ニュージェネレーション
──開きかけていた扉はついに完全に開かれた。
『俺達が
かつて希望と誇りを賭した激闘が行われた。
それはまさに世界が一つとなった戦いとも言って良いだろう。
──自分もあぁなりたい。
その戦いを見ていた者はそう感じるほどのものだ。
熾烈を極めた戦いは新星達が勝利を掴んだことで収束し、新星達と覇王達は別れの時を時を迎えた。
ここから始まる物語は新星達が紡いで来た物語の先の未来。
ベールを脱ぎさり、全てを白日の下に明かす時がきたのだ。
さあ、準備は良いだろうか?
ならば開かれた扉の先を通ろう。
その先に待つ箱庭から物語は動き出すのだ。
・・・
かつての宇宙エレベーターが切断され、静止軌道ステーションの漂流事件から三十年の年月が経った。今では宇宙エレベーターも無事に稼動しており、かつての鈍さからは考えられないほど宇宙開発計画は飛躍的に進行し、今では人類の第二の故郷とも言える宇宙コロニーが二基まで稼動するに至った。
しかも驚くべきことに三十年の間に宇宙でのコロニーの修繕や資源回収等の目的に宇宙用汎用作業機としてモビルスーツが開発されたのだ。最もAMBAC機動等、複雑な操作が必要となる為、免許制となっており、主に宇宙開発に従事する技術者達が取得している為、空想の産物の一つであったモビルスーツも今となっては身近な乗り物の一つである。
ラグランジュポイントに設置された二基の宇宙コロニーはそれぞれアスガルド、パライソと名付けられ、総人口15万人の人々が日々の営みに追われている。
また今では三基目の宇宙コロニーももう少しで建造が終了し、宇宙へ上がるということで現在、大きな注目を浴びており、他にも予てより計画されていたとされる外宇宙への進出も実しやかに噂されているなど、宇宙への関心は日に日に高まっている状況だ。
「──では、この辺りで今日の授業を終わりにしましょうか。お疲れ様でした」
鐘の音が響くと同時に声をかけられ、宇宙エレベーターからのこれまでの歴史を表していたVRから現実世界に引き戻される。ここは宇宙コロニー・アスガルドにあるボイジャーズ学園の教室の一つだ。
「新学期を迎えたばかりですが、皆さん、健やかで何よりです」
世界史の授業を行っていた教師である大柄の外国人男性のラグナ・ウェインはクセのある煌くようなブロンドの髪を揺らしながら、教室内の生徒の様子を見渡して穏やかで人当たりの良い笑みを浮かべる。
宇宙コロニーには様々な人種の人間達が生活しており、ことこのボイジャーズ学園も例によって多くの人種の生徒と教師が日々を謳歌している。
「……ふぅ」
今の授業が本日最後の授業という事もあり、ラグナを慕う生徒達が彼を囲んでいるなか、VR空間にダイブするためのヘッドホン型媒体のVRGPを外したヘアピンを付けた茶髪の少女が一息つきながら、その瞼をゆっくりと上げて、その特徴的な真紅の瞳を露にする。
「──あれ、あそこにいるのは生徒会長じゃない?」
授業を終えた少女が凝った身体を解していると、ふとクラスメイト達の話し声が聞こえて扉の方向を見やる。そこにはダークブロンドの長髪をハーフアップに纏めた凛々しい顔立ちの少女がいたのだ。
「あぁ、奏先輩だっ!」
「いつ見ても、綺麗だよねー」
出入り口にいる少女を見て、ラグナを囲む女子生徒のように一部で黄色い声が上がる。
奏と呼ばれた女子生徒はこのボイジャーズ学園で生徒会長を務めており、その美貌のみならず文武両道の秀才であり、生徒達の憧れの的だ。
そんな彼女に向けられる黄色い声に微笑みと共に軽く手を振って応えつつ、奏は教室に足を踏み入れて真紅の瞳の少女のもとへ向かう。
「希空、部活に行くのだろう? 一緒にどうだ?」
「……構いません……。けど、奏が来るとうるさいから迎えに来るのは控えてくれと言った筈です」
「希空にすぐ会いたかったのだ。許してくれ」
奏はまっすぐ真紅の瞳の少女のもとに向かい、彼女の名前を口にしながら声をかける。
真紅の瞳の少女……希空は静かに奏を見やりながらもその視線は非難めいていた。奏へ向けられる黄色い声は何より希空がよく知っている。なにせ学園において彼女やラグナの周りはそのような声が絶えないからだ。どちらかと言えば、図書館のような静かで穏やかな空間を好む希空にとっては中々、悩ましい問題である。そんな希空の文句に奏は苦笑しつつ肩を竦める。
「……奏に言っても仕方がありませんね。早く行きましょう」
「うむ、昔みたいに奏お姉ちゃんが手を引いても──」
「お断りします」
これまで奏やラグナに近づこうと何人の生徒が自分を利用としたことか、思い出すだけでため息が出る。希空は机から立ち上がると、奏の誘いに乗り、部室へ向かおうとする。その際、幼馴染みである奏は希空に手を差し伸べようとするが、即答されてしまい、地味にガーンという効果音が鳴り響くのが聞こえてくるようだ。
「おっと、奏、お待ちなさい」
「む? なんだラグナ……先生」
