「……あんなことがあったのに、もう帰っちゃうんだね」
クロノが引き起こした新型ガンプラバトルシミュレーターVRの一件から翌日。夕香や裕喜達は人の行き交いが激しい空港にいた。
「仕方ありませんわ。元々、その予定なのですから」
夕香達と向かい側に対峙しているのはシオンだった。彼女の傍らにはキャリーケースが置かれており、その中身は全て彼女の私物だ。ホームステイを終えたシオンは帰国の日を迎えたのだ。
「向こうに戻っても、連絡は忘れないでね!」
「ええ、それは勿論。裕喜こそ忘れないでくださいましね」
「うん! それこそ毎日連絡するよ!!」
別れを迎え、精一杯シオンを送り出そうと活発で晴やかな笑顔を見せる裕喜にシオンも釣られるようにして微笑みながら裕喜へ言葉を投げかける。その言葉に元々言われずともするつもりだったのか、裕喜は任せてとばかりに強く頷く。
「……」
和やかに話している裕喜に対して、夕香は彼女自身、無意識なのだろう。どことなく暗い表情を浮かべている。それはやはりシオンの帰国があるからだろう。
「──シオン、そろそろ行くよ」
たが時間は無情に過ぎていく。別れの挨拶をしているシオンに同じく帰国しようとしていたセレナが遠巻きで声をかける。彼女の近くにはアルマやモニカがおり、ガルトもいるのだがセレナの荷物持ちをさせられてしまっている。
「それではわたくしはもう行きますわ」
セレナに振り返って返事をしながらシオンは改めて夕香達に向き合いながらキャリーケースのハンドルを掴む。その姿にハッとした夕香は何か言葉をかけようとするのだが、その言葉が中々出て来ない。
「シオンっ」
ならばせめてと彼女の名前を口にする。どこか必死にシオンの名を口にした彼女の姿を裕喜が微笑んで見守るなか、名を呼ばれたシオンは夕香に顔を向ける。
「ごめん、いっぱい言いたい事があったのに……言葉が出てこない……」
今日と言う日に後悔しない為に多くの言葉を用意して、彼女を送り出そうと思っていた。しかしいざその時を迎えると、言葉が出てこなかったのだ。
「でもね、シオンに会えて本当に良かった。シオンだけじゃない。セレナさんやウィル、ヴェルさん達……。短い間だったけど、アタシは色んな国の人達に出会った。色んな事を知って、世界に少しずつ興味が出て来たんだ。アタシの知らないものが世界にはまだいっぱいあるんだろうって」
この数か月の自分の人生は劇的な変化を果たした。それはガンプラを始めた事がきっかけだろうが、多くの出会いを果たしたのだ。
「アタシ、決めたよ。アタシもいつか留学する。今すぐは無理でも、大学に入ってそれでイギリスに語学留学をしようと思ってる」
夕香の口から出て来た留学という言葉。ガンプラを始める前までの彼女はその実、無関心無趣味であった。そんな彼女が世界に興味を示したのだ。
「その時は──」
「ええ、わたくしがアナタをエスコートしますわ」
イギリスへの語学留学。であればそれ以上言わなくとも、シオンは寧ろ自分から申し出たのだ。
「夕香、少々よろしいかしら」
するとシオンは夕香を軽く呼び寄せる。言われた通り、シオンに歩み寄れば、その瞬間、ふわりと抱きしめられる。
「きっとこの別れも束の間……。またすぐに会えるでしょう。ですがごめんなさい……。わたくしにはアナタとの束の間も永劫にさえ感じられてしまいます。だから少しだけこうさせてください」
シオンの甘い香りと温かな体温が体いっぱいに広がる。だがそれ以上にシオンの身体が僅かに震えていることがすぐに分かったのだ。それだけではない耳元で聞こえる彼女の声も震えていたのだ。
シオンとてこの別れに何も感じていないわけではない。今まで口には出さなくとも、やはり別れを惜しむ気持ちは強くなっているのだ。最後まで気丈に振る舞おうと思っていた。だが自分はそこまで大人にはなり切れず、別れの最後のひと時まで夕香を感じようと抱きしめたいと思う気持ちを抑制することは出来なくなってしまった。
「……うん、良いよ」
そんなシオンの身体を優しく包み込むように夕香はシオンの背中に手を回す……。
「お互いの気持ちまで離れないように……」
密着する身体を通じてお互いの鼓動さえも手に取るように分かる。この香りも、この温もりも、この鼓動もしばらく感じる事が出来ない。だからこそ──。
「アタシの全部を感じて……」
彼女の耳元で囁くように口にすると、夕香もこの瞬間のすべてを感じ取るように目を瞑るのであった。
「……では、また会いましょう。再び笑顔で」
「……うん、またね」
どれだけの時間が経ったのだろうか。時間にしてみれば、一、二分ではあるのだが、夕香とシオンからしてみれば、それ以上の大きな時間に感じられた。
ゆっくりと身体を離しながら二人はお互いに自然と出た笑みを浮かべ合うとシオンはセレナ達のもとへ歩き始め、夕香達は彼女を見送るのであった。
・・・
「夕香が留学したいだなんて意外だったなぁ」
「うん、アタシもそう思うよ」
飛び立っていく飛行機を見送りながら、裕喜は先程のシオンとのやり取りに会った夕香の留学について触れる。裕喜もまさか夕香が留学をするなどと言いだすとは思っていなかったのだ。自分自身でも自覚があるのか、夕香も苦笑気味に笑いながら答えている。
「でもね、アタシにはそう思えるだけの出会いが会ったんだよ。それに……」
「それに?」
「シオンはきっとこの国に来て、多くのことを学んだと思うんだ。自分が良く知る世界から離れて、自分の常識とは違う世界で……。きっとシオンなりに苦労はあったと思う。でもシオンはいつだってシオンのままだった。アタシもね、そんなシオンみたいに自分の知らない世界を自分なりに生きて成長したいって思ったんだ」
留学を決めた理由を話し始め、裕喜はその話に耳を傾ける。すると夕香はシオンがホームステイをしてからの彼女の姿を振り返りながら話す。日本にいるときの彼女はいつだって、うるさくて面倒くさくて負けず嫌いで……何より強く高貴な人物だった。
「それにね、シオンに差をつけられたくないんだ」
夕香は改めて飛行機が飛び立った青天の空を見上げる。
「アタシ達は
もう遠く、空の中に消えてしまったが、それでもシオンに想いを馳せるように。これからのお互いの未来を祝福するように空には雲一つない青天の空がどこまでも続いているのであった。