「あいつ等を囚われているウイルスは一種のプロテクトみたいなもんだな」
クロノが一矢達に仕掛けたウイルスを駆除しようと奔走するカドマツ達。コンソールを忙しなく動かしながらカドマツはウイルスを解明し始める。
「だが、俺達だって伊達にウイルスと付き合って来たわけじゃないからよ」
これまで多くのウイルスを相手にしてきたのだ。解明に至る流れが速いのは不思議なことではない。瞬く間にカドマツは一気にウイルスの駆除を進めていく。
「たまには俺も格好いいとこ見せないとな……ッ!」
単純なウイルスではない分、カドマツも手を焼く。しかもそれがファイターの手を借りないやり方ならば尚の事。しかしそれでも一矢達にかけられたプロテクトを滞りなく解除していけるのは偏にこれまでの経験と彼自身の手腕によるものだろう。
「これで……どうだッ!!」
そしていよいよ一矢達を救い出せる時が来たのか、強くコンソールを叩いて画面を見やる。すると先程まで一矢達御状況を知ろうとも暗転していた画面が少しずつ露わになっていく。
・・・
「───ッ!」
それは翔自身も感じ取ったのだろう。この世界に起きた異変にいち早く反応した翔は顔を上げる。見れば目の前のあやこ達は何やら苦しんでいる。
「一か八か……。届くか……ッ!」
この状況を利用しない手はない。翔は更に己の力を引き出し、かつてのネバーランドで放ったような虹色の光が翔から溢れ出るとその輝きの本流は空を渡っていく。
・・・
「どうした、一矢?」
同時刻、シュウジ達とガンプラバトルシミュレーターに向かおうとしていた一矢だが、ふとその足を止める。そんな彼にシュウジが怪訝そうに声をかける。
「……駄目だ、俺、行かないと」
当の一矢は顔を俯かせていた。一体、どうしたのだろうかと周囲がざわめくなか、一矢は真っ直ぐ顔を上げて迷いなく答える。どうやらカドマツと翔の与えたショックで封じられた記憶が戻ったようだ。
≪……気が付いてしまったか、主殿≫
「……ああ。こっちが夢なんだ。悪い夢じゃなかったけど、でも俺は行かなくちゃいけない」
≪何故だ? ここに居れば我らは離れる事はない≫
一矢の様子にロボ太もこれが現実のものではないと悟った事に気づいたのだろう。
ロボ太の言葉にコクリと頷きながら踵を返す一矢の背中に投げかける。それはまやかしだと思っていても、それを良しとしようとする考えだった。
「そうだ、別にここにいたって───」
シュウジも一矢を止めようと駆け寄って、その肩に手をかけようとした時であった。
「ッ!?」
引っ張られる衝撃と共に視界が揺らいだと思ったら、シュウジの身体は地面に叩きつけられているではないか。周囲にいる者達が息を呑むなか、仰向けで倒れたシュウジの顔面の直前の位置に一矢の拳が迫っていた。
「……ここにいるアンタじゃ目指し甲斐ってのがない」
どうやらシュウジが手をかけようとした瞬間に一矢がシュウジの手を掴んで、投げ技で地面に叩きつけたようだ。シュウジの顔面スレスレで止めた拳を引きながら一矢は服装の乱れを整える。
「約束したんだよ。お互いの道がもう一度交わった時、またバトルをしようってな。それはここにいる限り出来ない。ここにいたんじゃ俺は自分の道を進むことは出来ない。進歩できないんだ」
ここはあくまでVR空間が生み出した理想郷。確かに心地が良い世界である事に違いないが、それでは自分は強くなることは出来ない。シュウジとの差が増えるばかりだ。
「それに俺はロボ太と再会する未来を諦めちゃいない。どんなに時間が経ったって俺は今、目の前にある光景を現実にしてみせる」
一矢の視線はそのままロボ太に鋭く刺さる。ここにいるロボ太はずっと一緒にいると言った。だが、自分は現実でロボ太と再会する夢を諦めるわけにはいかないのだ。
・・・
「シュウジ、ちょっとシュウジ!?」
一方、シュウジもまた行動を起こしていた。着物から自身の私服に着替えた彼は家を後にしようとしており母親が慌ててその後を追っている。
「悪いな、母さん。俺達がこうして会うにはまだ早すぎるみてぇだ」
騒ぎを聞きつけて、父が駆けつけるなか靴を履いたシュウジは門の前で母たちに静かに振り返りながら答える。
「ここにいればずっと触れ合えるのよ……? 母さんの料理だって……!」
「……ああ。胸糞悪いが最高の夢だ。また二人の顔を見れるとは思わなかったし、母さんの手料理も最高だった」
同じだ。母達もここにいれば幸せなのだと引き留めようとする。しかしこれが現実ではないと知って、留まろうとするシュウジではない。その眼差しに迷いはなかった。
「じゃあな。戻ったら墓参りには行くからよ、そん時は浮いた話どころか最高の人を紹介するぜ」
ここは過去でしかない。自分は未来を、愛する存在と共に目指さなくてはいけないのだ。シュウジは笑みを見せながら、踵を返して門へ走り出そうとする。
・・・
「よし、このままだったら行けるぞ……!」
現実にてカドマツは一矢達のアバターの反応を見ながら手応えを感じて笑みを零す。これで一矢達を助け出せると思ったからだ。
「なに……?」
だがそうはならなかった。
・・・
「───あれは確かに外部の力とアバターの夢から抜け出そうとする強い意思が働けば、あの世界は崩壊する。だが……」
バトルフィールドにてプレイヤー機を鮮やかに撃破するデクスマキナのコックピットでクロノは一矢達に仕掛けたウイルスについて触れる。
