機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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変わらぬ願い

 星の煌きによって輝く大海原のような夜空の下、彼の英雄は一人、空を見上げていた。

 彼が身に纏う雰囲気はかつてのものではなく夜空を見上げるその瞳は全てを見透かすかのようだ。

 

「──目覚めたか」

 

 夜空の先に待つ世界に何かを感じ取っているのだろう。ゆっくりと瞼を閉じながら僅かに思案すると感情すら感じさせない無気質の瞳を開き、人知れず行動を起こすのであった。

 

 ・・・

 

「満足したか?」

 

 一方、バトルを終えた奏とルティナは人気の少ない先程の公園で向かい合っていた。ルティナの望み通りにバトルをした奏は彼女に問いかける。しかしその声色はかつての奏とは想像がつかないほど落ち着いたものであった。

 

「ガチになったおねーちゃんは強いなぁ。まさか手も足も出ないとは思わなかったよ」

「……貴様は私のなにを知っている? 貴様の望みに応えたのだ。話してもらおうか」

 

 やれやれと言わんばかりに肩を竦めておどけているルティナに奏は彼女が口にしていた奏以上に奏を知っているという言葉について追求する。

 

「……前にルティナは下手に知り過ぎると心が囚われるだけって言ったと思うんだけど」

「今更だな。思わせ振りな言葉を言われるほうが余程、気持ち悪い」

 

 奏の言葉にポケットに手を突っ込んで気まずそうに視線を逸らすルティナを奏は淡々と一蹴する。ルティナがチラリと一瞥すれば、対峙する奏は有無を言わさぬ鋭い眼光を自身に突き刺していた。

 

「……分かったよー。でも正直、突拍子のない話だし、信じるか信じないかはおねーちゃん次第だよ」

 

 やがて観念したようにため息をついたルティナは改めて、奏に向き合いながら表情を引き締める。雰囲気から判断しても話す気になったと言うことだろう。

 

「ルティナが元々、この世界の人間じゃないんだ。こことは異なる世界から来たんだよ。この世界に来た目的は色々。その一つがおねーちゃんの存在」

 

 まずは己の素性から明かすルティナ、確かに彼女が前置きした通り、その内容はあまりに現実味がない。しかし奏は眉一つ動かさず黙って話を聞いていた。

 

「おねーちゃんは元々、この世界の人間じゃないんだよ」

 

 そして話され始めた奏の素性。

 

「おねーちゃんの正体はね、アタシ達の世界で作られた生体兵器だよ。確かEVシリーズとか言ったかな」

 

 その瞬間、能面のように動かなかった奏の表情もピクリと眉が動いた。

 

「アタシ達の世界はさ、戦争ばかりだったんだ。それこそ国どころか外宇宙からってのもね。今は一部と和平して落ち着いてるけどお陰で世界はより滅茶苦茶。いっぱい人が死んだ。にも関わらず世界は外宇宙から来た存在を受け入れられず、反発だってあった」

 

 ルティナの世界についても語れる。彼女の世界は彼の覇王達と同じ世界だ。彼らが立ち向かった戦いはやはり多くの犠牲と火種を生み出したという。

 

「いつだって死ぬのは戦える人間から。でも兵士なんて一人前に育て上げるのに時間もお金もかかる。だから裏でおねーちゃんのように強大な力を持つ兵器が作られたんだよ。確か如月翔とシーナ・ハイゼンベルグだったかな。軍に残っていたエヴェイユとかいう能力者達の塩基配列をベースに試作として生み出された」

 

 失った兵力を補うために、ただの人ではなく、より強力な力を持つエヴェイユの力を持つ生物兵器として作られたと話すルティナ。彼女の世界には様々な人種がいて、同時に多くの技術が存在する。

 そして何より奏を生み出される以前にリーナ・ハイゼンベルグの存在がある。彼女がシーナ・ハイゼンベルグをベースに生み出されたクローンのように奏もその技術を発展させて作られたのだ。

 

「勿論、それが内部で明るみになれば反対する勢力もある。勿論、揉め事はあったらしいけど、結果的に生まれたばかりで物心つく前におねーちゃんはリーナ・ハイゼンベルグ(おねーちゃんにとって姉に近い人)にこの世界に暮らす如月翔の元に届けられたんだよ。理由は──」

「戦いのない世界に、か?」

「そーいうこと。戦う為だけに生み出されたのなら、せめてってことらしいよ」

 

 そしてこの世界に届けられた理由。それは出自を類似する女性の願いだった。その女性は自らが望んだとはいえ戦う道を選んだ。だがその存在理由をただ戦うためと定められて作られた子に対して思うところがあったのだろう。だからこそその女性は戦いに無縁な世界で暮らさせることを望み、周囲もその願いを尊重した。

