機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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My World

「のぉぉぉぉあぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 ヨワイ達とのバトルを終えた後、ボイジャーズ学園の模型部の部室に戻ってきた希空は部室で涙目でプルプルと震えている奏に突然、抱きつかれてしまった。

 

「あぁ、希空達でしたか。どちらに?」

「少しバトルに……。奏はどうしたんですか?」

「実は──」

 

 奏の後ろから顔を出したラグナが希空やヨワイ達に気づくと柔らかに彼女達を出迎える。希空は今までこれまで何をやっていたのかを軽く答えつつ、それよりも気になる自身の胸に顔を埋めている奏について尋ねるとラグナは奏を一瞥して、ため息混じりに先程の職員室での出来事を話し始める。

 

「奏が悪いですね」

「バッサリ!?」

「いや、誰がどう考えてもそうでしょう」

 

 ラグナから事情を聞き終えた希空は成る程、と一区切り置くと切れ味鋭く奏の非を口にする。

 先程まで希空に抱きついていた奏はバッと希空から離れて、心臓の辺りを抑えて苦しんでいるものの誰がどう考えても奏が悪いため、希空は意見を伺うようにヨワイ達にも視線を向けると壁に寄りかかって腕を組んでいたヨワイも今の希空に同意するのは癪ではあるようだが、希空と同意見な為、「ま、まあ……」と濁しながら答えており、他の部員達も似たような反応のため、奏は途端によよよ……とすすり泣いている。

 

「奏は放っておくとして、もう間もなくコロニーカップです」

「アスガルドとパライソでそれぞれガンプラバトルによる大会を行い、勝ち進んだチームがコロニーの代表として、雌雄を決するというものですね」

 

 とはいえいつもの事なのか、そんな奏は放置されたまま話は進められていき、それはそれで奏がショックを受けているなか、ラグナが話を切り替える。それは希空が言うように二つのコロニーによる大規模なガンプラバトルによる大会だ。

 

「ええ、コロニーカップを制すれば、その後には地球側のワールドカップの優勝チーム等とのグランドカップが行われます」

「ウェイン先生はグランドカップの二連覇をしてるから先生が出れば、勝てるんじゃないんですか?」

「此度の私はあくまで顧問の身。バトルはチームである奏達に任せます」

 

 しかもコロニーカップの後に待つのは、地上で勝ち上がったチームとのバトルであり、まさに天と地を結ぶ大会だ。すると模型部に所属している生徒の一人がラグナに声をかける。そう、何を隠そうラグナも大会出場者であり、しかも二連覇を収めているかなりの実力者なのだ。

 

 しかし特にラグナには三連覇の拘りはないらしく、この模型部の代表チームのメンバーである希空、奏、ロボ助を見やる。

 

「勿論、コロニーカップまでの間、私が専任で奏達を鍛え上げますので、そのつもりで」

「よろしくお願いします」

 

 関心があるのは指導者としてちゃんと希空達を導けるかどうからしい。任せろとばかりに心強い余裕ある笑みを浮かべるラグナに希空とロボ助は軽く頭を下げ、ヨワイがつまらなさそうに鼻を鳴らすと希空達から視線を逸らすのであった。

 

 ・・・

 

「ふぅ……」

 

 新学期早々の登校も終わり、学生寮に戻ってきた希空は済ませるものは全て済ませ、ラフな格好でそのまま、ぼすっと音を立ててベッドに寝転がると軽く一息つく。

 

「……ママ」

 

 ふと携帯端末を表示させれば、メールが届いており相手は自身の母であった。

 新学期を迎えたことは向こうも知っているのだろう。新学期への励ましの言葉と体調を気遣った文面と音声メールが届いていたのだ。

 

 何か返信すべきだろうとすぐに画面を切り替えるが、ふと指が止まってしまう。何と書いて良いか分からず、言葉につまってしまったのだ。

 

『アタシは本気でそう思ってる! 今のアンタに……いまの……っ……今のアンタなんかにガンプラファイターとして、負けなんて認めるわけないもん!!』

 

 ふと脳裏にヨワイの言葉が過る。彼女のあの言葉を思い出すたびに胸がチクリと痛んだ。

 ヨワイとの付き合いはロボ助や奏程ではないにせよ、それなりには長い。その過程で趣味であるガンプラやバトルで楽しんでいたものだ。 

 