「君達がいる以上、単なるウイルスで済ませるわけがないだろう?」
カドマツ達が長くウイルスと付き合って来たことは何よりクロノ自身が知っている。
彩渡商店街チームが参加している以上、カドマツが此処の開発者達と協力して事態の収拾に当たろうとするなど想定内だ。
「しかし残酷なことをする。夢は夢だ。私としても非常に心苦しいが、そんな理想郷のような夢から覚めてしまっては──」
まるで自身は心地の良い夢を見せるつもりだったと言わんばかりに、カドマツ達の行動を皮肉染みた笑みを浮かべながら肩を竦める。
「現実しか残らないじゃないか」
口角をつり上げ、さながら人を狂わす邪悪な悪魔のような笑みを浮かべながら、その言葉に一矢達やカドマツ達の行いを嘲笑するかのような言葉を口にする。すると一矢達のVR空間で異変が起き始める。
・・・
「!?」
一矢の周囲に異変が起きた。それは彼の周囲にいる者達が忽然とその姿を消して周囲もイラトゲームパークから、どこまでも続く様な暗闇の世界へと変わる。
「なんだよ……これ……!? なにが……ッ!!?」
どこを見渡しても暗黒のような世界しかない。自分が浮いているのか、立っているのかも分からず、感覚その物さえなくなってしまっているのだ。
「みんな、どこにいるんだ……!? 俺はどこにいるんだッ!!?」
そう、この世界では自分と言う存在さえも分からない。まさに孤独。光り一つも届かない。何も感じない無の世界だ。
「あああぁぁ……っ!!! うああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっっっっ!!!!?」
それは到底、幼い十代の青年が耐えきれるようなものではなかった。彼の目の前からロボ太もシュウジ達もいなくなってしまった。そして何より自分と言う存在さえも分からなくなってしまい、狂乱さえ起こしたような叫びを上げる。
・・・
「っ!?」
シュウジにも異変が起きていた。彼が通り抜けようとしていた門が突然、轟々と燃え始めたではないか。否、門だけではない。炎は屋敷やその周辺に移り、燃え盛っていた。
「ああぁぁっ……!!!」
幼い記憶が、忌々しい悪夢のような記憶が瞬く間にフラッシュバックする。
シュウジの表情が青褪めて歪んで行き、彼は咄嗟に両親がいる背後を振り返れば、両親は既に火に囲まれていた。
「止めろ……」
燃える
「止めてくれ……!」
轟々と
「俺に……俺に……っ!!」
全てが
「俺にまたこんなものを見せるって言うのかアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーァアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!???」
灰になる
・・・
「はぁ……っ……! はぁっ……!!」
エヴェイユの力を極限にまで発揮した翔はその消耗からか両膝をついて手を地面についていた。
「──ッ」
しかしふと手に違和感を感じて己の手を見た瞬間、彼は絶句する。
自身の両手はおどろおどろしいほど真っ赤に染まっていたではないか。
「……えっ?」
手だけではない。顔を上げれば、作業ブースはペンキをぶちまけたかのような鮮血の如く染まっていた。
『アイツにみんな……隊長……逃げ──』
そして周囲は自身の辺り一帯を鮮血に染めたまま真っ黒な世界に変わり、翔の目の前にはかつての命を対価にする闘いの記憶が姿を現す。
目の前で見せしめに引き潰された命
自分達の命を助けようと宇宙の塵となってしまった命
周囲が恐怖するなか、自分を受け入れたてくれたにも関わらず自分の力のせいで落とした命達
数々の命達が絶望と炎が支配する世界で塵芥となって消えていった。
なにより……。
「……ッ!?」
翔は次に現れた光景に息を呑み、目を見開く。
今でも鮮明に覚えている。
コックピットの半分が焼け、そこからは中のパイロットの焼死体が覗かせる
忘れるわけがない。
何故ならそれは
自分が初めて人を殺した時の記憶なのだから。
「はぁっ……!! はぁっ……!! はぁっ……!!」
翔の息遣いがどんどん荒くなっていき、遂にはこの空間が見せてはいない記憶さえも彼の中でフラッシュバックする。
彼はいまだにかつての戦争の記憶が起こすPTSDが残ったままだ。
如月翔を行動不能にするには、この現実に起きた鮮血の事実が最も有効的な手段であった。
・・・
「二重のウイルスだと……ッ! 上げて落とすとは趣味が悪い……ッ!!」
コンソールに拳を打ち付けながらカドマツが苦い表情を浮かべる。後少しで一矢達が救い出せると思った瞬間、再びウイルスの反応が出たのだ。
「なんだ……!?」
だが一つ、何か反応が見える。どうやら一矢達のVR空間の音声だけは拾えるようだ。カドマツはすぐに音声を拾おうとコンソールを操作した瞬間、スピーカーから耳を劈くような三人の悲鳴が聞こえる。
「なんだよ、これ……。まるでこれは……」
その悲鳴はあまりにも尋常なものではなかった。まさに今にも発狂するかのような声だ。そんな異常な声を聞き、カドマツの唇は震える……。
「心を……壊そうとしている……!?」
戦争がなく両親が健在な世界、傷つかずに手を汚さなかった世界。そんなものはない。夢から覚めた先にはかつて起きたナイフのような現実が彼らに深々と突き刺さり、一矢もまた誰もいない孤独の世界に襲われるのであった。