機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

203 / 290
BURNING BEYOND

「おーここか、シュウジの奴がいんのは」

 

 時間はミサが一矢を救い出そうとワームホールを潜ってから彼を探し始めるまでに遡る。観客席に押し込められていた人々を避難させたサクヤ達は運営関係者達が集まる場に訪れていた。突然の来訪者たちに開発者達が唖然とするなか、クレアは暢気な様子で額の辺りに手を翳して周囲を見渡している。

 

「き、君達は……いや、確か観客席で……先程、ありがとう」

「いや別に。でも悪いけどこちらの素性は明かせない。ところでシュウジの奴はどこかな?」

 

 サクヤ達の顔を見て、観客席の様子を映すカメラから彼らが避難の手引きをしてくれた者達であることは分かったのだろう。そのことについて感謝の言葉を口にする開発者にサクヤは静止するように軽く手を上げながら、それ以上の追及などをさせないようにすると、シュウジについて尋ねる。

 

「……アンタら、シュウジの知り合いか? 実は───」

 

 今まで黙っていたカドマツだが、シュウジの名前が出された事によってサクヤ達が彼の関係者であることを確認すると、そのまま今、この会場で起きていることを含めて、彼になにがあったのか説明をする。

 

 ・・・

 

「成る程……。しかし厄介なことに……」

「ええ、音声を聞く限りでは……」

 

 カドマツからこれまでの顛末を聞き終えたドリィやアレクは苦い顔を浮かべる。カドマツから聞かされたシュウジの叫び。それは恐らく何らかによる戦争に関する記憶を見せられていると思っていいだろう。

 

 今の話を聞いて、恐らくは今一番、その心中が穏やかではないのはサクヤだろう。音声から特に家族の記憶を見せられていると察しではいるだろう。話を聞き終えたルルはサクヤの反応を伺えば、そこには能面のような笑みを浮かべるサクヤがいた。

 

「……あれ、クレアさんは?」

 

 サクヤのその表情を見て、思わず身震いしてしまうルルだが、ふとこの場にクレアがいないことに気づく。その言葉に他のシャッフルの面々もクレアを探すのだが、どこにも見当たらない。

 

「ああ、彼女なら先程、シミュレーターの場所とシュウジ君がどのシミュレーターを使用しているか聞いた後──」

「しゅ、主任! シミュレーターVRの方で───!!」

 

 忽然と姿を消したクレアについて開発者が答える。わざわざシミュレーターの場所を聞いて、どうしたのだろうかとアレク達が顔を見わせるなか、部下の一人が慌てた様子で声高く叫ぶ。同時にシミュレーターVRの外観を映すカメラの画像が主モニターに表示され、その映像に一同、驚きで目を丸くした。

 

 ・・・

 

「オラァッ! いつまで寝てんだぁあっ!」

 

 なんとクレアがシュウジの使用しているガンプラバトルシミュレーターVRをひたすら蹴っているではないか。だが流石にVR空間にいるため、いくらシミュレーターを蹴ったところで何の効果もない。だがクレアはそれでも諦めず、遂には長棒を振りかぶる。

 

「うおっ!?」

「全くなにをやってるいるのだ、お前は……」

 

 だがその寸前に駆け付けたドリィがクレアの首根っこを掴んで持ち上げると、彼女の行動に心底、呆れ返ったようにため息をついてしまう。

 

「うるせーな! くだらねぇーことで囚われやがって! 俺が熱く気合入れてやるってんだよ!」

「……野蛮としか言いようがありません。何故、アナタがシャッフルの紋章を授かったのか理解に苦しみます」

 

 子供のように今すぐ離せとばかりに暴れ回るクレアにアレクは頭痛を抑えるように自身のこめかみに触れ、彼もまた重い溜息をつく。

 

「……まあでも考え方としては悪くはないかな」

「サクヤさん……?」

 

 言い合いをしているクレア達を見ながら、一人なにか考えるように顎に手を添え、視線を伏せていたサクヤだが、ふと何か思い立ったのか、シュウジが使用するシミュレーターに近づいていき、その外面に触れる。一体、なにを考え付いたのか、一同がサクヤの行動に注目する。

 

「さあ今こそ我らが王に光を届けようじゃないか」

 

 するとサクヤの手の甲にQueen The Spadeの紋章が浮かび上がる。その行動で他のシャッフルの面々もサクヤの意図を理解したのだろう。シュウジのシミュレーターを囲むように移動すると、サクヤと同様にシミュレーターの外面に触れて、自身の紋章を浮かばせる。

 

 ・・・

 

 どれだけの時間が経ったのだろうか。全てが燃えていく地獄絵図のなかでただ一人、シュウジ自身に火の手が訪れる事はなく、この残酷な光景を突き付けられている。

 もう既に彼の心は限界に近いのだろう。顔を下げ、虚ろな瞳で手をついて跪いてしまっていた。

 

 もう何も考えることは出来なかった。全てが灰になって塵と化していくよう自分自身の心もそうなってしまったかのようだ。もう何かをする気にもなれない。シュウジの身体がそのまま倒れてしまいそうになった時であった。

 

「……!」

 

 何と自身の手の甲が光り輝いているではないか。それは自身が持つKing of Heartの紋章の輝きに他ならなかった。すると自身を囲むように四方から他のシャッフルの面々の紋章が姿を見せる。

