奏とルティナは最寄のゲームセンターに場所を移動し、ガンプラバトルシミュレーターVRに乗り込んで、バトルフィールドに移動する。二人の戦いの舞台に選ばれたのは、暗雲が立ち込める都市部であった。
『こっちの世界で、心を弾ませてるかな?』
(……あの言葉は一体……)
都市部の上空を飛行しながら、奏は先程のルティナの言葉を考える。この世界……そう言われても奏にはピンと来なかった。何故なら、彼女は異世界の存在を知らない。その事実を知っているのは彼の英雄と一握りの人間だけだ。
だが意識を切り替えろとばかりに接敵を知らせるアラートが鳴り響く。奏が注意を向ければ、そこには光の翼を展開し、色鮮やかな紫色の粒子を放ちながら接近してくるルティナの機体であるデスティニーガンダムをベースに作り上げたガンダムパラドックスの姿があったのだ。
ルティナの実力は疲弊していたとはいえ、GB博物館で理解しているつもりだ。
しかもあの時の実力が全力だったとは思えない。クロスオーブレイカーはパラドックスを警戒し、GNマイクロミサイルや大型レールキャノン等の射撃兵装を解き放つ。
だがパラドックスは向かってくる射撃の雨に対して、一向に臆することなく突き進んできたではないか。パラドックスはGNソードⅡブラスターを薙ぐように振るいながら、引き金を引くと自分の進行ルートのみを確保して、そこに突入する。
「──ッ!」
射撃の雨を難なく突破したパラドックスはそのままGNソードⅡブラスターの刀身を振るい、クロスオーブレイカーはすぐさまGNソードⅢを展開して受け止める。
しかしそれも一瞬だ。
すぐさまパラドックスは瞬時に攻勢に打って出る。GNソードⅡブラスターによる剣技とその身を武器にする覇王不敗流の技。それが一つに合わさって、まさに狂暴と表現できるほどの戦いぶりを見せているのだ。
これにはいくらガンダムブレイカーの使い手とはいえ、奏の表情も一気に引き締まる。
GB博物館でその実力の一端を知ったとはいえ、今のルティナはあの時が可愛く見えるほどなのだ。すぐさま奏はトランザムを発現させる。そうでもしなければ、今のルティナを相手に渡り合えないと判断したからだ。
「──心が乗らないなぁ」
しかしトランザムを発現させていると言うのに、クロスオーブレイカーが優位に立つことはなく、状況はいまだパラドックスの勢いのままだ。しかもまだまだルティナには余裕があるのか、退屈そうな様子だ。
「おねーちゃん、ルティナのこと、馬鹿にしてんの?」
「なに……っ!?」
「そんなもんじゃないでしょ、おねーちゃんは」
どこか不機嫌そうなルティナの問いかけに、その意味が理解できず奏は怪訝そうな表情を浮かべる。するとルティナは奏の実力を引き出そうと、更に攻勢を強めた。
「っ……!?」
やがてパラドックスはクロスオーブレイカーを押し切り、そのまま背後の高層ビルにまで叩きつけ、轟音を上げる。
「かっこ悪いなぁ……。早くあの時、ブレイカー0とバトッた時のおねーちゃんの力、出してくれないかな?」
「……私のことを……知っているのか……」
「少なくともおねーちゃん以上にはね」
ビルに押し込んだクロスオーブレイカ-を見据えながら心底落胆したようなため息をつくルティナの言葉に奏は驚きながら尋ねると、パラドックスは左腕のマニピュレーターでクロスオーブレイカーの首関節を掴む。
「ここにはルティナとおねーちゃんしかいないんだよ? なに躊躇ってんの? そんなにしてまで本当の自分から目を逸らしたいわけ?」
「本当の自分……だと……ッ!?」
「そーだよ。おねーちゃんはホントは何の柵もなく戦いたくて戦いたくて仕方ない筈だよ。でもおねーちゃんはただの人間であろうとするあまり、自分自身に枷をつけている。でもさ、本当の自分を殺し続けたら、いつまで経ったってなにに対しても楽しめないよ?だってさ、それって抑え付けるあまり、おねーちゃんが一番、苦しんでるんじゃないかな?」
淡々と今の奏を非難するルティナの言葉に、奏は眉間に皺を、表情を険しくさせるが、続く指摘に息を呑む。これまで気分が高揚する時に発現していたあの症状。特にバトルをしている時に多かったが、まさかルティナの言うように、無意識に人であろうとするが為に押さえ込んでいると言うのか。
「いい加減、白黒ハッキリ決めようよ」
ギリギリとパラドックスはクロスオーブレイカーの首間接を締め上げる。それはまるで今この瞬間にいる奏という存在の息の根を止めるかのように。
【なんで貴方はそこまで戦いたいのっ!? なぜ戦うのっ!?】
【戦うのに理由がいるのか……?! 戦うから充実出来てんだよ……お前のその力も戦うから価値があんだろ……!】
──その瞬間、奏の脳裏に彼女自身にはない記憶が過ぎった。
それは彼女が何度も見てきた鮮血の記憶
決して逃れられぬ死の記憶
死ぬ……死ぬ、死ぬ!
ただ無情に、ただ残酷にその命の火は死の旋風を前に掻き消される。
嫌だ、嫌だ! 嫌だ!!
死にたくなどない! まだ生きていたい!
──ならばどうすれば良い?