すると生徒達に囲まれていたラグナが奏に声をかける。奏と希空のように、この二人も奏が物心つく頃からの付き合いであり、それ故、普段、奏はラグナを呼び捨てで呼んでいるのだが、ここは学校。そのことを思い出してか、少しの間を置いて先生と付け足す。
「少し話があります。希空、申し訳ありませんが、一足先に部室に向かってもらって良いですが」
「分かりました、ウェイン先生」
どうやらラグナは奏に何か用件があるようだ。奏を呼びつけつつ希空にも声をかけると希空はコクリと頷き、呼び寄せられた奏が苦い顔をするなかスタスタと教室を後にする。希空もラグナを幼い頃を知っているのだが、奏とは違い、学校と私生活での切り替えはちゃんとしているようだ。
・・・
《お疲れ様です、希空》
一人、部室にやって来た希空を真っ先に出迎えた存在がいた。とはいえ、人間ではなく、希空は目線を下げると、そこには二頭身の一角の騎士のような外観を持つ騎士ユニコーンをベースに作られたトイボットがいたのだ。
「ロボ助、部室に来てたんだね」
《ええ、私も一応は模型部に所属する者ですから》
トイボットの名を呼びながら、希空はしゃがむ。ロボ助と接している時の希空は先程までの奏達との態度とは違い、その雰囲気はとても穏やかで柔和だ。
それもそうだろう。ロボ助は希空が生まれた時に起動したトイボットであり、以降、彼女に誰よりも近くで接してきたのだから。
「やっと来たね!」
するとそんな希空に荒々しく声をかける者がいた。その声に希空が眉間に皺を寄せるものの、その方向を見れば、そこにはいかにもチャラいという表現が似合いそうな女子生徒がいたのだ。
「今日こそ決着をつけてやっから! アタシはアンタとロボ助がこの学園の代表チームのメンバーであることを認めちゃいないんだからね!」
「……ヨワイさんが認めるも何も私やロボ助は実力を示した上でチームに名を連ねているのですが。そもそも何の決着ですか」
何やら希空に闘志を燃やしつつ、ビシッと指差してくる少女に希空は少女の苗字を口にしながら、あからさまに鬱陶しそうに答える。
「うっさい! アンタの父親とアタシの叔父さんのライバルなんだから、アタシ達だってそう! アンタとロボ助を倒して、アタシがチームに入るんだから!」
「……ライバルって……ヨワイさんの叔父であるカマセさんが勝手にそう嘯いてるだけですよね。私のパパは全く眼中にないと思いますよ」
「そんなことないしーっ! 良いから勝負! 勝負ったらしょーうーぶーっっ!!」
希空の言葉に全く聞き耳を持たず、自身のガンプラを取り出して、ガンプラバトルを仕掛けてくる。最もヨワイの言葉に希空は訂正するのだが、最早、彼女は駄々っ子のようになっていた。
《希空、ここは私だけで……》
「ううん、私も行くよ。でないとヨワイさん、納得しないと思うし」
どうやらバトルは避けられないようだ。ロボ助は希空の手を煩わせないようにと自分だけでバトルしようと申し出るが、希空は首を横に振り、ヨワイからのバトルを受けるのであった。
・・・
「んじゃ、負ける準備は出来た?」
「いつでも構いませんが……何でヨワイさん側は四人なんですか?」
バトルのために近くのゲームセンターに移動した希空達。ヨワイが不敵な笑みを浮かべるなか、明らかに気だるそうな希空はヨワイの傍らにいる三人の同じ模型部員を見やる。
「べ、別になんかあんた等に勝てるかちょっと不安になったから助っ人を頼んだとかじゃないし! チーム戦を学ぶ良い練習だから誘っただけだしー!」
「あぁ……皆さん、ご愁傷様です」
そのことを指摘されたヨワイがダラダラと冷や汗を垂らしながら、必死に言い訳をするなか、彼女の傍らで微妙そうな顔をしている模型部員達を見て、希空はついつい同情してしまう。
「皆さんに申し訳ないですから、手早く終わらせましょう」
「きーっ! けちょんけちょんにしてやるーっ!!」
自分達とヨワイだけならまだしも巻き込まれている人間に無駄な時間を使わせるべきではないと希空とロボ助が新星の時代からバージョンアップを重ねたガンプラバトルシミュレーターVRへ向かうなか、地団太を踏むヨワイもその後を追い、VRGPを使用して、VR空間へとダイブする。
「パパ……か……」
VR空間を通して、VRハンガーへ移動した希空はすぐにVR空間に表示されているガンダムAGE-2をベースにカスタマイズを施したガンダムNEXのコックピットに乗り込むと、ふと先程、ヨワイとの会話に出てきた自身の父親について想いを馳せる。
「私は……パパの娘なのに……。パパの娘であることを堂々と誇りたいのに……。ただ、パパのように……っ!」
NEXのコックピット内で操縦桿を握る希空の手が震え始める。
俯く希空は心底、やり切れないとばかりにやるせないものであった。だが今はバトルをしなくてはいけない。自身の中の迷いを振り払うように顔を上げる。
「ガンダムNEX……雨宮希空、行きますッ」
そう、彼女こそ彼の新星の血を受け継ぐ者。
新星が駆け抜けた物語から30年後、新世代の幕を開けるようにペダルを踏み込んで、NEXは表示されたカタパルトから飛び出していくのであった。
ふっ、誰も希空があのボッチの娘だとは思うまいて…(棒