 

「でもね。ずーっと気になってたんだよ。アタシ達の世界からこっちに届けられた人がどんな風に生きてるのかってね。まさかそれがあのGB博物館で戦ってた人とは思わなかったけど、あそこでおねーちゃんの力の一端をに触れたことで確信が生まれたよ」

「……そうか。成る程……」

 

 ルティナがこの世界に訪れた理由の一つ。それは純粋な興味であった。話に聞く人物がどのような存在になったのか。それを知りたいがためだったのだ。ルティナの話を聞き終えた奏は己の存在を確かめるように両手を見つめる。

 

「やっぱショック? それとも信じられないかな?」

「……いや、お前の話は信じよう」

 

 己の掌を見つめて静止している奏の姿からはなにを考えているのかは読み取れない。

 そんな彼女にルティナは尋ねると、一度、目を瞑って軽く息を吐いた奏はゆっくりと目を開いて答える。

 

「だが生憎、人違いだ」

 

 奏はルティナに向き直りながら堂々と答える。その瞳は揺れ動かぬ静かな感情を宿しながらそれでいて確固たる意志を示すかのようだ。

 

「私は如月奏……。ここにいる私はそれ以外の何者でもない」

 

 そう言って奏は踵を返すとルティナに背を向け歩き出す。

 

『私は……人間じゃないの?』

 

 その脳裏にかつて父に尋ねた言葉が蘇る、今にして思えばこの言葉を聞いて悲しげな表情を浮かべたあの人はあの言葉に違う意味を考えたのかもしれない。

 

『奏は人間だよ。人間は一人だけでは生きて行けない弱い生き物だ。それは奏も同じこと。確かに奏の中にも俺の中にも他の人とは違うセンスがある。でもみんなそうなんだ。コピーしたように同じ人間なんて誰一人としていない。奏のセンスは奏だけの個性だ。人間か否かではなく自分は人間だって胸を張って良いんだ』

 

 だが、あの人は……いや、父は自分の目を見て、確かにそう言ってくれた。いつだって自分を実の娘のように可愛がってくれたのだ。

 

(だからこそ……)

 

 であれば自分は迷う必要はない。生体兵器などではない、自分は"如月奏”。彼の英雄を父に持ち、今日まで至るガンダムブレイカーの継承者。そして何よりその胸に宿るモノは……。

 

 ・・・

 

「……」

 

 翌日、通常通りの朝を迎え、ボイジャーズ学園には多くの生徒が登校していた。

 その中には希空の姿もあるが昨日のラグナの件もあってかその表情はとても暗かった。

 

「……?」

 

 そんな希空の肩がトントンと叩かれる。何かと思った希空が振り返った瞬間、その柔らかな頬に指が突かれた。何かと思い、眉を潜めながら見てみればそこには満面の笑みを浮かべる奏がいた。

 

「い”い”ぃぃだ”あ”ぁ”ぁぁい”ぃぃぃぃっっっ!!!?」

 

 間髪いれず青筋を浮かべた希空は奏の頬を力いっぱい引っ張り、先程まで満面の笑みを浮かべていた奏はたちまち涙目を浮かべて悲鳴をあげる。

 

「……朝っぱらからなにくだらないことをしているんでしょうか」

「むぅぅっ、く、下らなくはないぞ。朝だからこそ、貴重なノアニウムを取らないとだな……」

「安定してますね。軽く引きます」

「そ、そんな……ノアニウムの命名者はロボ助なのに……」

「ロボ助を変態()と一緒にしないでください。言うわけないでしょう、そんなこと」

 

 抓られたとはいえ、希空に構ってもらえて嬉しそうな奏は悶えつつ弁明しようとするのだが、その内容に希空は刺すような冷たい視線を送っていた。その視線に奏は説明しようとするのだが一蹴される。

 

「本当に奏は変わりませんね」

 

 そんなやり取りをしていくなかで、希空は先程まで浮かべていた暗い顔も少しは晴れやかなものになっていく。そんな希空の表情を見た奏は彼女が知らぬところでどこか落ち着いた雰囲気を纏うと穏やかな笑みを浮かべる。

 

(ああ、そうだ。私は如月奏……。だからこそ)

 

 そんな希空の横顔を眺めながら、奏は昨日、ルティナと別れた時に思った言葉を再び思い出す。

 

(だからこそ、私の願いも変わりはしない)

 

 雑談を交えながら希空の横顔を見て思いを馳せる。彼女に隠された事実が何であれ、如何なる力を持っていても、その根底にある想いや願いが変わることはないのだ。


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