機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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誇り

 デクスマキナの追撃を行うレーア達は空を縦横無尽に駆け回り、猛る嵐のような戦闘を繰り広げるその様はまさに常人には決して立ち入ることは叶わぬほどの様相を見せていた。

 

「逃しはしない……ッ!!」

 

 レーアはその瞳を刃の如く鋭く厄災を齎す白騎士を見据える。単にクロノがこの事件の首謀者だからと言うわけではない。例えこのVRが作り上げた仮想世界と言えども現実世界に居る自身の身体はリーナ達のように覚醒しきれていないとはいえ、クロノが持つ新人類としての能力を感じ取っているのだ。

 

 そんな人物がこのような出来事を起こしているのだ。ここで逃せば一体、今後、どのような出来事をこの世界に齎すかも分からない。だからこそ確実にここで決着をつける必要があると考えているのだ。

 

 それはカガミやヴェルとて同じことなのだろう。彼女達は既にこれまで行って来た遊びとしてのガンプラバトルは行っていない。ただ一点に障害を、確実なまでに相手を殺める戦いをしているのだ。

 

 かける慈悲も容赦もない。奪われる前に奪う。掴みとられる前に掴む。これまで一矢やミサ達に見せていた大人の女性としての奥ゆかしさなどない。その表情はまさに冷徹無慈悲。統合軍所属MSパイロットとしての一面を前面に押し出して戦っているのだ。それはまさに見る者を竦ませる戦いだ。

 

「やれやれ……これでは殺し合いだ。あまりに殺伐としていてゲームとは到底言えないだろう」

 

 さしものクロノも異世界の第一線を駆けるエース達を相手にしては、ミサ達のように手を抜いてはいられないだろう。飄々と軽口は相も変わらず吐くものの、軽微であったデクスマキナに損傷は見え始め、その動きも段違いと言っても良い。

 

「まあ君達も私程度をどうにかせねば自分達の世界に帰ったとしても、その未来は危ういだろうがね」

 

 デクスマキナ達はそのまま降下して都市部に戦場を移す。彼女達の世界に訪れている未曾有の危機を理解しているクロノはせせら笑う。事実、ここで彼を止められなければその後に待ち構える戦いに希望はないだろう。

 

 するとクロノが見やるモニターに映るダブルオークアンタFの背後がキラリと光る。その光を認識した瞬間、咄嗟に構えたシールドは容易く貫かれて、破棄する。

 

 超長距離狙撃によるものだ。気流に左右されず、このような芸当に等しき技は並みのファイターには行えない。直後にデクスマキナのセンサーが反応を示す先にいたのは三機のガンダムブレイカーであった。

 

「──待たせたな」

 

 超長距離狙撃を敢行したGNスナイパーライフルⅡを構えながら、ダブルオークアンタF達へと合流を果たすブレイカーネクスト達。通信越しに健在な彼らの様子を見て、先程まで冷淡であった彼女達の表情も和らぎを見せる。

 

「……翔……無事で良かった」

「心配をかけた、か?」

「当たり前じゃない。アナタは昔から私達に心配をかけさせるのが得意だったもの」

 

 翔の力を感じ取ったとはいえ、それは彼が絶望に抗おうと抵抗していたものだ。翔の様子に安堵した溜息をもらすレーアに翔は軽く笑いながら問いかけると何を言っているんだと言わんばかりにどこか恨めし気な態度を取られてしまう。

 

「遅刻よ、シュウジ」

「開口一番でそれかよ! レーアさんみてぇに心配してくれるとか……」

「まあまあ。これでもカガミさんなりにシュウジ君のことは心配してたよ?」

 

 どこか温かな翔とレーアのやり取りとは違い、トライブレイカーズの方では言葉短めながら、どこか賑やかに行われていた。毒を吐くカガミ、それにツッコむシュウジ、そして二人を宥めるヴェル。短いやり取りではあるが、普段の自分達らしさに三人には笑みが零れていた。

 

「戻って来ただけでも良しとしましょう。一矢も」

「……修正される前に帰ってきました」

「良い心意気ね。それに……良い目もするようになったわ」

 

 カガミはそのまま視線をリミットブレイカーに移す。ミサ達が一矢に呼びかけた際、カガミの言葉も届いていたのだろう。一矢には珍しく軽口を言うと、カガミも通信越しとはいえ、一矢の瞳に宿る強さを見て、満足そうに鼻を鳴らす。

 

「──感動の対面を果たせたようで、何よりだ」

 

 頃合いを見てか、クロノからオープン回線による通信が聞こえる。そこには都市部の高層ビルの上に降り立つデクスマキナの姿が、

 

「話をする余裕は与えるんだな」

「当たり前だろう。私とてそこまで無粋ではないさ」

 

 先程のやり取りの中、クロノは攻撃をしようと思えば出来ただろう。だがそうはしなかったのだ。翔の指摘に何を可笑しなことをとばかりに鼻で笑う。

 

「──諸君、これが君達が望む最後の戦いだ」

 

 絶望を表すような暗雲が立込めるなか、デクスマキナは仰々しく両腕を広げて高らかに話し始める。それはまるで最終決戦を前にした勇者に言葉を投げかける魔王のように。

 

「私は今、非常に充実している。これ以上にない程……。嗚呼……胸の中で少年のように躍る高揚が抑えきれないよ」

 

 言葉通り、まさに少年のような無邪気な表情を浮かべながら話す。それはこれまでの行いからは考えられないほどのギャップを感じさせる。

 

