覚醒の輝きを纏い、デクスマキナに体当たりをぶつけたリミットブレイカーはそのまま都市部から離れて、空へ上昇していく。しかしいくら光の柱に気を取られていたとはいえ、いつまでもリミットブレイカーの好きにさせるつもりはないのだろう。覚醒に対抗するように己の能力を使用し、デクスマキナを通して、その力は揺らめく白い光のオーラとしてデクスマキナに纏われる。
同時にリミットブレイカーはすぐに払われてしまうが一矢はすぐさま切り返す。此方に対して横振りに振るわれたビームナギナタを上段から振り下ろしたカレトヴルッフで対抗する。
甲高い音と共に鍔迫り合いが発生する。互いに一歩も引かぬ状況だ。ただ後ずさりする事なく前に出ようと二機はスラスターを全稼働させ、目の前の障害を押し退けようとする。
まさに力と意地が拮抗しているのだ。だがただ力押しだけが全てではない。リミットブレイカーはスーパードラグーンを解き放ち、四方からの攻撃を仕掛ける。するとデクスマキナはすぐさま回避に切り替えて、後方へ引くとシールドピットを展開して、スーパードラグーンによるオールレンジ攻撃を少ない動きで最大限の防御を発揮して防ぐ。
「一矢、来るよッ!」
それだけではなかった。デクスマキナは自身の周囲に二つのスフィアを出現させると、まるでピット兵器のように連射性のビームを放ってきたのだ。ミサによる注意が促されるなか、リミットブレイカーはCファンネルを展開して横並びに展開してシールドをすると攻撃を防ぎながらデクスマキナへ向かっていく。
「かつての君からは想像が出来ないな」
「……そうだな。昔の俺ならきっとこんな風に戦っちゃいない」
再びカレトヴルッフとビームナギナタがぶつかり合い、クロノはかつて自分が破ったことのある一矢を振り返る。聖皇学園ガンプラチームに所属していた一矢はその重圧から自分も周囲も見えず、ただ楽になりたいと考えていた。
「だからこそ俺はアンタを乗り越える……! もう昔の俺じゃない、あの時、アンタに負けた俺じゃないッ!」
しかし今の一矢は違う。今の一矢は例えどれだけ傷つこうとそれでも前へ、未来へ進もうとしているのだ。傷を負ったとしてもその傷もきっと無駄にはならない、自分を強くしてくれると信じているから。
「良く言った! それでこそ君を選んだ甲斐があるッ!!」
胸の中に溢れんばかりの激情を吐き出すように叫ぶ一矢にクロノも口角をつり上げ、彼の言葉を称賛するとリミットブレイカーとデクスマキナの剣戟はより激しいモノへと発展していく。
「君は私に敗れてから、もう一度立ち上がった! そこから君は多くの出会いと経験を積み、それらを無駄にする事なく全てを吸収していった! まさに君はゲームの主人公のように成長していったのだ!!」
一矢はジャパンカップでのクロノに敗北したことをきっかけに挫折と共にチームを抜けた。だが彼はそこで終わらなかった。ミサに出会い、カドマツと知り合い、ロボ太と触れ合い、そこから多くの出会いを経験して、それら全てが彼の中で糧として彼を強くしていった。
「私はそういう人間が好きだ! 完成されている者ではつまらない! 未熟ながらも、より多くの可能性を感じさせる
完璧、もしくは完成されている存在。そう信じて、破滅へと進んだ新人類を知るクロノはそんな存在に魅力を感じなかった。故に彼は今の翔やシュウジには一矢ほどの関心を見せなかった。
クロノが一矢を改めて知ったのは、ネバーランドがきっかけであろう。
その時は自分がかつて破った相手がウイルスと戦っている事に何気なく知ったのだが、そこからの彼の活躍は目覚ましく、ジャパンカップ、ワールドカップ、そしてウイルス騒動と破竹の勢いで彼はかつての自分よりも高みに昇っていったのだ。
純粋に興味が湧いた。彼は一体、どこまで行けるのかと。それが一矢への関心の始まりだ。そして一矢はクロノの予想を上回るほどの成長を果たしたのだ。多くの者達に出会い、ぶつかり合い、成長する……。クロノにとって一矢ほど主人公という言葉が当てはまる存在はいなかったのだ。
「だから見せてくれッ! 今の君をッ! 今の君が抱く
いつしか一矢の成長にも楽しみを見出してしまった。一矢がどれだけ強くなるのかと。張り合うにもただ強いだけの存在では自分は満たされない。今もこうしてぶつかり合うなかで成長する存在だからこそ自分は満たされる。
そう、皮肉にも一矢が戦えば戦うほど、クロノは満たされる。今もなお、彼は少年のように高揚する鼓動を抑えきれず、その声色を弾ませているのだ。
彼は今、心から楽しんでいる。心から充実している。負の感情の中で育ち、尊い感情など知らなかった彼はこの瞬間、誰よりも満たされようとしているのだ。
「クッ……奴の方が上手か……ッ!」
ビームナギナタの連結を解除して、二基のビームアックスによる猛攻を繰り出してくるデクスマキナの勢いは今のクロノを表すかのように激しく強く、カレトヴルッフで何とか防いでいるもののオールレンジ攻撃さえも圧し負けてしまっている状況だ。
加えて今のデクスマキナは新人類たるクロノの能力を得て、その性能を底上げしているのだ。覚醒のみで対抗している一矢は劣勢を強いられ、やがては乱舞の如き剣技に圧倒されて、損傷を増やしてしまっている。
「まだだ! 私はまだ満足してはいない! まだ満たされてはいないッ!!」
コックピットの中で危険を知らせるアラートが耳に痛い程に鳴り響く。しかしそれで終わるわけがなく、デクスマキナの輝きを力に変えたように肥大化したビームアックスの二つの刃が振り下ろされる。
咄嗟にアンチビームシールドで防ごうとするリミットブレイカーだが、防ぎきるには負担が大きすぎる。忽ち耐え切れず左腕が破壊されてしまう。
(まだ……奴には届かないのか……ッ!? 俺は……まだ……ッ!)
