機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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この世界を何処までも

 人知れず行われている二機のガンダムブレイカーによる防衛戦。大挙として押し寄せてくるなか、それを物ともせずにEXブレイカーの砲撃が全てを飲み込む。

 

「ハァアッ!」

 

 しかし中にはその砲撃を逃れるウイルス達もいる。だが相対した時点で決してガンダムブレイカーが逃すわけがない。清廉な騎士のように勇ましく、荒ぶる獅子のように激しくブレイカーブローディアが振るったGNバスターソードは次々にウイルス達をなぎ払っていく。

 

 物量差で言えば、ウイルスが圧倒的であろう。しかしそれを物ともしない質で対抗しているのがラグナ達だ。シャルルの歌声と共に刃を走らせ、瞬く間に殲滅していく。

 

 ・・・

 

「……っ」

 

 その戦いを見ている者であれば、そのどちらに軍配が上がるか、考えるまでもなく分かるだろう。それはこれを見ている首謀者も同じことだ。

 

 ふと顔を上げ、ステージ上で歌っているシャルルを見やる。MC中でもワクチンプログラムが散布されていることから彼女の声その物にワクチンプログラムが付与されていると考えて良いだろう。

 

 ──せめて、あの女さえ何とかできれば。

 

 首謀者は思考を張り巡らせる。例えガンダムブレイカーの介入があったとしても、彼女ほどワクチンプログラムを広範囲に拡散させることは出来ないだろう。だからこそこの状況で優先するのであれば、ガンダムブレイカーの対処よりも、シャルルを優先すべきだ。

 

「……」

 

 アバターは観念したように肩を落とす。この時点で諦めて、完全に撤退するのも手だろう。そもそも今回、このアバターを乗っ取ったのも単純にパンデミックを引き起こすための引き金にする為だけだ。

 

 本腰を入れるには、今用意したものではあまりにも心許ないし、どの道、これ以上どうすることも出来ない。どうせこのアバターは使い捨てだ。このアバターその物を特定されたところで乗っ取った自分まで特定されるわけではない。

 

「けどまぁ……無駄ではなかったな」

 

 アバターを手放し、これ以上の追跡をさせない為の策を張りながら強制的にログアウトをする。その直前、アバターは最後まで輝かしいステージでそれに負けないくらい美しいパフォーマンスを行うシャルルを見据える。それはまるで良い獲物を見つけたとばかりに、その口元に妖しい笑みを浮かべながら、ライブ会場から姿を消すのであった。

 

 ・・・

 

「やれやれ……やっと落ち着きましたか。後の追跡は警察に任せましょう」

 

 ウイルスを全て駆逐したラグナは一息つく。ガンダムブレイカーとはいえ、たった二機で迫るウイルスを全て相手取ったのだ。VR世界とはいえ、多少なりでも精神的な疲労を感じてしまうのは仕方のないことだろう。

 

「しかしこれまでの戦いに比べ、善き戦いではありました。Ms.シャルルのお陰ですね」

 

 サブモニターで会場の様子を見やる。ライブ会場は大いに盛り上がっており、こちらのことは幸いと言うべきか気づかれてはいないようだ。その様子を見ながら、ラグナは安堵したようにやんわりと微笑む。

 

 これまで何度かウイルスの相手をしてきたが奏達にも言ったことがあるようにどれも到底、ガンプラバトルと言えるものではなく殺伐としていた。それは最もウイルスに関わり、戦い続けてきた彼の新星も辟易していたと聞く。

 

 だが此度の戦いはこれまでと違った。

 それはやはりシャルルの存在が大きいだろう。彼女の歌と共に駆け抜ければ不思議と背中を押されるような活気が宿った気がする。ウイルスとの戦いで、今日ほど調子が良かった日はないだろう。そう考えると、シャルルのアレほどの人気も頷けるというものだ。

 

「今度、バトルをする時はジャズのようにMs.シャルルの歌を……。……いえ、止めておきましょう。歌は静かに聞き入ることで嗜みたいですから」

 

 ふと頭の中に思いついた案があるのだが、軽く咳払いをしながらすぐに取りやめる。

 “アイドルソングが聞こえたら、俺が来た合図だ”……そんなこと到底、やれる気がしない。一瞬とはいえ、何を思いついているのだとばかりにラグナはこめかみを抑えていた。

 

「電子世界の歌姫か……。うんうん、応援してるよ」

 

 そんなブレイカーブローディアの傍らで希望の守り手はサブモニターに映るシャルルの姿を眺めながら慈しむように微笑んでいた。

 

 ・・・

 

 既にライブも終盤の時を迎えている。サイリウムだけが輝く暗がりの会場では丁度、アンコールで湧き上がっていた。するとイントロが鳴り始め、歓声が起こる。すると当然、会場の上部で大きく鮮やかな光が広がったかと思えば、粒子が会場に広がり始めたではないか。

 

「これは……」

 

 手のひらに落ちた粒子を見ながら、希空は首を傾げる。何かの演出なのだろうか。そうんなことを考えていると・・・。

 

「お待ったせしましたー!」

 

 会場にシャルルの声が響き渡る。するとスポットライトが上部に集中し、そこにいた存在に観客は度肝を抜かれる。

 