 しかし……。

 

 いつからだろうか。

 ヨワイの自分への態度に棘が出るようになったのは。

 いや、考えるまでもない。何となくだが分かることだ。

 

 雨宮希空の両親はかつてガンプラバトルで名を馳せた雨宮一矢と雨宮ミサだ。

 二人はチームを組み、世界大会を優勝した後も多くの大会で活躍している。しかも二人ともかつてウイルスによって危機に陥った静止軌道ステーションを救った功績を持つ者達だ。

 

 特に雨宮一矢には関しては、ガンプラバトルにおいて多大な影響力を持つ言われているガンダムブレイカーの使い手の一人であり、両親とも覚醒と呼ばれる力を使うことが出来る。

 

 希空もそんな両親が誇りであった。ガンプラを趣味とする者達には、いつだって自慢の両親で鼻が高かった思い出がある。

 

 ガンプラ、ひいてはガンプラバトルをする以上、偉大なる両親を持つ娘にかかる期待は大きかった。あの二人の娘だから、なんて言葉はどれほど聞いたことだろうか。最も両親は親身になって応援してくれて、周囲からの期待の言葉も気にする必要はないと言ってくれていた。

 

 だが両親がどれだけ言ったところで希空が重圧を感じてしまうのに、さほど時間はかからなかった。

 

【正直、あの両親の子供なら、もっと上手く立ち回れると思ったんだがな……】

 

 そも幾ら両親が気にするなと言おうとも、親が大きすぎるが故に周囲は期待は大きくかけられていたのだ。それは希空が年齢を重ねれば重ねるほど、肥大化していった。

 

【調子に乗っちゃってさ。親のお陰でチームに選ばれたようなもんでしょ】

【ぶっちゃけ親の存在なかったら、ただの雑魚でしょ。両親の足元にも及ばない】

 

 寄せられるのは期待だけではない。これまでの人生、ガンプラバトルをする以上、いくら自分の実力で代表チームに加わろうとも、親ありきだと陰で言われ続けた。それが例え嫉妬の負け惜しみだとしても希空の心には突き刺さった。

 

【希空っ!】

 

 そんな希空に幼い頃から、いつだって変わらず接してくれたのは奏であった。

 彼女は雨宮希空ではなく、希空として見てくれていた。彼女も偉大な父を持つが、それでも持ち前の性格で寧ろそのキャラクターが周囲に受けており、ガンプラバトルにおいても幼い時から鮮やかなバトルをする大きな存在だった。

 

【奏お姉ちゃんっ】

 

 そんな奏に幼い頃はよく姉と慕って懐いていた。少なくとも陰で何と言われようが、彼女と接している時は自然と笑顔になれたのだ。だがいくら太陽のような輝かしい存在の傍にいたところで、その陰で言われる最後に残った言葉は……。

 

【出来損ない】

 

 なんて胸が抉られる言葉だろうか。その言葉を聞くだけで動悸が激しくなる。すぐにこの言葉を否定したかった。それは周囲を見返すために、なにより自分自身のために。あの両親から生まれてきた自分が出来損ないの烙印など押されるわけにはいかない。それは自分自身が一番、許せないことだ。

 

 だから希空は求めた。

 

 力を、覚醒を、ガンダムブレイカーという存在を。ガンダムブレイカーも覚醒も言ってしまえば、分かり易い記号だ。象徴的だからこそ、希空は求め続けた。

 

 しかしいくらバトルをしたところで、覚醒の力を得ることもガンダムブレイカーとして認められることもなかった。それは焦燥に繋がり、いくら両親や奏達が止めようとしても、打ち込むようになってしまった。

 

 そんなある日、決定的な出来事が起きてしまった。

 

 姉と慕っていた奏が新たなガンダムブレイカーに選ばれたのだ。

 

 周囲が奏を祝福するなか、希空は喜ぶことは出来なかった。自分は努力という努力をしたつもりだ。実力でも並みのファイターなら負けない自信がある。しかし、選ばれたのは奏であった。

 

 残ったのは奏への嫉妬と惨めさ。奏が太陽のように大きな存在だからこそ、あまりにも眩しく余計に妬ましかった。なにが足りないのかも分からないまま、それでも少しでも足りない何かを埋めようとひたすら、力を求め続けた結果、いつしか希空のバトルは力を求めるだけの殺伐なものとなってしまったのだ。