「私は会社を立ち上げ、ヒットするゲームを作り上げて来た。しかしそれは全て万人に対してのみ……。私は満たされない。そう、何処に行こうと私は満たされなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 これまでの人生を振り返り、そしてその度に空虚な感情に襲われていた。それは何を行おうとこの器が満たされる事はなかったから。

 

「しかしネバーランドをきっかけに私が作ったウイルスの類は悉く倒されてしまった。君達がウイルスに挑むほど私にも張り合いと言うものが出て来たんだよ」

 

 その性分が負けず嫌いな部分でもあるのか、クロノはこれまでのウイルス騒動を楽しそうに語っている。

 

「故に私は持てる全てを……私自身の誇り(プライド)を今日と言う日に注ぎ込んだ。だから一つだけ言っておこう。今日と言う日がどのような結末を迎えても、私は満足するだろう。君達と同じく私は誇り(プライド)の全てをぶつけるのだからね」

 

 今まで何か他の事を考える余裕などなかった。高め合うような競争と言うものも知らない。だが皮肉にもネバーランドでのウイルス騒動から今日までの出来事は彼に火をつけてしまった。それは行いがどうであれ、人間としての生き方を知らなかった彼の人間らしい競争心を作り出すきっかけとなったのだ。

 

「……それはアンタの自己満足だろ。こっちは傍迷惑も良いところだ」

 

 そんなクロノの言葉を真正面から一矢が否定したのだ。

 

「確かに俺達は誇り(プライド)をぶつけ合う。だけどアンタはやり方を間違えた。それ以外の道を見出せなかった……。だからアンタは俺達とは違う。いくら誇り(プライド)をぶつけようが、アンタはどこまでも一人だよ」

 

 今日まで一矢は己の誇り(プライド)をぶつけてきた。それが今の彼の輪を形成した。しかしクロノは違う。彼の行いでは、いくら誇り(プライド)をぶつけようが最後まで彼は一人だろう。

 

「だから俺は俺の誇り(プライド)でアンタを否定する。アンタを肯定するわけにはいかない」

 

 クロノが魔王のように仰々しく語りかけてくるのであれば、それを正面切って反論する一矢は勇者だろうか。だがそれが頷けるほど、彼はとても勇ましく厳然としていた。

 

「クッ……フフッ……ハッハッ……! それで良い。ならば互いの誇り(プライド)をぶつけ合うことにしよう。ここで我々の明日は決まるのだからね」

 

 一矢の言葉に我慢しきれずに笑い始めたクロノは口角をつり上げると、立体コンソールを叩く。するとデクスマキナの両隣にデータがそれぞれ構築される。

 

「ここで出してくるか……」

 

 ──血濡れの如き深紅の復讐機……ネメシス。

 

 その機体を見て、自身の中で一つになった存在の機体と言う事もあり、翔は不快感から顔を顰める。

 

「チッ……随分と懐かしい顔だな」

 

 ──一人の少女を犠牲にして誕生した対エヴェイユ用の狂気の機体……ユーディキウム。

 

 その姿を見て、シュウジ達トライブレイカーズは表情を険しくさせ、ことさらレーアは憎しみさえ感じさせるほどの怒りを見せる。

 

「最後だ。相応しい相手が必要だろう」

 

 ネメシスもユーディキウムも三機のガンダムブレイカー達との戦いを想定して用意したもの。だが翔もシュウジ達も禁忌に等しい触れてはならぬ存在を出されて憤りを感じるなと言う方が無理な話であった。しかしクロノはそんな彼らの態度もただせせら笑い、更に背後にデータを構築させる。

 

「アドラステア……!?」

「いや違う……!」

 

 そこに現れたのはアドラステアであった。ミサが驚くのも束の間、アドラステアに起きた変化に一矢が気づく。アドラステア周辺に蛇腹状のどこか生物を思わせるようなガンダムヘッドが無数に出現し、アドラステアもその姿を見る見るうちに変えていく。

 

 ───英雄への復讐心から生まれた怨念の破壊者……デビルガンダムブレイカー。

 

「……どうやら俺はつくづくデビルガンダムに縁があるらしい」

「まさかこの世界で見る事になるとはな。悪趣味にも程があるぜ」

 

 現れた破壊者を見て、翔やシュウジは忌々しそうに視線を鋭くさせると、そのまま出現させたクロノを見やる。

 

「安心したまえ。君達に合わせただけだ。君達に応じたアップデートも済ませてある。ただの敵よりも気持ちが入ると言うものだろう」

 

 僚機であれば、それこそアップデートした強化ウイルスやアンチブレイカーでも良かった。しかしそうはせず、わざわざこのチョイスにしたのはクロノの言うように単に三機のガンダムブレイカーに因縁があるものを用意しただけだろう。

 

「翔、デビルガンダムは私達が引き受けるわ」

「ええ、言う通りにするのは癪ですが、特にアレは目障りです」

「だから御三方は目の前の敵に集中してください」

 

 するとレーアは翔にカガミとヴェルの三人でデビルガンダムブレイカーを引き受けることを提案する。カガミにとってもデビルガンダムブレイカーは因縁のある敵であるため、射貫くような鋭い視線を送るなか、ヴェルもデクスマキナ、ネメシス、ユーディキウムの三機への集中を促す。

 

「奴が言うようにこれで最後だ。行こう、誇り(プライド)をぶつけて、最高の明日を掴むために」

 

 デクスマキナに合わせるように中央に陣取った一矢は翔とシュウジに声をかけると、己の誇り(プライド)をぶつけるべくクロノとの最後の決戦に挑むのであった。


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