「シャルルのベストフレンドと共に今日はスペシャルバージョンで行きマスネーっ!」

 

 そこにいたのはルティナのパラドックスであった。武装解除しているパラドックスは二つのマニビュレーターを合わせてその上にシャルルを乗せているのだ。

 スラスターウィングから絶えず粒子を放出させながら、ステージ代わりとなったパラドックスはゆっくりと降下していくなか、衣装を変えたシャルルは歌い始める。

 

(ルティナにしか頼めないって言うから協力したけど……)

 

 パラドックスのコックピットでルティナはモニターに映るシャルルの様子を見つめていた。ライブが始まる直前、シャルルはルティナの前に現れた。それはこの演出をする為に彼女に頼みにいったのだ。最ももしガンダムブレイカー達とは別に会場にウイルスが現れた時の保険、という意味もあるのだが。

 

(本っ当に眩しいなぁ……)

 

 アンコールの時間も瞬く間に過ぎていく。そんな中、最後の時を迎え、モニター越しにサイリウムの色鮮やかな光を背に、こちらににっこりと笑うシャルルの姿を見ながら、ルティナも微笑むのであった。

 

 ・・・

 

「はぁー……やっぱりこの部屋が一番、落ち着くー……」

 

 ライブ終了後、歌音はベッドに倒れこみ、枕を抱えてゴロゴロと寝転がっていた。

 大盛況のうちに終えたライブ、帰ってきたのは日付が変わる間近だ。

 

「あんなキラキラした世界を作れるなんて、やっぱ凄いね、歌音は」

「あれはシャルルの力よー。お姉さんじゃないの」

「でもシャルルはシャルルでも、歌音がいないとシャルルじゃないでしょ?」

「……どうかな?」

 

 普段は残念な美人だが、ライブになればあれだけのパフォーマンスが出来るのだ。歌音を労おうとするルティナだが、歌音はあくまでシャルルであって、自分は凄くはないと答える。

 

 かつてシャルルはシャルルはシャルル、歌音は歌音として接してくれと言っていた。だが歌音がシャルルとして活動したからこそのあれだけのライブがあるのだろう。

 毎回、自分とシャルルを別物に考えている歌音に謙遜する必要はないと言おうとするのだが、どこか先程までの雰囲気を潜めた歌音は起き上がる。

 

「私はね、シャルルじゃなくて、シャルルのパーツでしかないんだよ」

 

 どこか悲しげに、それでいて自嘲するように放った言葉。それは今までの歌音からは考えられないほどもの悲しげでそう口にする彼女はとても儚く見えた。

 

「──歌音ちゃん、いる?」

 

 そんな彼女に何と声をかけて良いか言葉をつまらせるルティナだが、ふとノックがされ、そのまま扉が開けられると、そこには桃色の髪の美しい人物がいた。

 

「今日はお疲れ様。シャルルちゃんと歌音ちゃんを労いたいけど、時間が時間だし、簡単なうどんを作ったんだけどどうかな?」

「食べる食べるっ! 優陽叔父さん、大好き!!」

 

 その美しい顔立ちを引き立たせるような優しい笑みを浮かべながら問いかける桃髪の人物。すると歌音は先程の態度とは一変、飛び跳ねるようにベッドから起き上がり、歌音のガンプラ作りが上手い叔父さんことその人物の名を口にしながら、向かっていく。

 

「ルティナちゃんの分も作ったけど、どうかな?」

「……うん、食べる」

 

 優陽はそのままルティナにも声をかける。ルティナも頷きながらも歌音の後を追うが、その頭には先程の歌音の言葉が残っているのであった。

 

「そう言えば、タウンカップが開かれるけど、ルティナちゃんはどうする?」

「えっ?」

「ルティナちゃんの心を弾ませてくれるバトルがあると思うけど」

 

 そんなルティナを見かねてか、彼女にタウンカップの話題を振る。何か分からず顔を上げるルティナに彼女に合わせた簡単な説明をする。

 

「心が弾む……か。うん、どんな時もそれが一番だよね! その話、もっと聞かせて!」

 

 優陽の言葉に先程の歌音の言葉にいつまでも引きずられない様に思考を切り替えながら、優陽の元へ駆け寄る。

 

 そうして時間は過ぎていき……。

 

 ・・・

 

 《希空、忘れ物はないですね》

 

 朝日の光が窓から差し込むなか、学生寮の一室でロボ助は玄関先にいる希空に室内のスピーカーを通して、声をかけていた。

 

「大丈夫。新学期だもん。ちゃんと準備したよ」

 

 そんなロボ助に制服姿の希空はクルリとプリーツスカートを揺らしながら振り返ると、心配性のロボ助を安心させるように微笑み、そのままローファーを履く。

 

「それじゃあ行って来ます」

 《いってらっしゃい、君の人生にこれからも幸運がありますように》

 

 部屋を出る前にもう一度、ロボ助に振り返りながら声をかけると、液晶カメラで笑顔を作りながらロボ助は彼女を見送る。そんなロボ助に頷きながら、明るい光のなか、希空は駆け出していくのであった。


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