 

【あの力は求めて手に入るものじゃない】

 

 そんな希空を見かねて、ついに父はそう言った。

 

【それが分からないなら今のお前にガンダムブレイカーの名前は使わせられない】

 

 寡黙な父親がハッキリと言った言葉は希空の胸に深く突き刺さったのだ。

 

【確かにパパとママはあの力は使えるよ。でもパパの言う通り、あの力は求めたから手に入ったんじゃないんだ】

 

 口下手な父と焦燥する自分をフォローするように母は優しく自分を諭そうとしてくれた。

 

【これって言う答えはないと思うけど、でも希空が希空でいる限り、いつかは手に入る時は来るよ】

 

 母がはそう言ってくれた。その言葉が自分自身を苦しめているのだ。

 

「……っ」

 

 ベッドから起き上がった希空は壁にもたれ、自分の殻に閉じこもるように膝を抱えて俯いてしまっている。出来損ないという言葉は彼女が最も嫌う言葉だ。今では一人でいると唐突にフラッシュバックしてしまうほどのトラウマと言っても良い。

 

 《希空》

 

 そんな彼女に声をかける者がいた。スピーカーを通しての声に顔をあげれば、そこには窓から差し込む光を受けながら、こちらにやってくるロボ助が。

 

「ロボ……助……」

 《ヨワイ嬢とのやり取りがあったから、もしやとは思っていましたが……》

 

 ロボ助はベッドに乗ると、うっすらと浮かんでいる希空の目尻に溜まっている涙を優しく拭う。

 

「ねぇ、ロボ助……。私が私でいるためにはどうすれば良いのかな……? なにがあれば私なのかな……? なにがなくなったら私じゃないのかな……? 私って……何なんだろ……。分かんないよ……」

 

 ふと希空は自分の中の答えの出ない問いかけをロボ助に投げかける。ロボ助は生まれてからの付き合いだ。

 いつだって最も近くに寄り添ってくれた存在はロボ助だ。彼にならば、誰にも話せないような悩みも包み隠さず話すことが出来る希空にとってはかけがえのない存在だ。

 

 《少なくとも今の自分を胸を張って愛することが出来るのであれば、その愛した自分こそが紛れもなく自分といえるのではないだろうか》

「……自分を?」

 《希空、君は今、道に迷っているんだ。だが、それは悪いことではない。迷ったのならば歩き出せるまで立ち止まったって良い。どんなに迷ったり揺らめいたとしても君が残せる歩みは一筋だ。きっと最後に振り返って見れば、その曲りくねった足跡を愛せる日が来る》

 

 希空の言葉にどう答えるか、僅かに間を置いたロボ助は、まるで幼い妹を諭すように話し始める。それは機械の身であると言うのに、とても柔らかで温かさを感じる言葉であった。

 

 希空は今の自分が好きではなかった。

 ガンダムブレイカーに選ばれなかった自分、出来損ないとまで言われた自分、劣等感に苛まれる自分、自分に変わらず接してくれる姉のような存在へ嫉妬を抱いてしまう自分。少なくとも今の希空を希空自身が愛せる要素など一つもなく、寧ろただただ醜く、存在する価値があるのかも分からなくなってしまう。

 

 《大丈夫だ。希空が迷うのなら、私も共に迷おう。そして君と共に道を見つけるよ》

「ロボ助……」

 《きっとヨワイ嬢も奏達も希空を想っている。それは君の御両親もだ。君が道に迷うのなら、地図を記してくれる者達はいくらでもいることだけは忘れないで欲しい》

 

 するとロボ助は膝を抱えている希空の手を取ると、包み込むように握り、ただまっすぐ希空の瞳を見据えながら、語りかける。

 

「……っ」

 《拭う必要はない。私の前では好きなだけ泣くと良い》

 

 そんなロボ助の姿に希空の視界が滲み始め、涙がとめどなく流れ始める。

 自分が泣いていることに気づいた希空は涙を拭おうとするが、ロボ助はそれを制し、希空の隣に座ると、その背中を撫でる。

 

 《大丈夫さ。私が愛する君を、きっといつかは君も愛することが出来る》

 

 いつだってそうだ。ロボ助は見た目こそ小さいが、いつだって自分の全てを受け止めてくれる大きな存在でいてくれる。希空はロボ助に寄りかかり、静かに嗚咽を漏らすのであった。


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