機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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歌姫の加護

 

 シャルルのライブまで刻一刻と迫っていた。VR空間におけるドーム型の控え室でシャルルは意識を統一させるように硬く目を瞑り、流れるまま空間を浮遊していた。

 

『シャルル様、少々お時間よろしいでしょうか?』

 

 すると突然、コントロールAIからの通信が彼女が装着しているインカムに届く。ゆっくりと瞼を上げたシャルルは姿勢を直しながら、コントロールAIの通信に耳を傾ける。

 

『ライブ前にシャルル様にお会いしたいと仰られている方々がおります。その方達は……──』

 

 これからライブだと言うのに、一体、何なのかと思う気持ちはあるが、それを承知している上でコントロールAIが通信してきたのだろう。シャルルはコントロールAIの言葉を待つのであった。

 

 ・・・

 

「これがシャルルのライブ……まだ始まってもいないのにVR越しでも分かる凄まじい熱気です」

 

 VR空間のシャルルのライブ会場には希空と奏の姿があった。流石にこのライブ会場にロボ助を連れてくることは出来ず、ロボ助は渋々、学生寮で待つ羽目になってしまっている。そんな中、希空は人で埋め尽くされた観客席のライブを待つアバター達の熱気を感じながら口を開く。

 

「ライブ自体はツバコのライブに何度か足を運んだことはあるが……。うむぅ、これは気圧されてしまうな」

「ええ、これでライブが始まったらどうなるのでしょうか」

 

 奏も周囲の熱気にあてられて、彼女自身も落ち着きがなくソワソワとして浮き足立っている。いつもなら奏に対しては、毒舌交じりで言うところだが、そうなってしまうのも仕方がないと分かるため、その言葉に頷きながらその時を待つ。

 

 ・・・

 

「相変わらず、ここはキラキラしてるなぁ」

 

 一方、歌音が用意したVIPルームにはルティナの姿があった。窓に手をつき、サイリウムで彩られた会場を見ながら、惚れ惚れした様子で呟く。

 

「……ルティナじゃあ、こんな空間……絶対、作れないんだろうなぁ」

 

 ふと自嘲気味な笑みを見せる。彼女は自身の心の赴くままに行動している。それは闘争心によるものとも言っていいだろう。故に彼女の行動は破壊を生み出すことが殆どだ。

 そんな自分を理解しているからこそ、多くの人々が表情に期待や希望のような感情を宿すこの輝かしい空間は作れないだろうと思ったのだ。

 

 どこか表情に自嘲を滲ませながら観客席を眺めていた時であった。ふとルティナのVIPルームにノックのような音が響くと、VIPルームにアバターが転移する。

 

「Hey! ルティナ、いきなりゴメンネー」

「どーしたの? もうすぐライブだよね?」

 

 転移してきたアバターはシャルルであった。両手を合わせて、軽く小首を傾げながら可愛らしくウインクをしている彼女にライブ直前に一体、何用なのか尋ねる。

 

「実はルティナにお願いがあって来マシタ」

「ルティナに……?」

 

「イエース。ルティナにしか頼めないことデース」

 

 するとシャルルは片言混じりは変わらぬものの、いつにも増して真剣な様子で話している。シャルルのそんな姿を初めて見たルティナは自分に頼みごと、と言うのもあり、戸惑いながらも彼女を見据える。そんなルティナにシャルルはある頼みごとを彼女にするのであった。

 

 ・・・

 

「あっれー!? VRにダイブ出来ない!?」

 

 一方でシャルルのライブに参加できない者もいた。以前、シャルルのライブにいた観客の一人だ。今回もシャルルのライブに向かおうとVRGPでダイブしようとするのだが、フォロスクリーンに出てくるのは無機質なERRORの文字であった。

 

 ・・・

 

 だが、実際のシャルルのライブ会場にはその観客のアバターが確かにそこにいるではないか。しかしそのアバターは周囲の今か今かとシャルルのライブの時を待っている観客達とは違い、一切、ステージなどに目もくれず、視線を絶えず動かしていた。それはまるでこの会場にどれだけのアバターがいるのかを見定めるように。

 

 すると、会場ではシャルルの楽曲のイントロが流れ始める。会場がドッと歓声で湧くなか、アバターは一度、俯き、手のひらサイズの小型ウインドウを表示させる。

 

 そこにあったファイルはウイルス拡散の実行プログラムであった。

 

 ここまで来れば、もう分かるだろう。このアバターはこのライブ会場でウイルスを拡散することによって観客のアバター達を相手にパンデミックを引き起こそうとしているのだ。

 