【醜く争ってこそ人間だろうがッ……!】
──全てを壊せば良い
「っ……!」
その瞬間、パラドックスの目の前にいたクロスオーブレイカーは忽然と姿を消し、ルティナは目を見開く。だが間髪いれずにパラドックスは背後からの攻撃を受けて、高層ビルを突き破りながら吹き飛ぶ。
姿勢を立て直したパラドックスは衝撃を受けて崩落する高層ビルの方向を見やる。
崩落によって土煙があがるなか、そこには己の能力を発現させ、蒼色からやがて虹色の輝きを纏ったクロスオーブレイカーの姿があった。クロスオーブレイカーはトランザムによって、量子化した直後、奏自身の能力を発現させたのだろう。
「ハハッ……やっと会えたって感じかな?」
パラドックスを見据える奏の瞳はその機体の光同様に虹色に変化していた。
だがその表情は普段の彼女からは想像もつかないほど、無機質かつ、その目で見られれば凍えそうなほど冷徹であった。
奏の雰囲気が変わったことはクロスオーブレイカーを通じて察知したのだろう、ルティナは薄ら笑いを浮かべながらも、その瞳は鋭くクロスオーブレイカーを見据えていた。
パラドックスはすぐさまGNソードⅡブラスターを向けようとする。だがその直前にクロスオーブレイカーがGNソードⅢの引き金を引き、その銃口を逸らすと瞬きをする間もなく間合いを詰め、そのまま体当たりをしてパラドックスごと地面に叩きつける
激しい土煙が上がるなか、先に抜け出たのはパラドックス、そしてその後を追うのはクロスオーブレイカーだ。パラドックスが腰部のレールガンを放つが、クロスオーブレイカーは防ぐことすらせず、そのまま直撃を受けながら突き進む。
流石にこれはルティナも予想外だったのだろう。その一瞬の隙にクロスオーブレイカーはGNソードⅢを展開して、GNソードⅡブラスターを文字通り、力ずくで叩き折る。
メインとなる武装を失ったパラドックスにクロスオーブレイカーは流れるように背後に回りこむと、パラドックスの片方のスラスターウイングを無理やり引きちぎると、その無防備な背面に大型レールキャノンを叩き込む。
「ハッ……流石
けたましくアラートが鳴り響くなか、パラドックスは姿勢を立て直すも、先程までクロスオーブレイカーがいた場所には誰もいなかった。同時にパラドックスの真横には既にクロスオーブレイカーがGNソードⅢを振りかぶっていた。
「やっぱおねーちゃんは強いなぁあっ!!」
はちきれんばかりに好戦的な笑みを浮かべると何とルティナは瞬時に真横に現れたクロスオーブレイカーに対応してみせたのだ。パラドックスの機体を大きく捻り、突き放とうとしたGNソードの切っ先を蹴って、近くの建造物に突き刺すと、そのまま踵落としの要領でGNソードⅢの刃を破壊し、そのまま掌底打ちでクロスオーブレイカーをその背後に待つ建物まで吹き飛ばす。すぐさまクロスオーブレイカーは体勢を立て直し、パラドックスに向かい合うと、そのまま一目散にパラドックスに向かっていった。
大型レールキャノンとGNマイクロミサイルを周囲に無差別に放ち、近くの建造物は瞬く間に崩壊を始める。瓦礫や土煙が発生するなか、それを目くらましに利用したクロスオーブレイカーは障害を突破して、パラドックスの眼前にまで迫る。
しかしクロスオーブレイカーの狙いは既にルティナも分かっていたのだろう。既に覇王不敗流の構えを取り、貯めの体勢に入っていたパラドックスはそのまま錐揉み回転を加えて、蒼天紅蓮拳を放つ。
「……っ!?」
蒼天紅蓮拳は確かにクロスオーブレイカーのあご先に直撃した。しかしルティナには違和感があった。まるでクロスオーブレイカーがわざと受けたように感じたからだ。
現に技を受けたと言うのに、クロスオーブレイカーのメインカメラは確かにパラドックスを見据えているのだ。
その姿に戦慄したルティナはそのままパルマフィオキーナでクロスオーブレイカーの頭部を掴んで、破壊しようと掌の閃光と共に爆発が起きる。
ルティナ自身が望んだとはいえ、今のクロスオブレイカーは危険だ。追撃はせず、そのまま距離をとって、クロスオーブレイカーの様子を見つめる。
パルマフィオキーナの影響で爆炎が上がるなか、その中から人影が見える。ゆっくりと爆炎の中からクロスオーブレイカーが姿を現したのだ。しかしその姿はあまりに異質だ。損傷をお構いなしに突き進んだ結果、頭部などフレームは剥き出しになっており、勇壮なガンダムブレイカーとは違い、その姿はおぞましい死神のようだ。
「……その気になってくれたのは嬉しいけど、時間がないよ。こりゃ引き分けかな」
その姿さえルティナにとっては美しく感じているのか、どこか恍惚とした笑みを浮かべていた。しかしそれを遮るように残り時間を知らせるアラートが鳴り響く。時間を確認してみれば、残り時間はもうそろそろ十秒を切るか否かであった。
「──冗談を言うな」
するとここで初めて、己の力を発現させた奏が口を開く。その声は普段の快活さとは違い、芯から凍えてしまうほど冷徹な声だった。
「白黒ハッキリ決めて欲しいのだろう?」
パラドックスと対峙していたクロスオーブレイカーは瞬きをする間もなく、パラドックスの目の前に現れたのだ。果たして量子化でもしたのか? それすら考える間もなく一振りのレーザー対艦刀を突き立てると巨大な光の刃を形成する。
「なら、どこまでも真っ黒な世界へ墜ちて行け」
何か動きをとろうとするパラドックス。しかし今、柵もなく能力を発現させている奏の瞳にはその動きは鈍重にしか見えなかった。そう、奏は己の能力を使って以降、ずっと遊んでいたのだ。彼の英雄のような力を遺憾なく振るう奏は口元を大きく吊り上げると、全てを無に還す光の刃はパラドックスのみならずこの