行ってみます。今は情報が欲しい……。希空を救うためにも」

「ラグナ……」

「それに……一矢さん達へ連絡をしなくてはいけませんから」

 

 とはいえ、いつまでもこの場で自己嫌悪をしているわけにはいかない。ラグナはこの場を奏に任せながら席を外そうとする。情報が兎に角、欲しかった。これ以上、このようなことをする者に好き勝手やらせない為にも。有無を言わさずこの場を去っていくラグナの後姿を奏は見送ることしか出来なかった。

 

 ・・・

 

 時間が流れ、夜が更けた頃、希空の病室では、ロボ助が希空の傍にずっと寄り添っていた。奏達もいるのだが、やはり生き物である為、体力的な問題でロビーソファーで眠っている。

 

 どれだけ時間が経っても、希空が目を覚ますことはない。そんな彼女の手の上から小さなロボ助のマニピュレーターが重ねていた。

 

 この場には喋る為に接続出来るスピーカーがない。いくら希空に呼びかけたくとも、声すらかけられないもどかしさが機械の身だと言うのに見て取れた。そんなロボ助に内臓されるVRGPの役割を持つ機器にメールが届く。

 

 ──雨宮希空

 

 相手は紛れもなく希空のアバターによるものだったのだ。ロボ助はその送り主の名を見て、バッと立ち上がる。メールの内容を確認すれば、VR空間へのリンク先が記されただけで、他には一切の情報がなかった。

 

 一体、どういうことなのか。それを知るには、あまりに情報が少なすぎる。希空の症状は昏睡状態に陥り、VR空間に囚われているという。もしかしたら、これは希空からのSOSなのか。彼女はこれだけしか遅れないほどの状況に追い込まれているのか?

 

 ──いや、迷う必要なんてあるのだろうか。

 

 こうして希空のアバターから連絡が来たのだ。少なくとも希空に関わるのだ。であればなにがあろうとも、自分は向かうべきである。ロボ助は人知れずVR空間にダイブするのであった。


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