 パンデミックが引き起きた時のことを想像しているのだろうか、俯いているアバターはその口元に邪悪にしか感じ取れないような歪な笑みを浮かべていたのだ。

 

 アバターはすぐさま実行に移す。小型ウインドウの確認画面をタップすると、ウインドウを消して愉快そうにくつくつと笑いながら顔を上げる。もう間もなくこのライブ会場にいる全ての観客達にウイルスが撒かれることであろう。しかもウイルスに感染しても、何がきっかけか、そもそも観客達は感染したことも気づかない。

 

 電子世界の歌姫のライブは汚れに満ちた惨劇の会場となるのだ。それら全てを知っているのは自分だけ。これを愉快と思わずして、どうしろと言うのだろうか。

 

「♪~♪~♪」

 

 程なくしてステージにシャルルが現れたと同時に美声を持って歌い始める。ここまでは予定通りだ。今頃、ウイルスも拡散し終えている頃だろうか。そう思って、再び小型ウインドウを表示させる。

 

「──ッ!?」

 

 画面に表示される進行状況を見た時、アバターは驚愕で目を見開いた。そこには確かにウイルスが拡散されているものの、同時にそのウイルスは駆除され、抑えられているのだ。一体、どういうことなのだろうか。

 

「まさか……!?」

 

 首謀者はアバターを通して初めて口を開く。その視線の先には今も、ステージを満たそうと輝かしいパフォーマンスを魅せるシャルルの姿が。

 

 《ええ、そのまさかです》

「──!」

 

 するとアバターのプライベート回線が強制的に接続され、首謀者に対して声が届いた。

 

 《アナタの動向をずっと警察は追っていました。ウイルスの拡散と共にアバターを突き止めることが出来ました、がそのアバターも乗っ取ったものでしょう。ですが、アナタのやろうとした事は阻止できた》

 

 ここ最近、巷を騒がすウイルス騒動は全てこのアバターを乗っ取った首謀者によるものだろう。だが、だからこそ対策を講じることが出来た。

 

 《Ms.シャルルに感謝しなくてはいけませんね。ワクチンプログラムを彼女の歌に乗せて、絶えず拡散しているのですから》

 

 そう、ウイルスの拡散を抑え込んでいるのは他ならぬシャルルだ。首謀者に対してとった対策、それはシャルルの歌声にワクチンプログラムを付加させることであった。それがライブ開始前にシャルルに持ち出された話の内容であった。

 

「──クッ!」

 

 しかし首謀者からしてみれば、面子を潰されたのかと思ったのだろう。小型ウインドウを素早く操作する。

 

 ・・・

 

 すると電子空間のライブ会場へと続くネットワークにウイルスプログラムが出現し、会場へ向かおうとする。最早、実力行使をしようと言うのだろう。

 

 しかし出現と同時にウイルスプログラムは全て撃ち抜かれ、消滅する。

 

「勿論、させませんとも」

 

 ライブ会場へと続くネットワークを守護するように行く手を塞いでいるのはガンダムブレイカーブローディアであった。騎士のようなビームコーティングが施されたマントを靡かせながら、GNバスターソードをライフルモードに銃口を向けながら、そのコックピットではラグナのアバターが静かに答える。

 

「汚れ仕事は引き受けると奏達に言ったばかりですからね。彼女達にはただ純粋に目の前の出来事だけを楽しんでもらいたい」

 

 会場の様子を映し出したサブモニターを見やり、観客席に映る奏と希空の姿を横目に見ながら呟く。確かに彼女達もウイルスを襲い掛かっていると知れば、手伝おうとするだろう。

 

 だが、そもそも希空達はシャルルのライブの為にあの会場に来ているのだ。であれば余計なことを考えず、ただ純粋にライブを楽しんでもらいたい。その為ならば影で戦うことも厭わない。

 

「それに今回は私だけではありませんから」

 

 ラグナはふと柔らかな笑みを浮かべながら自身のブレイカーブローディアの隣にいる機体を見やる。そこには超過の意味を持つ希望の守り手が操るその圧倒的な巨躯を誇ったガンダムブレイカーが存在していたのだ。

 

「私達には歌姫の加護がある。あそこにある輝きの為にも、そう簡単には通しはしません」

 

 サブモニターからシャルルの歌が聞こえてくるなか、ブレイカーブローディアはGNバスターソードを重々しく振りかぶり、その切っ先をウイルスに向けて、厳然と構える。その姿はまさに勇ましい獅子のようだ。

 

「では、真っ向勝負と参りましょう!」

 

 気高き獅子と希望の守り手は歌声が舞い踊る戦場で人知れず戦闘を開始するのであった……。


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