ドシリと地面に重厚に響き渡るのは機械人形が倒れ伏した証。すぐさま撃破された機体がデータとなってフィールドから消え去る中、残された勝者はただ一人、戦場に孤独に残る。
「つまんない」
コンソールの上に足を乗せながら、退屈そうに呟くのはルティナであった。ルティナがバトルフィールドに現れてから暫くが立つが、パラドックスの損傷は軽微である。彼女が積極的にバトルフィールドのプレイヤー機を狙っては交戦している訳だが、彼女の関心を惹くようなバトルには巡り合えなかったようだ。
「まあでも、パラドックスの性能は分かったから、おねーちゃんか如月翔のところにでも──」
とはいえ戦闘を重ねていくうちにパラドックスの性能などは把握できた。彼女の心を躍らせるようなバトルはなかったものの、ウォーミングアップ程度で考えれば、今回のバトルは無駄ではなかっただろう。とはいえ、これ以上は冗長だ。時間はまだあるが、この辺りで切り上げようとした時であった。
ふとパラドックスのセンサーが反応する。こちらを目指してやって来る機影を確認することが出来た。どうやら一機だけのようだ。高速でこちらに向かってくるため、そのまま待てば、そこにはかつてGB博物館でも戦闘をしていたエクシアサバイヴが姿を現した。
「プレイヤー機がこの辺りで次々にロストしていると思ったら……あの機体がやったのか?」
エクシアサバイヴを操るのは、GB博物館同様に涼一であり彼はレーダーを一瞥しながらバトルフィールドに一機だけ佇むパラドックスの姿を見やる。涼一もバトルを行っていた一人だが、ルティナの参戦後、彼がこのバトルフィールドに残る最後のファイターとなってしまったようだ。
「……ハッ、だったら挑まなきゃファイター失格だよなッ!!」
パラドックスがそれだけの戦果を挙げたのであれば、それだけファイターの実力も分かるというものだ。であればガンプラファイターを名乗る者として挑んでみたいという想いが生まれるのは何らおかしなものではないだろう。
エクシアサバイヴは戦闘の意思を示すようにバックパックの高エネルギー長射程ビーム砲を構えると、一瞬の間を置いて発射する。
「じゃ、今日はこれが最後だね」
上空から迫る高出力ビームを見つめながら、ルティナはポツリと呟くと獣のように口角を吊り上げる。ギンとギラついたようにツインアイを輝かせたパラドックスは真紅のスラスターウイングを展開する。
「ッ!? 速いッ!!?」
パラドックスの機動力は涼一の想像を上回っていた。一瞬にして迫るパラドックスに対して専用ショットガンによる散弾を撒き散らすことによって対応しようとするのだが、縦横無尽に飛び回るパラドックスには届くことはなかった。
それはパラドックスの動きにある。パラドックス自体には戦闘に応じる意思はあるのだが解放されたかのようにあまりにも自由に動き回っているのだ。しかしその動きに一切の無駄はなく、それでいて変則的なので中々、その動きを捉えられない。しかも彼女の戦闘スタイルも獣のように本能的に動くかと思いきや、その動作には洗練された技があり、隙がないのだ。涼一もセンサーではなく、半ば目で追っている状況だ。しかしそれも一瞬の気の緩みがあれば見失ってしまうだろう。
「──そこかッ!!」
不意にこちらに対して迫る影があった。反射的にショットガンを向けて引き金を引くのだが──。
「なっ!?」
その手応えはあまりにも軽かった。カンッと甲高い音が響き、確認してみればそれはパラドックスが投擲したフラッシュエッジ2だったのだ。囮に気づいたのも束の間、背後から勢いよく蹴り飛ばされたエクシアサバイヴは地面に落下して轟音を立て、周囲には土煙が上がる。
「こんなもんかな」
巻き上がる土煙を見つめながらルティナは一作業終えたかのように呟く。バトルもこれで終わりだろうとログアウトしようとした時であった。
土煙の中から無数の何かが飛び出す。僅かに目を細めたルティナが確認すれば、それはファンネルであった。四方八方から自身に襲い掛かってくるファンネルにルティナは最小限で回避する。
とはいえいつまでもファンネルの相手をする気はない。レールキャノンとバルカンを巧みに使用してファンネルを破壊しながら、地面にエクシアサバイヴへGNソードⅡブラスターを向けるが、ルティナが目にしたのはこちらに迫るアロンダイトであった。すぐさま機体をずらして避けるのだが、後続で飛び出したアンカーがアロンダイトの柄を捉え、そのまま横振りにパラドックスへ叩きつけようとする。
回避するには間に合わず、咄嗟にアンチビームシールドを展開して横殴りにするようにアロンダイトを弾いて体勢を立て直すパラドックスだがセンサーが背後を示す。
すぐさま反応すればそこにはエクシアサバイヴが二つのビームサーベルを構えて、振りかぶっていたではないか。対してパラドックスは動揺することはなく、エクシアサバイヴの頭部にカウンターの要領で左腕による左ストレートをたたき付け、そのまま仰け反らせるのだが……。
