リミットブレイカーがデクスマキナを破ったのと同時刻、バトルフィールドで変化は起きていた。何と先程まで猛威を振るっていたアンチブレイカー達が自壊を始め、胞子のように消え始めたではないか。
「やったんだね、一矢……」
その光景を目にして、戦いの終わりを感じ取った優陽はもう僅かにも動かぬEXブレイカーのコックピットの中で微笑むのであった。
・・・
「シミュレーターは包囲してあります! 抵抗はしないように!」
一台のガンプラバトルシミュレーターVRの前には通報によって駆け付けた多くの警察官が包囲しており、スピーカーを通じて、中にいるクロノに呼びかけながら、ロックが解除されたシミュレーターの扉を開ける。
「黒野リアムだな。電子計算機損壊等業務妨害罪で逮捕する」
薄暗いシミュレーターの中でクロノは静かに座り込んでおり、少なくともその姿からは抵抗を示すとは考えられないが、警察官達は警戒を強めながら彼に手錠を向ける。
「これが……私のエンディングという訳か……。クッ……ハハッ……まあ……それもアリか……」
ガシャリと嵌められた手錠の鈍い輝きを見ながら、クロノはただ愉快愉快とばかりに笑みを浮かべていると、そのまま警察官によって引き立てられ、そのまま連行されようとしていた。
「おっと」
クロノに抵抗する素振りは全くない。彼は一矢達に戦う前に言っていた。“今日と言う日がどのような結末を迎えても、満足するだろう”、と……。事実、彼はこのような結果に終わったとしても、見苦しく抵抗しなかったのだ。
会場の外に置いてあるであろうパトカーに向かって、警察官達によって引き連れられているなか、ここで初めてクロノが逆らうように足を止める。足を止めた先、そこにいたのは一矢達であった。
「素晴らしかったよ。よもやあれほどの力を手に入れていたとは」
決して友好的ではない視線が向けられるなか、そんなもの全く気にしない様子でクロノは一矢に声をかける。実際、彼がここまで、それこそあれほど圧倒的な力を見せるとは思ってもいなかったからだ。
「勝算は私にもあった筈だがね。満更、君が言っていた言葉も嘘ではないらしい」
「……アンタのウイルスには身を竦む絶望にも最後まで抗おうとする意志がない。それが俺達とアンタの戦力の差であり、大きな違いだ」
アンチブレイカーの大群など例えどれだけ世界中のファイター達が集まったとしても勝てるであろうという勝算があった。だが現実ではクロノは敗れたのだ。
一矢は言っていた。一人一人の力が弱くても、それが集まればどんな大きな壁にだって乗り越えられる、と。それが結果として現れたのだ。これは一矢達ガンダムブレイカーが齎した勝利ではない。どれだけの不条理、絶望に抗おうと諦めなかった者達の勝利なのだ。
「敗れたが、何れコンテニューさせてもらいたいものだな」
「こんなクソゲー、二度と御免だ」
一矢の言葉に納得したようにクロノは今なお軽口を叩くが一矢から間髪入れずに即答で返されてしまい、そうだろうな、と一矢の反応に面白そうにくつくつと笑っているとそのまま視線をシュウジに移す。
「勝った褒美に少し攻略情報を教えてあげよう」
「あ?」
「近いうちに君達に訪れる危機についての、だ」
攻略情報と言っても、一体何なのかと眉を潜めるシュウジにぼかした物言いであるもの彼にとってすぐに分かる言葉に予想通り、シュウジは強く反応する。
「君達の世界に居る私のかつての同胞を探す事だ。それが君達への希望となるだろう。なにせ彼らもこの問題は無視できないだろうからね」
新人類として生まれたクロノは地球へ帰還する一部の新人類たちの中にいた。彼らはどれだけ世界が荒れ果てようと、それでも地球にいれればと戦争のある世界を受け入れた。だが、かつては自分達と同じ道を歩んでいた者達が再び地球を、武力を持って迫ろうとしているのであれば決して無視できない問題であろう。
「“ホワイトドール”のご加護のもとに」
後はどうするかは君達だとばかりに意味深な笑みを向けたクロノは最後にそう言い残して、警察官達に連行されていく。クロノの先程の言葉がシュウジの頭の中に残るなか……。
「──やったね、一矢!!」
すると横から弾んだ声と共に一矢の短い悲鳴が聞こえる。視線を向けて見れば、そこには一矢の首元に勢いよく抱き着いたのであろう優陽と予期せぬその行動に受け身をとれずに倒れてしまっている一矢だった。
