「これが風香ちゃんからのプレゼントっ!!」
別れは瞬く間にやってくる。シオンとの別れだけではなく、遂にこの日がやって来てしまった。喫茶店のテーブル席で向かい合う形で座っているリーナに風香が小冊子みたいな代物を渡す。
「風香ちゃん特製のフォトブックだよ。これでどこに行っても風香ちゃんに会えるね!」
渡されたまま受け取るリーナに風香はえっへんとばかりに胸を張ってペラペラと自慢げに話している。その口ぶりから大方、風香の写真集と言ったところだろうか。そんな内容を想像してリーナは苦笑交じりにペラペラと中身を開き始める。
「……っ」
しかし次の瞬間、その内容を目にしたリーナは驚きで目を見開いた。それは別に中身が風香一色であったからではない。寧ろそれならば予想の範囲内で収まっていた。しかし実際は違ったのだ。
フォトブックに収められていた写真は確かに風香も写っているが、それだけではない。リーナは勿論、翔やレーア達。そこにはまさにリーナを取り巻く多くの人々が写っており、中にはこの時代のフォトブックの機能として写真をタッチすれば、動画のような機能を持つ物もあった。
「そのフォトブックはまだまだ拡張出来るから、ちゃんと戻ってきて、どんどん増やして行こうよ」
「うん……。うん……っ!」
ペラペラと中身を見るうちにリーナの身体は震えていく。このフォトブックは紛れもなく、自分達がこの世界に居たと言う証であり、何より繋がりを示す物だったからだ。
それに風香の言う通り、フォトブックにはまだまだ追加できる余白がある。風香はどこまでも彼女が戻ってくることを願っているのだ。それを改めて感じたリーナは目尻に涙を溜めながらフォトブックを胸に抱いて何度も頷いていた。
「ほーら、こういう時は笑うもんだよ。じゃないと可愛い顔が台無しだってー」
瞳を潤ませるリーナの姿に胸が熱くなるのを感じながら風香は彼女の両頬に触れて、笑顔を作るように引っ張る。そんな彼女の行動にリーナも自然と笑みを浮かべ、笑顔を交わし合うのであった。
・・・
「この世界に訪れてから、今日までのことがあっと言う間だったわね」
自分達の世界に帰る準備が進められていくなか、翔とレーアの二人は近くの公園に訪れていた。二人はベンチに腰掛けて今日までの日々を振り返っていた。
「翔、私の未来への願いはアナタと再会することだった……。でももうそれも叶ってしまったわ」
かつて未来へ何の願いも抱けなかった彼女は別れを経験して、想い人との再会を願った。それ叶えられた今、彼女の心中にはなにがあるのか。
「レーア……。今の俺は……私は……きっと……君の知る如月翔ではない」
すると翔が静かに口を開き、レーアはその横顔を見やる。その瞳に映る表情はまるで真理を得たかのようなどこか空虚にさえ見えるものだったのだ。それはやはり彼の中でルスランとシーナの存在が大きくなり、再び一つになろうとしているからだろう。
そこに残っているのは如月翔ではなく、如月翔だったモノだ。三人の価値観の違う存在が一つになろうとしている。それがいかに残滓と言えど、その影響力は小さいものではない。既にかつて異世界に渡る前に存在した如月翔は死に、今、ここに居るのは如月翔と言う名の新たに形作られた存在に過ぎない。そしてこれは一つになろうとしている今だけの話ではない。それが完全に溶け合って一つの存在になった時、そこに残っている如月翔がどういった存在になるかも分からないのだ。
「……だから何なのかしら?」
しかしレーアはそれをキッパリと一蹴して見せたのだ。
「アナタの中にはきっと私の知る翔がいる。なら私はそれで良い。私は最後まで翔を求め続けるだけよ。きっとそれはルルやカガミ達も同じだと思うわ」
確かに今、隣にいるのは純然たる翔という存在ではないのかもしれない。しかしそれはレーア達からしてみれば、些細な問題であった。
「……それだけ想える存在だったのだな、如月翔は」
「ええ。アナタがどんな存在になり果てようと、世界から外れた存在になってしまっても、私はいつだって翔に寄り添うわ」
改めてそこまで想いを寄せられている事に嬉しさを感じないと言えば嘘になる。微笑みをこぼす翔にレーアも釣られるように笑みを見せる。
「……待っているよ。君達がここに戻ってくることを。そしてもう一度、話をしよう」
「ええ、その時は翔としての話も期待しているわ」
こうして話している間も翔と話しているつもりが、そうではない存在と話している気分になる。まるで翔が持っていた人間味が薄れてしまって、全てに達観してしまっているかのようだ。
新人類であるクロノが負の感情しか理解できなかったように、今、その心に何が渦巻いているのかも分からない彼がどんな存在に変化するのかは分からないが、それでも自分は最後まで如月翔を求めるだけだ。
・・・
「ヴェルさん、絶対に……ぜっったいにまた会いましょうね!」
「うん、それは勿論!」
そして彼らにもまた別れの時が訪れていた。別れを惜しむようにヴェルに抱き着いていたミサは顔を上げて、ヴェルに再会を約束すると、ヴェルもにっこりと微笑んで頷く。
「私達が教えた事を今後、どうしていくかはアナタ次第よ」
「とことん昇華させていきますよ。そして再会した時に俺が勝てるように」
「期待しているわ」
影の師でもあるカガミもまた一矢に言葉を送る。その言葉に一矢は期待してくれと言わんばかりに力強い笑みを持って答える。一矢はまだカガミ達に勝ててはいない。それはまだまだ彼女達に比べて未熟だからだ。だからこそこれからどんどん成長していくのみだ。そんな一矢の笑みを見て、カガミも自然と微笑む。
「今日と言う日は始まりだ。別々の道を行くためのな」
そしてシュウジも別れの言葉を一矢に贈る。
「けど忘れんなよ。俺の中にお前達がいるように、お前の中に俺達がいれば、同じ道を歩いている。立ち止まることがあっても、背中を押してくれる筈だ」
兄のような存在、友のような存在、何より師である彼の言葉に一矢が耳を傾け、噛み締めるように頷く。
「なあに心配すんな。お前の手には未来を掴む手があるんだ。ただ真っ直ぐ前だけ見てくれれば、そのうちに俺達の道は重なるさ」
シュウジは軽く一矢の胸を叩く。それが身体に、心に響くなか、彼が突き出した拳に自身の拳を突き合わせることで言葉の代わりに返事をする。
「また会おうぜ、一矢」
「……ああ、シュウジ。また会える日まで」
ふと目の前のシュウジの瞳が潤んでいる事に気づく。だが次の瞬間、シュウジの肩に回された手によって引き寄せられてしまった。彼の胸板に密着するなか、近くで囁かれた彼の言葉に一矢も瞳に涙を浮かべながら、別れの言葉を口にするのであった。