落下していくリミットブレイカーにビームライフルの銃口が向けられ、その銃口が三つに分身すると膨大な熱量を持つビームが勢いよく放たれる。
咄嗟にCファンネルを呼び戻して自身の周囲にビームバリアとして展開するも、加えて放たれたスフィアとシールドピットの連射によってバリアも耐えきれず、リミットブレイカーは突き刺すような銃撃を受けて各部が損傷するなか、ツインアイの片側も破壊され、内部のカメラアイが露出してしまっている。
機体の耐久値が瞬く間に減少していく中、一矢は表情を悔しさと苦みで歪ませる。まさに手も足も出ない状況だ。そしてそれはかつてジャパンカップでクロノに敗れた時もそうであった。
あの頃との自分とは違う。そう思っているし、その認識は今でも間違っているとは思ってはいない。だが現実では本気になったクロノに太刀打ち出来てはいないのだ。
「クソッ……!!」
悔しさで操縦桿を握る腕が震え、視界も滲む。どんどんデクスマキナとの距離は離され、それが自分とクロノの差を見せつけられているようで悔しかったのだ。だがいかに距離を縮めようとも攻撃を防ぐことだけで一矢にはどうにも出来なかった。
「───大丈夫だよ」
ふと握っている操縦桿が震える一矢の腕にそっと横から手を添えられる。
「一矢が言ってた通り、あの人はどこまでも一人だよ。でも一矢は違うよね」
俯いた顔をあげれば、そこには陽だまりのような優しい笑みを向けてくれるミサの笑顔が。
「一矢は一人じゃない。私だけじゃない。ここにいなくたって一矢の中には皆がいる筈だよ。だから──」
クロノが言うように一矢は多くの出会いをして、多くの経験を積んだ。例え今は傍にいなくとも、それは全て自分の中に活き続けているのだ。その言葉に一矢は自然と目を瞑り、これまでの多くの出会いを振り返る。
『雨宮一矢、アナタは必ず前に進める。それはアナタ自身の為に、何よりアナタの事を見ている存在の為に』
出会えた人が───
『君の強さは大切な仲間の存在によって発揮される。自分から仲間の存在を失った僕にはない……。でも君は僕に手を取りあって戦うことは弱さじゃないって教えてくれたんだ』
与えてくれた───
『バトンタッチさ。俺達が残したものをお前達の未来に繋げてくれ』
全てを───
『想いや魂はまた違う誰かに受け継がれていく。迷った時は思い出せ、自分に強さを与えてくれた人達のことを』
【君達が諦めない限り、未来は望むがまま君達だけの輝かしい今に繋がっていくのだから】
───変えて!
「行こう、一矢ッ!」
リミットブレイカーのツインアイに光が灯り、次の瞬間、リミットブレイカーの輝きは更に強いものになって、クロノの視界を覆うほどへとなっていく。
視界が回復した瞬間、シールドピットを破壊され、そのままデクスマキナ自身にも損傷を受ける。一瞬の出来事であった。クロノは急いでリミットブレイカーの姿を探してようやく見つける。
あまりに速く、それこそ肉眼で追い続けられるのかといったレベルにまで加速するリミットブレイカーに狙いを定めて、引き金を引く。次の瞬間、リミットブレイカーに直撃した。
「バカな……ッ!?」
──筈だった。リミットブレイカーは以前として健在だったのだ。流石のクロノもあまりの出来事に面食らう。一体、リミットブレイカーがなにが起きているのか、目を凝らしてその姿を見つめる。
そこには二重の輝きを纏ったリミットブレイカーがおり、その周囲にはアザレアの花びらのような覚醒の粉塵が常に周囲を巡って干渉を防いでいるのだ。
「「常識を壊し、非常識に戦うッ!!」」
一矢とミサの声が重なる。今まさにリミットブレイカーは一矢とミサの覚醒の全てが重なり、更なる力を、この二人だけにしか出来ない覚醒を発現させたのだ。片方が露出したカメラアイが光るツインアイはさながらオッドアイのようだ。
「
「───いざ
重なった一矢とミサの手によってジョイスティックを前に倒される。するとリミットブレイカーは主とその想い人の想いに全力で応えるように駆動音を響かせて、デクスマキナへ向かっていく。
「なんだ、あの力は……ッ! ?えぇいッ!!」
型破りにもほどがある。ただの覚醒では成し得ないその力に動揺するものの、デクスマキナはすぐにスフィアと銃口を分身させた一斉発射でこれを駆逐しようとする。しかしリミットブレイカーを覆う力の前では容易く防がれてしまう。
「ならばッ!!」