「ったくお前も手間かけさせやがってよー」
「ご無事で何よりです」
「ああ。それに良いものが見れた」
するとシュウジにもシャッフル同盟の面々が歩み寄って来ていた。からかうように笑いながら手で軽く払うようにシュウジの胸板を叩くクレア、そしてただ純粋に無事であるシュウジを見て喜ぶアレクと先程のバトルにドリィも感銘を受けていた。
「行く先々で波乱な目に遭ってるねぇ、シュウジは」
「まあな。でも悪い事ばっかじゃねえよ」
サクヤもまた弟の勝利を喜びながらも、それを素直に言う事はなく彼らしく声をかける。シュウジもシュウジでそのことは分かっているのか、遠回しな兄の想いと自身の傍らにいる仲間達を感じて笑みを浮かべている。
「まっ、そうだろうね」
するとサクヤはそのままシュウジの傍らに寄り添っているヴェルに視線を移す。もはや当たり前のように体を寄せ合っている二人の姿を見て、ニヤニヤした笑みを見せていた。
「うちの弟にこんなに綺麗な女性が連れ添ってくれるなら、兄としても鼻が高いね」
「えっ!? あ、あ、あぁの! ふ、不束者ではありますが、よろしくお願いします、お義兄さん……っ!?」
以前、元の世界のショウマの自宅で再会した時のシュウジは浮いた話などなく、その事を指摘すれば口を尖らせていたのだが、よもやちゃんと相手を見つける事が出来たとは喜ばしいことだ。
ヴェルを見て、うんうんと満足そうに頷いているサクヤは顔を真っ赤に染めて勢い良く頭を下げるヴェルの姿に結構結構と心底愉快そうに笑いながらシュウジを見る。
「今度、馴れ初めを聞かせてよ。なんだったらアドバイスするよ、ほら夜とか」
「よしクソ兄貴、ルルトゥルフでの借りを返してやるよ」
そのままシュウジをからかうようにそっと耳打ちする。もっともその言葉に青筋を浮かべたシュウジは拳を鳴らすわけだが、その反応すらサクヤにとっては面白いのか、ずっと笑いっぱなしだ。
「成る程……。挨拶か……。翔さん、風香ちゃんに御両親を紹介して!!」
「あっ、これはダメな流れだ」
そんなシュウジ達のやり取りを見ていた風香は合点がいったように翔に迫ると、その言葉に何か感じ取った翔は遠い目をする。
「お義父様達には私から言っておきます。ので、紹介するのは私だけで十分です。カガミ・ヒイラギ、これより外堀を埋めます」
「カガミさん、気が早すぎます! で、でも私も翔君の御両親は気になったり……」
「ふふんっ、実は私、もう翔さんの御両親を知っているんですっ!」
そして翔の予想通り、スッと翔の傍らに立ったカガミが風香を制する。よもや普段、クールな彼女からそのような言葉が出てくるとは思っていなかったルルはすかさずツッコむが、それはそれで気になるのか、翔をチラチラ見ており、あやこに至ってはガンダムブレイカー隊の付き合いもあってか、アドバンテージがあると胸を張っている。
「あー……その……まずはご両親に連絡をするべきではないかしら? アナタがイベントに参加しているのであれば、心配はしてるでしょうし……。ほら、休憩所の方であれば静かな筈よ」
「そうだな……。取りあえず、そうする……」
あれだけのバトルをして、これだけの事が出来る風香達に引き攣った笑みを浮かべながらひとまず翔にも休息を与えようと両親への電話を促すとこの一瞬の間にバトルよりも疲れた翔はトボトボとこの場を後にするのであった。
「……やっろ帰って来れたんだな」
そんないつもと変わらないやり取りを目にしながら、一矢は一人、呟く。結果が違えば、この賑やかさもなかっただろうし自分も尾を引いたままだろう。これは考えうる最高の結果だ。あの理想郷が見せた世界もこの空間の温かさには決して足元にも及ばない。
「ちょっ、一矢!?」
「VRも良いけど、やっぱりミサは本物が良い……」
すると一矢は突然、傍らにいたミサに倒れ込むように抱きしめる。咄嗟のことで驚いたが、何とか一矢を受け止めながらミサは一矢の行動に驚く。だが当の一矢はミサから感じる温もりに心底、幸せそうに噛み締めている様子だ。
「ただいま」
「……うん、おかえり」
そんな一矢の言葉に驚いていたミサも愛おしそうな表情で一矢の背中に手を回す。
あのバトルは非常に苦しかった。だがその分、この温もりが愛おしい。やっと全てが終わったのを感じ取りながら二人は温かな言葉を交わす。そんな人目も憚らない二人は次の瞬間、波のように押し寄せた彼らの友人達に揉みくちゃにされるのであった。