 

≪よぉ、シュウジ、俺達の声が聞こえてるか?≫

「……その声……クレア……か?」

 

 すると目の前のJack in diamondの紋章から響く女性の声にシュウジは目を見開く。

 それは紛れもなく彼女の声であり、まさかこの世界で聞くことがないと思っていた為、その驚きは大きい。

 

「まさか……これもこの空間が俺に見せてるのか……?」

≪我々は確かにいるぞ。今もお前の使用しているシミュレーターの傍にいる≫

「ドリィ……!」

 

 何故、今、クレアの声が聞こえるか。それは完全に自身の心を潰すためにこの空間が生み出したのではないかと勘繰るシュウジだが、それを否定するようにBlack Jokerの紋章からドリィの声が響き、シュウジの頬を少しはほころびを見せ始める。

 

≪本来であればこうしたやり取りではなく直接、話したいのですが、そこはお許しを≫

「アレク……。でもどうして?」

≪それは今のアナタを想って以外他なりませんよ≫

 

 すると今度はClub Aceの紋章からアレクの声が聞こえてくる。しかし何故、彼が自分に、しかもわざわざこの世界に訪れたのか尋ねると、寧ろアレクからは何を言っているんだとばかりの返答が返ってくる。

 

≪お前が悪夢に囚われているのなら、俺達が光を授けて現実に連れ戻すってだけの話さ≫

「兄……貴……」

≪お前がかつては俺達にそうしてくれた。だから今度は俺達がそうしたいんだ≫

 

 Queen The Spadeの紋章からサクヤの声が響く。それは仲間を、戦友を、そして何より愛する弟を想っての優しい言葉であった。

 

 ・・・

 

「シュウジ、私達は確かにこれまでに数え切れぬ傷を負ってきました」

 

「きっとそれはこれからも……。我々は時に過去に囚われるような傷を背負いながら進んで行くことになるだろう」

 

「でもよ、それだけじゃなかっただろ。どんだけひでーことがあっても、また笑える事だって一杯あった」

 

「そしてそれもこれからもさ。時に大きな絶望の中で涙を流す事があるだろう。でも俺達はその中で見出した小さな希望を抱いて進んで行くんだ」

 

 

 シュウジが使用するシミュレーターを取り囲みながらシャッフルの面々はその想いを吐露する。彼等は共通してシュウジと共に苦楽を分かち合い、未来を掴もうとしているのだ。

 

「安心してください。我々は常にアナタと共に歩んで行きます」

 

「どんな悲しみも幸せも私達は共に分かち合っていこう」

 

「まっ、おめーが絶望の中にいた俺達に光を灯してくれたからな。その分、一緒にいるさ」

 

「シュウジ、過去を捨てろとは言わない。だが過去を見つめたままじゃ明日は見えてこない。だからお前は前を見ろ、そして躊躇うことなく───」

 

 

 今まで数多くの絶望が自分達の世界を襲った。しかしただ絶望を嘆く日々だけがあったわけではない。自分達はお互いに知り合い、時には衝突し、そして笑い合った誰一人として欠ける訳にはいかないかけがえのない仲間なのだ。だから何があってもその背中を支え続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「進め、シュウジッ!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 例え迷う事があったとしても、前を見て突き進め。

 立ち止まって振り返っていては何も始まらない。挑戦して進み続けることから全てが始まるのだ。

 

 ・・・

 

「ハハッ……ざまあねえな……。俺としたことが目先の事に囚われて、大事なもんまで見失っちまってたみたいだ」

 

 地面に手をついていたシュウジの手が強く握られ、彼の口から自嘲する小さな笑いが響くとゆっくりとその顔を上げる。そこには何ら迷いも絶望もない強い意志を秘めた覇王の瞳があった。

 

「確かにこれまで過去に色んなものを失った……。でも全てを……未来への希望まで失った訳じゃねえ……。俺には大事なもんがある……。それを全部失うまでは止まるわけにはいかねぇ……」

 

 両親や家、友人達を失い、戦争に参加するようになっても多くのモノを失った。

 だが、その過程で自分は愛する存在を、苦楽を共にする仲間を、そして自分をまっすぐ見つめる弟分に出会い、様々なモノを得る事が出来たのだ。

 

「もう迷わねえ。俺のビックバンはもう止められねえ! どこまでも突き進んでやる! 何故なら──!」

 

 どんどんシュウジの表情に活力が戻っていく。シミュレーターを囲むシャッフルの面々が覇王の復活に笑みを浮かべるなか、シュウジの熱の籠った叫びに比例して、彼の手の甲の紋章は輝きを強くする。

 

 

 

 

 

 

 

 覇王の手が煌めき照らす

 

 

 

 

 

 未来を示せと響いて叫ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺に限界はねえッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 拳を強く握り、ありったけの一撃を地面に叩きつける。

 衝撃波で周囲の炎が鎮火するなか、彼の強い意志とカドマツの手腕によって、世界の崩壊が始まる。

 

「さあ未来を掴みに行こうぜ」

 

 世界の崩壊が始まるなか、シュウジは燃え尽きた自身のかつての実家に背を向けて歩き出す。ただ崩壊していく世界で吹いた一つの風が彼の濡れた頬を優しく撫でるのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。