せめてその動きを止めようとブレイカーネクストにも放った発光体を出現させて、リミットブレイカーに差し向ける。だがリミットブレイカーは決して臆することなく真っ直ぐデクスマキナへ向かっていく。
「───っ!?」
次の瞬間、発光体はカレトヴルッフの一振りよって放たれた光の刃によって切断され、消滅したのだ。それだけではない。その光の刃はまるで彗星の如くデクスマキナへ突き進んでいき、損傷を与える。
───騎士ガンダム彗星剣
それが今、リミットブレイカーが放った剣技だ。
・・・
「そうだ! お前さんは一人じゃない! 近くに居なくたってお前さんの中にも“アイツ”はいるッ!!」
運営側で騎士ガンダム彗星剣を放ったリミットブレイカーにカドマツは強く叫ぶ。
「ずっと一緒にいた! ずっと一緒に戦って来た! だからこそその力をお前さんは今、使いこなせるはずだ!」
このイベントの前に一矢はカドマツに頼んだ事柄。それは未来を切り開いてくれたかけがえのない“トモダチ”の力と共に戦う為に、彼に協力を仰いだのだ。
・・・
騎士ガンダム彗星剣を受けて、デクスマキナがよろめいたところに一気にリミットブレイカーが間合いを詰める。デクスマキナは瞬時にビームアックスを連結させてビームナギナタで対抗しようとすると、カレトヴルッフの刀身に紅蓮の炎は宿る。
「お前はロボ太を愚かだって言ってたな……ッ!」
───炎の剣
悪を滅ぼさんばかりに轟々と燃え上がる刃は振り下ろされたビームナギナタを容易く破壊する。クロノが驚愕と動揺で目を見開くなか、一矢は鋭い視線を向ける。
「アイツは愚かなんかじゃないッ! アイツは誰よりも温かくて強くて……何よりも未来を大切にする奴だッ!」
───トルネードスパーク
天に突き立てられたカレトヴルッフから雷の嵐を巻き起こして、デクスマキナの装甲を削りながら上空へ舞上げる。
「この力は……証明であり繋がりであり……アイツとの日々が無駄じゃなかったっていう証だッ!!」
───閃光斬
その身を黄金の竜に変えたような一撃は咆哮を上げるかのように唸りを上げて風を切り、デクスマキナに直撃して遥か上空、暗雲の先へまで押し上げる。
「グッ……なにか……なにかウイルスコマンドを……ッ!」
成層圏にまで押し上げると次の攻撃の為か、リミットブレイカーはデクスマキナの前から忽然と姿を消す。なにを企んでいるかは分からないが、今のうちに手を打たなくてはいけない。クロノは立体コンソールを操作しようとするが……。
「なに……ッ!?」
いくらコンソールを操作しようと反応しないのだ。唖然としているクロノに通信が入る。
≪残念だったな。戦ってたのは俺達も同じなんだよッ!≫
相手はカドマツであった。唖然としているクロノにカドマツはしてやったりとばかりに笑みを浮かべる。カドマツ達エンジニアは一矢達を救い出した後もずっと変わらず、奮闘を続けていた。それが漸く成果になったのだろう。
「──これで終わりだよ」
それは少なからずクロノに大きな動揺を与えている事だろう。そんなクロノに外部スピーカーを通じて、ミサから声をかけられる。そのまま顔を上げれば、太陽を背に此方を見下ろしているリミットブレイカーが。
「誰一人も諦めなかった。例え一人一人の力が弱くても、それが集まればどんな大きな壁にだって乗り越えられる。その先にはきっとこんな空が広がっているんだ」
どれほどの絶望がこのフィールドを満たしていたのだろう。しかし、それは決して抗えないものではない。現に今、一矢達は絶望を越えたその先にいるのだ。
「俺達が
再びリミットブレイカーのコックピットで一矢とミサの手が操縦桿に重なり、天に突き出したカレトヴルッフは覚醒の力を形にしたように巨大な光の刃に変え、その周囲を覚醒の花びらが渦巻いている。
「「いっけえええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーええっっっ!!!!!!!!!!!」」
二人の声が重なり、刃が振り下ろされた。
デクスマキナは何とか逃れようと背を向けて、逃げ出そうとするのだが───。
「なっ──!?」
バーニアに異変が起こり、爆発を起こす。それはリミットブレイカーが与えたものではない。
優陽達だ。一矢達が救い出される前にはミサや優陽達がずっとクロノと戦っていた。それら全てが蓄積されて、ガタが来たのだろう。彼が有象無象と眼中に入れなかった者達の力は決して無駄なものではなかったのだ。
そして次の瞬間、光の刃は遂に絶望をまき散らすウイルスを飲み込み、この連鎖を断ち切るのであった。