「主任、参加ファイター数、四割まで激減! 一方でウイルスは全体の二割減です! このままでは……ッ!」
「悲観はするな! 考えることを止めるな! バトルフィールドで戦い続けるファイター達に応える為にも我々が諦めるわけにはいかないのだ!!」
時間の経過と共にバトルフィールドで戦闘をするファイター達は無慈悲に撃破されてしまう。その度に運営側は希望が失われ、絶望の重く苦しい雰囲気が満たしていく。それでも少しでもこの息苦しさを感じる空気を払拭しようと開発者は檄を飛ばし、エンジニア達は頷くのだが、この空気までは変えることは出来なかった。
「絶対に……絶対に助け出してやるから!」
カドマツもまた表情に苦悶を滲ませながら一矢達のプロテクト解除に挑む。集中する為にスピーカーを切ったが、一矢達のあの悲鳴が頭から消える事はない。彼らがあんな悲鳴を出させて良い道理などない。代われるなら代わりたいくらいだ。だがそんな事は出来ない。ならば少しでも一矢達を救い出すために動くしかない。
(くそっ……どうすりゃあ……ッ!!)
しかし幾ら思いが強かろうとそれで彼らを救い出せたら苦労はしない。今、解除しようとしているプロテクトは先程のものよりも複雑な作りとなっており、これまでウイルスと戦ってきたカドマツでさえ難航させるほどだ。
思わず頭を掻き毟ってしまう。こうしている間にも一矢達は狂気と絶望の中で苦しみ続けていると言うのに。そう考えてしまうと焦りが出てきてしまう。焦りは禁物、という言葉はあるが、いくら意識するなと言っても、それは中々難しいものだ。どうしてもそれこそ無意識にでも一矢達の狂気染みた悲鳴が脳裏に過るのだから。それほどカドマツの中に強く刻み込まれてしまっていた。
・・・
「ふむ……もう少しと言ったところか」
一機、また一機とクロノの手によってファイター達の自慢の機体が塵と消え、アンチブレイカー達の軍団によって他のファイター達も蹂躙されてしまう。
戦力において、ファイター達は共に戦う仲間が次々に撃破されれば少なからず動揺してしまう。が、アンチブレイカー達NPCは違った。彼らはいくら撃墜されようが動揺する事はなく、攻撃の手を緩める事はそれこそクロノの指示がなければありえない。それが群を成して襲い掛かってくるのだ。この結果はある意味で自明の理なのかもしれない。
「作業プレイと言うのは、どうにも思考を停止させてしまうな」
そしてクロノが今、そのような指示を出す事もあり得ない。
彼にとっては今、このバトルフィールドにいるのはただの有象無象でしかない。そんなものにかける感情などはない。ただ言葉通り、彼にとって作業をこなしているだけなのだ。
「おっと」
そんなクロノのデクスマキナへ攻撃が仕掛けられる。避ける事すら面倒なのか、軽くシールドで受けながらその方向を見れば、そこにはアザレアリバイブの姿があった。
「おやおや、そんな状態になってまで私を追って来たのかい?」
しかしその機体状況はあまりにも酷く、悲痛ささえ感じる。
いくらミサと言えど、クロノを追う為に襲い掛かってくるアンチブレイカー達を撃破するのに無傷と言うわけにはいかず、もはや大破寸前にまで追い込まれていたのだ。
それでもこうしてクロノを追いかけたのは最早、意地と言ってもいいだろう。最もそんなミサの意地もクロノからしてみれば、嘲笑で終わってしまうのだが。
「逃がすわけ……ない……ッ! 絶対に一矢を……ッ!」
「助け出すってところかな? その姿勢にだけは関心させられるよ」
「大切な人を自分の手で助け出したいって思うのは当然の事でしょ!?」
ここまで来たミサ自身の消耗もかなりのものだ。身も心も困憊するなか、それでもモニター越しにデクスマキナを見据えるミサの姿にクロノは辟易した様子で肩を竦める。どこまでも人を嘲るようなその態度にミサは溜らず叫ぶ。
「生憎、私はそう言った感情に疎くてね。当然、と言われても分からないさ」
だがミサの叫びはクロノには届かない。目の横を軽くトントンと叩きながら溜息交じりで答えられてしまう。
これは挑発でも何でもなく純粋に彼はミサの言葉が理解できなかったのだ。それは偏に彼の育った環境によるものだろう。彼が生を受けたのは外宇宙に旅立った新人類の中でだ。
その頃の新人類は地球に代わる故郷を探すのに躍起になっており、閉鎖的な空間は彼らに多大なストレスを与える。不安、後悔、悲しみ、劣等感、怒り、憎しみ……誕生したばかりのクロノが感じ取った感情はそんな負の感情ばかりなのだ。新人類が互いに争いを始めれば、尚更であった。
だから彼は理解できない。
誰かを心から愛する愛情を。
友と共に分かち合う歓楽を。
仲間と目指して掴む栄光を
悍ましき負の感情こそ身近で当然であっても、この世で抱くべき尊い感情を彼は知らないのだ。
「なんでこんなことをするの!?」
「その質問は無意味だな」
だが別に彼はその事で同情されるつもりはない。そもそも知らない事柄でも気にならなければ関心を示すことはない。それこそ知らないなんて勿体ないと言われても、そう、で終わってしまう。それだけ彼は尊い感情から無縁であり、負の感情が渦巻く環境にい過ぎたのだ。
「どうして? 何故? ……君のような人間はよくその言葉を口にする……が、答えてどうなる? 答えたところで君は納得しないだろうし、私達は分かり合う事など出来ない、その必要はない。ゲームはただシンプルに敵か味方かで十分だ」
だからこそ常人であるミサ達は彼の良心を期待してはいけない。
価値観の相違だけではない。全ての環境が違うのだ。故に彼の善悪にも期待してはいけない。人とは大きくは異なっているのだから。
「だから君はこう言うべきだろう」
するとクロノは機器を操作して、ミサのコックピットにある音声を流す。それは今の一矢があげる絶望の悲鳴であった。
「“お前だけは絶対に許さない”と」
尋常ではないこの悲鳴にミサは震えてしまう。一体、一矢の身に何が置いているのかと。だが一つ分かっている事がある。これは全て目の前のクロノが起こしている事なのだと。彼が一矢をあそこまで苦しめているのだと。
アザレアリバイブからその身では考えられないほどの激しい攻撃がデクスマキナに放たれる。それは全てこれまでに至るクロノへの憎しみとさえ形容してもいい怒りをその一つ一つに感じさせるほどだ。事実、アザレアリバイブのコックピットでは、ミサはデクスマキナへ憎悪帯びた視線と鬼のような形相を浮かべているのだから。
「そうだ、それで良い! 目の前の
そんなミサにクロノはただひたすらに嗤う。彼にとってそんな負の感情こそが最も身近で親しみのある感情なのだから。