「まだ、だっ!!」
エクシアサバイヴのツインアイが輝く。同時に体勢を直し、アンカーを射出すると、パラドックスの機体を拘束する。ここから少しでも反撃しようと考えたが、異変が起こる。
それは拘束されたパラドックスがその身を回転させ始めたからだ。回転は勢いを増し、高速にまで達すると竜巻を発生させる。旋風竜巻蹴りだ。当然、エクシアサバイヴも荒れ狂う竜巻に飲まれ、そのまま上方へ巻き上げられてしまう。
ようやく竜巻から解放されたエクシアサバイヴだが、既に下方にはパラドックスはおらず、代わりに上方でセンサーが反応する。パラドックスが左腕のマニビュレーターを高速回転させて迫っているのだ。そのまま流星螺旋拳を受けたエクシアサバイヴは地面に叩きつけられる。
「しぶっといなぁ」
「そう簡単に……落とされてたまるかよ!」
距離を開けたルティナは様子を見る。すると彼女の予想通り、エクシアサバイヴは大破寸前だと言うのに、まだ立ち上がろうとしているのだ。そのコックピットで涼一は戦意を衰えさせることなくパラドックスを見据えている。
「でも諦めないで最後まで立ち向かおうとするのはルティナ、大好きだよ。心が惹かれるからね」
エクシアサバイヴの姿にルティナはついつい笑みを零す。今までの彼女の人生で彼女が慕う先人達以外で暴力的なまでの力を振るう彼女には皆、恐れるばかりですぐに平伏する。
実際、彼女に対してそれでも抗おうと立ち上がっていたのはほんの一握りだ。それ故、ルティナはそのほんの一握りの人間が好きだった。それは目の前のエクシアサバイヴもそうだ。
「なら、ルティナもちゃんと応えないとね」
であれば彼女は彼女なりに誠意を示す。GNソードⅡブラスターとアンチビームシールドを放棄すると、両足を開き、右手を突き出し、左拳を引き構えをとる。覇王不敗流の構えだ。
「──聖拳突き」
涼一がその構えを見た時、一瞬の間を置いてパラドックスは眼前に迫っていた。
それを認識した瞬間、先程までの狂戦士の獰猛な笑みとは一変、武人の如く鋭い眼光を走らせたルティナはエクシアサバイヴを貫き、確実に撃破するのであった。
・・・
「あー面白かった」
「お疲れルッティ」
ガンプラバトルシミュレーターVRから出てきたルティナを歌音が出迎えるなか、体を解すように背伸びをする。
「負けちまったな……」
そんなルティナの後にシミュレーターから出てきたのは涼一であった。その手に持っているのはエクシアサバイヴである。
「あれ、あの時のクッキー君じゃん」
「お前……。って、クッキー君ってオイ」
お互いにすぐに思い出したのだろう。もっともルティナの涼一への呼称に彼は頬を引きつらせる。
「ガンプラバトルもしてたんだね」
「ああ、最もお前に負けちまったがな」
涼一の手のエクシアサバイヴを一瞥しながら、まさかあの時、クッキーを振舞った青年がパティシエだとは思わず、関心するかのように言うと、涼一も同じようにルティナのパラドックスを見ている。
「っていうか、歌音さんもいたのな」
「えっ、あぁうん、久しぶりね、りょーくん」
「なんでさっきから黙ってたんですか?」
すると涼一はそのまま視線をずらして、二人をじっと見守っていた歌音へ声をかける。どうやら二人とも面識があるのか、我に返った歌音が挨拶をするなか、なぜ、ずっと黙っていたのか尋ねる。
「いや、お姉さん、可愛い存在が好きだけど同じくらい格好良い子も好きだから、二人のやり取りを見て、眼福だなぁってしみじみ思っていただけなのです」
「あぁ相変わらずですね」
「いやぁそれほどでも。けどルッティはこの分だとマイマイちゃんやタカミーなんかとも気が合うんじゃないかしら」
「舞歌や貴文さんをそう呼ぶのは歌音さんだけですよ」
しみじみ今日は来て良かったと頷いている歌音はそのまま知り合いの名前を出す。どうやら舞歌達とも面識はあるようだ。基本的にあだ名呼びをする歌音に涼一も苦笑する。
(……なんだか眩しいな)
歌音の言葉から少なくとも彼女の知り合いには涼一のように興味を示せるような存在がいるのだろう。とはいえルティナは無意識にそんな風に考えてしまう。どうしてそう思ったのかは分からないが、ルティナは歌音達から目を逸らすのであった。
・・・
「さて、そろそろシャルルのライブか」
それから数日後、コロニーでは奏が学園寮の希空の部屋でVRGP片手に希空に声をかける。そう、今日はシャルルのライブの日である。
「……もうすぐ学校も始まります。なので楽しむべきです」
「うむ、この日まで予約待ちでようやく手に入ったのだ。今日はフィーバーだな!」
既に希空はVRGPをセットしており、いつでもVR空間にダイブすることが出来る。奏でも希空の言葉に大いに頷きながら、これから始まるライブに胸を膨らませる。しかしだ。このライブに音もなく忍び込む陰の存在を彼女達は知らなかった。